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誰が為の英雄譚6

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 勢いで応接室を出たものの、別に目的地があるわけではなかった。
 とはいえ、明日の準備をするならば一度自室で必要な用意をするべきだろうか……と考えて。
 そこで、ルーティはうおおおおお、という何かの雄叫びを耳にする。
 物凄く聞き慣れたその声にルーティは何事かと驚き、しかし何の用だと戸惑いもする。
 かくして、その声の主であるファイネルは角から……しかも何故かルーティの正面に現れると、アースワームを連想させるような勢いで突撃してくる。

「ルゥゥゥティィィィッ!」
「ひっ……っ!?」

 鬼気迫るその様子に思わず命の危険を感じたルーティは迎撃するか迷い……その間にもファイネルは凄まじい勢いでルーティの眼前までたどり着き静止する。

「な、ななな……なんですか!?」

 息一つ切らしていない凄まじい体力に驚きながらも、ファイネルに気圧されてルーティは思わずどもってしまう。
 そうすると、ファイネルは鬼気迫る様子はそのままに、ルーティの肩にがしっと手を置く。

「誤解だ!」
「何の話ですか!」
「アイツの話は私には全く関係がないんだ!」

 いきなり何の話か……と言いかけて、ルーティは気付く。
 先程の話のことだ、と。
 いきなりすぎて頭がついていかなかったが、それ以外に無い。

「関係が無いということはないでしょう。貴女だって魔王配下の将なのですから」
「そ、それはそうだが! だが違うんだ!」
「何が違うんですか」

 首を傾げるルーティに、ファイネルはえー、とかあー、とか呻いた後に思いついたように顔を輝かせる。

「そう、そうだ! ほら、私は難しい話とか苦手だからな! だからほら、あれだよ! 今回の話にも全く関わってないんだ! な、分かるだろ!?」

 全く自慢になっていない事を自信満々に言うファイネルの様子に、ルーティもファイネルが追いかけてきた理由をなんとなく察する。
 ああ、そうか……と。
「それ」を言いにきたのだろうと考える。
 しかし、それを自分から言う程の勇気は無い。
 シルフィドは人の繋がりというものに総じて臆病ではあるが、それはルーティとて例外ではない。
 長い人生の中で、壊れやすいそれを抱え続ける勇気に欠けているのだ。
 だから、こんな場面でも一歩踏み出す勇気がない。

「分かりません。何が言いたいんですか」

 だからこそ、顔を背けてそんなことを言ってしまう。
 我ながら面倒臭いとは思っているのだが、今更直しようも無い。
 嫌われるかもと思ってはいても、その方がいいのではないか……という心理が何処かで働いてしまうのだ。
 これ以上想いが深くなる前に、ここで捨ててしまえと。
 そう心の中で何かが囁くのだ。
 実際、今はもう会えないかつての仲間達の事は今でもルーティの心を苛み続けている。
 仲違いしたまま、もう会えなくなってしまった者達の事は、ルーティの心に棘となって刺さり続けている。
 怖いのだ。
 長い時間を共に歩いていける友人という存在が、怖いのだ。
 いつでも敵に回る可能性がある友人という関係が、怖いのだ。
 だが、それでも。

「私は、お前とは友人のつもりだ。そりゃあ、私だって魔王様に忠誠を誓っているから、色々あるかもしれんが……それとこれとは別だ。そうだろう?」

 無言でファイネルを見つめるルーティに、ファイネルは更に言葉を探す。

「ほら、あれだよ。そりゃ私は毎回突然来るし、土産もロクに持ってきたことが無いが、今後はそれも……あー、出来るだけ改善する方向で検討するし。な?」
「……まあ、そうですよね。貴女大体手ぶらですものね」
「す、すまん。次は何か持ってくるから」
「そういって忘れてくるのが貴女ですものね」
「うぐっ」

 言葉に詰まってうー、と唸り始めたファイネルだが、ルーティの肩を掴む手は離さない。
 その様子に思わずルーティはくすりと笑い……即座にファイネルが反応してパッと笑顔になる。

「お、分かってくれたのか!」
「貴女との友情についてですか?」
「ええい、もう面倒臭い! 誰が何と言おうと私とお前は友人だ! 他の事なんか、とりあえずどうでもいいだろう!」

 そうですね、と言って微笑むとルーティは自分の肩を掴むファイネルの手にそっと自分の手を重ねる。

「そうですね、私と貴女は友人ですものね」
「ああ、分かってくれ……っ!?」
「とりあえず、肩が痛いです。離してください」

 ルーティの体が僅かに動き、そこからの流れるような動作でファイネルの体が宙を舞う。
 ファイネルは空中で回転して着地すると、ルーティに抗議の視線を向ける。

「なんだ今の技!? ていうか、なんで投げる!」
「貴女なら怪我しないと信じてましたから」
「む」
「貴女の実力は充分に知っています。友人ですしね」

 ルーティの言葉に、ファイネルはむうと唸る。

「まあ、うん。そうだな。確かにあのくらいなら怪我なんかしないが」
「そうでしょう?」
「ああ。流石ルーティだ。私の事をよく分かっているな!」

 ハハハと笑うファイネルにルーティは先程まで掴まれていた肩を軽く動かし、ふうと息を吐く。

「それで……まさかとは思いますが、友情を確かめに追いかけてきたんですか?」
「ああ。お前面倒な性格してるし、誤解してるんじゃないかと思ってな」

 言った後で、ファイネルは自分の失言に気付きハッとした顔をする。
 しかしルーティは困ったように笑うだけで怒った様子はない。

「そうですね。だから、ちょっと嬉しかったです」
「そ、そうか?」
「はい」

 柔らかい笑顔を向けてくるルーティにファイネルは少し戸惑い、懐に入れていた袋からクッキーを一枚取り出す。

「あー……なんだ。食べるか?」
「……まさかと思いますが、部屋から持ってきたんですか?」

 言いながらも、ルーティはファイネルの摘んでいたクッキーをサクリと齧る。
 その行動に、ファイネルは驚きに目を見開く。
 堅物のルーティらしからぬ行動ではあるが、「昔のルーティ」らしい行動ではあったからだ。

「なんですか、別にいいじゃないですか。友人なんですし」
「ん……ああ、まあ、そうだな。友人だものな」
「そうですよ。他の事なんか、とりあえずどうでもいいです。そうでしょう?」

 貴女がそう言ったんですものね、と言って笑うルーティに……ファイネルは笑い返す。

「……だな。確かにそう言った」

 そう言って、ファイネルは残ったクッキーの欠片を自分の口へと放り込んだ。
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