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連載
誰が為の英雄譚3
しおりを挟むルーティ達が食事をとっている、その頃。
ジオル森王国の首都ロウムレルスへと繋がる道の一つでガラガラと、馬車の進む音が響く。
森に囲まれた道は充分に広く、しかし周囲を木々に囲まれ見通しが悪い。
盗賊やゴブリンの襲撃の警戒を常時していなければならないという、護衛にとっては非常に疲れる環境である。
しかしながら、これはジオル森王国では極普通の光景だ。
そもそもジオル森王国は、ジオル大森林というシュタイア大陸でも一番広大な森に囲まれた国である。
国土のほとんどを覆うジオル大森林の中に作られた……というのが正確な表現であり、しかしそれだけ広大でありながら林業や木材加工業などは存在していない。
これはジオル大森林という場所への神聖視もあるとされているが、ジオル大森林の天然の要塞としての役割を理解しているが故とも言われている。
首都であるロウムレルスは、その中心……すなわち最奥の地に存在している。
ルートを完全に限定されているが故に、どの道を通ったかで「どの国から来たか」が非常に分かりやすい。
わざわざジオル大森林の中を大冒険してくれば話は別だろうが、余程出身国を誤魔化したい事情が無ければそんなことはしない。
今聖アルトリス王国方面からロウムレルスへ向かって進んでいる馬車も、わざわざそうする理由も無く、街道を進んでいた。
豪奢……というわけではないが、しっかりとした造りの馬車を操る御者はピカピカに磨かれた騎士鎧を着込んでおり、見る者が見れば聖アルトリス王国の誇る「聖騎士団」の騎士であると気付くだろう。
更によく見れば、馬車に刻印されているのが王家の紋章であることにも気付くはずだ。
これを見て尚襲おうとするのであれば、それが人類であるのなら余程の命知らずだろう。
特に盗賊であるのならば、剣先でも向けた時点で「まともな死に方をしたくありません」と宣言しているも同然である。
それ程の人物が乗っているということでもあるのだが……その馬車に乗っている本人は、なんとも暢気なものであったりする。
「……何処まで行っても森、森、森……かあ」
「仕方ありませんわ。ジオル森王国……その名の通りの国ですもの」
ぼけっとした顔をした黒髪の男は、現在「トール」と呼ばれている。
今のところ存在を秘されてはいるが、紛れも無い「勇者」である。
そんなトールがルーティに会いに行くのはトール自身の希望だ。
神殿関係者の面々としては止めたかったのだが、それに足る理由が無い。
何しろ、勇者自身が「英雄」の一人に会いに行くべきだと主張しているのだ。
「ジオル森王国が魔王の手におちている」というのはアルトリス大神殿の主張であるが、外交的に言えば「敵対関係ではないが緊張状態にある」というレベルだ。
発端となった「亜人論」にしたところで王が信奉者というわけでもなく、それ故に商人達などの中には変わらずジオル森王国と取引している者もいる。
そうした理由で王宮側としては「行けばいいんじゃないだろうか。でも使者は出すよ」という程度であり、神殿側としては勇者が行くと言い出せば「危険だ」というくらいの理由でしか止められない。
結局、押し切られて行く形になったのだが……トールとしては、まだ見ぬ「英雄ルーティ」に色々と幻想を抱いているらしい。
「エル……あー、シルフィドだけどさ。寿命長いってのは聞いてたけど、実際見ると驚きだよなー。マジで耳長いし、若々しいし。不老不死だって言われても信じられる気がする」
国境の門を警備していたシルフィドの事を思い出し、トールは楽しそうに呟く。
「残念ながら、不老不死ではないようですね。外見上の変化のパターンが人間とは異なっている……というのが正解のようです。とはいえ、壮年期以上の外見のシルフィドを見たという報告はありませんから、不老に関してはある程度事実と言えるのかもしれませんが……」
「へえ、すごいなシルフィド。それってやっぱり風の神の力的な?」
「……どうでしょう。そういった能力が命の神の愛し子たる人間にない以上、「種族的特長」に留まるものなのではないかと」
トールの疑問に淀みなく答えていく少女……クゥエリアは、少しばかりテンションが上がってきた様子のトールを見て微笑ましそうに笑う。
何やらトールの元居た世界にもシルフィドと似たような外見的特長を持つ種族に関する逸話があったらしく、実際会うのを楽しみにしていることは知っている。
クゥエリアとしても神殿上層部の警戒心は過剰だと思っている部分はあるし、何より「勇者」の行動を束縛するべきではないとも考えている。
そういった意味では今回の旅には意味があると考えているし、クゥエリアの記憶にある「ルーティ・リガス」は非常に聡明な女性だ。
トールが彼女に会うことは、何かしらのプラスになると考えている。
彼女とて、勇者相手ともなれば喜んで力を貸すだろう。
文字通り、トールはリューヤを継ぎ新たな伝説を作る「勇者」なのだ。
そう、トールならばそれが出来る。
クゥエリアはそれを、心の底から信じている。
「あとどのくらいで着くのかな?」
「もうそろそろ着くかと。その後面会の為の使者を出して……まあ、もうお昼過ぎですから実際に会うのは明日になるでしょうか」
「使者かぁ……俺、人を使うような身分じゃないんだけど」
「言ったでしょう? これは礼儀なんです。なんでしたっけ。えーと……そう、ゴウにはいればゴウに従えというものです」
クゥエリアに諭され、トールは仕方無さそうに頷く。
どうにもトールは人を使うというのに抵抗感があるらしいが、慣れてもらわなければならない。
何しろ、トールはこれからより多くの者の導き手となる存在なのだ。
そんな者が「人を使うのは嫌だ」では話にもならない。
馬車と併走している馬に乗る護衛の騎士、ガレスにも年上だからと遠慮しているくらいなのだが……その辺りは、慣れてもらわなければならないだろう。
「さ、もうすぐ到着しますよ」
そうして見えてくるのは、ロウムレルスの門。
門の前に立つのは黒い鎧の騎士と、鋼色の鎧の騎士。
二人の騎士は手に持つ斧槍を交差させるようにして馬車に止まれと合図する。
来訪者を受け入れる為の門は広く開け放たれているが、だからといって勝手に入っていいというわけではない。
ここで騎士の制止を無視すれば、容赦なく見張り台の騎士達が射掛けてくるだろう。
馬車はその場で停止し、併走していた騎士ガレスは馬から下りる。
「ようこそ、ロウムレルスへ。聖アルトリス王国の王紋をつけし客人よ、確認を願いたい」
黒い騎士が告げると、御者をしていた騎士が明らかにむっとした顔をする。
「王紋と分かっているのであれば相応の態度があろうに、その態度は何か! それがジオル森王国の我が国の王族に対する態度と理解してよろしいか!」
「乗っているのは王族ではないと聞いている。人員に変化があったのであれば申告を要請する」
「王紋自体への敬意について問うているのだ!」
騎士の様子に慌てた鋼色の騎士の方が黒い騎士に慌てて何かを囁くと、黒い騎士はそれに対して頷いてみせる。
そうして鋼色の騎士のほうが前に進み出ると、馬車の上の騎士に向けて敬礼の姿勢をとる。
「同僚が失礼しました。しかしながら、此処は我が国の王族を守護する門。いわば王権の守護を任とする門でもありますが故に、最低限の確認も無しというわけにはいかぬのです」
「それは分かっている! しかしそちらの騎士の無礼極まりない態度は何かと問うているのだ!」
「それについては私から謝罪致します」
「そういう問題では……!」
「エルト。そのくらいにしろ」
「しかしっ!」
ガレスに窘められた騎士が更に何かを言うその前に、馬車の扉が開き黒髪の男が降りてくる。
「エルトさん、ガレスさんの言う通り……そのくらいでいいだろ。別に俺は王族でもなんでもないんだし」
「ト、トール様! しかし……」
「あ、すみません。職務の邪魔しちゃって……この馬車に乗ってるのは、俺……えーと、トールっていいます。あと一人、クゥエリアって女の子です。そっちの人はガレスさんで、こっちの神経質なのがエルトさんです」
笑顔ですらすらと紹介していくトールに、黒い鎧の騎士が頷いてみせる。
「申告された人員は申請通りである事を確認した」
「はい、問題ございません。お通りください」
鋼色の鎧の騎士が頷き道を開けると、騎士エルトはあからさまな舌打ちをする。
「この非礼……忘れぬぞ!」
「エルト、いい加減にしろ。トール殿、貴方も馬車に……トール殿?」
騎士ガレスがエルトに拳骨を落としてからトールに視線を送ると……トールは、驚いたような顔で黒い騎士を見つめていた。
そんなトールはハッとしたような顔をしてから慌てたようにアハハと笑う。
「え、ああ、ごめんごめん! 職務ご苦労様です!」
そうして馬車に乗り込んでいくトールを不思議そうに見てから、ガレスはいささか乱暴に進んでいく馬車を苦い顔で見送り……それから、二人の騎士に頭を下げる。
「……本当に失礼した。アレは少々、忠誠心が高すぎるのだ」
「いえ。こちらこそ、同僚が言葉足らずで失礼致しました」
「気にしていない。それに……中々実力はありそうだ」
黒い騎士を興味深そうに眺めてから、ガレスもまた馬に乗る。
「それでは、私も失礼する」
敬礼するガレスを見送り……鋼色の騎士は、溜息をつく。
「はあ……もう、困りますよ。王族の馬車は色々面倒なんですから」
「謝罪の意を表明する」
「……そうですか。あー、もう。まさか王紋の馬車で乗り付けてくるとはなあ……しかもこっちの伝令より速いとか、どんな速さで走ってんだよ」
そう言うと、鋼色の騎士は黒い騎士へと視線を送る。
「なんか伝令とか短縮できる魔法ってないもんですかね?」
「該当する情報は保持していない」
「そっかー。保持してないですかー」
「肯定する」
黒い騎士……ザダーク王国からの応援部隊である魔操鎧に鋼色の騎士は「なら仕方ないですねー」などと適当な返事をして、軽い溜息をついた。
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突然思い立ってツイッターを始める事にしてみました。
登録した直後、「何を呟けばいいんだ」と呆然。
目的意識、超大事ですね。
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