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連載
誰が為の英雄譚2
しおりを挟む……そして、次の日。
窓から差し込む光に目を覚ましたルーティは、ゆっくりと目を開ける。
無駄に広いルーティの屋敷の中で私室と使っている部屋に置かれたベッドはまた無駄に大きく、ルーティの趣味ではない。
しかしわざわざ買いなおすというのも嫌味なようでそのまま使っているのだが……何やら妙な重みを感じて、ルーティは僅かに身じろぎをする。
未だぼうっとする頭ではいまいち判別ができないが、いつもよりも暖かい気すらもする。
「ん……」
ゆっくりと覚醒を始める頭を軽く動かすと、そこには見知った相手の幸せそうな寝顔がある。
なんとも緊張感の無い顔だ……などと考えていると、その相手が何やらむにゃむにゃと言い始める。
「……すぴぅ」
言葉にならなかったようだが、代わりに出たのは心の底から幸せそうな寝息。
どうやら妙な重みは、その相手が抱き枕か何かのように自分を掴んでいるからだと気付き……ここで、ルーティの頭はハッキリと覚醒する。
「……」
自分を掴む手を剥がして、ついでに布団を軽く持ち上げる。
何やら猫のシルエットの描かれた寝巻きを着ている辺り、本気で寝に来ているようだが……何度思い返しても、昨夜にこの友人が来た記憶が無い。
「うー」
寒かったのか布団を掴んで引き寄せる友人をそのままにベッドからもそもそと起きると、ルーティは改めてベッドの上の「友人」を眺める。
ルーティの記憶に間違いが無ければ、この友人の名前はファイネル。
遥か昔に「敵」として出会い、「敵」として別れて。
今は友人としてちょくちょく会っている、魔族の女である。
確か魔王軍の一つ、東方軍のトップである「東方将」として君臨する実力者であり、相応に忙しいはず……なのだが、一体どういう経緯で此処にいるのだろうか?
見た感じだと、かなり本気で寝ている。
しかも警戒心ゼロである。
うひゅう、という寝言と幸せそうな寝顔が段々腹立たしくなってくる。
「ちょっと、ファイネル」
「むー」
「むー、じゃありません。ちょっと、起きてください」
「うー……いやだ」
ゆさゆさと揺すると、ファイネルは寝ぼけたまま布団の中に深く潜ってしまう。
どうやら、意地でも起きそうにはない。
まあ、子供ではないんだから勝手に起きるだろうと諦めると、ルーティは下ろしていた髪を揺らしてベッドに背を向ける。
確か、早ければ今日にも例のトールとかいう男が来るはずだ。
準備は使用人達がやってくれているが、ルーティ自身の準備も整えておかなければならない。
まずは、軽く水浴びでも……と考えていると、背後のベッドから視線を感じて振り返る。
すると、そこにはベッドから起き上がったファイネルの姿がある。
「……おはようございます、ファイネル」
「ああ、おはようルーティ」
「早速ですが、何してんですか貴方」
ルーティの問いかけに伸びをしていたファイネルはそのポーズのままで「ん?」と言ってきょとんとした顔をする。
「何って……伸びだが。寝起きはしっかりと身体をほぐさんとな」
「言い直します。なんで私のベッドで寝てたんですか。全く気付きませんでしたよ」
「別にいいだろう、広いんだし。わざわざ客用のベッドを使うのもどうかと思って遠慮したんだぞ」
その遠慮の方向性はどうだろうと思わないでもなかったのだが、言っても首を傾げるだけだろうと分かっているのでルーティは溜息だけで返す。
「……まあ、いいです。そもそも何しに来てたんですか? 寝に来たんですか」
「ん? ああ。最近輸入した本で、仲のいい友人の家に泊まる描写があってな? そういえばお前とはそういうのしたことがないと気付いたんだ」
「はぁ、ちなみにどんな本なんですか?」
その質問にファイネルは少し考えた後、「喜劇だな」と答える。
「笑えるぞ。平凡な見習い女騎士が主人公なんだが」
「あ、もういいです」
大体内容に予想がついたルーティが止めると、ファイネルはまあまあ、と言わんばかりにルーティに近寄り肩を叩く。
「そう言うな。凄いんだぞ。生きてるだけでありとあらゆる美形の男を引き寄せる凄まじい女を何処にでもいるちょっと可愛い普通の子と評した上に、奇異の目で見る事なく主人公の胡乱な相談にのってる女の親友が居てな? これは喜劇の形を借りて真の友情を描いてるんじゃないかと思い始めたところなんだ」
「はぁ」
「考えてもみろ。つまり「生まれ持った能力と関わりなく、本人の内面を見て友情を築くべし」と教えているようにも思えないか?」
「そうですね」
たぶん違うと思う、とはルーティは言わない。
ファイネルがそれでいいなら、別にそれでいいのではないだろうか。
それで世界は平和だし、ファイネルも幸せだ。
「で、だ。私も友情を深めるべく来てみたんだが……そうしたらお前寝てるし」
「帰ればいいじゃないですか」
「私もそう思ったんだがな。だけど何かお前幸せそうに寝てたし、そんなに良いベッドなのかと思って潜り込んでみたんだが、これが予想外に良くてな?」
気が付いたら朝だ、というファイネルに頭痛がしてくるのをルーティは感じる。
昔敵だった頃は分からなかったが、ファイネルの性格は「物凄い適当」である。
お祭りで浮かれた子供にも似ている……というのは最近思い始めた事だが、基本的に新しい事や楽しいことに目が無い。
自分を律している間は「凛とした女性」という印象が強くなるのだが、それ故にギャップが激しすぎるのだ。
そしてルーティといる間は、段々とそういう自分を隠さなくなってきている。
それもまた「友情」故であろうから、あまり口を出すのが憚られるのも頭の痛いところだ。
何しろ、そうした部分を見せてくれる「友人」という存在にルーティ自身救われている部分もある。
「まあ、いいです。今日は客人が来る予定ですから、早めに帰ってくださいね」
「なんだ。別に邪魔なんかしないぞ?」
居座る気満々のファイネルの頭を、ルーティはぺしっと叩く。
「面倒臭い国から来るんですよ。貴方だって面倒事に巻き込まれるのは嫌でしょうに」
「面倒だから逃げるという程浅い友人なつもりもないが。どんな面倒事なんだ?」
あっさりと、「凛とした雰囲気」に切り替わるファイネル。
邪魔だから帰れのほうが効果的だったかと気付いたのも、すでに今更だ。
こうなればもはや、ある程度話して納得させるしかあるまい。
そう考え……ルーティは、まだ整えてすらいない髪に気付く。
「……とりあえず身嗜みを整えて、朝食にしましょうか」
「私もそれがいいと思う」
真面目な顔で頷くファイネルの様子に「これは絶対に帰らないな」という予感を抱きつつ、友人の分の朝食も用意するべくルーティは使用人を呼ぶのだった。
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