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連載
魔王談義
しおりを挟む魔王城に存在する、イクスラースの部屋。
一人の部屋としては多少広すぎる感のある部屋は様々な装飾品で彩られており、必要最低限の物しか置いていないせいで殺風景なヴェルムドールの部屋とは対照的だった。
恐らくは魔王城に存在する私室で一番手のかかった部屋だが、その辺りは本人の気質というものだろう。
その部屋にある豪奢で大きなベッドに横たわるイクスラースは、扉をコンコンと叩く音に気付き億劫そうに顔だけを動かす。
まだ体調はあまり回復しておらず、あまり動きたくないのだが……居留守を使うというのも、イクスラースの趣味ではない。
わざわざ扉を叩いて入室の許可を求めるという辺りを考えると、随分と来客候補は絞られる。
恐らくはシロノスが心配してやってきたか、その辺りだろうと考えて返事をしようとすると……ドアの外から、声がかけられる。
「俺だ。起きているか?」
「……オレとかいう名前の魔族に知り合いは居ないわね」
すっぽりと首元まで布団に潜り込んでイクスラースが答えると、扉がガチャリと開けられる。
そこには渋い顔のヴェルムドールが立っていて、その顔を見てイクスラースはくすくすと笑う。
「分かっているだろうに、妙な返しをするのはやめろ」
「時間の無駄とか思ってる?」
「ああ」
部屋に入ってきて扉を閉めるヴェルムドールが再度振り向くのを待って、イクスラースはそんなんじゃダメよ、と返す。
「無駄を楽しむ心が大事なのよ。そればかりに傾倒しているようなら問題だけど、無駄を楽しめないのは余裕を持たないのと同じ。強者たらんとするなら、貴方はもう少し柔軟になるべきね」
「為政者であるならば、求められるべき姿勢であると思うが?」
「私の知る限りの人類社会の王を思い返しても、貴方ほどの堅物はいないわよ?」
「だからこそつけ込まれる隙を減らせる」
真面目な顔で返すヴェルムドールに、イクスラースは起き上がって手招きする。
「なんだ?」
「いいから」
再度の手招きをするイクスラースにヴェルムドールが近づくと、イクスラースは再度手招きをする。
「もっとこっち。私の隣に来なさい」
「ん? ああ」
ヴェルムドールがベッドの隣に立つと、イクスラースはもぞもぞとベッドの端に動いてヴェルムドールの腹の辺りをぺたぺたと触り始める。
「……なんだ?」
「よし、何も仕込んでないわね」
そう呟くと、イクスラースはヴェルムドールの腹部にそれなりに本気の拳を打ち込む。
「……いったあー……」
「何がしたいんだ……」
結果として拳を痛めて少し涙目になったイクスラースと首を傾げるヴェルムドールという図が出来上がる。
まあ、常識的に考えてナマクラ剣くらいなら素手の拳でも叩き折れるのが魔族であり……その王たるヴェルムドールの防御力がそれより上なのは当然であり、この結果もまた当然なのだが、それはさておき。
「ちょっとは大丈夫か、とか聞いて心配しなさいよ!」
「大丈夫か?」
「うるさいわよバカ!」
「どうしろというんだ……」
困った顔をするヴェルムドールを睨みつけていたイクスラースは、ヴェルムドールの視線が微妙に移動しているのを目敏く発見する。
「何見てるのよ」
「ん? いや……髪型が違うと思ってな」
今のイクスラースの髪型は、長い紫の髪を左右で軽く結んだスタイルだ。
レースのついた薄手の寝巻きもどちらかというと可愛らしさを強調しており、常に纏っている「怪しげ」な雰囲気は反転してしまっている。
いつものイクスラースと違い、ただでさえ少し幼い印象が更に加速したようですらある。
無論そんな事を言えば激怒するのは分かっているのでヴェルムドールも口には出さない。
なので無難な発言に留めたのだが……なんとか正解の範疇であったようだ。
イクスラースはヴェルムドールを睨むのをやめ、髪を軽く触り始める。
「……そりゃそうよ。髪が長いっていうのはそれなりに大変なのよ?」
「俺には分からん悩みだな」
「……」
イクスラースはヴェルムドールがロングヘアーにした姿を少し想像してみた後、その想像図を振り払うように首を横に振る。
「そうね、似合わないからやめたほうがいいわ」
「そうか」
「ていうか、その返しもないわよ。会話が続かないじゃないの」
「すまん」
ヴェルムドールがそう言って頷くと、少しの沈黙が訪れ……やがて、イクスラースの方が口を開く。
「……ここ、座りなさいよ」
ベッドの端をぽふっと叩くと、ヴェルムドールは僅かに悩むような様子を見せる。
「そこに立っていられても邪魔なのよ。いいから座りなさい」
「……ああ」
ベッドの端に渋々といった様子で腰掛けたヴェルムドールを見て、イクスラースはふうと溜息をつく。
「で、何しに来たのよ。貴方が仕事より見舞いを優先するような男じゃないのは知ってるのよ?」
「俺をなんだと思ってるんだ」
「仕事中毒の引き篭もり」
あまり否定する材料が無かったヴェルムドールがそっぽを向くと、イクスラースは肩をすくめる。
「仕事を抱えすぎなのよ。もっと割り振る事を覚えないと、何処かで崩壊するわよ?」
「そうだな。分かっている。だが、それでも今は一分の隙も作りたくは無い」
与り知らぬ僅かな歪みを原因に滅びた権力者の例は、それこそ人類領域では事欠かない。
それであるが故に僅かな違和感を察知できるような体制を整えているのだ。
全体を余さず知ればそれが出来ると信じるが故だ。
「……まあ、いいわ。貴方がそこまで警戒する理由も理解できるもの」
だからこそ、イクスラースも「今」はそれ以上何か言うのを避ける。
「で、もう一回聞くけど。何しに来たの?」
「ん……ああ、そうだったな」
ヴェルムドールはそう言うと、軽く動いてイクスラースを見つめる。
「お前についての話だ、イクスラース」
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次回、ちゃんと真面目な話です。
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