勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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ミキシングメモリー4

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「……くそっ!」

 クロードの消えた空間を見つめて、フーリィは吐き捨てながら剣を地面へと振り落とす。
 僅かに剣が地面を削り、しかしすぐにフーリィは砦のほうへと振り返る。
 そこには、崩れ落ちるように座り込んだままのルモンの姿があり……窓からルルガルが飛び降り、ゲルダが斧を放り出して駆け寄ろうとしているところであった。

「ルモン!」

 剣を仕舞う手間すらもどかしく、それでも何とか剣を鞘に収めてフーリィは走り出す。
 駆け寄り、ルモンの様子を確かめているルルガルとオロオロするゲルダの背後から、フーリィは内心のパニックを押し隠すように拳をぎゅっと握る。
 ルモンの傷の様子を確かめていたルルガルは、ルモンの身体にそっと手を押し当てると聞いた事も無いような詠唱を開始した。
 
「竜は問うた。かつて汝を貫きたる七の剣は心の臓に達し、流れ出る血は命をも溶かし流した。しかし汝は未だ此処に在る。死をも逃れたる汝の根源は何処?」

 ルルガルの魔力が手の先に集まり、輝き始める。

「我は答えた。其を知るは我に在らず。されど、この七の剣ならば其を知ろう。我を貫こうとも、殺すまいとしたこの剣ならば」

 ルルガルの手の輝きは全身へと広がっていき、薄暗いルルガルの森の中が強く照らされ始める。

生命流入の秘儀アルティオ・レルタ

 ルルガルを包んでいた輝きが、ルモンへと流れ込む。
 ルルガルから、ルモンへ。
 輝きが移動するようにルモンの全身を包み、その体内へ吸収されるかのように消えていく。

「ぐっ……」
「ルモン!」
「ルモン隊長!」

 返ってきた反応に歓喜の声をあげるフーリィとゲルダとは対照的に、ルルガルは冷静な様子でルモンの様子を確かめる。
 目を開けて……しかし、ぼうっとした様子のルモンの頬をルルガルはぺちぺちと叩く。

「ルモンさん、聞こえますか」
「う……ル、ルガル……?」
「はい、ルルガルです」
「僕は……ここは……」
「此処はルルガルの森。クロードとかいう屑との戦いで貴方は負傷していました」

 それを聞いて、ルモンの手が何かを確かめるかのようにピクリと動く。

「剣……そうだ。僕の、剣は……」
「あります。反撃を受けて、逃げ出したといったところでしょうね」
「そう、ですか……すみません、ルルガル。また助けられました」
「いえ。そのお言葉だけで、充分です」

 優しく微笑むと、ルルガルは立ち上がり……フーリィとゲルダへと振り向く。

「生命の危機は去りました。あとは任せていいですね小娘共」
「あ、ああ」
「ありがとうございます、ルルガルさん!」

 フン、と鼻を鳴らしてルルガルは砦の中に入って行き……ルモンが、よろめきながら立ち上がる。

「お、おいルモン! 無理をするな!」
「分かっています」

 ルルガルが今使った魔法は、生命流入の秘儀アルティオ・レルタ
 一言で言えば回復魔法であるが……自分の生命力とも呼ぶべき力をも変換して相手に注ぎ込む、自己犠牲の魔法でもある。
 これは通常の治癒魔法では時間がかかる、あるいは間に合わない時などに行われる緊急回避の方法であり……かつて、「正気だった頃のグラムフィア」が魔法実験で重傷を負った際にルルガルが使った魔法でもある。
 その後、ルルガルは二日程寝込んでしまったのだが……それを使わざるを得ないほどの傷だったということだろう。

「ル、ルモン隊長! 先程の騒ぎは……!?」

 ようやく準備が整ったのかフル装備の他の部隊員達が砦の中より走り出てきて、思わずルモンは苦笑する。
 武装の足りない状態で出てこられるよりはマシなのだが、もう少し即応性が必要だな……などと考えつつ、手をパタパタと振る。

「問題ありません。とりあえず戻ってください」
「し、しかし……いえ、了解しましたっ!」

 少し納得いかないような顔をしつつ戻っていく部隊員達を見送ると、フーリィが「いいのか」とルモンに問いかけてくる。
 それは勿論、「報告を出さなくていいのか」という意味なのだろうが……。

「……ええ。まずは、状況を整理しませんと」

 まず、あの男……クロードは自身の剣「黒剣ヴェルガン」を取りに来たと言っていた筈だ。
 しかし、その剣は今ルモンの手元にある。
 それは「何故」か。
 反撃で逃げた、とルルガルは言っていたが……本当にそうだろうか?
 ルモンとの決闘だけでは終わらない事など、クロードは充分に予測できていたはずだ。
 ならば、何故。

「予想よりも強かった……とか?」
「そうだな。今回は、あのルルガルもいた。悔しいが、あの女の緑の魔眼は此処では最強クラスだ。それが奴にとって計算外だったのでは?」

 それは充分に考えられる。
 だが、ルモンは知っている。
 あのクロードには殲魔形態ベイルキラーと呼ばれる奥の手があったはずだ。
 それを使えば、如何に緑の魔眼の力を持ってしても苦戦は必至だ。
 ならば何故。
 使えなかった?
 否。それはない。
 あれは魔法でも技ではなく、単なる「力の解放」であろうことは予測がついている。
 それが出来ないなどということはありえない。
 ならば何故……そして、何よりも疑問に思うべき事がある。

「……どうして、僕の生死を確認しなかったんでしょうか」

 充分できたはずだ。
 フーリィとゲルダを蹴散らして、ルルガルがルモンを庇う前に一撃入れてトドメを刺す事だってできたはずだ。
 ならば、何故。
 黒剣ヴェルガンを簡単に諦め、ルモンの生死をも確認していない。
 そして尚且つ、皆殺しにして口封じをしているわけでもない。
 それでいて、前回のように「騒ぎにして本命を呼ぶ」というわけでもなく撤退している。
 
 ……それはつまり、「どちらでもよかった」ということではないだろうか?
 恐らくは、身を晒す事に意味があったか……あるいは、ルモンの件は「ついで」だったのだ。
 あのクロードという男がルモンの想像通りに「同類」であったならば、ルモンがわざわざ狙われた理由も理解できる。
 だが、ルルガルの時とは明らかに違っている部分もある。
 あのクロードは明らかに「クロード」のままだった。
 ルモンのように「記憶を保持したままルモンを装っている」わけでもなく、明らかに「クロード」であったのだ。
 それでいて、「ルモンの抱える事情」も知っている。
 それの示す事はすなわち、クロードは全てを知った上で従っているということになる。
 そんな彼が、わざわざ自分の姿を晒す理由は……。

「ルモン?」
「ルモン隊長?」
「……そうか、目的は彼女か」

 ルモンはそう呟くと、黒剣ヴェルガンを鞘に収める。

「申し訳ありません、二人とも。僕は魔王城に向かいます」
「え?」
「お、おいルモン!」

 転送魔法を起動するルモンに手を伸ばしかけた二人を、ルモンは押し留める。

「申し訳ありませんが……ルルガルをお願いします。そろそろ限界だと思いますので」

 そう言い残して、ルモンは転送魔法を発動した。
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