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連載
歪み
しおりを挟む「ベル、ディア……」
ラクターの口から、そんな言葉が漏れる。
旧魔王軍軍団長ベルディア。
ラクターの目の前にいたのは、その「彼女」そのものであった。
いや、持っている槍は違うし……瞳も、ラクターの記憶よりは大分穏やかな輝きを宿している。
しかし逆に言えば、それだけである。
見間違いようもない。
他ならぬラクターが、見間違うはずも無い。
「クロさん!」
「……っ! またお前か!」
ラクターの背後から、シャイナが嬉しそうな声をあげる。
一方で忌々しそうな声をあげたセミアンは、クロを凝視しているラクターに気付きニヤリと笑う。
なんだかんだと揉め事に突っ込んでくるあの女のことだ。この様子からすれば、この男とも何か因縁があるのに違いない。
ならば上手くいけば、この化け物のような男とあの女を潰し合わせることができる。
そんな計算を働かせたセミアンは、それを気付かれないように……などと考えながら虚勢を張り叫ぶ。
「何度も何度も邪魔しおって……便利屋風情が何のつもりだ!」
「それはこちらの台詞だ。私の贔屓にしている店に手を出すなと言ったはずだが?」
クロは静かにそう返すと、ふっと馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「それに、いつもの馬鹿共はどうした。足りないし、表で伸びてるようだが?」
「フン、あんな使えん奴等など知ったことか! それにだ……くくっ! お前、この男と何か因縁があるようじゃないか?」
ラクターを指し示すセミアンに、クロは首を傾げる。
「……なんのことだ?」
「ははっ、とぼけるか! おいお前! この際だ、俺に雇われろ! あの女を潰せたなら幾らでも」
払ってやるぞ、と言い掛けて。
ラクターを見上げたセミアンは、その瞳を覗きこんでしまう。
その瞳。
様々な感情を混ぜ込み詰め込んだ、名状しがたき恐怖を想起させる瞳。
そこから漏れ出す、他者を恐怖に陥れる絶対者の威圧。
それを見てしまったセミアンは、自然と崩れ落ちるように床に膝をつく。
今自分が言おうとしていた言葉がなんだったかすらも忘却し、安っぽいプライドも譲れぬ一線も等しく無価値となる。
そんなものは「死にたくない」という願望の前では塵芥よりも役に立たず、持っているだけで邪魔なものにすぎないということを本能的に理解しているが故だ。
殺すと言われたわけではない。
その瞳で見られたわけではない。
ただ、見てしまっただけだ。
ただそれだけのことで、「自分は絶対的弱者である」と理解させられてしまった。
だからこそ、セミアンの身体は「逃亡」という一手のみを選択する。
腰は抜け、足には力が入らない。
それでもただ、這うようにして腕を動かし逃亡を始めたセミアンを、ラクターの背後にいるシャイナは戸惑いながら視線で追う。
だが、それも当然だ。
今のラクターの正面にいるのはセミアンとクロの二人のみ。
平然と立っているクロはセミアンの襟を掴むと、軽く持ち上げる。
「さっさと帰れ」
そう言ってクロがセミアンを店の外へ放り投げると、セミアンは助かったとでも言いたげな勢いで這いずりながら逃げていく。
クロがそれを視線で追ってフンと鼻を鳴らすと、ラクターは静かに口を開く。
「……ベルディア、なんだな」
「私は一応クロと名乗っているんだが。お前、私を知っているのか?」
「そうだな。よぉく知っているぜ」
それを聞くと、クロはラクターをじっと見て困ったような顔をする。
「そうか。だが……あまり友好的な関係ではなかったとみえる。ああ、一応弁解しておくが私は記憶が無くてな。もしお前と因縁があったのならすまないが、今の私には分からないんだ」
「そうかよ」
ラクターが、一歩前へと踏み出す。
その視線はクロから外れ、その背中に背負っている黄金の槍へと向けられる。
「流石にこんな場所で全部説明するわけにゃいかねえが……お前は間違いなくベルディアだ。だが、ベルディアがこんなところにいるわけがねえ」
「どういう意味だ? いや、待て。その台詞は矛盾しているぞ」
「矛盾してねえんだよ、困ったことにな」
ラクターの手の平が、クロへと向けられる。
「……その槍、普通の槍じゃねえな。よく分からねえが、まともなもんじゃねえ」
「だったらどうした」
「こっちに寄越せ。それはへし折っておくべきだ」
「意味が分からんぞ」
ラクターを警戒するように一歩クロがが下がり、ラクターの背後のシャイナ達が事情も分からずオロオロする。
「え、あの、その……?」
「触るんじゃねえ」
ラクターに触れようとしたシャイナの気配を感じ取り、ラクターは「思わず一歩下がる程度」の殺気を放つ。
「えっ……」
「今の俺に触るな。俺の前に出るな。何が起こってもフォローしてやれねえ。離れてろ」
「で、でも……」
「離れてろ」
ラクターの放つ魔力に気圧され、シャイナ達はよろめくように下がり始める。
それは、単なる余波に過ぎない。
クロと名乗る女一人に向けられた魔力と殺気の、その単なる残りカスだ。
常人が受ければ簡単に心折れるであろうソレを、クロは平然とした顔で受け止める。
「……おい、お前。名前はなんて言うんだ」
「思い出せよ、ベルディア。俺とお前の仲だろうが」
「記憶が無いと言っただろう」
「そうかい。だがよ、それは本当に記憶がねえのか?」
ラクターが、拳を握る。
「本当は、最初から何もねえんじゃねえのか?」
ラクターが思い出すのは、旧魔王軍の幹部「ルルガル」の一件だ。
姿も能力も同じルルガルが出現した件は、ラクターの耳にも入っている。
ルルガルの特殊性故に露見した一件だが、サンクリードからの「魔人ギリザリス」の件がなければその異常性が明確にはならなかっただろう。
そして……どれも「死んだ」魔族であり、「復活した」魔族である。
剣魔や杖魔の件も含めれば、何らかの理由で死んだ魔族が蘇っているようにも思えるが……「ルルガル」や「ギリザリス」の件を含めると、どうにも「まとも」な蘇り方ではない。
そもそも、命とは「流れ」の中にあるものだ。
どんな生物とて死ねば魂は崩れ「命の種」となって流れの中へと帰る。
死んだ者の肉体を修復しても無傷の肉体が残るだけなのだ。
たとえばアルムは、細胞の一片まで余さず殺しつくされれば死ぬ。
ルルガルとて、本体が死んだ時に「ルルガルの種」に魂が移動しているだけに過ぎない。
魔操鎧のような「幻想種」とて、死なないわけではない。
そう、魔族とて「極めて死ににくい」だけで死ぬ。死ねば終わりなのだ。
魔王とて、その理からは逃れられなかった。
……そして。
実は生きていた、という救いはない。
ベルディアは間違いなく死んだからだ。
他ならぬラクターが、その残骸を確かめた。
バラバラのスクラップに変わったベイルメタルドラゴンを、ラクターはその目で確かに見た。
世界にたった一人しかいないベイルメタルドラゴン「ベルディア」の成れの果てを、その目に焼き付けた。
だからこそ、ベルディアがこの場にいることはありえない。
それでも、ラクターがベルディアを見間違うことは無い。
数えるのも億劫になるほどの長い時の中で、ただ一人の愛しい相手。
伝えず終わった、たった一度の恋。
その相手を、間違うはずなどない。
……ならば、「これ」もまたそうなのだ。
偶然か、何者かによる仕組まれた必然か。
どちらにせよ、放置するには危険すぎる。
「確かめさせてもらうぜ、ベルディア」
簡単だ。
一発本気の全力でぶん殴ってみればいい。
散々殴りあった仲だ。
戦ってみるのが一番分かりやすい。
だが、流石に街中で「やる」のは拙いということくらいはラクターにも分かっている。
ならば、誰の邪魔も入らない場所にまずは行くべきだろう。
そう考えて、ラクターは魔力を練り上げて。
「待った待った、ちょーおっと待ったぁ!」
突如出現した光の奔流が、ラクターを包み込む。
「きゃあっ……!?」
そのあまりの眩さにシャイナ達の目は眩む。
そして、光が収まったその後……そこには、ラクターの姿は残ってはいなかった。
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