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とある小さな物語2

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「んあ?」

 ラクターにしてみれば羽虫がぶつかったよりも軽い感触だが、女にしてみれば壁にぶつかったのと変わらない。
 弾き返されて尻餅をつきそうになる女を、ラクターは腕を伸ばして抱き支える。

「おいおい、大丈夫か?」
「え? あ、は……」

 何やら混乱しているらしい女だったが、バタバタと走ってくる複数の足音にハッと気付いたかのように身体を震わせる。
 慌てて辺りを見回し、ラクターの背後にサッと身を隠す。

「ご、ごめんなさい見知らぬ方! 失礼な頼みと承知でお願いしますが、助けてください!」

 ガタガタと震える背後の女に、ラクターはどうしたものかと頬を掻く。
 しかしラクターが明確な答えを返すその前に、先程女が走ってきた方向から数人の男達が現れる。
 身長も体型も違う五人の男達はいずれも仕立ての良い服を纏っており、しかし隠し切れない粗暴さがにじみ出ている。
 下衆に共通の笑い方がそっくりな辺りもあわせて、「まとも」な相手とは判断しがたい。
 この時点ですでに半分くらいは「ぶっ飛ばしていいかな」とラクターは考えていたのだが、一応我慢してみる。
 すると、先頭にいたひょろ長い男が額を平手でパシンと叩くような動作をする。

「いやあ、すまねえな旦那。うちの主人からそっちのお嬢さんをご招待するように言われてたんだけどよ。ちょっと双方に誤解があってな。ははっ……どうもすまねえな」

 ひょろ長い男がちらりと背後に視線を送ると、小男と逆毛の男が進み出る。
 同時に女は、ひっと叫んでラクターの服の裾をぎゅっと掴む。

「あー……」

 ラクターは面倒臭そうに呟くと、頭をボリボリと掻く。

「誤解があったんだろ? なら出直せや」

 あまり面倒を起こすわけにもいかない立場ではあるが、見過ごすにも少々問題がありそうだ。
 そう考えたラクターの「とりあえずの当たり障りの無い言葉」に、小男のほうがチッと舌打ちをする。

「いいから引っ込んでろっつうんだよ、でくのぼうが」

 そのままペッと唾をラクターの靴に小男が吐くのを横目で見ながら、逆毛の男はラクターの背後に回って女を捕まえようとする。
 逃がさないために小男にも合図をしようとすると、小男の方は調子にのったのかラクターを見上げて睨みつけている。

「おうこら、聞いてんのか? 俺様がどけって言ってててててててててて」
「お、おい?」

 逆毛の男の目の前で小男は、全身を小刻みに震わせている。
 びっしりと脂汗を流し真っ青になった小男はガクガクと忙しく震える足で体を支えることすら出来なくなったのか、膝から崩れ落ちる。
 それでもラクターを見上げたまま顔を逸らさずブルブルと震え続ける姿は実に滑稽だが、薄気味悪くもある。

「てててててててテテテテてテテテテぷあっ」

 泡を吹いて倒れた小男はそのまま白目を剥いて気絶し、地面に水溜りを作り始める。
 
「う、うわっ!? おいテメ、何をひぃっ!?」

 ゆっくりと動いたラクターの顔が、逆毛の男へと向けられる。
 そこに浮かんでいたのは、ただ無表情。
 だが、ギラつく瞳の輝きが示すのは明確な殺意。
 殺される。
 確実に殺される。
 絶対に殺される。
 そんな危険信号が男の中を駆け巡り、先程の小男と同じように全身から汗が染み出てくる。

「ひ……ひ……い、いひ……ひあぁあああっ!?」

 泣いて涎を垂らしながら殴りかかる男という気味の悪い物体はラクターに拳を叩き付けたまではいいが、逆に拳を痛めてぎゃーぎゃーと叫び転がり始める。

「……で?」

 逆毛の男をそのままに、ラクターはゆらりとひょろ長い男へと視線を向ける。
 先程よりは弱いものの、怒りを持続させた瞳はそれだけで強力な威圧を男達へと叩きつける。
 
「結局お前等、俺にケンカ売りに来たのか。そうならそうと、さっさと言えばいいのによぉ」
「え? いや、ちょっと待ってくれよ旦那。俺達は」

 後ずさる男達に、ラクターは一歩近づく。
 男達はまた後ずさり……やがて、一人の男が声を上げて逃げ出す。
 それを追うようにもう一人の男も逃げ出し、ひょろ長い男も転がるようにして逃げ出していく。

「……ケッ、くだらねえ」

 唾を吐きかけられた靴をいつの間にか気絶していた逆毛の服で拭いていると、ラクターは思い出したように振り返る。
 背中にしっかり隠れてしまっているが、そこにはまだラクターの服の裾を掴んだままの女がいる。

「……で? 結局お前はなんなんだ?」
「へ? え、えーと……そのう」

 しばらくの無言の後、女はラクターの前に回って頭を下げる。

「え、えと……ありがとうございますっ!」

 女の姿は、一般的な庶民……よりは少し高めの服を着ているだろうか。
 真っ白な服に若草色の上着を合わせ、こげ茶色の長い髪を後ろで結んでいる。
 貴族のお忍び……というには立ち居振る舞いに隙がありすぎるところを見ると、商人の家族といったところだろうか。
 明らかに旅装ではないので、この街に拠点を構えているのだろうとラクターは予想する。

「なあに、気にすんな。俺は何もしてねえからよ」

 とりあえず女は危機を免れたし、ラクターとしてはこれ以上関わる道理も無い。
 身を翻して去ろうとすると、その服の裾が再び掴まれる。

「……おい」
 
 離せ、と言おうとしたラクターがその言葉を口にする前に、女の口から言葉が紡がれる。

「あ、あの! うち、菓子店を営んでまして……よかったら、お礼させていただけませんか?」
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