330 / 681
連載
とある小さな物語
しおりを挟む「……ったく、面倒くせぇなあ」
ザダーク王国の誇る南方将たるラクターは、エルアークの街中でそう呟いた。
ラクターがこんな所にいるのは、当然ではあるが魔王ヴェルムドールの命令によるものである。
キャナル王国の支援計画において、ジオル森王国と同様に「一時的な防衛力の支援」が必要かどうかを検討する為の話し合いが必要だったのだが……それにあたり、キャナル王国の防衛大臣とやらが出席すると伝えてきたのが原因である。
本来であればキャナル王国からはエルアーク守備騎士団の副団長と光剣騎士団の団長補佐役、そしてザダーク王国からは派遣予定である東方軍から副官と現場の部隊長を一人……という予定だったのだ。
あくまで気軽に意見を交換し合い、次回以降の話し合いに繋げる……という形だったはずなのだが、そんな人物が前日になって突然「私も参加しましょう。大事な話し合いだ」などときてしまっては、ザダーク王国側としてもそれなりの立場の人物を出さねばならない。
しかし困ったことに、東方将のファイネルは勿論アルテジオもサンクリードも、更にゴーディも手が放せない状態にあり、丁度暇をしているのがラクターしか居ないという状況であった。
とはいえ、ラクターはファイネルと違ってバカではない。
きちんと難しい話を理解する能力はあるし、賢者と称されていただけの知性もある。
伊達に最古クラスの魔族ではないわけだが……基本的にやる気に欠けている。
なので、「ヴェルムドールからの命令」という形でやる気を補填し場に臨む事になったわけである。
しかし実際の話し合いになって防衛大臣とやらを名乗った狸のような男が部屋に入ってラクターを見た瞬間に歯を打楽器のようにリズミカルに鳴らしながら盛大な汗を掻き、案内してきた騎士の肩を叩いて「申し訳ありませんが私でなければ処理できぬ急な案件が……なあ、君!」などと言いながら逃げてしまっては「俺は何をしに来たんだ」というものだ。
流石にそれはないだろうということで一度中断し、「大臣の用件を早急に片付けて」からの再開となったわけである。
大臣を片付けたほうが早いんじゃないかと言わなかった辺り、ラクターを選んで正解だったというところだろうか。
ファイネルならば確実に言っている。
というよりは、その大臣とやらが参加を決めたのは「東方軍」だと聞いたからだろうな……とラクターは推測している。
ジオル森王国のパーティで「東方将」として紹介されたファイネルの絵はジオル森王国内でそれなりに広まっており、あの好色そうな男がそれを手に入れて、「一目見たい」と画策していたとしても不思議ではない。
ラクターの趣味とは外れているが、ファイネルはかなり美人の部類に入るからだ。
……まあ、そんなわけで翌日からとなった会談までの間、暇になってしまったという訳であり……暇つぶしにラクターはエルアークの街中をぶらついているというわけだ。
幸いにも、あちこちから来た冒険者でエルアークは賑わっている。
その中にはかなりの巨体の冒険者も結構いる為、威圧感を極力抑えたラクターは「思い切り目立つ」という程ではない。
まあ、それでもそれなりに目立つのだが……冒険者が「大きければ強い」というわけではないのを知っている者達からしてみれば、それなり程度の目立ち具合でしかない。
巨漢が見せびらかす槌や大剣などを持っておらず、素手に見えるのも一因かもしれない。
前にファイネルから散々「クッキー」とやらを自慢されたラクターとしては、それを山のように買って帰って見せびらかしてやろうなどと考えていたのだが、どうにも露店で売っているものではないらしい。
というよりも、完全に区画整理されたザダーク王国の街並を見ているラクターからすれば、どうにもごちゃごちゃしているという印象が拭えない。
まあ、そもそも簡易店舗である「露店」の存在しないザダーク王国に暮らしていれば当然の反応なのだが、それはさておき。
「……どうしたもんかね」
「おっ、そこの旦那! ちょっとこの店を見ていきません!?」
「あ?」
かけられた声に振り向けば、樽に武器を色々と挿して並べた露店の店主が愛想笑いを浮かべている。
「あっしには分かる! 旦那は今、長く世話になった相棒を失って新たな出会いを求めてる……ってね! だがもう安心です! ご覧あれ、このガタックの集めた珠玉の武器の数々! たとえばこれ、ドラゴンを正面から叩き潰す事も不可能ではないかもしれないと言われた、あの噂の大槌デガルトン! なんと知る人ぞ知る重緑銅を使用することで安心の重量感を実現した逸品ですぜ!」
「ほお」
ガタックとやらの後ろに置いてある大振りの槌を見て、ラクターはつまらなそうに目を細める。
重緑銅といえば、確か重たいしか能の無い金属であったはずだ。
武器に使うには硬さが足りず、人類領域では訓練用の器具に使う金属として一部で使われていると聞いている。
南方軍でも一時輸入を検討したものの、あまり需要がないと見送った経緯がある。
「ご覧あれ、この妖しい緑の輝きを! これこそまさに旦那を栄光へと導く一品!」
金属に詳しく無さそうな冒険者をカモろうとでも思ったのか、あるいはこの男も仕入れの際に騙されたのか。
後者だとすれば哀れなもんだとガタックの弁舌に適当に相槌をうっていたラクターだが、ふとガタックの瞳に宿る侮蔑の色を見て前者だと悟る。
「どうですかい、旦那! 旦那もお困りでしょうし、今この瞬間なら……大金貨三枚相当のこの品ですが……ぬう、ううー!」
如何にも苦悩している風の男だが、実際に値段に換算すれば大銀貨三枚の価値があるかも不明だ。
まあ、変な趣味を持った者が珍奇な美術品として買う可能性があるかもしれないが……それにしては芸術性のない造形だ。
大銀貨一枚で叩き売られた挙句に別の物に加工しなおされるのが関の山だろうか。
「よし……よし、あっしも冒険者の皆様の味方を公言してきた男だ! 小金貨一枚で如何です!? ……って、ありゃ? 旦那?」
男が一瞬演技で目を瞑った瞬間に、ラクターの姿はそこから消えていた。
単純にこれ以上見ていたらぶん殴りそうだったから立ち去ったのだが、ガタックは気付かずに「あれえ」などと言って辺りを見回している。
そのラクター本人は、近くの路地裏に入り込んで何処かああいうアホのいない店のありそうな場所まで行ってみよう……などと考えていたのだが。
「……あうっ!」
息を切らせた一人の女がラクターの胸に飛び込んできたのは、その次の瞬間のことであった。
0
お気に入りに追加
1,740
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。


勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら
七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中!
※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります!
気付いたら異世界に転生していた主人公。
赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。
「ポーションが不味すぎる」
必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」
と考え、試行錯誤をしていく…

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。