上 下
319 / 681
連載

外交狂想曲2

しおりを挟む

 こうした話で一番恐ろしいのは、「何も理解していない事」である。
 何しろ、こうした婚約話は持ちかけてくる相手にとっては相応のメリットを期待しているが故のものだ。
 だからこそ少々過剰なくらい積極的に仕掛けてくるし、少々イラッとするくらい言質を取りにやってくる。
 ……ちなみに「少々」と表現をしたが、かなりマイルドな表現である。
 回りくどい事が大嫌いなラクター辺りに仕掛ければ、間違いなく殴られるか蹴られるか……まあ、ロクなことにはならないだろう。
 そしてシュタイア大陸での一般的な魔族のイメージとは、あまり宜しくはなかった。
 平たく言えば「人類の敵」であったが故、ヴェルムドールはそれの改善に粉骨砕身してきたのだ。
 ナナルスの言う通り、その効果が出てきたが故にこういった話が浮上してきたのであろうことは想像に難くない。
 そしてこうした話が来た以上、「理解」をしておく必要がある。
 それはこういった「表面上の友好や好意」を上手く処理する際に必要なものであり、魔族には少しばかり欠けたものでもある。
 だからこそヴェルムドールはニノにも分かりやすく、かつ簡潔にこう説明する。

「敵を知っていれば対処もしやすい。つまりはそういうことだ」
「そっか」

 納得したように頷いたニノはヴェルムドールの横に移動してきて、宝箱を開ける。
 そこから何枚かの紙を取り出して読み進めては、ふむふむと頷いている。
 その様子を見てヴェルムドールは苦笑しつつも、宝箱の中から別の紙を取り出す。
 自分は何処の誰であり紹介したい娘は自分とどのような関係にあるどういう者であり、こういう事が出来てこうした事が自慢で……といった文面に入るアピール文の他に、婚約が成立することでこういうメリットがあって、それは今後の両国の関係を考えればこのようなメリットが……と続く文面であるが、これが意外にも「本気」の感じられる内容である辺りがヴェルムドールの頭痛を誘う。

 たとえばこれが「とりあえず権力者に売り込んでみよう。なあに、美麗字句を並べればどうにかなろう」的な阿呆であれば対処はしやすいのだが、文面から感じられるのは「絶対に売り込んでやる」という本気である。
 容姿が如何に良いかの自慢はほとんど無く、如何に献身的な娘であるか、そして政治的・かつ経済的にどのようなメリットがあるかを理詰めで書いているのだ。
 ぺらりと次の紙を捲ってみると、やはり同じような論調である。
 部下の面接をしているわけでもあるまいに……と鼻で笑うべきところではあるのだが、逆にヴェルムドール個人としては好ましい論調であるところが面倒だ。
 
「……さて、困ったな」
「なんで? 断るんでしょ?」
「ああ、断るさ。問題は、その断る理由のほうだ」

 首を傾げるニノに、ヴェルムドールは書類を机に置いて顔を向ける。

「こいつ等はそれぞれ、この婚約こそが最も互いの国に益をもたらすものであるという理由をつけているわけだ」
「そうだね?」
「だが当然の事ながら、最良の選択肢というものは常に一つしかない。それを考えれば、その「最良」以外は自己を過剰に売り込んでいるという事に他ならないわけだ」

 そう、「最良であり最高の結果をもたらす選択」などというものがゴロゴロ転がっているわけは無い。
 そんなに簡単であれば、ヴェルムドールの道程はもっと楽であっただろう。
 そうではないからこそ、今も苦労しているのだ。

「んー……つまり、嘘ついてるってこと?」

 ヴェルムドールの疲れたような様子を感じ取ったのか、ニノは瞳に危険な色を宿す。
 それをヴェルムドールは苦笑しながら否定してみせる。

「少し違うな。自分の提示できる手札の中ではこれが最良である……と示しているんだ。それをこちらがどう評価するかはこちらの勝手……というわけだ」
「よく分かんない」
「そうか」

 嘘ではない。
 そして嘘とはならない範囲で出来るだけ自分をよく見せているだけ、である。
 魔族的な観点からいえば「グダグダ言ってねえで簡潔に言え。ブッ飛ばすぞ」となるのだが、人類と付き合っていく以上はそれに対応していく必要もある。
 一応は、相手側からの好意の証なのだ。

「まあ、そういうものだということだ」
「んー……」

 ヴェルムドールが話を終わらせようとすると、ニノは何かに気付いたように腕を組んで悩み始める。
 即断即決するニノにしては真剣に悩んでいる様子にヴェルムドールは少しの興味を覚え、黙って様子を見守る。
 悩んでいたニノは書類を手にとって読んでみて、再び置いてまた悩み始める。

「どうした? 何か疑問点でもあったか?」

 疑問点だらけなんだろうな……などと少しばかり失礼な事を考えながらヴェルムドールが聞くと、ニノは瞳に困惑の色を浮かべながら首を傾げる。

「……つまり、魔王様の事を好きなわけじゃないんだよね?」
「む?」

 予想外の言葉にヴェルムドールが意外そうな顔をすると、ニノは理解できないといった表情を隠しもせずに続ける。
 身体を屈めてヴェルムドールの目の前に書類を持ってくると、それを指でぱしぱしと叩く。

「これも……ほら、何処にも魔王様の何処が好きです、って書いてないんだよ。さっきの話もそう。なんだか、お得だから婚約を申し込んでるっていう風に聞こえる。それって変だよね?」

 おかしいよ、というニノにヴェルムドールはなるほどと頷く。
 なるほど、それは確かにその通りだ。
 そしてそれが普通の感覚でもある。
 少々政治ゲーム的な思考に毒されていたかと自嘲すると、ヴェルムドールはニノの頭をわしわしと撫でた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

神々の娯楽に巻き込まれて強制異世界転生ー1番長生きした人にご褒美有ります

ぐるぐる
ファンタジー
□お休みします□ すみません…風邪ひきました… 無理です… お休みさせてください… 異世界大好きおばあちゃん。 死んだらテンプレ神様の部屋で、神々の娯楽に付き合えと巻き込まれて、強制的に異世界転生させられちゃったお話です。 すぐに死ぬのはつまらないから、転生後の能力について希望を叶えてやろう、よく考えろ、と言われて願い事3つ考えたよ。 転生者は全部で10人。 異世界はまた作れるから好きにして良い、滅ぼしても良い、1番長生きした人にご褒美を考えてる、とにかく退屈している神々を楽しませてくれ。 神々の楽しいことってなんぞやと思いながら不本意にも異世界転生ゴー! ※採取品についての情報は好き勝手にアレンジしてます。  実在するものをちょっと変えてるだけです。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。