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外交狂想曲2
しおりを挟むこうした話で一番恐ろしいのは、「何も理解していない事」である。
何しろ、こうした婚約話は持ちかけてくる相手にとっては相応のメリットを期待しているが故のものだ。
だからこそ少々過剰なくらい積極的に仕掛けてくるし、少々イラッとするくらい言質を取りにやってくる。
……ちなみに「少々」と表現をしたが、かなりマイルドな表現である。
回りくどい事が大嫌いなラクター辺りに仕掛ければ、間違いなく殴られるか蹴られるか……まあ、ロクなことにはならないだろう。
そしてシュタイア大陸での一般的な魔族のイメージとは、あまり宜しくはなかった。
平たく言えば「人類の敵」であったが故、ヴェルムドールはそれの改善に粉骨砕身してきたのだ。
ナナルスの言う通り、その効果が出てきたが故にこういった話が浮上してきたのであろうことは想像に難くない。
そしてこうした話が来た以上、「理解」をしておく必要がある。
それはこういった「表面上の友好や好意」を上手く処理する際に必要なものであり、魔族には少しばかり欠けたものでもある。
だからこそヴェルムドールはニノにも分かりやすく、かつ簡潔にこう説明する。
「敵を知っていれば対処もしやすい。つまりはそういうことだ」
「そっか」
納得したように頷いたニノはヴェルムドールの横に移動してきて、宝箱を開ける。
そこから何枚かの紙を取り出して読み進めては、ふむふむと頷いている。
その様子を見てヴェルムドールは苦笑しつつも、宝箱の中から別の紙を取り出す。
自分は何処の誰であり紹介したい娘は自分とどのような関係にあるどういう者であり、こういう事が出来てこうした事が自慢で……といった文面に入るアピール文の他に、婚約が成立することでこういうメリットがあって、それは今後の両国の関係を考えればこのようなメリットが……と続く文面であるが、これが意外にも「本気」の感じられる内容である辺りがヴェルムドールの頭痛を誘う。
たとえばこれが「とりあえず権力者に売り込んでみよう。なあに、美麗字句を並べればどうにかなろう」的な阿呆であれば対処はしやすいのだが、文面から感じられるのは「絶対に売り込んでやる」という本気である。
容姿が如何に良いかの自慢はほとんど無く、如何に献身的な娘であるか、そして政治的・かつ経済的にどのようなメリットがあるかを理詰めで書いているのだ。
ぺらりと次の紙を捲ってみると、やはり同じような論調である。
部下の面接をしているわけでもあるまいに……と鼻で笑うべきところではあるのだが、逆にヴェルムドール個人としては好ましい論調であるところが面倒だ。
「……さて、困ったな」
「なんで? 断るんでしょ?」
「ああ、断るさ。問題は、その断る理由のほうだ」
首を傾げるニノに、ヴェルムドールは書類を机に置いて顔を向ける。
「こいつ等はそれぞれ、この婚約こそが最も互いの国に益をもたらすものであるという理由をつけているわけだ」
「そうだね?」
「だが当然の事ながら、最良の選択肢というものは常に一つしかない。それを考えれば、その「最良」以外は自己を過剰に売り込んでいるという事に他ならないわけだ」
そう、「最良であり最高の結果をもたらす選択」などというものがゴロゴロ転がっているわけは無い。
そんなに簡単であれば、ヴェルムドールの道程はもっと楽であっただろう。
そうではないからこそ、今も苦労しているのだ。
「んー……つまり、嘘ついてるってこと?」
ヴェルムドールの疲れたような様子を感じ取ったのか、ニノは瞳に危険な色を宿す。
それをヴェルムドールは苦笑しながら否定してみせる。
「少し違うな。自分の提示できる手札の中ではこれが最良である……と示しているんだ。それをこちらがどう評価するかはこちらの勝手……というわけだ」
「よく分かんない」
「そうか」
嘘ではない。
そして嘘とはならない範囲で出来るだけ自分をよく見せているだけ、である。
魔族的な観点からいえば「グダグダ言ってねえで簡潔に言え。ブッ飛ばすぞ」となるのだが、人類と付き合っていく以上はそれに対応していく必要もある。
一応は、相手側からの好意の証なのだ。
「まあ、そういうものだということだ」
「んー……」
ヴェルムドールが話を終わらせようとすると、ニノは何かに気付いたように腕を組んで悩み始める。
即断即決するニノにしては真剣に悩んでいる様子にヴェルムドールは少しの興味を覚え、黙って様子を見守る。
悩んでいたニノは書類を手にとって読んでみて、再び置いてまた悩み始める。
「どうした? 何か疑問点でもあったか?」
疑問点だらけなんだろうな……などと少しばかり失礼な事を考えながらヴェルムドールが聞くと、ニノは瞳に困惑の色を浮かべながら首を傾げる。
「……つまり、魔王様の事を好きなわけじゃないんだよね?」
「む?」
予想外の言葉にヴェルムドールが意外そうな顔をすると、ニノは理解できないといった表情を隠しもせずに続ける。
身体を屈めてヴェルムドールの目の前に書類を持ってくると、それを指でぱしぱしと叩く。
「これも……ほら、何処にも魔王様の何処が好きです、って書いてないんだよ。さっきの話もそう。なんだか、お得だから婚約を申し込んでるっていう風に聞こえる。それって変だよね?」
おかしいよ、というニノにヴェルムドールはなるほどと頷く。
なるほど、それは確かにその通りだ。
そしてそれが普通の感覚でもある。
少々政治ゲーム的な思考に毒されていたかと自嘲すると、ヴェルムドールはニノの頭をわしわしと撫でた。
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