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魔剣技13
しおりを挟むバタン、と勢い良くサンクリードは奥の扉を開く。
全く遠慮の無いその動きに、シュナは思わずサンクリードの服の裾を後ろから引っ張る。
「ちょ、ちょっと! そんな事したら敵が!」
シュナの抗議にサンクリードは不思議そうな顔をして振り返る。
「……おびき出すための別行動だろう? 目立つのが正解だと思うが」
「うっ、そ、それはそうなんですけど」
自分を囮にする経験など無い……むしろ気配を消すのが主体であったシュナとは真逆の考え方だが、今回に限ってはサンクリードが正しい。
通常であれば、出来るだけ相手に悟らせないように隠密行動を心がけ先制攻撃するのが基本だ。
だが今回の場合、相手が何処に隠れているのかイマイチ分からない。
相手を見つけ出すのが難しい以上、相手に先制攻撃をさせるしかないのだから。
「なら行くぞ……次も奥でいいんだな」
「え、あ、はい」
弱々しい魔法の明かりが輝いている廊下を眺めながら、シュナは頷く。
魔法の明かりはランプにも似た器具の中に照明の魔法を固定することで点灯させるものだが、使うには当然照明の魔法が必要となる。
村長が魔法使いだったのか魔法使いを雇っていたのかは分からないが、この輝きからすると、灯されてからそれなりの時間はたっているようだ。
……ちなみに関係ない話だが、恐ろしく高い。
金の余って仕方が無い貴族がつけるようなもので、こんな小さな村の家についているようなものでは断じてない。
この村の村長がどんな悪事に手を染めていたのか、あるいは余程の商才があったのか、今となっては判別のしようもないが……。
「あの明かりが何か気になるのか?」
「へ? え、えーと……」
どう説明したものかとシュナが悩んでいると……突然サンクリードが、シュナの手をぐいと引っ張って引き寄せる。
「ひあっ!?」
何をするのかという抗議は次の瞬間に感じた「背後を何かが通り過ぎる風」によって言葉にされないまま飲み込まれて終わる。
「え」
そう、何かが通り過ぎた。
その事実に気付いたシュナはサンクリードの胸元に抱かれたまま、恐る恐る振り返る。
だが、そこには何も無い。
魔法の明かりが照らす光と影と、沈黙があるだけだ。
「あ、あの。今のって」
サンクリードの顔を見上げようとしたシュナは、ひっと息を呑む。
サンクリードの背後。
音も無くサンクリードに齧り付こうと飛び掛ってきている一匹の黒い狼の姿がそこにあったからだ。
「物理障壁」
「ギャン!?」
透明な障壁に弾かれた黒い狼はそのままサンクリードの背後に落ち……どぶんと池に沈むように消失する。
「消えた……?」
そう、シュナにはそう見えた。
音も無く何処かから現れた黒い狼が、床に溶けて消えたように見えたのだ。
「黒狼というやつは、随分と奇妙な技を持っているようだな?」
「……! いいえ、そんなわけ……そんな報告、今まで聞いた事がありません!」
サンクリードから弾かれるように数歩離れたシュナは、動揺を隠すように大きな手振りで否定する。
シュナの知る限りでは、黒狼にそんな能力は無い。
黒狼はあくまで統率力の高い狼の群れで、特殊な能力など何一つ無いはずだ。
故に注意事項は「如何にリーダーを見つけ出すか」という一点であるとされてきた。
だが、あの黒い狼は何なのだ。
確かに見た目は黒狼に見える。
しかし、あんな能力を持った黒狼の事例などシュナは知らない。
いや、そもそも……あの能力は一体何なのか。
報告されているアルヴァの転移とも先程体験した魔族の転移とも違うように思える。
ならば、一体。
混乱するシュナの思考は突然、ゾクリとするような感覚で遮られる。
何の根拠も無いまま、ただ直感の命ずるままにシュナは足元にナタを突き出す。
「突く」ことを想定などしていないナタを突き出すのでは、ただ床を鳴らすだけに過ぎない。
だが……シュナの足元にわだかまる影からぞぶりと湧き出た黒狼の頭部を見た時、シュナは恥も外聞も無く大声を上げた。
自分に喰らい付こうと大きく開かれた口と並んだ牙が、シュナの恐怖を加速させたのだ。
「ああああああああああああああああああっ!」
「ギャ……ガアアアア!」
力任せに突き出したナタは黒狼の鼻を強打し、それでも黒狼はナタを押しのけてシュナに襲いかかろうと、影からその全身を露にする。
思い切り飛び出してきた黒狼の力は強く、シュナのナタは勢いのままに押しのけられそうなる。
だが、力負けしたその瞬間に食いちぎられる。
一瞬の内に確信したシュナはしかし、廊下の隅……壁が床に形作る影からぞぶりと顔を出すもう一匹の黒狼の姿を見てしまう。
ギラつく目と、大きな牙。
その貪欲な食欲を示すかのような大きな口に、シュナのナタを握る手から力が抜けそうになって。
「ゲウッ!」
シュナのナタを今にも押しのけようとしていた黒狼が、距離を詰めてきたサンクリードの裏拳で壁へと叩きつけられる。
「ガアアアアッ!」
「ひいっ!」
気圧されたシュナをサンクリードは背後に庇うと、飛び掛ってきた黒狼を蹴りの一発で天井まで蹴り上げる。
「あ、ああああ……」
「怪我は……無いな。立てるか?」
腰の剣を引き抜くサンクリードに、なんとか立ち上がったシュナは床に落ちてきてなお立ち上がる黒狼を指差す。
「わ、私……見ました」
「黒狼のことなら、俺にも見えているが?」
「ち、違います! 影……あいつら、影から出入りしてるんです!」
そう、先程サンクリードに壁まで蹴飛ばされた黒狼も、床にずり落ちていく中で影の中へとぞぶりと消えていった。
現れた時だってそうだ。
シュナの影の中から出てきたのを、シュナは確かに見たのだ。
そして、今この瞬間も。
「あ……ああ……」
二人の目の前で、黒狼が影に沈みこむように消えていく。
その光景を、シュナは恐ろしいものを見るような目で……そしてサンクリードは、面白いものを見たとでも言いたげな目で見ていた。
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