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カイン

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 カインの独白に、ライドルグもヴェルムドールも口を挟まない。
 黙って見つめる二人の前で、カインは胸元で拳を握り締める。

「……僕は、命の神フィリア様の導きで聖アルトリス王国の地方男爵家の長男として生まれました」

 カインの父であるスタジアス男爵の治める領地は地方男爵家としては普通程度の規模で、特に目立った特産品は無いものの領主一族の人柄と武勇が領民からの強い信頼を得ているような、そんな場所であった。
 ……とはいえ、圧倒的善政を敷くスタジアス男爵家の経済状況は同じ地方貴族の中でも下の方から数えた方が良い有様でもあった。
 私腹を肥やすどころか領民の保護を積極的に行った結果でもあり、その結果スタジアス男爵領では盗賊どころかゴブリンすら滅多に会わないと言われる程の治安を誇ってもいたのだが……それは同時に、「自分より下」を探す他の貴族から貧乏貴族だの蛮族だのと陰口を叩かれる理由にもなっていた。
 彼等に言わせてみれば「スタジアス男爵領では獲物がないから自分のところまで盗賊だのゴブリンだのが流れて来るんだろうさ、迷惑なことだ」だの、「貴族としての威厳を保つ意味すら分かっていない」などなど……まさに陰口といえばこうであろうというテンプレートを地でいくのだが、それはさておき。

 そうした中で生まれたカインは小さい頃から実力の片鱗を見せ始め、「流石スタジアス家の子」と言われるようになっていた。
 手が動くようになれば文字の勉強を始め、剣と……特に魔法に傾注した。
 そこでも見せた才能の片鱗に、末は稀代の魔法剣士かと持ち上げられる。
 しかしカインの見せた「才能」はそこでは止まらず、幼馴染であり、ティアノート商会という小さな商会の娘であるシャロンを巻き込んで「スタジアス男爵領の名産」の開発に着手し始めたのだ。
 そうしてカインが着手した「改革」はどれもが高い効果を上げ、スタジアス男爵領は領主一家が「最低限」の生活をしようとも、その「最低限」が地方貴族の中でも上位の生活にランクアップするようになっていった。
 そう、スタジアス男爵領全体が大幅に豊かになり始めたのだ。
 そうすると当然、その裏で動いているのがカインという小さな子供であることもバレ始める。
 単なる「武の才能に恵まれた子供」から、「知と武を兼ね備えた天才」へと評価を上げたカインは様々な問題に巻き込まれつつも、これを解決してきた。

「順調ではないか。その話の何処に問題がある?」

 ライドルグの当然の反応に、カインは首を横に振る。

「……子供なんですよ」

 ぼそりと、カインは呟く。

「たかが子供に、そこまで出来てしまったんです」

 そう、確かにカインは優秀だった。
 前世で得た知識により、同年代の子供やその辺りの領民の大人と比べても遥かに理知的。
 それを下敷きに、今世の知識の吸収も早かった。
 領主の子供という立場も大きかっただろう。
 だが、それでも当時のカインは「子供」だったのだ。
 現実を生きる大人が、如何に優秀で将来有望だとしても「賢しい子供の語る新しい考え方」だの「聞いた事も無い新商品」にどれ程真面目に耳を傾けるだろうか。
 無論、そこに商機を見出すのが良い商人の条件という意見もあるかもしれない。
 だが、それでも「世間知らずの子供の言う事」である。
 そんなものに一々真面目に耳を傾けているようであれば、正直にいって商人をやめたほうがいいレベルである。
 だが、それでもカインの言葉は届いてしまった。
 カインの語る理屈にティアノート商会の面々は感銘を受け、実際にその協力の下に生まれた数々の品はティアノート商会を大きくする原動力となった。
 スタジアス男爵家にしてもそうだ。
 父も母も祖父も、カインには厳しくも優しかった。
 カインの語る意見を真面目に検討してくれて、それは実際にスタジアス男爵領の発展に役立った。
 ライドルグの言う通り、順調だったのだ。
 カインがその好奇心と飽くなき探究心と向上心で、自分をもっと深く知ろうと「ステータス確認魔法を自分自身にかける為の鏡」を開発成功するまでは。

「……現しの水晶とステータス確認魔法によって見られるものの差については、ご存知ですか?」
「現しの水晶はあくまで表面的な確認に留まるが、ステータス確認魔法はその詳細まで確認可能だ。無論、抵抗されればその限りではないが……な」

 淀みなく答えるヴェルムドールに、カインも頷く。

「そうです。だから僕は、ステータス確認魔法を自分にかけてみたかった。けれど視認しなければ使えないし、鏡に映す方法では鏡のステータスを確認してしまうだけでした」

 無論人には言えない為こっそりと……試行錯誤の末に完成させた鏡で、カインは自分を見た。
 そして、知ってしまったのだ。

「僕の言葉は、常に見えない力に後押しされていたんです。僕が発した言葉は全てある程度の説得力を持ってしまう……そんな技能を、僕は持っていたんです」

 ヴェルムドールは、先程見えたカインの技能を思い浮かべる。
 命の神の加護、勇者の力、勇者の威厳、剣技、無詠唱、特殊魔法。
 この中でその可能性を持っているものは恐らく……一つ。

「勇者の威厳とやら、か?」
「そうです。その能力は「全ての言葉と行動に好意的な解釈をさせ、説得力を持たせやすくする。また、他者に好かれやすく嫌われにくくなる」というものです」

 これを知ったカインは、愕然とした。
 そして同時に、納得がいってしまったのだ。
 全てが順調だった理由。
 ありとあらゆる流れがカインの為にあるかのような、その理由。

「僕の言葉が信用されたわけじゃない。僕の事が認められたわけじゃない。強力な勇者の能力で、ゴリ押ししただけ……。結果的に上手くいったのかもしれませんが、そんなのが免罪符になるわけじゃない」

 あらゆる言葉が、信用できなくなった。
 あらゆる好意が、信用できなくなった。
 自分に向けられる好意や憧れの視線が怖くなった。
 その全ては偽りで、「勇者の威厳」による洗脳に過ぎないのではないだろうか。
 大切な家族も、幼馴染のシャロンすらも怖かった。
 何もかもが、「勇者の威厳」の上に築かれた薄っぺらなものに見えた。
 
 発狂寸前まで追い詰められたカインが手を出したのは……自分の技能を封印する「封印魔法」の開発であった。
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