286 / 681
連載
カイン
しおりを挟むカインの独白に、ライドルグもヴェルムドールも口を挟まない。
黙って見つめる二人の前で、カインは胸元で拳を握り締める。
「……僕は、命の神フィリア様の導きで聖アルトリス王国の地方男爵家の長男として生まれました」
カインの父であるスタジアス男爵の治める領地は地方男爵家としては普通程度の規模で、特に目立った特産品は無いものの領主一族の人柄と武勇が領民からの強い信頼を得ているような、そんな場所であった。
……とはいえ、圧倒的善政を敷くスタジアス男爵家の経済状況は同じ地方貴族の中でも下の方から数えた方が良い有様でもあった。
私腹を肥やすどころか領民の保護を積極的に行った結果でもあり、その結果スタジアス男爵領では盗賊どころかゴブリンすら滅多に会わないと言われる程の治安を誇ってもいたのだが……それは同時に、「自分より下」を探す他の貴族から貧乏貴族だの蛮族だのと陰口を叩かれる理由にもなっていた。
彼等に言わせてみれば「スタジアス男爵領では獲物がないから自分のところまで盗賊だのゴブリンだのが流れて来るんだろうさ、迷惑なことだ」だの、「貴族としての威厳を保つ意味すら分かっていない」などなど……まさに陰口といえばこうであろうというテンプレートを地でいくのだが、それはさておき。
そうした中で生まれたカインは小さい頃から実力の片鱗を見せ始め、「流石スタジアス家の子」と言われるようになっていた。
手が動くようになれば文字の勉強を始め、剣と……特に魔法に傾注した。
そこでも見せた才能の片鱗に、末は稀代の魔法剣士かと持ち上げられる。
しかしカインの見せた「才能」はそこでは止まらず、幼馴染であり、ティアノート商会という小さな商会の娘であるシャロンを巻き込んで「スタジアス男爵領の名産」の開発に着手し始めたのだ。
そうしてカインが着手した「改革」はどれもが高い効果を上げ、スタジアス男爵領は領主一家が「最低限」の生活をしようとも、その「最低限」が地方貴族の中でも上位の生活にランクアップするようになっていった。
そう、スタジアス男爵領全体が大幅に豊かになり始めたのだ。
そうすると当然、その裏で動いているのがカインという小さな子供であることもバレ始める。
単なる「武の才能に恵まれた子供」から、「知と武を兼ね備えた天才」へと評価を上げたカインは様々な問題に巻き込まれつつも、これを解決してきた。
「順調ではないか。その話の何処に問題がある?」
ライドルグの当然の反応に、カインは首を横に振る。
「……子供なんですよ」
ぼそりと、カインは呟く。
「たかが子供に、そこまで出来てしまったんです」
そう、確かにカインは優秀だった。
前世で得た知識により、同年代の子供やその辺りの領民の大人と比べても遥かに理知的。
それを下敷きに、今世の知識の吸収も早かった。
領主の子供という立場も大きかっただろう。
だが、それでも当時のカインは「子供」だったのだ。
現実を生きる大人が、如何に優秀で将来有望だとしても「賢しい子供の語る新しい考え方」だの「聞いた事も無い新商品」にどれ程真面目に耳を傾けるだろうか。
無論、そこに商機を見出すのが良い商人の条件という意見もあるかもしれない。
だが、それでも「世間知らずの子供の言う事」である。
そんなものに一々真面目に耳を傾けているようであれば、正直にいって商人をやめたほうがいいレベルである。
だが、それでもカインの言葉は届いてしまった。
カインの語る理屈にティアノート商会の面々は感銘を受け、実際にその協力の下に生まれた数々の品はティアノート商会を大きくする原動力となった。
スタジアス男爵家にしてもそうだ。
父も母も祖父も、カインには厳しくも優しかった。
カインの語る意見を真面目に検討してくれて、それは実際にスタジアス男爵領の発展に役立った。
ライドルグの言う通り、順調だったのだ。
カインがその好奇心と飽くなき探究心と向上心で、自分をもっと深く知ろうと「ステータス確認魔法を自分自身にかける為の鏡」を開発成功するまでは。
「……現しの水晶とステータス確認魔法によって見られるものの差については、ご存知ですか?」
「現しの水晶はあくまで表面的な確認に留まるが、ステータス確認魔法はその詳細まで確認可能だ。無論、抵抗されればその限りではないが……な」
淀みなく答えるヴェルムドールに、カインも頷く。
「そうです。だから僕は、ステータス確認魔法を自分にかけてみたかった。けれど視認しなければ使えないし、鏡に映す方法では鏡のステータスを確認してしまうだけでした」
無論人には言えない為こっそりと……試行錯誤の末に完成させた鏡で、カインは自分を見た。
そして、知ってしまったのだ。
「僕の言葉は、常に見えない力に後押しされていたんです。僕が発した言葉は全てある程度の説得力を持ってしまう……そんな技能を、僕は持っていたんです」
ヴェルムドールは、先程見えたカインの技能を思い浮かべる。
命の神の加護、勇者の力、勇者の威厳、剣技、無詠唱、特殊魔法。
この中でその可能性を持っているものは恐らく……一つ。
「勇者の威厳とやら、か?」
「そうです。その能力は「全ての言葉と行動に好意的な解釈をさせ、説得力を持たせやすくする。また、他者に好かれやすく嫌われにくくなる」というものです」
これを知ったカインは、愕然とした。
そして同時に、納得がいってしまったのだ。
全てが順調だった理由。
ありとあらゆる流れがカインの為にあるかのような、その理由。
「僕の言葉が信用されたわけじゃない。僕の事が認められたわけじゃない。強力な勇者の能力で、ゴリ押ししただけ……。結果的に上手くいったのかもしれませんが、そんなのが免罪符になるわけじゃない」
あらゆる言葉が、信用できなくなった。
あらゆる好意が、信用できなくなった。
自分に向けられる好意や憧れの視線が怖くなった。
その全ては偽りで、「勇者の威厳」による洗脳に過ぎないのではないだろうか。
大切な家族も、幼馴染のシャロンすらも怖かった。
何もかもが、「勇者の威厳」の上に築かれた薄っぺらなものに見えた。
発狂寸前まで追い詰められたカインが手を出したのは……自分の技能を封印する「封印魔法」の開発であった。
0
お気に入りに追加
1,736
あなたにおすすめの小説
母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)
いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。
全く親父の奴!勝手に消えやがって!
親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。
俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。
母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。
なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな?
なら、出ていくよ!
俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ!
これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。
カクヨム様にて先行掲載中です。
不定期更新です。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
神々の娯楽に巻き込まれて強制異世界転生ー1番長生きした人にご褒美有ります
ぐるぐる
ファンタジー
□お休みします□
すみません…風邪ひきました…
無理です…
お休みさせてください…
異世界大好きおばあちゃん。
死んだらテンプレ神様の部屋で、神々の娯楽に付き合えと巻き込まれて、強制的に異世界転生させられちゃったお話です。
すぐに死ぬのはつまらないから、転生後の能力について希望を叶えてやろう、よく考えろ、と言われて願い事3つ考えたよ。
転生者は全部で10人。
異世界はまた作れるから好きにして良い、滅ぼしても良い、1番長生きした人にご褒美を考えてる、とにかく退屈している神々を楽しませてくれ。
神々の楽しいことってなんぞやと思いながら不本意にも異世界転生ゴー!
※採取品についての情報は好き勝手にアレンジしてます。
実在するものをちょっと変えてるだけです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!
秋田ノ介
ファンタジー
主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。
『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。
ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!!
小説家になろうにも掲載しています。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。