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いつか夢見た光5
しおりを挟む「……よしっ!」
カインは自分の頬をバシンと叩くと、前を見据える。
「気合を入れなおしました! 行きましょう!」
「ん? ああ」
そんなカインをヴェルムドールはよく分からないといった顔で見つつも、その後ろを歩いていく。
「なあ、カイン」
「はい、なんですか?」
注意深く天井と前方を見渡しながら歩くカインに、ヴェルムドールは世間話のように切り出す。
「どうしてお前、前を歩ける?」
「え? あ、ひょっとしてザダーク王国の様式に反してましたか?」
「いや、そうじゃないんだがな」
立ち止まったカインにいいから歩けと手を振ると、ヴェルムドールはそうだな……と呟く。
「普通は警戒するものじゃないか? 俺は魔族で、魔王だぞ。こう言ってはなんだが、俺が魔王と知って背中を晒す人間がいるとは思わなかったぞ。まさか「なんでも疑うのは良くない」とか唱える間抜けというわけじゃあるまい?」
「えっと……僕がそうというわけじゃないですが、信じるのは良い事なのでは?」
天井を見上げたカインに、ヴェルムドールはハッと笑って吐き捨てる。
「良い事かもしれんが、愚かな事だ。字面だけは美しいだろうが、疑う事を悪と断ずる愚かしさが聞くに堪えん。そうして骨までバリバリと齧られてもまだ同じ事が言えるのであれば美しいのかもしれんが、俺は認めん」
「……でも、そうだとして。誰もが皆そういう風に生きられたら、それはやっぱり素敵な事だと思います。まあ、無理でしょうけど」
カインの言葉にヴェルムドールはそうか、とだけ答える。
別にその考え方を否定する気は無い。
故に、この議論は無意味だし本題はそこでもない。
「で? 話は戻るが、どうして俺の前を平気で歩ける?」
「んー……」
その言葉に、カインはどう答えたものかと宙に指を彷徨わせ始める。
「たぶんですけど」
「ああ」
「人生相談に、のって貰ったからですかね?」
「ああ?」
カインの予想外の返答に、ヴェルムドールは思わずそう聞き返す。
人生相談。
そういえば、そんなものもいつだったか受けたな……と思い出す。
「あの夜がなかったら、たぶん僕は……凄くくだらない人間になっていたと思います。でも今の僕は、なりたいものになる為に努力できていた。それが凄く、誇らしいんです」
「そうか」
少し台詞に引っかかるものを感じつつも、ヴェルムドールは頷いてみせる。
「だから僕は、それに対する敬意を示したい。たとえ、あの夜が貴方の気紛れだったとしても……あの夜は、確実に僕を変えたのだから」
「それで、前を歩くのか?」
「はい。さっきの話じゃありませんが、疑いつつも信じてみる……ってところでしょうか?」
なるほど、それは信頼の最初の一歩の為の手段である。
信頼とは無条件の受け入れではない。
疑ってはいるが許容する、というのが信頼なのである。
それ故に構築に時間がかかるのであり、それ故に失われるのも早い。
そして、それ故に……最初の一歩を踏み出すのが難しい。
踏み出した結果が賢人であるか愚者であるかは、踏み出してみることでしか確かめられないのだから。
「……ダメですかね?」
ヴェルムドールは、それには答えない。
一応、答えとしては合格点に達しているとも言える。
そういう理由で前を歩いているのであれば、拒否する理由はない。
むしろ、拒否して背後を歩かれるよりは余程マシというものだ。
しかし、わざわざそれを口にはしない。
それを口にするということは「信頼を返す」ということであり、気軽にそうすべきではないからだ。
故に、ヴェルムドールは一言だけ呟く。
「……足元だ」
「え、わあっ!?」
天井と前方ばかりに警戒していたカインは、足元の溝に引っかかって倒れそうになり……そこから、驚異的な反応を見せて踏み止まる。
「ほお、今のは見事だったぞ」
「は、はは……どうも」
カインは愛想笑いを返した後に、仇か何かを見るような目で溝を睨み付ける。
「段々分かってきたぞ……いつだったかのダンジョン探索の時に行った、奇人宮殿と同じだ。神様の神殿とか考えたらダメなんだ……」
何やらブツブツ呟きながら、カインは溝の奥をじっと見る。
「……やっぱり何か書いてある」
カインは溝を隅から隅まで見回して他に何も無いのを確認すると、それを読み上げる。
「時折、足元を見るべきである。万全であると思う時にこそ足元に隙があるものなのだから。そして、同時に知るべきである。それは大体の場合において取るに足らないことであるが、時としてそれは目的とするものを大きく妨げる壁となるだろう……って、あれ?」
「む」
カインがそれを読み上げ終わると同時に、カイン達の目の前に巨大な透明の壁が現れる。
それは通路をしっかりと塞ぐ物理障壁であり……どうやら、かなりの強度でもあるようだ。
「……今、魔力をごっそり抜かれたような。てことは……まさか、この文章って」
「魔法の詠唱だな。よくよく見ると、魔法の詠唱としての意味を持つように組んである」
不可能ではない。
無論それは可能か不可能かで論じた時の話であって、簡単に出来るようなものではない。
長い時間をかけてこんな使いどころの限定された魔法を開発するのは、余程の暇人くらいのものだ。
「しかも恐らくだが……自力解除はできないぞ。教訓やヒントに見せかけて、本人に対する妨害魔法を発動させるように仕込むとは、な」
「性格悪すぎませんか、ライドルグ様って……」
カインがまだ見ぬ光の神に対してイラッとした表情を見せたのも、まあ……仕方の無いことではあるだろう。
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