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連載
発動
しおりを挟むもしも今、翼ある者がエルアークを見下ろしたならば気付いたかもしれない。
エルアークの各所で同時発生した光が、「ある形」を描いていたことを。
それは、エルアークを囲むように大きな円を1つ。
その中に描かれた、幾つかの不可思議な紋様。
そう……それは、エルアーク全体を包む巨大な魔法陣なのだ。
フィブリス城を中心に発生した魔法陣は、地上から光を伸ばし……やがて天空にも自らと同じ姿を描く。
それはまるで、エルアーク全体がすっぽりと光の円柱に覆われたようにも見えただろう。
……そして、それは正解でもあった。
この光の円柱は今、この範囲内にある「対象」を逃がさぬ為の障壁でもあるのだから。
そう、この魔法陣はまだ、これから起動しようとしている魔法の前段階に過ぎない。
この魔法陣の中央……フィブリス城の最上階、祈りの間でセリスは最後の詠唱の段階へと入っていた。
その手に持つアルトルワンドは魔力を受けて煌々と輝き、セリスは祈りを捧げるかのように詠唱する。
「私は此処に、祈りを捧げる。始まりの時を回顧し、波乱の時を懐かしもう。夢見た日々も遥か遠く、理想は溶けて消えた。されど私は願おう。此処に在るは希望の果て、望まれ産み落とされた種。なればこそ再び芽吹く時が来る事を信じよう」
それは、何かの祈りのようであった。
誰かの言葉のようであり。
あるいは、誰かの予言のようであった。
しかし、それは間違いなく詠唱であった。
セリスの詠唱を通じて、アルトルワンドに周囲の魔力が集約、収束され……そして増幅される。
「……その時を願い、私は此処に始まりを残そう。輝ける神殿を築き、遠き約束を再現しよう」
セリスとアルトルワンドを中心に集う魔力が渦巻き、祈りの間のあちらこちらでスパークを始める。
それはセリスに近ければ近いほど激しく、セリス自身の中をも増幅された魔力が駆け巡り内からセリスを壊さんとばかりに荒れ狂う。
そう、これは紛れもない大魔法。
その中でも他に比肩する物が無いほどの膨大な魔力を集め、更にそれを増幅する……神器たるアルトルワンドがあることを前提にするような、まともに運用する事を考えたのか疑いたくなるほどのものだ。
間違いなく人類の手には余るその魔法の名は、極光殲陣。
単純に言えば、首都たるエルアークとその周囲を丸ごと包み込む超広範囲の攻撃魔法である。
しかしながら、極光殲陣の真価はそこにはない。
極光殲陣はまず、展開した魔法陣の範囲内に障壁を展開する。
これは魔法障壁に似た性質をもっており、しかし「外部の魔法攻撃から身を守る」為ではなく、範囲外を極光殲陣による影響から守る為……そして、範囲内の魔力をかき乱すために展開される。
その意図は、余計な場所に影響を出さない為……そしてもう1つ。
空間転移のような精緻な計算と大量の魔力の使用を前提とする魔法の使用を妨害する為でもある。
さて、そうして展開された魔法陣の範囲内には当然、無辜の住民も多数含まれている。
そうした者達まで巻き込まない為に、極光殲陣には「とある」機能が組み込まれていた。
それは「悪意の判定」とでも呼ぶべきものであり……かつて魔王シュクロウスによる洗脳に手を焼いた賢者テリアが開発したものでもある。
その判定方法は、「エルアーク、あるいはキャナル王国に対し害意を抱く者」である。
これは感情に影響をもたらす技能や魔法が存在することから着想し作られたものであるが……魂にも密接に関連した領域であるが為、ほとんど解明が進んでいない部分でもある。
それを多少とはいえ踏み込んでみせた極光殲陣は間違いなく最高レベルの魔法といえるのだが……ともかく、そうしたものが極光殲陣には組み込まれ、それによる攻撃対象の決定と実行をする魔法なのである。
……こうして言葉にするとひどく使いどころが限定された魔法のように聞こえるが、その通りである。
そもそもにして、この魔法はキャナル王国の始祖たる人物が原型を残しテリアが改良したものだとされている。
こうなる前の元の魔法……そしてこの魔法もまた、前王の錯乱により消失しており、セリスが今唱えているのはレイナによって再び伝えられたものである。
そして、この魔法はヴェルムドール達ザダーク王国の面々は「敵」として認識しない。
セリスと、そしてエルアークと友好関係を結び、そこに害意は存在しないからだ。
それであるが故に、セリスはこの魔法の発動を決意した。
エルアークの無辜の住民達を守る為。
間違いなくこの場にいる、マゼンダを確実に倒す為。
そして、もう一つ。
「遠き祈りを、私は捧げる。故に、望まれぬ者よ去れ。此処は光の神殿なれば、背く汝等の姿は溶けゆくのみ。其処に、一切の例外は無し」
荒れ狂う魔力が、輝きを増す。
アルトルワンドが輝きと共に激しく甲高い音を奏でだす。
「……発動、極光殲陣!」
祈りの間の天井を貫いて、巨大な光が空へと放たれる。
それは、天空の魔法陣へと到達すると吸い込まれるように消え……やがて猛烈な輝きを放ち始めた天空の魔法陣から、地上を埋め尽くすような光の柱が降り立った。
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