勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

文字の大きさ
上 下
265 / 681
連載

光、見えなくても8

しおりを挟む

 マーロゥの純粋な憧れに満ちた言葉に、アルテジオはどう答えたものかと沈黙し……しばらくの後に、そうですねと言って切り出す。

「魔法は才能に左右される部分が根幹にありますが、ある程度は努力でどうにか出来る部分があります。貴女にこの魔法について教えるというのは無理ですが、やがて貴女も自分に合った魔法の運用法を身に付けることはできるでしょう」
「はい! 私、頑張ります!」

 マーロゥの元気な返答にアルテジオは優しく微笑んでみせる。
 クリムも楽しそうに微笑み……レモンは、自分の方が役に立つのにとでも言いたげな表情を浮かべている。
 そこだけ見れば、実に微笑ましい光景なのだが……アウロックとマリンの二人だけは、複雑な表情で顔を見合わせる。

「なあ、やっぱりアレ……変だよな」
「性格が変わっていますね。明らかに好戦的になっています」

 アウロックとマリンの脳内に浮かぶのは、此処に戻ってきた時のマーロゥの姿だ。
 あの化け物じみた姿は、魔獣のようでもビスティアのようでもあって、しかしどれとも違っていた。
 あえて言うのであれば、魔獣を無理矢理人のような形に整えたもの……といったような歪さをもっていた。
 しかし、あんな能力をマーロゥは持っていたのだろうか。
 魔王であるヴェルムドールはマーロゥを見た時に何か思うところがあるような顔をしていたが……到着した時に、多少なりとも時間をとってもらったほうが良いのかもしれないと二人は頷きあう。
 ひょっとすると、その能力の影響であるかもしれないからだと考えたからだが……実のところ、その予想は当たっていた。
 マーロゥを変身させたのは、マーロゥの中に動かず眠っていた混転身カオスロウの能力によるものである。
 それ自体は魔獣の獣転身ファングロウに似たようなものなのだが……攻撃的な感情に対するリミッターの解除と増幅という、より戦闘に特化する「狂化バーサク」の能力が組み込まれていた。
 いわば、先程のマーロゥの初戦闘においてマーロゥが自我を保っていたのは強固に過ぎるマーロゥの自制心と、争いを嫌い恐れる性格による奇跡的な「狂化バーサク」との打ち消しあいによるものであったのだ。
 しかしながら、それでもマーロゥの心は「狂化バーサク」にのまれかけ、侵されかけた。
 その半端な「狂化バーサク」の発動の結果マーロゥに残ったものは……心の奥底に鍵をかけて閉じ込めていた暗い感情の発現でもあった。
 更に大きく違うのは獣転身ファングロウと違い任意発動ではなく常時発動能力という点であり……混転身カオスロウが起動したことによって、マーロゥの中には常に「狂化バーサク」が発動した状態にもなったのである。

 恨み、怒り……様々な感情とマーロゥの元々の心はせめぎ合い、やがてマーロゥの中に「敵」というカテゴリを作り出した。
 それが今のマーロゥに対するアウロックとマリンの違和感であり、マーロゥが表面上は変わっていないようにも見える理由でもある。
 何しろ、生物としては何も間違っていないのだ。
 自分を害する者を敵と看做すのは当然であり、それが正当な理由無きものであれば撃滅したいと願うのもまた当然である。
 そういった感情に欠けていた今までのマーロゥこそが違和感のある存在であり、その辺りがアルテジオ達が違和感を感じない理由でもある。
 しかしながら、アウロック達にそんなことが分かるはずもない。
 ただ、キラキラとした憧れの目でアルテジオを見つめるマーロゥを心配そうに見るだけだ。

「あ、アウロックさん!」
「お、おう」

 笑顔で振り返ったマーロゥに、アウロックはどもりながらも答える。
 その笑顔に、今までのような辛そうな……我慢したような色は無い。

「私、頑張りますから!」
「……おう」

 だからこそ、アウロックはそれでもいいのかもしれないな……とちらりと思う。
 あの辛そうな笑顔よりも、今のほうがずっと幸せそうだからだ。

「ギ、ゲガ……」

 そして。
 聞こえてきた声に、全員が氷結大樹フレグアルドへと視線を向ける。
 声をあげたのは、あの指揮役の騎士であり……僅かに身じろぎを続けているのが見える。

「ガ……オ、オオ……ゲ、ゲアアアアア!」
「む!?」

 指揮役の騎士の姿が鎧ごと、ざらりと黒い砂になって崩れる。
 それと同時に、他の騎士達の姿もざらりと崩れ……指揮役の騎士の身体があった場所へと集まっていく。

「え、ええ!? な、なんですかアレ! アレなんですかアルテジオ様!」
「崩れて……集まって……?」

 混乱したような様子を見せるクリムとレモンだが、それも仕方の無い事だ。
 少なくとも彼女達の理解では、人間はいきなり砂となって崩れるような生き物ではない。
 いや、人間どころか他の人類を見渡したところでそんな生き物は居ない。
 魔族に範囲を広げたところで、精々アメイヴァがどろどろになるかどうかといったところだろう。
 ……ならば、これはなんだというのだろう。
 目の前で集まり、形を成していくこの「何か」は。
 不気味な音を立てながら集い形を成していく「何か」は、輝きと共に小規模な魔力爆発を起こす。
 破砕音と共に氷結大樹フレグアルドが吹き飛び、しかしアルテジオ達はとっさに展開した魔法障壁マジックガードでダメージを防ぐ。
 そうして、爆発による光と粉塵の収まった先。
 その中心には……その全身のあちこちに顔を模した気味の悪い装飾を施した鎧を纏う骨の姿があった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。

幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』 電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。 龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。 そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。 盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。 当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。 今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。 ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。 ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ 「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」 全員の目と口が弧を描いたのが見えた。 一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。 作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌() 15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。