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連載
その先に光はあるか23
しおりを挟む怪物の拳が、馬車に振るわれる。
バキャリと砕かれた馬車が瓦礫になり、自由になった馬が恐怖に突き動かされるままに逃げていく。
その飼いならされ消えかけた野生を総動員し、目の前の、怪物から逃げていく。
怪物は、馬を追うことはない。
馬車を砕いた事により僅かに満たされた破壊衝動が理性を取り戻す隙を与えたからだ。
そして何より……自らに敵意を示す者がいると理解しているからだ。
だからこそ。
「な……っ!」
だからこそ、馬には何の反応も示さないまま、怪物は自分に向けられ放たれた矢を必要最小限の動きで回避した。
「あれを避けた……?」
驚いたように呟く冒険者の男を、怪物は見る。
敵意を向けてきているのは、先ほどの馬車に乗っていた四人。
御者は斧、冒険者は剣、弓、杖の三人。
怪物を油断無く見据え、仕掛けるチャンスを狙っているように見える。
いや、違う。
杖の男はすでに、次の詠唱に入っている。
先ほど怪物に火傷を負わせた魔法を唱えた、杖の冒険者。
気付かれぬよう詠唱しているらしいが、マーロゥの耳には全て届いている。
御者と他の冒険者は、杖の冒険者を守っているのだろう。
つまり、杖の冒険者が彼等の切り札ということだ。
「……」
怪物の気分は、これ以上無いくらいに高揚していた。
火傷は消え、痛みもすでにない。
ネガティブな気持ちは全て反転している。
身体に満ちるのは、万能感。
心に満ちるのは、激しい怒り。
積もり積もった黒い感情は怒りという火を得て、激しく燃え盛っている。
復讐せよと叫ぶ心を、怪物は理性で制御する。
そんなことをしてはならないと、怪物の中の何かが叫ぶ。
そんなことに意味はないと、怪物の中の何かが叫ぶ。
力を得た今ならば、無力な自分とは違うと。
今だから話し合いが出来るはずだと、怪物の理性が叫ぶ。
その二つの心の中でのせめぎ合いが、怪物の動きを阻害する。
だがそれは、冒険者達の目から見てみれば「化け物の見せた致命的な隙」にしか見えない。
「穿たれよ、大地の楔……茨の鎖!」
剣の冒険者が唱えた魔法が、マーロゥの足元から無数の茨を出現させる。
それは怪物に絡みつき、その動きを阻害しようとする。
怪物の毛皮を貫き肉に食い込もうとする茨。
それは怪物の抵抗によって更に痛みを増すであろう事は明らかであった。
「今だ、デックス! とどめを!」
「……すなわちそれは、切り裂き焼き砕く火刃の理。顕現せよ……飛翔斬火!」
ゴウ、という音を立てて放たれる火の刃。
怪物を真っ二つにでもしようとしているのかという大きさのソレはしかし、怪物が咆哮と共に生み出した赤い半透明の壁に弾かれる。
火の魔法障壁。
理性無きバケモノに見えた怪物の使った魔法に、杖の冒険者が驚愕の声をあげる。
渾身の魔法を防がれた驚きもあるいは混ざっていたのかもしれないが……ともかく、杖の冒険者は再度の魔法を唱え始める。
それをじっと見据えながら、怪物はゆっくりと口を開く。
もうやめよう。
こんなことに意味は無い。
そう言おうとして、しかしそれが口から出ることは無い。
「ガッ……!?」
放たれた矢が、マーロゥの開いた口の中を貫く。
「よし、通る……! 通じないわけじゃないな!」
「畳み掛ける……火よ!」
剣の冒険者の持つ剣に火の魔力が宿る。
痛みに呻き矢を抜いたマーロゥの目に向けて、矢が放たれる。
「ウアッ……」
本能的な恐怖で怪物は顔面を庇い、その腕にも矢が突き刺さる。
そして、やがて身体を焼けるような痛みが襲う。
それが火の魔法剣で斬られた痛みであることに気付き、本能の命ずるままにマーロゥは再度の一撃を加えようとする剣の冒険者を殴り飛ばす。
「ぐあっ!」
殴り飛ばされた剣の冒険者は近くの建物の壁に叩きつけられ、そのままバウンドして地面に倒れる。
それでも剣を手放さないのは、冒険者の鑑といったところなのだろうか。
よろけながらも立ち上がろうとし、しかしすぐには動けないようだ。
「ジャン! くそっ……これでどうだ!」
弓の冒険者が再度放つ矢は正確にマーロゥを狙う。
放たれる矢は怪物を貫こうとする直前で、その手によって払われる。
「バケモノめ……」
向けられる憎憎しげな視線。
何故、と怪物は思う。
こんな視線を向けられるような「何」を、怪物がしたというのか。
こんな痛みを味わうような「何」を、怪物がしたというのか。
放たれる矢を避け、あるいは払う。
マーロゥの足元を中心に発生した竜巻が、マーロゥを空高く打ち上げる。
空は、いつも通りに青くて綺麗で。
世界は、いつも通りに理不尽で。
マーロゥの理性は、更に勢いを増す怒りに飲み込まれた。
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