上 下
248 / 681
連載

その先に光はあるか17

しおりを挟む

 大規模な襲撃。
 そう聞いて、マーロゥはぎょっとしたように馬車を見る。
 並ぶ行商人の馬車は……なるほど、言われてみると傷のあるものが多い。
 たとえば、屋根に穴の空いているもの。
 たとえば、側面に大き目の傷のあるもの。
 走行不能になるようなものではないが……確かに、大規模な襲撃を思わせる傷ではある。

「しっかしよう。その割にゃ連中、元気そうだが」

 アウロックが行商人達にじっと視線を向けながら、彼等を見回していく。
 まず行商人達は、見る限りでは怪我をした様子はない。
 続く護衛の冒険者達も、怪我をしたものはいないように見える。
 ……まあ、とはいえ見た目の傷は大体は魔法で治すこともできる。
 態度とて、長い旅を終えれば皆一様に安堵した表情になるのだから、これとて参考にはならない。
 となると、会話で判断するくらいしかなさそうだが……並ぶ彼等は、あまり無駄話をする様子も無い。
 一様に真面目な表情をして、最低限の会話に留まっている。

「となると、根拠は馬車の傷ってわけか?」
「そうだな」

 クロの言葉に、アウロックも馬車を眺め回す。
 しかしすぐ後に、うーんと唸り始める。
 まあ、それも当然のことだ。
 旅をしていれば襲撃も当然受けるだろうし、それによって馬車に傷がつくのも必然だ。
 何をもって「大規模な襲撃」と確定するのかが、見た目ではアウロックには判断ができなかったのだ。
 そんなアウロックをちらりと見て、クロはふうと溜息をつく。

「たいした話じゃない。普段来る同規模の連中は、もっと傷が少ない。それだけの話だ」
「ほー。しかしよぉ、そりゃ護衛の連中がいつもよりヘボだったって可能性もあるよな」
「そうだな」

 そう言うと、それきりクロは黙って行商人の馬車を再度ぼうっと眺め始める。
 アウロックも馬車をじっと見て……ふと、気付いたかのように商人から視線を外す。

「と、そうだ。裏門行かなきゃな」
「は、はい。あ、クロさん。お話ありがとうございました!」
「ああ」

 振り向きすらもせずに答えるクロにマーロゥはぺこりと頭を下げ、アウロックの服の袖を掴もうとして……寸前で手を引っ込めて、後ろに立つ。

「……そんじゃあ、次は裏門か。面倒だなあ」
「あ、あはは……」

 そんな事を話す二人の目の前を、また一台の行商人の馬車が通り過ぎていく。
 ガラガラと音を立てる馬車を見送り、マーロゥが首を傾げる。

「……さっきも思いましたけど、今日は商業区画に行かない人が多いんですね」
「ん?」

 道の反対側へ渡ろうとしていたアウロックが、その言葉に足を止めて振り返る。

「えっと……なんていうか、その。特に意味は無いんですけど」

 慌てたように手をパタパタを振るマーロゥにアウロックはしかし、ガラガラと音を立てて何処かへ向かう別の馬車をじっと眺める。

「……あの馬車もか?」
「へ? え、えっと……行き方次第では行けると思います。あ、さっきのもそうなんですけど。えと、その。普段とは違うなあ……と」
「ふうん?」

 アウロックはその言葉に、先程のクロとの会話を思い出す。
 とはいえ、それが何かのヒントとなるわけでもない。
 行商人とて生きているのだから、普段と時間が異なれば行動が違うこともあるだろう。
 それを一々おかしいというのも、少し違う気もしたのだ。

「んー……とはいえ、なあ……」

 アウロックが唸っていると足元でなー、という鳴き声が聞こえてくる。

「うわ、猫さん……!」
「あ?」

 アウロックが足元を見下ろすと、アウロックの足に一匹の黒猫が体をすりつけている。
 長い尻尾をピンと立てているその姿は、人懐っこさすら垣間見え……しかしマーロゥがしゃがみ込んでそっと手を伸ばすと、するりと避けてしまう。

「ああ、猫さぁん」

 マーロゥが残念そうに呟くと、黒猫はマーロゥの伸ばした腕を踏み台にしてジャンプし、そのまま膝に後ろ足を……そして、肩に前足をのっける。

「あやや……か、かわ……」

 可愛さで声が震えているマーロゥの耳に、黒猫の息がかかって。

「気軽にあたしに触るんじゃねーよ」
「ふえっ!?」

 耳元で聞こえたそんな声に固まったマーロゥの肩から降りようとした黒猫を、アウロックがひょいとつまみあげる。

「……やっぱりか。あー……ちょっと、うん」

 そのまま辺りをキョロキョロと見回して道の隅っこへと黒猫を連れて行ったアウロックは、ジタバタと暴れる黒猫を抱き上げなおす。

「そうそう、レディは丁重に扱わないとな」
「どの口が言ってやがる……そんなことより、お前サイラス帝国の担当じゃなかったのか?」
「こっちがきな臭いってんでな。緊急招集だよ。ったく、ただでさえ魔王様のお呼びで人数足りてねえってのにな」

 ぼそぼそと囁きあうアウロックと黒猫の側にそーっと寄ったマーロゥはアウロックの腕の中をそっと見つめ……視線に気付いた黒猫にふしゃーとすごまれる。

「おいおい、こいつは味方だって。威嚇すんなや」
「ダメだ」

 ぶしゃーと唸って威嚇する黒猫の鼻を、アウロックがぶにっとつまむ。

「威嚇すんなや」
「ぷしゃー!」
「すまん、何言ってるかわかんねえや」

 アウロックが手を離すと黒猫は鼻の頭をぺろぺろ舐めて再度ふしゃー、とマーロゥを威嚇する。

「え、えーとアウロックさん。この猫の方って……?」
「ん? おう。ウチの諜報部隊の奴だよ……だから威嚇すんなって」

 びろんと黒猫を伸ばすアウロックは、ジタバタ暴れる黒猫を離し……黒猫は、その頭によじ登って自慢げな顔をする。

「おい、重てぇよ」
「細かいこと気にすんなよ。あたしとお前の仲だろーが」

 尻尾でぺしぺしと顔を叩かれたアウロックは、頭の上から黒猫をどかすように抱き上げ……黒猫はそのまま、アウロックの腕の中で座り込むように身体を丸める。
 そうしてニヤリと笑ってみせる黒猫に、マーロゥはむーと唸る。

「アウロックさん、ずるいです……」
「ずるくねえよ……つーか話が進まねえ。何の用だよ、つーか仕事しろよ」
「あ? 仕事で来たに決まってんだろ」

 黒猫はそう言って、尻尾でアウロックの顎をぺしりと叩く。

「そのまま不自然にならないように聞けよ」

 黒猫の言葉にマーロゥが頷き、アウロックが尻尾から逃れようと顔を逸らす。
 そのアウロックの顔の逃れた先を尻尾でぺしぺしと叩きながら、黒猫は口を開く。

「この街……今、かなりヤバいぜ」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

神々の娯楽に巻き込まれて強制異世界転生ー1番長生きした人にご褒美有ります

ぐるぐる
ファンタジー
□お休みします□ すみません…風邪ひきました… 無理です… お休みさせてください… 異世界大好きおばあちゃん。 死んだらテンプレ神様の部屋で、神々の娯楽に付き合えと巻き込まれて、強制的に異世界転生させられちゃったお話です。 すぐに死ぬのはつまらないから、転生後の能力について希望を叶えてやろう、よく考えろ、と言われて願い事3つ考えたよ。 転生者は全部で10人。 異世界はまた作れるから好きにして良い、滅ぼしても良い、1番長生きした人にご褒美を考えてる、とにかく退屈している神々を楽しませてくれ。 神々の楽しいことってなんぞやと思いながら不本意にも異世界転生ゴー! ※採取品についての情報は好き勝手にアレンジしてます。  実在するものをちょっと変えてるだけです。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。