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その先に光はあるか17
しおりを挟む大規模な襲撃。
そう聞いて、マーロゥはぎょっとしたように馬車を見る。
並ぶ行商人の馬車は……なるほど、言われてみると傷のあるものが多い。
たとえば、屋根に穴の空いているもの。
たとえば、側面に大き目の傷のあるもの。
走行不能になるようなものではないが……確かに、大規模な襲撃を思わせる傷ではある。
「しっかしよう。その割にゃ連中、元気そうだが」
アウロックが行商人達にじっと視線を向けながら、彼等を見回していく。
まず行商人達は、見る限りでは怪我をした様子はない。
続く護衛の冒険者達も、怪我をしたものはいないように見える。
……まあ、とはいえ見た目の傷は大体は魔法で治すこともできる。
態度とて、長い旅を終えれば皆一様に安堵した表情になるのだから、これとて参考にはならない。
となると、会話で判断するくらいしかなさそうだが……並ぶ彼等は、あまり無駄話をする様子も無い。
一様に真面目な表情をして、最低限の会話に留まっている。
「となると、根拠は馬車の傷ってわけか?」
「そうだな」
クロの言葉に、アウロックも馬車を眺め回す。
しかしすぐ後に、うーんと唸り始める。
まあ、それも当然のことだ。
旅をしていれば襲撃も当然受けるだろうし、それによって馬車に傷がつくのも必然だ。
何をもって「大規模な襲撃」と確定するのかが、見た目ではアウロックには判断ができなかったのだ。
そんなアウロックをちらりと見て、クロはふうと溜息をつく。
「たいした話じゃない。普段来る同規模の連中は、もっと傷が少ない。それだけの話だ」
「ほー。しかしよぉ、そりゃ護衛の連中がいつもよりヘボだったって可能性もあるよな」
「そうだな」
そう言うと、それきりクロは黙って行商人の馬車を再度ぼうっと眺め始める。
アウロックも馬車をじっと見て……ふと、気付いたかのように商人から視線を外す。
「と、そうだ。裏門行かなきゃな」
「は、はい。あ、クロさん。お話ありがとうございました!」
「ああ」
振り向きすらもせずに答えるクロにマーロゥはぺこりと頭を下げ、アウロックの服の袖を掴もうとして……寸前で手を引っ込めて、後ろに立つ。
「……そんじゃあ、次は裏門か。面倒だなあ」
「あ、あはは……」
そんな事を話す二人の目の前を、また一台の行商人の馬車が通り過ぎていく。
ガラガラと音を立てる馬車を見送り、マーロゥが首を傾げる。
「……さっきも思いましたけど、今日は商業区画に行かない人が多いんですね」
「ん?」
道の反対側へ渡ろうとしていたアウロックが、その言葉に足を止めて振り返る。
「えっと……なんていうか、その。特に意味は無いんですけど」
慌てたように手をパタパタを振るマーロゥにアウロックはしかし、ガラガラと音を立てて何処かへ向かう別の馬車をじっと眺める。
「……あの馬車もか?」
「へ? え、えっと……行き方次第では行けると思います。あ、さっきのもそうなんですけど。えと、その。普段とは違うなあ……と」
「ふうん?」
アウロックはその言葉に、先程のクロとの会話を思い出す。
とはいえ、それが何かのヒントとなるわけでもない。
行商人とて生きているのだから、普段と時間が異なれば行動が違うこともあるだろう。
それを一々おかしいというのも、少し違う気もしたのだ。
「んー……とはいえ、なあ……」
アウロックが唸っていると足元でなー、という鳴き声が聞こえてくる。
「うわ、猫さん……!」
「あ?」
アウロックが足元を見下ろすと、アウロックの足に一匹の黒猫が体をすりつけている。
長い尻尾をピンと立てているその姿は、人懐っこさすら垣間見え……しかしマーロゥがしゃがみ込んでそっと手を伸ばすと、するりと避けてしまう。
「ああ、猫さぁん」
マーロゥが残念そうに呟くと、黒猫はマーロゥの伸ばした腕を踏み台にしてジャンプし、そのまま膝に後ろ足を……そして、肩に前足をのっける。
「あやや……か、かわ……」
可愛さで声が震えているマーロゥの耳に、黒猫の息がかかって。
「気軽にあたしに触るんじゃねーよ」
「ふえっ!?」
耳元で聞こえたそんな声に固まったマーロゥの肩から降りようとした黒猫を、アウロックがひょいとつまみあげる。
「……やっぱりか。あー……ちょっと、うん」
そのまま辺りをキョロキョロと見回して道の隅っこへと黒猫を連れて行ったアウロックは、ジタバタと暴れる黒猫を抱き上げなおす。
「そうそう、レディは丁重に扱わないとな」
「どの口が言ってやがる……そんなことより、お前サイラス帝国の担当じゃなかったのか?」
「こっちがきな臭いってんでな。緊急招集だよ。ったく、ただでさえ魔王様のお呼びで人数足りてねえってのにな」
ぼそぼそと囁きあうアウロックと黒猫の側にそーっと寄ったマーロゥはアウロックの腕の中をそっと見つめ……視線に気付いた黒猫にふしゃーとすごまれる。
「おいおい、こいつは味方だって。威嚇すんなや」
「ダメだ」
ぶしゃーと唸って威嚇する黒猫の鼻を、アウロックがぶにっとつまむ。
「威嚇すんなや」
「ぷしゃー!」
「すまん、何言ってるかわかんねえや」
アウロックが手を離すと黒猫は鼻の頭をぺろぺろ舐めて再度ふしゃー、とマーロゥを威嚇する。
「え、えーとアウロックさん。この猫の方って……?」
「ん? おう。ウチの諜報部隊の奴だよ……だから威嚇すんなって」
びろんと黒猫を伸ばすアウロックは、ジタバタ暴れる黒猫を離し……黒猫は、その頭によじ登って自慢げな顔をする。
「おい、重てぇよ」
「細かいこと気にすんなよ。あたしとお前の仲だろーが」
尻尾でぺしぺしと顔を叩かれたアウロックは、頭の上から黒猫をどかすように抱き上げ……黒猫はそのまま、アウロックの腕の中で座り込むように身体を丸める。
そうしてニヤリと笑ってみせる黒猫に、マーロゥはむーと唸る。
「アウロックさん、ずるいです……」
「ずるくねえよ……つーか話が進まねえ。何の用だよ、つーか仕事しろよ」
「あ? 仕事で来たに決まってんだろ」
黒猫はそう言って、尻尾でアウロックの顎をぺしりと叩く。
「そのまま不自然にならないように聞けよ」
黒猫の言葉にマーロゥが頷き、アウロックが尻尾から逃れようと顔を逸らす。
そのアウロックの顔の逃れた先を尻尾でぺしぺしと叩きながら、黒猫は口を開く。
「この街……今、かなりヤバいぜ」
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