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その先に光はあるか15
しおりを挟むそれは、明らかに弾き飛ばすのを目的としたかのような、勢いのいい当り方だった。
といっても体当たりのようなものではなく、肩と肩をぶつけるような……見方によっては「偶然」といえないこともない当り方である。
ぶつかった男は筋肉質な身体に綺麗な鋼の胸部鎧を着込み、斧と丸盾をつけている。
勿論、その顔に浮かんだニヤけ顔を見れば「わざと」であることは明白だ。
如何にも冒険者風といった感じの斧男だが、近くには別の剣士風の男と魔法使い風の女がいるのも見える。
商談らしきものをしている二人は、マーロゥ達に気づいた様子もない。
「く……ふうっ!」
倒れそうになったマーロゥはしかし、なんとか怪我だけはしないような倒れ方をしようと身構え……しかし、軸足を男に引っ掛けられて思い切り地面へと倒れる。
短い悲鳴をあげて転がったマーロゥの腹に更に短い蹴りを入れると、男はそこでようやく気付いたとでも言いたげに声をあげる。
「ん? おお、大丈夫か? ちゃんと前向いて歩けよ」
へらへらと笑いながらマーロゥの前にしゃがもうとした男に横からアウロックの強烈な膝蹴りが入り、男はぼべぇという醜い悲鳴をあげて地面に転がる。
「あ、アウロックさん……」
「おう、平気かマーロゥ」
アウロックがマーロゥを抱え起こすと、マーロゥは慌てて元気よく立ち上がる。
「は、はい! 私、丈夫ですからっ!」
「おう、そうか。まあ、念の為後で」
「オイ優男! てめえ何してくれてんだ!」
アウロックの台詞が遮られ、先程吹き飛んだ男がよろけながら立ち上がる。
その声にアウロックは舌打ちすると、男へと向き直る。
「あ? 誰だお前。いきなり因縁つけてきてんじゃねえぞ」
「さっきの膝蹴りはてめえだろが!」
「ああ、さっき俺の膝にぶつかったのはお前か。気をつけろよお前、俺の膝に何かあったらどうしてくれる」
睨み合う二人を見かねたか、それとも仲間の斧男を助けに来たか……斧男の仲間と思わしき男女が近づいてくる。
「まあまあ、そのくらいで。ジェパード、道の真ん中でしゃがみ込んでたお前も悪いよ」
「そうね。偶然膝が当たることだってあるわ……ごめんなさいね、お兄さん」
剣士の言葉に魔法使いも同調し、アウロックに笑顔で謝罪する。
女から漂う甘ったるい香水の香りに思わず顔をしかめたアウロックがマーロゥを自分の後ろに庇うと、ジェパードと呼ばれた斧男がアウロックを指差す。
「何言ってんだ! こいつ、魔族の味方しやがったんだぞ!」
「魔族って……ああ、マーロゥか。お前、絡むのはやめろって言っただろ」
「そうよ。また騎士にとっ捕まりたいの? 前回の罰金幾らだったと思ってるのかしら」
魔法使いの女に「何処かに行ってなさい」と言われ蹴られた斧男は数歩下がり、マーロゥを睨みつけ……魔法使いの女に睨まれては数歩下がるのを繰り返す。
その間に剣士の男はアウロックの背後のマーロゥに軽く微笑む。
「……まったく、アイツも中々頑固でね」
「い、いえ……」
「でも、分かってやってほしい。あいつも悪い奴じゃあないんだよ」
はい、とマーロゥは答えかけて。
アウロックの盛大な舌打ちにビクリと震え思い切り服をぎゅっと掴む。
「とっとと視界からアイツ連れて消えろ」
「はは、これは申し訳ない……ナターシャ、頼める?」
「ええ。ごめんね、お兄さん」
ナターシャと呼ばれた魔法使いの女が斧男の尻を蹴りながら何処かへ立ち去っていくのを見送ると、剣士の男は再度アウロックへと振り向く。
「……失礼ですが、貴方はマーロゥとどのような関係なのです?」
「あ?」
「そうですね、まだ自己紹介もしていませんでした。俺達はこの街を拠点にしている冒険者パーティ「ゼグラディス」……俺はリーダーのジュダです。この街には昨日戻ってきたばかりです」
「聞いてねえよ。俺は消えろって言ったんだぞ?」
アウロックにどうでも良さそうに吐き捨てられ、ジュダは困ったように笑う。
「嫌われてしまいましたね。でも、本当にビックリしたんです。マーロゥに保護者が出来ていたなんて。ご存じないかもしれませんが、マーロゥはビスティアの」
「オイ」
怒気を孕んだアウロックの声が、ジュダの台詞を遮る。
「俺はお前込みで消えろって言ったんだぞ? 共通語理解できねえのか? それとも殴られてぇのか?」
「怖いことを言わないでくださいよ。ただ、僕はその子の事をきちんと知ってほしいと思っているんです」
「お前の腐った口から聞きたい言葉なんかねえよ。消えねえって言うなら」
「……分かりました」
降参と言うかのように両手をあげると、ジュダは数歩下がる。
「でも、覚えておいたほうがいい。その子は本来は殺されるべきだった「灰色の子」だ……関わっても、何もいい事はありませんよ」
その言葉に一部の者は嫌悪の視線を向け、一部の者は驚きの視線を向ける。
驚きの視線はやがて興味や嫌悪へと変わり……中には、同情的な視線もある。
しかし、それら全てがマーロゥには鋭い槍であるかのように突き刺さる。
灰色の子。
それは所謂、「生まれるべきではなかった子」の総称である。
ゴブリンやビスティア、あるいはオウガ。
人類に似た形態の魔族はシュタイア大陸に幾つかいるが、そうした者達は時折人類との間に子を作ることがある。
当然ながらそれは人類側の親となった者には不同意であり、しかし襲撃されるか誘拐された彼等に拒否権は無い。
そうして生まれてしまった子供は大抵、親となった人類と魔族の特徴をもった子供として誕生する。
たとえば、ゴブリンと人間とのハーフ……ゴブリンの肌の色と人間の体格を持つ、通称ゴブリンハーフ。
たとえば、オウガとメタリオとのハーフ……オウガの巨体とメタリオの器用さをもった、通称オウガスミス。
たとえば、ビスティアと獣人とのハーフ……獣人とビスティアの形態を行き来する、通称狂える人獣。
代表的なのはこれ等だが、大抵は人類の敵となり討伐される運命を辿る。
大抵……というのは生まれると同時に殺される事も多いが故だが、「欠陥品の命の種から生まれた」とされる魔族寄りでありながら魔族でもない……そしてどの神の加護も受けた例が無い事から、どの神を示す色でもない「灰色」の名を冠して「灰色の子」という隠語で呼ばれるようになったのである。
そして灰色の子といえば「生まれるべきではなかった子」というのは常識であり、灰色の子が敵役となる英雄譚も幾つか存在している。
そうしたものでは大抵、灰色の子は「人類を恨み全てを破滅させようとする救いようの無い悪役」として描かれており、「生まれたときからそうした思考に満たされている」、あるいは「やがてその思考に呑み込まれる」とされている。
実際にどうであるかはさておいて、現実的に灰色の子達が人類に敵対する道をとっている現状では捏造であるとも言えない状況だが……マーロゥもまた、分類的にはその「灰色の子」に分類される。
つまり、今の単語を聞いた者達の反応はそれを踏まえたが故、なのだが。
「……まあ、確かに灰色だわな」
「あ、あう、そのっ」
ジュダの目の前では、アウロックがどうでもよさそうな顔でマーロゥのウサギ耳を弄っている。
この反応もまた当然で、人類側の造語なんてアウロックにとってはゴブリンの下着の色より興味が無い。
「で、俺達は忙しいから消えろって言ったんだが。ひょっとしてお前も、蹴られなきゃ分かんないタイプか?」
「……忠告はしましたからね」
身を翻すジュダから興味を無くすと、アウロックは大きな欠伸を一つする。
「余計な時間使わせやがって……おい、もうちょっと正門に近づくぞ」
アウロックが背後のマーロゥに声をかけると……マーロゥは、ぎゅっとアウロックの服を掴みながら……その背中に、ぴったりと張り付いていた。
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