勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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黒翼は蒼天に羽ばたく10

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 夜が来る。
 今宵は初日の夜のような暗闇騒ぎもなく、カシナートの街は照明魔法に照らされお祭り騒ぎのような喧騒に包まれている。
 しかしまあ、それも仕方の無いことだろう。
 選考会に残った六人は、いずれも一癖も二癖もありそうな者ばかりであった。
 決勝戦となった次がゴブリン退治という課題になったせいもあるだろうか。
 カシナートの酒場では、残った六人の話で盛り上がり……賭けすら行われている。
 軽装の槍戦士オレニュー。
 重装の剣士ゼギウス。
 剣士ロゼッタ。
 剣士ルーテリス。
 剣士カイン。
 剣士アイン。

 こうして並べて見ればオレニューを除けば見事に剣士ばかりが残ったものである。
 剣が騎士の基本的な武器である以上仕方の無い面はあるのだが、こうなると単純に剣の腕前が勝敗を分けるのではないか……という予想になる。
 しかし一定以上のレベルを超えてしまうと良し悪しが一般市民に判断できるはずもない。
 凄いことは分かっても、具体的にどう凄いかは分からないのと同じである。
 故に酒場での話題は自然と容姿などの話に移っていく。
 下世話ではあるが……これもまあ、仕方の無いことといえる。

「分かっちゃいたがほとんど男だよなあ」
「ああ、あのアインって子は美人だったけどな」
「黒髪の子か。黒ってのも珍しいよな」

 アインの容姿を思い出しながら、酒をあおっていた男達が頷きあう。
 黒というカラーは様々なものを連想させるが、一番多いのは闇の神であるダグラスであろう。
 しかし同時に、勇者リューヤの髪や目の色をも連想させる色であった。
 それを思わせる色の髪や目のアインは本人の容姿も相まって、今のところ酒場の男達の一番人気であるようだった。
 実の所、もう一人女性参加者はいる、のだが。

「しっかし、それに比べるともう一人のは……」
「ああ、アレなあ」
「アレは女じゃねえよ。女だとしてもオウガだろ」
 
 アレ呼ばわりされているのは、もう一人の女性参加者であるロゼッタである。
 下手な男よりも高い身長と、腕の太さだけで並の成人男性の首ほどもありそうな、筋骨隆々の姿。
 オウガと力比べできそうな容姿を「女」に分類できた者は、どうやらこの場にはいなかったらしい。

「なるほど、あたいはオウガか!」
「おう、オウガなら明日の決勝とやらも一位に違いねえわな!」
「いやいや、ゴブリン食っちまうんじゃねえか? それで最下位ってよ!」
「ハハハ、そいつぁいいや!」

 ハハハ、とひとしきり笑いあった男達は、いつの間にか自分達のテーブルについている何者かにそっと視線を向ける。
 自分達より一回り以上も大きな、筋骨隆々のその姿。
 短く刈った髪は活動的な印象を底上げし、精悍な顔にはしかし女性らしさの名残りがある。
 ニッカリという擬音がよく似合うような笑顔を浮かべる女の目はしかし、全く笑っていない。

「げっ、ろ、ロゼッタ……?」
「おうよ、あたいは今まで人間のつもりだったんだがよ。どうやらオウガらしいぜ、なあ」

 口をパクパクとさせる男達は、すっかり酔いも冷めてコソコソと逃げ出していく。
 それを見送ると、ロゼッタはケッと吐き捨てる。

「情けねえ野郎共だ。引っこ抜いてやりゃよかったかね」
「それはやめておいたほうがいい。あれ以上男らしさが抜けては、彼等の人生に関わる」
 
 そんなロゼッタの正面に座った金髪の男を見て、ロゼッタは意外そうな顔をする。

「槍遣いの野郎か。あの中で一番騎士っぽいくせに、こんな酒場に来るのかよ」
「僕は騎士でも貴族でもない、ただの冒険者だ。高級な店で高い酒を楽しめるような身分じゃあないさ」

 一見すると騎士物語に出てきそうな美青年であるが、言動も同様に芝居ががって居る。
 戦い方自体も騎士物語の騎士を思わせる……ロゼッタに言わせれば「カッコつけた」ものであるが、その強さが確かなものであることは実際に見たロゼッタにも分かる。
 言うなればそれは余裕であり、槍遣い……オレニューのこだわりであるのだろう。
 背中に背負った槍も、聖銀製と思われる美しい槍だ。
 美しいには美しいのだが、実用性を考えれば如何なものだろうか。
 往々にして、美しさと実用性は共存しない。
 だからこそ「宝剣」だの「儀礼用武器」だのといった呼び名があるのであり、そうでなければ格好を優先する連中の武器は全員きんきらきんの装備になっているはずだとロゼッタは考えている。
 まあ、その辺りで妥協できるラインが見た目の美しい聖銀武器である……ということなのだろう。

「そんな聖銀製の槍なんざ抱えて何言ってやがる。魔法剣士……剣じゃねえか。魔法槍士にでもなったつもりか?」
「ん? そうだよ?」
「……マジか」

 アッサリと自分の手の内を明かすオレニューに、ロゼッタは絶句する。
 普通、そういう情報は明かさないものだ。
 まあ、そうは言ってもどうせ明日になれば分かるのだから意味は無いのだろうが。

「魔法剣、なんて呼び名がついてるから勘違いしがちだけどね。魔法剣は何も剣限定の技じゃあないんだよ。槍でも使えるし、斧でも使える。そもそも、剣でできる事が他の武器じゃできないなんて、それじゃあ理屈が通らないだろ?」
「ま、まあ……な」
「伝説の勇者様のおかげで剣への幻想はいつでも最高値だ。だから、皆意外に知らないんだけど……武器屋の剣以外の品にちょっとでも目を向ければ、想像はつくはずさ」

 それを言われて、剣以外に目を向けたことが無いロゼッタは思わず目を逸らす。
 ロゼッタが使うのは大剣であって勇者の使ったような長剣とは違うのだが、それでも他の武器に目を向けていないのは確かであった。
 それが悪いかどうかはさておいても、視野が狭くなっていたのは間違いない。
 それが如何に致命的な隙を招くかを理解できているからこそ、ロゼッタは頬を決まりが悪そうに掻いた。

「まあ、仕方の無いことさ。なんだかんだといっても、剣が武器として主流であることは疑うべくもない。僕だって、腰に剣くらい差している」

 そう言って、オレニューは腰の剣をカチャリと鳴らす。

「……フン、そうかい。ああ、あたいは適当に安い酒と、チーズだ」
「僕はワインを。瓶ごとで頼むよ。あとは揚げ物があれば、それを」

 じっと様子を伺っていた店員に二人がそう注文すると、ロゼッタが懐に手を入れる前にオレニューが二枚の大銀貨をすっとテーブルに置く。

「お釣りは君のものにしていい。だから早めによろしく」
「は、はい勿論っ!」

 バタバタと駆けていく店員を眺めながら、ロゼッタは鼻を鳴らす。

「くっだらねえ。なんだそりゃ、全方位に向けていい子ちゃんしてんのか?」
「気に入らないかい?」

 肩をすくめるオレニューの眼前に、ロゼッタは小銀貨を一枚放り投げる。

「ああ、不満だね。あたいが頼んだのはせいぜいその程度。アンタが頼んだのを合わせても、大銀貨一枚には届かねえ。なんのつもりだ?」
「別に。あの店員は昼は雑貨屋で働いてた。それだけの話だからね」
「あ?」
「僕の勝手な想像さ。彼には昼夜問わず働かなきゃいけない事情があるんじゃないかってね」

 それを聞いて、ロゼッタは自分の目元を手でバシッと叩く。

「あー……ああ、ああ。なるほどな。よぉく分かった。貴族だろアンタ」
「……僕は、ただの冒険者さ」

 慌てた様子で食事と酒を運んできた店員を手で追い払うと、ロゼッタはジョッキの酒をぐっとあおる。

「ただの冒険者なら、そんな目出度い考えはしてねえよ。アンタのそれは、恵まれた貴族様の考え方だ。冒険者っつーのも嘘じゃねえんだろうが……」

 更に載ったチーズの塊を手に取ると、ロゼッタは齧りついて咀嚼する。
 いまいち美味しくは無いが、まあ大衆向けの安酒場であればこんなものだろう。
 微妙な顔で酒と共に流し込み、大きなげっぷを一つする。

「そもそもだ。まともな冒険者なら、こんな所で金は使わねえ。金が力だって知ってるからな」
「へえ?」
「冒険者が人に金をやる時は、そいつで何かをして貰いたい時だけだ。アンタ、ズレてんだよ」

 その言葉にオレニューはきょとんとした顔をした後、口元を押さえて笑う。

「なるほど、なるほどね。僕はズレてるか」
「おう。その様子じゃ騙された事はないみてぇだが……いつまでも幸運とは限らねえぞ」
「ああ、気をつけるさ」

 オレニューはそう言うと、ワインのビンの栓を開ける。
 それを口元に持って行きぐいっと傾けると、ゴクゴクと喉を鳴らす。

「……けどね。僕は本当に貴族なんかじゃないさ」
「あ?」
「他ならない僕が言うんだから確実さ。まあ、ズレてるのは認めるけどね」
「何言ってんだ? お前」

 疑問符を浮かべるロゼッタに、オレニューは答えない。
 
「まあ、明日はよろしく」
「……手加減はしねえぞ」

 話を強引に打ち切られた事を感じながらも、ロゼッタは再びチーズを齧る。

「……ケッ、不味いチーズだぜ」

 そんな愚痴を言いながら、ロゼッタは忌々しそうに夜空を見上げた。
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