勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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そもそもの目的

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「さて」

 パン、とヴェルムドールが手を叩く。

「では、そろそろ本来の用件に入るとしよう」

 その言葉に、立ち上がったマーロゥがワタワタと離れていく。
 今までの人生で培った癖なのか邪魔にならない隅の方に移動していくマーロゥにちらりと視線を送ると、ヴェルムドールはそのまま周囲へと視線を巡らせる。

「……ノルムの連中は何処に行った?」
「あ」

 その言葉にアウロックがやべえ、と呟きかけて慌てて口を手で覆う。
 そのまま目を逸らすアウロックをマリンが冷たい目で、マーロゥがきょとんとした目で見つめている。
 そのまま無言がしばらく続いた後、マリンが軽く咳払いをする。

「……申し訳ありません。アウロックさんが迎えに行ったはずだったのですが」

 視線がマリンに集まった隙に逃げようとしていたアウロックをマリンは足払いで転ばせると、そのまま圧し掛かるようにして腕を極めて押さえ込む。

「あだっ、あだだだぁ!? 折れるゥ!?」
「心配要りません。どの程度やれば折れるかは熟知しています」
「……マリン。それはいけません」

 ギリギリと無表情でアウロックを締め上げていたマリンは、落ち着いたアルテジオの声に反応して腕の力を緩める。

「アルテジオ様……しかし」
「さっすがアルテジオ様! もっと言ってやってください!」
「ええ、勿論です」

 頷くと、アルテジオはマリンの手をとり軽く動かす。
 すると、たいした力を込めてもいないのに鈍く響く痛みがアウロックを襲う。

「力任せの技は長続きしません。最低限の力で最大限の効果を出せるようになさい」
「……この身の未熟を恥じるばかりです」
「ええ、イチカを見習うといいでしょう。あれの強さには、積み重ねられた技術が根底にあります」

 痛みでギギギ、と唸り始めたアウロックを見てマーロゥが涙目でオロオロとし始め、ヴェルムドールは額を押さえ溜息をつく。

「事情については理解した。それなら、ノルム達は結局迎えに行ってないんだな?」
「グググ……」
「そうなると、迎えに行く必要があるな。信用してないわけじゃないが、あまり放置しておくのも心配だ」
「ゲゲゲ……」
「そういえば魔王様。まさかノルム達が無事に着いたか確かめる為にいらしたのですか?」

 マリンの疑問に、ヴェルムドールはまさかと言って肩をすくめる。

「そんなわけがないだろう。資材に関する予算の執行にあたって、現場を確かめたいとアルテジオが言い出してな。俺としても現状を確かめる意味で同行したわけだ」

 元々はノルム達も、その関連で来ているのだ。
 資材だって、用意するにはそれなりに費用というものがかかる。
 しかも今回は支援ということで、短期的な回収の見込みのないものだ。
 出来るだけ無駄を省きたいというアルテジオの考えは、ヴェルムドールとしても充分に理解できる。
 そしてその為には、実際に設計を担当するノルム達の同行も必要条件であったのだ。
 しかし肝心のノルム達が到着するなり飛び出していってしまった為、現在の状況があるというわけだ。

「ゴフッ」
「あ、アウロックさぁぁん!」

 ガクリと頭を地面に打ち付けたアウロックにマーロゥが駆け寄りガクガクと揺さぶると、マリンはふうと息を吐いてその上から退く。

「しかし、そうなると困ったな。連中は過不足無く見てくるだろうが、何か妙な勘違いをしてこないか心配だ」
「心配するような要素……あったでしょうか?」

 マリンが首を傾げると、ヴェルムドールはああと頷く。

「あいつ等の事だ。壁は人為的な岩雪崩を起こすための武器だと言いかねんぞ」
「それは流石に、まさか……」
「仮に防御用の施設だと理解できたとしても、血鋼で造るとか言い出しかねん」
「……」

 それはありそうだ、とマリンも内心で納得する。
 しかし、血鋼は大量に産出するとはいえ輸出にも使っている高級金属に類する物だ。
 湯水のように使うのはジオル森王国との関係を考えても体裁が悪い。
 支援というものはあくまで支援であって、強化改造ではないのだ。
 錆びない金属街壁など、どう考えても支援の領域を超えている。

「……まあ、後で聞き取りをすればよいでしょう。施設の役割についても、そこで解説をすればよろしいかと」
「それもそうか。マリン、会議室はもう使えるか?」
「問題ございません」

 アルテジオの意見に頷いたヴェルムドールが問うと、マリンは素早く会議室の内装工事進行状況を思い浮かべて答える。
 重要度の高い部屋から優先している為、会議室については完璧だ。

「なら、俺達も現状を確認しに行くか……。途中でノルム達を見つけたら捕まえておくとしよう」
「優先して捕まえなくてよろしいのですか?」
「アウロックはお前が沈めたしな……ああ、そうだ。オルエルでも呼ぶか?」

 マリンにそう答えるとヴェルムドールは人探しが得意な男の顔を思い浮かべ、そういえばオルエルは今日は休日だったな……と思いなおす。
 これがイチカであれば、今の一言を聞くなり問答無用でオルエルを縛り倒して引っ張ってくるかもしれないが、ヴェルムドールはそこまで非道ではない。
 
「まあ、いい。アウロックが起きた時にまだ帰ってきてないようなら、探すように伝えてくれ。俺達は俺達で視察のついでに探すとしよう」
「了解いたしました」

 そう言うと、ヴェルムドールとアルテジオは玄関ホールから出て行こうとして……そこで、ヴェルムドールの足がピタリと止まる。

「いかがされました?」
「……いや、たいした話じゃないんだがな」

 怪訝な顔をするアルテジオの視線の先で、ヴェルムドールは自分の格好を見下ろす。
 黒を基調に、金糸や銀糸をあしらった豪奢な服。
 魔王としてのヴェルムドールの基本的な装い……ではあるのだが。
 街を歩く格好としては、少々派手過ぎる気がしたのだ。
 所々に宝石すらもついた衣装は、全身から「只者ではない」主張をしている。
 こんな格好で街を歩いて「ただの一般人です」と言ったところで誰も信じはしないだろうし、控えめに見ても何処かの権力者である。
 つまり、街に出るには着替える必要がある……のだが、ここに至るまでそれに思い至らなかったのだ。

「……聞くが、何か普通の服は」
「アウロックさんの替えしかないので、流石にそれを魔王様にお貸しするわけには……」
「そうだな」
「ええ、そうです」

 頷きあうヴェルムドールとマリン。
 ちなみにヴェルムドールの「そうだな」はサイズも違うだろうしな……であり、マリンの「そうです」はアウロックのバカがヴェルムドールにうつったら嫌だなあ……という意味であったりする。

「問題ございません。ぴったりの衣装をご用意しています」

 すっとヴェルムドールの背後に現れたイチカにマーロゥがきゃーと叫んで耳をピーンと立てているが、驚いたのはヴェルムドールと向かい合っていたマリンとて同じである。
 全く気配も魔力も読ませず、突然現れたのだ。
 驚いていないように見えるヴェルムドールとアルテジオは分かっていたようだが、それは三者とマリンとの間の純然たる実力差を示してもいた。

「イチカか。どんな服だ?」
「以前人類領域に潜入されていた時の服を基本に仕立てました。これならば問題ないかと」

 広げてみせるイチカに、ヴェルムドールはふむと頷く。
 落ち着いたデザインではあるが、かなり良いものであることは理解できた。
 ……といっても、逆にいえばそのくらいしか理解できなかったりする。
 ファッションに関しては相変わらず不得手である為、この辺りはイチカに丸投げしてしまっている。

「よし、着替えるか。マリン、適当に部屋を借りるぞ」
「お手伝いいたします」

 歩み去っていくヴェルムドールと、その後に続くイチカ。
 それを、マリンは一礼して見送って……アルテジオはその間の暇でも潰そうと、壁にかかった絵の鑑賞などを始める。
 気絶したままのアウロックを何とか起こそうとしていたマーロゥも、それをぼうっと見送った後……ぽつりと呟く。

「……あれ? そんなに難しいデザインの服じゃなかったような……でも、手伝うって……んー?」

 偉い人ってのはそういうものなのかな……などと納得するマーロゥに、マリンもアルテジオも聞こえないフリをするのだった。
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次回、カシナートへと視点が移ります。
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