勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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黒狼と灰色ウサギ4

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 転移光は、二つ。
 それは収束すると弾けて消え、そこに二人の人物の姿を残す。
 それは魔王ヴェルムドールと北方将アルテジオ。
 魔王軍のワーカホリック男の二大巨頭である。

「ま、魔王様とアルテジオ様……!?」
「ゲッ!?」
「へ? って、ええ!? ま、魔王っ!?」

 三者三様の驚きをするマリン達。
 ちなみにマリンは思わぬ相手に突然会えた喜び。
 アウロックは、面倒な奴が来たよ的な視線をちらちらとアルテジオに。
 マーロゥは、すっかり固まってしまっている。

「ん……ああ。どういう状況なんだ、ソレは」

 ヴェルムドールの視線に、アウロックの腕の中でマーロゥがビクリと震える。
 そのまま小刻みにプルプルと震えるのがくすぐったいのか、アウロックまでもが微妙な顔をしている。
 更にそのアウロックの微妙な顔を見てマリンが嫌な物を見たという風に顔を逸らす。

「アウロックさんが拾ってきました。事務方にしたいとか。あとは……半分魔族だと言っておりました」
「ほう」

 ヴェルムドールは興味深そうに頷き、アルテジオはすっと目を細める。

「半分魔族……? 本当なのですか?」
「さあ。現しの水晶使ったわけでもないですしなあ」

 アルテジオの氷のような眼差しに見つめられて、マーロゥの震えが更に小刻みになる。
 
「あわわわわわわ」
「あばばばばばば」

 震動が伝わって一緒にぶるぶる震えているアウロックを面白そうに見ていたヴェルムドールは、ふむと頷いて震えるマーロゥの頭に手をポンと置く。
 その瞬間、分身しそうな勢いで震えていたマーロゥの動きがピタリと止まる。

「落ち着け。ここにお前を害する者は居ない」

 マーロゥが自分をじっと見つめているのを見つめ返し、ヴェルムドールはマーロゥの髪をくしゃりと撫でる。

「……いい子だ。まずは、お前が何者なのかを知る事から始めようじゃないか」

 そう囁き、ヴェルムドールはステータス確認魔法を起動する。

名前:マーロゥ
種族:混合種(ビスティア、人間、獣人、シルフィド)
ランク:E
職業:裁縫師
装備:
特になし
技能:
混転身

 混合種。
 つまりハーフでもクォーターでもない、複数種族の混ざった結果……ということだろうか。
 いや、違う。
 たとえそうであろうと、種族は主軸として存在するものに影響され決定される。
 たとえばメタリオとシルフィドのハーフであるマルグレッテの場合だが、種族は「メタリオ」となっている。
 ハーフやクォーターというのはあくまで純粋なその種族から比べた分類を示すものであり、たとえばシルフィドと人間の親を持つ子供がメタリオと結婚し「シルフィドのとがった耳とメタリオの低身長を併せ持つ子供」が生まれた場合、シルフィドあるいはメタリオが種族になる。
 無論純粋なソレではない為、いずれかの種族の能力を得ることがその名残りとなるだろう。
 しかし、そうなるのだ。
 「混合種」なるものが種族としてステータスに表示されるのはヴェルムドールとしても初めての経験であった。
 それはシュタイア大陸の魔族が混ざったが故なのか、それとも別の要因か。

 更に、もう一つ。
 混転身カオスロウ
 この技能が問題である。
 字面からすると魔獣の持っている獣転身ファングロウに似ている。
 獣転身ファングロウは魔人から魔獣までの間で自分の姿を変える技能であり、たとえば各国に潜入する諜報員……今カインという人間と共に行動しているアインも、同じ技能を持っている。
 この混転身カオスロウも、同じ技能だと思われるが……その詳細までは分からない。
 分からないが……予想することは、出来る。
 もし、その予想通りの技能だとすると……なんと哀れな技能であることか。

「あ、あの……?」
「ん? ああ、すまないな。俺はヴェルムドール……ザダーク王国の国王だ。こっちはアルテジオ。うちの将軍だ」
「あ、は、はい! 私はマーロゥですっ! ってああ、私ったら!」

 慌ててアウロックの腕の中から降りようとしたマーロゥに配慮してヴェルムドールが数歩下がるとアウロックもそれを察してマーロゥを降ろす。
 立ち上がってぺこりとマーロゥは頭を下げる。
 
「まあ、頭をあげてくれ……で、この子を事務で雇うんだったか?」
「えーっと……まあ、そのつもりですが」
「そうか。どうだ、アルテジオ」

 あえて自分の意見は言わずに、ヴェルムドールはアルテジオへと判断を投げる。
 するとアルテジオは、ちらりとマーロゥへと視線を向け……マーロゥは、ビクリと身体を震わせる。

「そうですね、よろしいのではないかと」
「ほう、何故だ?」
「元々事務方は魔族という存在への忌避感を薄くする為、人類に近い外見や親しみやすい外見の者を採用する予定でした」
「そうだな。その目的からしてみるとどうなんだ?」

 面白がるようなヴェルムドールにアルテジオは小さく溜息をつく。

「私を試すのはおやめください。僅かながら、同族に似た気配がします。この娘が半分魔族であるというのも、でまかせというわけではないのでしょう?」
「……まあ、な」
「え? え?」

 状況についていけないマーロゥに向き直ると、ヴェルムドールは出来るだけ安心させるような笑顔を形作る。

「マーロゥ。お前は、どうしたい?」
「え? えっと。お仕事をやりたいかってことで」
「それもそうだが、もっと先の話だ」
「もっと、先……?」

 よく分からない、といった反応を示すマーロゥにヴェルムドールは頷いてみせる。

「そう、先の話だ。マーロゥ、お前はどう生きたい?」
「どう、生きる? 私は」
「人類として生きるのか、それとも魔族として生きるのか。両方の血を持つお前は、どちらも選ぶことが出来る」

 その言葉に、マーロゥは黙り込む。

 選ぶ。
 考えたこともなかった。
 人間からは忌避されて。
 獣人からは哀れまれて。
 他の人類からも、何らかのネガティブな感情を向けられた。
 可哀想な子。
 呪われた子。
 誰でもない子。
 獣人に似てるくせに、獣人ではない偽物。
 自分が何なのか分からなかったマーロゥ。
 そんな自分が、選べるというのだろうか?
 そんな選択権が、自分にあるというのだろうか?

「私、は」

 思い出す。
 先程の、アウロックの言葉を思い出す。
 いっそ魔族になっちまうか、と……アウロックはマーロゥにそう言ったのだ。
 なれるのだろうか。
 自分なんかに。出来損ないの灰色ウサギなんかに、そんなことが出来るのだろうか。
 ビスティアでもない自分は結局、魔族の中でも忌み嫌われるんじゃないだろうか?
 そんな考えが、マーロゥの中で巡る。
 けれど。
 そこまで考えて、マーロゥは気付く。
 自分が、「人類」に然程の未練があるわけでもないという……その事実に、気付いてしまう。

「……」

 ちらりと、マーロゥは背後のアウロックを振り返る。
 アウロックなら、自分を受け入れてくれるのだろうか?
 そんな僅かな期待が、マーロゥの中に生まれる。
 けれど、もし受け入れてもらえなかったら。
 いや、受け入れてもらえないんじゃないだろうか。
 今までと同じように、結局忌み嫌われるんじゃないだろうか。
 そう考えるマーロゥの身体は再び震え始め、考えがまとまらなくなってくる。

「……わ、私……は」

 目の前に立つヴェルムドールとアルテジオが自分を睨んでいるようにマーロゥの目には見え始める。
 勿論、そんなことはない。
 しかし、マーロゥにはそう見える。
 自分を責めているように見えるのだ。
 今までの自分に対する目がそうであったから、他もそうであろうと考えてしまうのだ。
 被害妄想にも似たソレは、期待からの絶望をしない為の自己防衛。
 それが今、マーロゥを苦しめていた。

「魔王様」

 背後から、暖かい手がマーロゥの肩に置かれる。

「魔族の仲間になったら、こいつってビスティア扱いってことでいいんですかね?」
「ん? そうだな……お前はそれでいいのか?」

 背後から聞こえてくるアウロックの声。
 それに答えるヴェルムドールに、再びアウロックは返す。

「俺はいいですけど、こいつがそれでいいかどうか。決めるのはこいつですからね」

 決めるのはこいつ。
 こいつって誰だっけ……と、そんなことを考えて。
 すぐに自分のことだとマーロゥは思い直す。
 決めるのは私。
 決めるのはマーロゥ。
 気付けば、震えは止まっている。

「魔王様」

 自然と、マーロゥの口は言葉を紡ぎだしている。

「私は……マーロゥは、魔族の仲間になりたいです」
「いいのか? 人類から裏切り者と言われるかもしれんぞ?」

 問いかけるヴェルムドールに、マーロゥは肩に乗せられた手に自分の手を乗せる。
 暖かい手。
 アウロックの手をぎゅっと握り、マーロゥはしっかりとヴェルムドールを見据える。

「……人類は、私をいらないって言いました。だから私も、魔族を選びます。未練は……ないです」
「そうか」

 マーロゥの言葉に、ヴェルムドールは頷く。
 
「ならば……魔王ヴェルムドールの名の下に、マーロゥが魔族の一員であると……ザダーク王国の国民であると認めよう」

 その言葉に、マーロゥは自然とヴェルムドールの前に跪く。
 いつも感じていた疎外感は、もう無い。
 出来損ないの灰色ウサギは今、魔族の灰色ウサギになった。
 それを感じた時……マーロゥの奥底で何かが切り替わったような……そんな気が、した。
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