勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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連載

黒狼と灰色ウサギ2

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「あ……ぁ……」
「チッ」

 マーロゥが目に見えて脅えているのに気付いたアウロックは、魔人化して先程の姿に戻る。
 ビスティアが明確な「敵」としてこの大陸に存在するのは、アウロックも知っている。
 無闇に怖がらせるのは、アウロックの趣味でもない。
 マーロゥの足がガクガクと震えているのを見ると、アウロックははぁと溜息をつく。

「……悪かったよ。驚かせすぎた」
「い、いえ……」

 マーロゥは掴まれたままの手をじっと見ると、アウロックの顔を見上げる。

「……なんとなくなんですけど、分かったんです。貴方なら、私の事分かってくれるんじゃないかって」

 それは、直感とでも言うべきものだ。
 マーロゥの中にある獣人の血が、僅かながらも獣人の「超直感」を発動させたのかもしれない。

「ビスティアの子供の私でも、分かってくれるんじゃないかな……って、そう思ったんです」
「……ビスティアの子供、ねえ」

 アウロックの感覚でいうならば、問題は無い。
 ビスティアの恋愛対象は幅広い。
 ドラゴンに求愛して吹き飛ばされた馬鹿がいるように、種族を問わない。
 故に、それ自体は問題ない。
 問題があるのは、マーロゥの親であるビスティアについてだ。

「お前の親っつーのは……」
「父親がビスティア……らしいです」
「母親は冒険者か何かか?」

 それなら説明がつく。
 何故なら、ビスティアは強い者を好む。
 マーロゥの母親が強い冒険者であったというのであれば、そこにビスティアが惚れ込むのは自然な流れだ。

「……いいえ、母は普通の裁縫職人です。小さい村に住んでるだけの、普通の人……だったそうです」
「実は強かったとかは」
「私は、聞いた事……ないです」

 その可能性を、マーロゥはあっさりと否定する。
 強くない。
 強さを連想させる要素も無い。
 すると、その父親のビスティアはマーロゥの母親の何処に「強さ」をみたというのか。

「……私のお母さんのいた村は、ビスティアに襲われて……私は、その時に出来た子供です」

 それは、シュタイア大陸では稀にあることだ。
 ゴブリンやビスティアによる小さな村の襲撃。
 奪い、殺し、犯す。
 そんな英雄譚の序章のようなありふれた悲劇。
 一山幾らの……そんな、暗黒大陸のビスティアであるならば信じられない悲劇。
 マーロゥの母親も、その犠牲となったのだとマーロゥは語る。

「……そんなのビスティアじゃねえよ」

 苛立ちを隠さないままにアウロックは吐き捨てる。
 強い相手に惚れるのは、ビスティアの本能だ。
 より強い者を伴侶としたい、より強い子を成したい。
 それを願い求めるのがビスティアであり、アウロックがニノに惚れた理由である。
 顔や身体の造作などというものは、付加要素に過ぎない。
 強いから美しい。
 それがビスティアの論理のはずなのだ。
 しかし、マーロゥの語る「ビスティア」はどうか。
 今聞いた状況の何処に、ビスティアとしての誇りがあるのか。
 それでは、単なる獣に過ぎないではないか。

「……だから私は、この街でも嫌われてるんです。魔族との……ビスティアとの子供だからって。いつ本性を出すか分からない、穢れた子だって」

 キャナル王国は、平等を愛する国だ。
 しかし、そんな国でもマーロゥを許容するには至らなかったのだろうか。
 それともマーロゥと関わった者が「例外的な一部少数」であり、全体としてみればそんなことはないのか。
 どちらにせよ、マーロゥが孤独であったのは間違いが無いのだろう。

「うーん……」

 アウロックは、状況を整理する。
 まず、マーロゥは魔族の血の入った人類である。
 父親はビスティアの風上にもおけない屑である。
 母親については不明。
 そして、この件はなんとなくではあるが魔王ヴェルムドールに報告した方が良い一件である。

「お前、その父……ごほん。ビスティアと……母親は?」
「ビスティアは、村を蹂躙したら何処かへ去ったそうです……ひょっとしたら、もう退治されてるかもしれませんね。あとは……お母さんは……」

 マーロゥの母親は、マーロゥを捨てた。
 ある日突然、ふらりと居なくなったのだ。
 自分が如何に呪われた存在か聞かされて育ったマーロゥには、それも当然であるように思えた。
 だから探そうとは思わなかったし、見つけられるとも思わなかった。
 幸いにも「知り合い」はある程度いたので、その伝手で仕事も見つけてなんとか暮らしている。
 少なくとも「見た目」で差別する者はこの街には居ない。
 他の国と比べれば、キャナル王国は格段に過ごしやすかったのだ。
 ……もっとも、マーロゥの「生まれ」を知った者は皆嫌な顔をするのだが。

「んー……そうか」

 アウロックは頭を軽く掻いて、どうしたものかと悩む。
 マーロゥをこのまま放っておくことが得策だとは、どうしても思えない。
 しかし、だからといってどうするのがいいのか。
 アウロックの頭では、良い解決法など浮かぶはずも無い。

「ん、んんー……お前、仕事は?」
「え? え、えっと……裁縫の仕事をお店とかから請け負って、それで」
「請け負う? 雇われてんじゃねえのか?」
「い、いえ。そのですね、お仕事単位でお金を貰うっていうか」
「ふーん? よくわかんねえけど雇われてはいないのか」

 マーロゥの仕事とはつまり、仕事単位での請負契約というものである。
 この仕事を達成すればこの報酬……という、冒険者の依頼に近いものがある仕事形態だ。
 これは当然ではあるが雇用契約ではなく、安定性のあるものではない。
 
「んー……」

 アウロックは首を捻って、マーロゥをじっと見る。

「あ、あの……?」

 とりあえず、このままマーロゥを帰してはならない。
 それだけは確実だろうとアウロックは判断する。
 それを達成出来れば後はまあ……考えられる奴が考えるだろう。

「お前さ、ウチで働く気はねえか?」
「へ?」
「エルアーク復興計画本部。俺が代表だし、現地採用計画とかも確かあったからな。お前一人くらいなら俺がどうにかするぞ?」
「へ? え? はいぃぃっ!?」

 兎耳をピーンと立てて驚くマーロゥは、未だ掴まれたままの手をブンブンと上下に振る。

「え、え!? 雇うって。あのお給料とか出るやつですか!?」
「おう」
「え、えっと。お仕事内容って」
「たぶん書類仕事だと思うぞ。まあ、説明とか面倒だから行こうぜ」

 アウロックが手を引くと、マーロゥは目に見えてあわあわとし始める。

「え、その。まだ心の準備がっ」
「ふーん」
「ま、待ってくださきゃあっ!」

 めんどくせえ、と呟いたアウロックに抱きかかえられて、マーロゥは顔をリンゴよりも真っ赤にして固まる。

「俺より話が出来る奴のとこに連れてくから、後はそいつから話聞いてくれよ。な?」

 そう囁くと、アウロックは復興計画本部へと向かって走り出す。
 当然ではあるのだが、その光景が人々から注目されないはずはなく。

「も、もう街歩けません……」
「なら走ればいいんじゃね?」

 そんなズレた会話をしながら、マーロゥを抱えたアウロックは復興計画本部へと走っていくのだった。
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ノルムの皆さん、絶賛野放し中。
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