勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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黒翼は蒼天に羽ばたく3

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「へえ、強いじゃない。それとも、あのセルゲイが弱いのかしら」
「一応、セルゲイも将来有望と言われてはいたのですがね」

 暇そうに果汁ジュースのグラスを傾けていた貴賓席のナリカに、隣に立つ近衛騎士団長が答える。
 セルゲイ・カルキノス。
 本人の言葉通りにカルキノス子爵家……武勇に優れた一族の次男である。
 長男は光盾騎士団の一員としてナリカの元にいるが、次男がこんな所に来ているのを見るとカルキノス子爵はナリカに完全につく事を決めたとみてもいいだろう。

「そうよねえ。アイツ、自分は強いんだって散々自慢してたし。でもそうなると、庶民に相当強いのが混ざってることになるわ」
「アレは冒険者でございましょう? 普段から実戦に慣れた者達です。その経験の無いセルゲイではきついでしょうな」

 あくまで経験の差だ、とフォローする近衛騎士団長をナリカはジロリと睨む。

「今必要なのは即戦力よ。私はね、いつまでも混ざり者に王都を好き勝手させておくつもりはないのよ」
「……分かっております。されど、統治後の事もお考えください」

 そう、強いのが騎士の条件ではない。
 現代において、騎士の本質的な役割は治安維持だ。
 それは必ずしも戦う力だけではなく、正しきを見極める知識や教養も必要となる。
 そして大抵の場合において、それに長けているのは貴族である。
 一般人の……たとえば冒険者は「武」に優れてはいても、こうした「知」には圧倒的に欠けていることが多い。
 そして「知」に欠けることは人を導く資質に欠ける事だとされてもいた。
 それを言おうとして……しかし、近衛騎士団長は言葉を呑み込む。
 言うのは簡単だ。
 しかし、嫌味としかとるまい。
 それが経験から分かっていたからだ。

「けど、どうしようかしら。統治後が云々っていう話をするなら、セルゲイはいずれ何処かで採用する必要があるわね?」
「……ハッ」

 そんな会話がされているなどとは夢にも思わないであろう舞台では、すでに次の試合が開始されていた。
 まともな「試合」内容が展開されている舞台を、カインは真面目な顔で……アインはつまらなそうに眺めている。

「……退屈な内容だな」
「そう? 意外に勉強になると思うんだけど」
「嘘をつくな。あの程度の槍捌きなら、セイラのほうが上だろう」

 カインの友人の一人である少女の名前をアインが出すと、カインは苦笑する。

「セイラは別格だよ……彼女はネクロス流槍術をほぼ完璧に修めてる。そっちじゃなくて、斧使いの人のほうだってば」
「ほう?」

 槍については否定しなかったな……などと考えつつも、それについてはアインも同意見ではあった。
 今この場には居ないが、普段カインについて回っているセイラの槍捌きは間違いなく超一流である。
 そもそも「槍」という武器自体がかつての勇者伝説に登場する「神器」の中には無い為、実は「槍」という武器自体がそれほど人気は無い。
 人気があるのは勇者リューヤやブレードマスター・デュークの「剣」、戦士ジュノの「ガントレット」、闘姫ルーティの「弓」である。
 しかし、やはり一番人気が主役ともいえる「剣」であるのは動かしがたい事実でもあるが故に、そういう意味では「斧」や「槍」を使うこの試合は見応えがあると言う事も出来る。
 出来る、のだが……人気が無いということは当然流派なども少ないということでもあるし、槍使いも斧使いもどちらも実戦で己の腕を磨いていたことは明らかであった。
 有体にいえば、「型」と呼べるものがそこにはない。
 それは読まれにくいという利点こそあれど、試合としての「美しさ」は存在しなかった。
 あえて言うならば「獣の喰らい合い」であり、試合に美しさを求める「貴族」といった連中には不評だろうな……などとアインは考えていた。
 ある程度討伐などで実戦を経験しているであろう騎士はともかく、あの我侭そうなナリカとかいう王女はさぞかし嫌がっているだろう。
 そんな事を考えながら貴賓席へと視線を向けると隠しきれない不満気な顔が目に入り、思わずアインは小さな笑みを浮かべる。

「あれ、アインどうしたの?」

 それを目敏くカインに見られ、アインはカインの頭を軽く叩く。

「人の顔を見るな。お前は勉強になる試合とやらを見てろ」
「……叩くこと無いじゃないか」

 カインが試合に目を戻したのを確認すると、アインは今度は選手席を静かに眺め回す。
 舞台をぐるっと囲むように用意された選手席に集まった「騎士候補」達は、おおよそ似たようなレベルの者達が多い。
 恐らくは、今舞台上にいる者達とそうは変わるまい。
 しかしながら、時折「明らかに違う」気配を纏った者も混ざっているのが分かる。
 その辺りが本命といったところなのだろう。

「次! ノートゥングとカイン!」

 彼等が本気で「ナリカの配下の騎士」であることを望むならば、この選考試合とやらでナリカ王女はそれなりの戦力増加を果たすことができるだろう。
 この「選考試合」とやらは愚かなお祭り騒ぎにしか思えない中でも、成り上がりの野心を持つ者達を実に効率よく集める役割をも果たしている。
 仮定の話にはなるのだが、この「選考試合」を定期的に行うだけでも、ナリカの本拠地であるカシナートには見合った地位を得ていない「野望に満ちた実力者達」を集めるだろう。
 そうなった場合に、セリス王女の陣営で対抗しきれるのだろうか?

「勝者、カイン!」

 マゼンダを倒したとて、キャナル王国の内乱の旗印はナリカ王女であることは疑いようも無い事実だ。
「アルヴァの介入」がマゼンダによるものだったとして、それは内乱に混沌で味付けした者を排除するだけのものに過ぎない。
 ナリカ陣営にどれだけの影響があるというのだろうか?
 いや、それだけでも「魔族によるキャナル王国への攻撃」などという噂の排除には繋がるだろうか。
 それだけでアインにとっては利のある話だ。

「アイン、おーいアイン?」
「……なんだ。私は今忙しいんだが」

 アインが思考を打ち切り隣に立つカインのほうへと振り向くと、そこには不満気な顔をしたカインがいた。

「その顔はなんだ?」
「いや、勝ったんだけど。見てなかっただろ」

 そう言われて、アインは不思議そうな顔をする。

「……別にお前が勝つのは当たり前だろう。負けたら蹴りをいれてやっていたところだが、そんな当たり前の試合内容を私が見る必要がどこにある」

 マゼンダに近づく必要がある以上それなりの順位に食い込むことは必須であり、つまり第一試合程度に勝つのはアインとしては当然であった。
 そしてカインの実力であればそれも簡単であろうとアインは考えていたので全く気にしていなかったのだが……カインはそれが不満なようだった。

「結構頑張ったんだけどなあ」
「そうか。次も頑張れ」

 そう言ってカインから視線を外すアインに、カインは軽く頭を掻きながら溜息をつく。

「いや、そりゃ頑張るけどさ……まあ、いいや」

 その後の試合内容としては、概ねアインの予想したとおりの展開へと進んでいく。
 大体の実力者は残り、凡庸な実力の者は大体が敗退した。
 そうなるように汲まれていたように見えるのは、アインの考えすぎだろうか?
 ……ともかく選考会は今日一日で終わる内容でもない為、この後は一度宿へと帰ることになる。
 敗者だからといって騎士に採用する可能性が残っていないわけではない……などとナリカが言っているのを聞きながら、アインはふうと溜息をつく。
 隣では、カインも少しピリピリした雰囲気を漂わせている。

「……ねえ、アイン。これってやっぱり」
「気は抜くなよ」

 アインはカインに、そうとだけ答える。
 騎士団員選考会。
 分かりやすく成り上がれるイベントが本性を見せるのは……これからである。
 
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