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エルアーク復興計画準備2
しおりを挟むエルアーク復興計画の為に事前準備が必要なもの。
たとえば、食糧。
これは人員を動かすためにも必要な物だ。
だが、動かして復興計画を進めるために必要な物がある。
それは、資材。
今回の場合は大量の石材が必要となるわけだが……ザダーク王国南方から調達することになっていた。
その為、現在南方では大騒ぎの真っ最中である。
……何しろ、現地の作業を簡略化する為に石材の加工をも南方軍で行うことになったからだ。
南方軍本部となっている南方要塞でも、オルレッドが忙しく動き回っている。
書類に埋もれた南方将執務室のソファーではラクターが大イビキをかいており、時折追加で書類を持ってくる南方軍兵士が気の毒そうな顔をしながらも何も言わずに去っていく。
「グ……ぐが……ぐぇお。げふぅ」
「何がげふぅだ、このクソヒゲが……」
オルレッドが思わず溜息をつくと、ボォンという轟音と共に部屋に凄まじい臭気が充満する。
逃げる暇無く部屋に満たされた毒ガスもどきに、オルレッドは抱えていた書類を思わず取り落とす。
「ぐ……げぉっ…ごああっ!?」
部屋の隅に置いていた巨大な戦斧を慌てて手に取ると、それで窓ごと壁を叩き壊す。
南方の中でも特に険しい山々の風景があらわになると同時に、外の新鮮な空気と部屋内の汚染された空気が入れ替わる。
「やべえ……本気で死ぬかと思った。下手なポイズンブレスより強いんじゃねえのか」
「な、何事で……うげぶっ!?」
慌てて執務室の扉を開けた兵士がバタリと倒れ、オルレッドが慌てて叫ぶ。
「お、おい! 畜生、まだドア付近に匂いが残ってやがったか!」
「今轟音が聞こえましたが何事で……うわっ!? オルレッド様、これは一体!?」
「そこのクソヒゲの旦那の屁による被害と、緊急回避処理だ」
その言葉に、やってきた兵士はああ……と頷く。
「すぐに医療班を呼びますね」
「そうしろ。つーか、匂いの効かない奴配備しろよ」
「そうしたいのは山々ですが……あの方って、屁にすら魔力が篭りますからゴーレムも気絶するんですよ」
「マジかよ……どんだけ魔力余ってんだよ」
愕然とするオルレッドに、兵士は悲しげな顔で首を横に振る。
「本当にオルレッド様が我慢強い方でよかった。ここに配備できるような方は大抵ラクター様と殴り合いになりますから」
「殴り合いって……成立すんのか?」
「しませんね。寝てるラクター様に蹴り入れることから始まりますから、寝起きで機嫌最悪なラクター様の一撃で終了です」
自分も空高く殴り飛ばされたことがあるのを思い出し、オルレッドは思わず乾いた笑いをもらす。
その間に倒れた兵士は運ばれていき……そういえば、と残った兵士が手を叩く。
「ちょっと頭の回る方がいまして、その方は遠距離から大魔法を叩き込んだのですが」
「室内で使う時点で頭回ってねえだろぉが」
「ラクター様に近距離戦を挑むよりは勝率高いでしょう?」
そういう問題だろうか、と思いつつも黙り込むオルレッドに、兵士は「その時」を思い出すように遠い目で語る。
「一撃で執務室部分のみを消し飛ばすような、実によく制御された魔法でした。ですが、その方にも計算違いだった部分がありました」
「計算違いなのは、そいつを副官にした南方軍だと思うんだがなァ」
「魔法を叩き込んだその瞬間、本能で反応したラクター様の反撃が入りまして。私、山に人型の穴が開くのって初めて見ましたよ」
ハハハ、と笑う兵士にオルレッドは頭痛を感じる。
それが日常だからか、すっかり慣れてしまっている。
それとも、これがザダーク王国でも特に荒っぽいのが集まる南方軍の気質なのだろうか。
「まあ、エンシェントゴーレムが本来の姿で挑んでも、魔人形態のラクター様を倒せんのです。何やっても安心ってのがあるんだと思いますよ」
「ああ、そうかい。そりゃ安心だ」
溜息をつくと、オルレッドは書類を一枚取り出す。
「まあ、いいや。それより書類の方なんだがよ。計算間違ってやがるし書式が指定のものじゃねえぞ。これじゃ、北方の陰険将軍に突っ返されるぜ?」
「え? ああ、本当ですね。最近経理に配置換えありましたから、そのせいですかね?」
「なんで配置換えすんだよ」
「ラクター様のスパーリング相手やったら白熱したらしくて。殺さなきゃ負けを認めねえって叫んだ結果です。ラクター様もよく言った、褒めてやるぜぇ……って言ってましたけど」
色々なものを諦めて、オルレッドは自分の机から紙を取り出し始める。
教育は後でやるとして、ひとまず自分で直した方が早いだろうと判断したのだ。
「ところで、クソヒゲの旦那はいつまで寝てんだ。こりゃ旦那の仕事だろうが」
「ラクター様曰く、自分が起きてたほうがいい時以外は起きたくないそうですけど」
「……毎日思うんだけどよォ、俺が来る前、南方軍はどうやって回ってたんだよ」
「やらなきゃいけないと思うと、意外とどうにかなるもんですよ」
異動願いを出そうか、とオルレッドは本気で頭を抱える。
たぶんラクターが本気を出していたか、異動した中に有能なのが居たのだろう。
いつもの業務ならばこれでも回るが、今回のような忙しい状況だとどうにもならない。
「……つっても、今回のためだけに異動事例乱発するってのも賢くねえよなァ」
元々、南方軍は各地の裁量権が大きく大抵の業務は各支部で完結するようになっている。
通常本部で処理するのはその報告書と、支部で解決しきれない問題の処理のみなのだ。
しかし、今回は魔王ヴェルムドールの主導する事業である。
責任から考えても本部で処理するのが妥当であり、故にオルレッドが奮闘しているような状況となる。
「何唸ってやがるんだよ、うるせえなあ」
「うるせえたあ何事だよ。アンタの仕事だろうが」
ようやくソファーからムクリと起き上がったラクターにオルレッドがそう返すと、ラクターは大きな欠伸を一つする。
「書類が出揃うまでは俺の仕事じゃねえよ。その為にお前引っ張ってきたんだろが」
「書類っつーのは来る度に処理するもんだろ。溜めてどうすんだ」
オルレッドが舌打ちすると、ラクターは起き上がって机の上に積まれた書類に目を通し始める。
「うちの軍は一部を除きゃ馬鹿しかいねえんだ。とりあえず全部作らせてから一気にやったほうが効率イイんだよ」
「改善しろよ」
「だから使える奴を地方に回してんじゃねえか。ま、それでも手が足りてねえみたいだがな」
パラパラと書類を捲っていたラクターは、そのうちの何枚かを掴み出す。
「ちっと行ってくるぜ」
「あ? 何処へだよ」
「明らかにロクでもねえもんを出してきた奴をシメてくる。残りのは直すの簡単だからよ。任せたぜ」
凶悪な顔をして笑うラクターに、オルレッドは呆けたような顔を浮かべ……数瞬後に、慌てた声をあげる。
「ま、待て待て! まさか今ので全部目を通したのか!?」
「おう。当然だろ?」
言い残して転移していくラクターを見送り……オルレッドは、机の上の書類の山に目を戻す。
「……流石に冗談だよな」
「いやあ、本気だと思いますよ。あの方、昔は黒き賢者とかいう異名持ってたそうですし」
「……どの辺をどうしたら賢者とか呼ばれるんだよ……屁のくせえクソヒゲにしか見えねえぞ」
「息も結構生臭いですよ。まあ、ドラゴンは皆そうですけど」
そんな会話をしながら笑っていた兵士はそれでは、と一礼して去ろうとし……その肩を、オルレッドに掴まれる。
「えっと……なにか?」
「なにか、じゃねえよ。丁度いいから手伝ってけ」
「え? いや、私は仕事が」
「俺の権限でそいつぁ全部キャンセルだ。逃がさねえぞ」
そうして始まる、怒涛の書類処理。
エルアーク復興計画の準備は、こうして書類上は滞りなく進んでいくのである。
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