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アインの監視レポート32
しおりを挟むエルアークで希望者を伴い出発した第一王女軍。
副首都……第一王女ナリカが仮首都と定めるカシナートへと向けて出発した彼等は、そのまま向かったわけではなかった。
途中で幾つかの町や村に寄り、演説をして希望者を集め同行させる……という手順を繰り返していたのである。
更にどうやら、「卑劣なる第三王女軍の待ち伏せを防ぐ」という理由で、行きと帰りは違うルートを毎回通るらしかった。
そんなことで無事たどり着けるのかと思わないでもなかったのだが、何かの道具と地図の併用で上手くいっているようであった。
「む、あんな所に村があるな」
「地図にはない……な。ということは、改訂前に新しく出来た村か」
「そうなるか。チッ……丁度改訂の直前だったからな。他にもあるかもしれんぞ」
第一王女軍の騎士達が、先頭で何事かをボソボソと囁きあっている。
この改定だかなんだかと言っているのはつまり、キャナル王国の地図に関してである。
ちなみに当然ではあるが、こんな街だの村だのが記載された地図は一般に出回るようなものではない。
一般的な旅とは街道を通り、途中の宿場町や騎士団の詰め所などで現在位置や目的地までの道程を確かめながら進むものなのだ。
例外的に乗合馬車ギルドは独自の地図を作成して所持していたりするが……それとて、必要な近隣のものだけであったりする為、国が所持するものほど正確ではない。
この騎士達が持っているのは、その「国が作成した詳細な地図」であるのだが、これにも当然弱点はあり、それが騎士達の発言に現れている。
詳細で範囲が広いということはつまり、改訂に恐ろしく時間がかかるということである。
各国では専門の者を何人も雇い、それぞれに担当地域を割り振って活動させている。
更にそれが外部に漏れぬように互いがそうであることは知らせず接触させず、諜報部隊を通じて結果を集め、地図を作成する専門の一族にそれを纏めさせているのだ。
これは数年単位でかかる作業であり、それだけあれば村程度ならば簡単に出来てしまう。
それ故に、内乱で改訂作業がストップした状態の古い地図に載っていない村があるのも当たり前……ということになってしまうのだ。
ボソボソと囁きあっていた騎士達は振り向くと、部隊や同行者達に向けて叫ぶ。
「諸君、あそこに村がある! 本日はあそこで場所を借りて休もうと思う!」
その声に、いくつかの安堵の声が漏れる。
エルアークとカシナートは距離があり、一般人の足で歩くのは相応に疲労する。
野宿は相応に辛い。
野生の獣を警戒しなければならないし、それだけで体力は削れていく。
村であれば集会所もあるし、そうなれば屋根のあるところで寝られる。
それだけで、大分違うからだ。
騎士達の先導で村へと行くと、斧を担いだ村の男らしきものが先頭の騎士へと声をかける。
「おやあ、立派な装いの方だ。こんな小さな村に何の御用で?」
「うむ。我々は正統なる第一王女ナリカ様の元に集う近衛騎士団と……保護した正しき国民達である」
騎士の自己紹介に、村人ははあ、と頷く。
「それで、この方々が何の御用で?」
「聖なる任務の途中であるが、今日はもう日が暮れるので一夜の宿を頼みたい。村長の家にご案内願えるか?」
「はあ。村長なら街に取引に行くとか言って家族と出とりますが。こっちは好きにしろ言われてますし、いいんじゃないですかねえ」
「ほう、取引に……」
「ええ、もう三月くらいは戻っておらんですのう。余程取引に熱中しとるんでしょうなあ。まあ、色々、馬車に山盛り持っていったから仕方ないですけどのう」
それは村の財産を持って逃げたんではないだろうか、と言いたくなるのを騎士はぐっと抑える。
ここで余計な事を言っても混乱するだけだし、言うにしても明日以降でいいだろう。
「分かった。ではその村長の家とやらを我々は利用させていただくが、他の同行者達を休ませることのできる場所はないかな?」
「はあ。集会所がありますが」
「それでよい。それと、対価は払うので食料があればお譲り願いたい。あと村の広場に人を集め……」
長々と騎士と村の男達が話しこんだ後、第一王女軍に同行した者達は村の集会所とやらに通される。
だだっ広い小屋のような場所に案内された同行者達は、各々の場所を定めて寝転がり始める。
どうやらこの村は木こりの村のようで、畑のようなものは最小限しか存在しなかった。
「……あれって、絶対村長逃げてるよね」
「だろうな」
その一角……比較的入り口に近い箇所に陣取ったカインとアインは、そんな事を囁きあう。
第一王女軍には、肝心の第一王女ナリカもマゼンダも居らず、率いていたのは近衛騎士団の副団長補佐のザクリットという男であった。
まあ、当然といえば当然である。
ちなみにこのザクリットという男はナリカに随分心酔しているらしく、事あるごとにナリカの素晴らしさを大声で説くような男である。
まあ、そのくらいで無ければこんな任務は務まらないのだろうが……この集会所の外にある広場からも、そのザクリットの大声が聞こえてくる。
「……つまり、第三王女は万人を騙し権力の座を簒奪せんとしているのだ! 今こそ正統なる御方の下に正しく統治されねばならぬ時! それを望む者は、いつでも我等は受け入れる!」
それは、ザクリットの得意の演説である。
要は第三王女セリスが如何に悪辣で外道であるかを説き、第一王女ナリカが如何に清廉で高潔で素晴らしく、正統でありながら首都を追われた悲劇の姫であるかを涙ながらに説くものである。
ザクリット自身が自分の演説の素晴らしさに自己満足して感動し泣いている為、妙な説得力があるのが不思議ではある。
拍手がおこっているところを見ると共感を得られたのか……あるいはとりあえず騎士様の演説だから拍手したのか。
それは不明だが、静寂が戻り始めたところを見ると演説会は終了したのだろう。
続いて外から漂ってくるのは、何かを煮込むスープの匂い。
どうやら騎士達が交渉した結果の炊き出し……といたっところだろうか。
村や町に立ち寄るのはこういった理由もあり、その結果脱落者は現在は存在していない。
まあ、これもまた人心掌握術の一環というところなのだろう。
俺達を本当に救ってくれるのか……などと疑問に思わせては終わりだから、当然の処置とも言えるのだが。
「あー、皆さん。食事ができたんで取りに来てくださいな」
村の男が集会所にやってきてそう言うと、同行者達はゾロゾロと集会所から出て行き……アインとカインも、目立たぬように集会所から出て行く。
しかし炊き出しの列には並ばず、目立たぬようにその辺りの隅に位置取り干し芋を手早く腹に収める。
これは炊き出しに問題があるわけではなく、所謂「共感」を防ぐためである。
一緒の釜の飯……などといった言葉があるが、共同生活は共感や仲間意識を抱きやすい。
どんな悪人相手でもそうした感情が生まれるのだから、実に恐ろしい。
そしてカイン達の目的上、そうした感情を抱きすぎる事は失敗に繋がる。
特に他者に入れ込みやすいカインは尚更なので、アインが釘を刺している。
そのアインは近くの者に気取られぬように森の中へと消えている。
当然近くにいる諜報員と情報交換をする為であるが……そこに余計な者が入り込まないように、カインも森の見える広場の隅に位置取って星を見上げるフリなどをしている。
広場では食事を終えた者が騎士達と和やかに話しこんでいる姿が見える。
共同生活によってすっかり仲良くなった彼等を見ていると、カインはぞっとした感覚を覚える。
この一行に加わるまで、彼等は「第一王女側」と「第三王女側」に分かれていたはずなのだ。
更に言えば途中で合流した者もおり、互いに見知らぬ同士という関係も当然ある。
しかし、今の彼等はまるで十年来の親友のようですらある。
これが共同生活による共感効果だというのであれば、恐るべしという他は無い。
「……ねえ、こんなところでどうしたの?」
突如、そんな声がカインにかけられる。
その声にカインは視線を戻し……思わず、息を呑む。
「イ、イース……?」
思わずそう呟き、違うと気付く。
軽くウェーブのかかった、長い髪。
宝石を思わせる美しい目。
その顔は、もう長く会っていない……魔王を名乗った少女に似ている。
しかし、その髪は白く。
しかし、その瞳は金色に輝いている。
服装もあのドレスのような服に比べると格段に地味で、しかし良い生地と仕立てで作られた旅装であった。
旅行者用のローブと呼ばれる中でも高級品であろうソレを纏った少女は、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、座り込んだカインを見下ろしている。
「イース? 誰、それ? 恋人? あんな可愛い彼女さんがいるのに、いけない人なのね?」
イースを思わせる口調で。
イースを思わせる顔をした少女は、そう言ってイースそっくりの笑顔で笑った。
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