勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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エルアーク復興計画

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 修理、修復、補修。
 全てのものが不壊ではない以上、何らかの理由によりこれ等を行わなければならない時というものは必ず訪れる。
 特に、外的な要因により大きく破損した場合は突然それに対処する必要に見舞われるし、箇所やモノによっては即座に対応する必要にすら迫られるだろう。

 補修といっても、その内容から規模まで様々である。
 たとえば、家財の補修。
 これは自分達でどうにかなる場合もある。
 どうにもならなければ職人を呼べばいいし、新しいものを買ってもよい。
 たとえば、家の補修。
 これは職人を呼べばどうにかなるし、難しい話ではない。
 この二点における大きな差は「規模」である。
 規模が違えば時間もかかるし、時間がかかるということは当然必要になってくるものがある。
 それが「計画」である。
 目標とする結果に至るまでにどのような工程が必要かを示すソレは、規模が大きければ大きいほど膨大になる。
 されど、決して省く事ができないものでもある。
 それは効率化の為でもあり、予算と人員の決定の為に必要だからでもある。

 ……さて、では今回の「エルアーク復興計画」と称されたものについてはどうだろうか。
 これは今回、街の外壁補修と一般家屋の補修が含まれている。
 平たく言えば王城やキャナル王国政府関係の建物以外を補修して回るということであるが……それでも、かなりの規模である。
 更に外壁補修に関してはキャナル王国の首都であるエルアークを囲む壁ということでかなりの大きさであるし、正門にいたっては完全に崩れてすらいる。
 これを修復するのは相当に手間である。
 何しろ、正門にあった巨大な金属門は魔法によって完全破壊されており再利用が出来ない。
 つまり、新しい扉を用意する必要があるのだ。

「……以上を踏まえた上で、何か質問はあるかしら」

 ザダーク王国、魔王城の会議室で説明を終えたロクナが資料をパンと叩く。
 ロクナが厳選した設計責任者達を集めた会議は、ギルドで依頼が出された翌日にはもう集められていた。
 いずれもザダーク王国初期から様々な建物の建設に貢献した者達である。
 三人は、ノルム。
 これに男性魔人と女性魔人を加え、合計五人である。

「では、一つ」
「はい、なにかしら」

 真剣な目で自分を見るノルムの男に、ロクナもまた真剣に返す。
 
「計画書とやらの必要性については理解しました。人類相手に仕事をするのであれば、そうした明確な約束事も必須でしょう」
「そうね」

 頷くロクナに、ノルムの男はしかし……と続ける。

「こういったものは、計画通りに必ず進むものではありません。なにより……何処かで変更の必要性が生じれば適宜計画を修正し、より良い改善点が見つかれば確認し実施するのも、より良いモノを造るには必要なことです。こんな計画書とやらで縛っては、それこそ当初の予定していた程度のものしか出来ません。それは問題なのでは?」

 そう、魔族の常識では「より良いモノを作れるのに作らないのは手抜きであり悪」である。
 自分の仕事が魔王の威光を示すものと思っているからこそ職人達は腕を競い、様々な進化を遂げる……それがザダーク王国の進歩の原動力でもある。
 ソレゆえに、「計画書」なるものの利点を理解こそしても問題点を見逃せない。
 そしてそれが彼一人だけの意見ではないことは、他のノルム達の目からも分かる。
 当然ロクナとしても、その考え方は好ましいものではある……のだが。

「気持ちは分かるわ。でもまあ、アンタが最初に言った通りよ」
「と、いいますと?」
「簡単よ。人類は疑ってかかるのが趣味なの。事前にしっかり計画をたてて、それ通りに動かない部分に疑念を感じる生き物なのよ。何か仕込んでるんじゃないかとか言われたくないでしょ? 改善についても同様ね。でもまあ……このあたりは予算と工期の問題だと思って納得してちょうだい」

 言われて、ノルム達は顔を見合わせる。
 納得しろというなら納得するが……と言いたいのが丸分かりである。

「人類とは面倒ですなあ……そんな疑われてまで直してやる必要があるのですか?」
「うむ。もう少し壊れるまで待って、向こうからより良いものを作ってくれと頼んでくるまで待ってみるほうがよいのでは」
 
 口々に不満を表明する諸君たちにロクナはまあまあ、と言って宥める。

「気持ちは理解できるわ。でもまあ、これもヴェル……魔王様の為には必要なことなのよ。計画通りに計画のものを作ったっていう事実がね」

  そう、これには対外的な意味もある仕事だ。
 好意に見せかけた計略だ……などとは、絶対に言わせてはならないのである。
 それに必要なのは、隙を作らないこと。
 一分の隙も無い計画書と、それに伴うキッチリとした人員配置と工事の実施。
 そして、計画通りの成果物の完成である。

「なるほど……信頼、ですか。面倒なことですな」

 そんなロクナの考えを全部でないにせよ、一部理解したのだろうノルムの男がふう、と溜息をつく。
 やはり作らないほうがマシなのでは……と思いつつも、それを口には出さない。
 
 魔王ヴェルムドールが望んでいる。
 その事実が、他の全てに優先するからだ。

「しかし、まあ……そこで人類が文句のつけようもない物を造れば、示威行動にはなりますな?」

 黙っていた魔人の男の発言に、別のノルムの男がそれだ、と叫ぶ。

「そうだ! 計画書の時点で前のものよりもずっと良いものを造ってやればよいではないですか! そうすれば人類も魔王様の威光を感じ感謝するのは必然!」
「となれば、まずは外壁ですな! やはり普通の石ではなく」
「あー、ちょい待ってくれる?」

 早速ヒートアップを始めた議論に、ロクナが早速釘を刺す。

「補修だからね。前より明らかに良いモノ造ったらダメよ?」
「は? いや、しかし」
「ちょっとくらいならいいけど、あんた等絶対調子のるし。そういうことをするのは、国内にとどめておきなさいな」

 ロクナに言われ、ノルムの男は不満そうにしつつも黙り込む。
 そう、「いいもの」を造るのはよいことだ。
 しかし、何事にも限度というものはある。
 今回のような場合は特に……だ。

 これは外壁というものの存在する意味が関係している。
 そもそも外壁とは「安全」の為のものだ。
 そして同時に、見るものに「安心」を提供するものでもある。
 どういう意味かというと、つまり……全然違うものにいきなり切り替えるなどというのは、余計な不安を高めるだけということだ。

「……軟弱な」
「それには同意する。でもまあ、やってちょうだい」

 ロクナが苦笑すると、五人は仕方無さそうに……本当に仕方無さそうに頷きながら、補修計画について話し合いを始めるのだった。
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