勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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魔神の見た風景7

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久々の魔神様です。
********************************************

 それは、無限の暗闇。
 何処まで行こうと果ては無く。
 何時まで待とうと明けは無い。
 光が在るのは、ただ一点。
 闇の玉座に座す者のいる、この場のみ。
 その玉座に座すのは、黒髪の少女。
 赤く輝く目が、それがただの人間では無い事を自己主張している。
 しかし、それがその真の姿というわけではない。
 だが、真の姿があるというわけでもない。
 1人の人間の嗜好に合うように姿を成したらこうなったという、ただそれだけ。
 名すら放棄したそれは……魔神、と呼ばれるモノだ。

 魔神。
 あらゆる魔の起点。
 あらゆる魔の終点。
 あらゆる善の原点。
 あらゆる悪の原典。
 あらゆる善の理解者。
 あらゆる悪の観察者。
 あらゆる矛盾の体現者。
 あらゆる理論の破壊者。

 あらゆる全ての始まりが在るこの場所で、魔神は逆さまに落下する。
 無限に続くかのように思える落下は、終わりの見えない暗闇に続いている。
 いや、始まりすらも暗闇に閉ざされ見ることは出来ない。
 一体、いつから落下しているのか。
 一体、いつまで落下しているのか。
 それを思考する事に意味は無い。
 ただ、何となく退屈していて。
 その気晴らしに「落下」を選んだ結果がこれであるというだけなのだ。
 故に、その落下に意味は無い。
 何処かに辿りつく為でもなく。
 何処かから逃避する為でもない。
 故に、この落下に始まりは無い。
 故に、この落下に終わりは無い。
 無限に続く落下は、ただ落下する為の落下であるからだ。
 そこに意味を求める無為さは、砂漠の砂粒が全部で何粒かを確かめる行為の無為さに似ている。
 ……いや。
 少なくとも砂漠の砂粒の数を知れば、砂漠の一端は知ったことになる。
 しかし、魔神の落下の意味を思考しても、それは魔神を理解したことにはならない。
 ならば、それについて思考するのは無駄というものだろう。

「……うーん」

 落下しながら、魔神は顎に手をあてて悩むような素振りを見せる。

「ひどいよなあ、あれじゃあ、僕が物凄い悪役みたいじゃないか」

 魔神が思い浮かべているのは、先程覗き見していたイチカとレイナの会話だ。
 イチカ自身、それによって魔神について一抹の疑問を覚えたようだが……まあ、それについては問題ない。
 魔神自身、善人を気取ったつもりは欠片も無い。
 かといって、悪人を気取ったつもりもないので……悪役であるかのように言われるのは、少しばかり納得いかないものがある。

「大体、人の居ない所で悪口言ったらいけませんって教わらなかったのかねえ。基本だよ、基本」

 魔神が指をパチンと鳴らすと、その落下が停止する。
 逆さまになったまま、魔神は眼前の空間を手でなぞる。
 すると、そこの闇が晴れ……何処かの風景が映し出される。
 見る者が見れば、それはザダーク王国の東方……ルルガルの森担当部隊の駐屯砦の風景であると理解しただろう。
 そこで一人の女性にべったりとくっつかれながら書類仕事をこなしている青年の姿を見て、魔神はクスリと笑う。

「そういえばどうなったんだろうとは思ってたけどさ。ふふ、なるほど。面白そうなことになってるじゃないか。フィリアの奴、さては僕が興味なかったのも織り込み済みだな?」

 魔神が再び同じ場所を撫ぜると、今度は映像が別の場所に切り替わる。
 そこに映るのは、一人の黒髪の青年と……豪奢な椅子に座る男の姿だった。
 その映像に魔神がふっと息を吹きかけると、映像から音が流れ始める。
 それは、何かしらの会話のようであった。

「……なるほど。新たなる危機……か。その具体的な内容については、フィリア様からの神託はなかったのか?」

 豪奢な椅子に座る男は、聖アルトリス王国の王……アルジュエル。
 壮年の王は若い頃はよく魔物退治に出ており、武に長けた人物として有名でもあった。
 今となっては自重して戦いの場に出ることは無いが……それでも、鍛え続けている体はいつでも戦いに出られるような風格を備えていた。
 そして、そんな王の言葉に答えたのは黒髪の青年ではなく……その隣に立つ老齢の男のほうだった。

「残念ながら。しかし、昨今の情勢を考えれば危機がなんであるかは明白であるというもの。それ故にお伝えにはならなかったのでしょう」
「……うむ。勇者召喚がフィリア様のお力無くば出来ぬのは周知の事実。故に、神官長の言葉を疑うようなことはせぬ。だが……まさか人類同士の争いを勇者によって解決せよとはフィリア様は言うまい」

 アルジュエルの言葉に、神官長は頷いてみせる。

「ええ、確かに。しかしアルジュエル王よ、ジオル森王国は明らかに魔王の影響下にあります。国境に魔族共を置いているのが何よりの証拠。かの魔族共の国より邪悪な金属も多数持ち込んでいるとか」
「ああ、あの血鋼とかいうやつか。お前等がそうやって邪悪と騒ぐから、余が民から陳情を受けておる。まったく……別に金属に罪はあるまい。かの先代勇者殿も暗黒大陸から同様の材質で造られたものを多数持ち帰っておるし、宝物庫にもあるぞ?」
「それが罠なのです! 聞けばジオル森王国の連中は魔族に聖銀を渡しているというではないですか! 呪われし金属と引き換えに神々より賜りし聖銀を渡すとは……なんと愚かしい! そうして我々から聖銀を奪う計画に違いありませんぞ!」

 神官長のキンキン声にアルジュエルは煩そうに耳を塞ぎ、黒髪の青年も小さく溜息をつく。

「……分かった、分かった。考慮しておくからお前は下がれ。余は勇者殿と話がある」
「王よ、私は人類の為を思えばこそ!」
「分かっている。下がれ」

 神官長が渋々といった様子で謁見の間から出て行くのを確認すると、アルジュエルは深い溜息をつく。

「すまんな、勇者殿。アレは正義感は強いのだが、その分思い込みも激しいのが問題だ」
「いえ。俺も妄信するほどバカじゃないつもりですから」
「ほう」

 黒髪の青年の言葉に、アルジュエルは面白そうに目を細める。

「すると勇者殿は、かの魔族の国とジオル森王国はフィリア様の言う「脅威」ではないと?」
「分かりません」

 黒髪の青年はそう答えると、アルジュエルを見据える。

「いいぞ、続けてみるがいい」
「はい。まず一つ目の疑問点として、魔王の目的が不明です。何故、ジオル森王国と貿易をする必要があるのか。何故、自分のところの戦力を提供しているのか。ついでにいえば、観光……もやってるんですよね?」
「うむ、そう聞いている」

 アルジュエルが頷くと、青年は悩むように顔を伏せ……しばらくの無言の後に、顔をあげる。

「好意的に考えるなら、親密な関係になる為の手段……なんですが」
「そうではない可能性も、当然あるな。それについてはどうかな?」
「……たとえば、併合の為の手段。緩慢な侵略。ゆっくりと違和感を取り除き、やがて一つになる為の手段と考えることもできます」

 その言葉に、アルジュエルは満足そうに頷く。

「うむ。勇者殿はよく考えておられるようだ。余もそう考えている。無論、根拠無く言っているわけではない」
「と、言いますと?」
「なに、簡単な話だ。諜報部隊に探らせたが……どうも魔族共の国とジオル森王国の友好条約締結の前後で、消息不明になった者が出た形跡がある」

 それは、かなり巧妙に消し去られたのか。
 それとも、単純に益体も無い噂か何かに過ぎないのか。
 ジオル森王国軍関係者の少なくない一部が、突然切り替わったという話があるのだ。
 勿論、証拠など何一つない。
 しかし、それはアルジュエルの中に違和感を抱かせるには充分な報告であった。

「消息不明……」
「確かな証拠のある話ではないが……怪しいだろう?」
「そう、ですね」

 青年が頷くと、アルジュエルは更に畳み掛けるように口を開く。

「……その魔族の国とサイラス帝国の一部が最近、秘密裏に会合を開いていたという噂もある」
「サイラス帝国っていうと……あの鍛冶師の国っていう」
「うむ、そうだ」

 悩み始める青年に、アルジュエルは短く締めの言葉を放つ。

「……まあ、何はともあれ勇者殿。我が国は勇者殿を支援しよう。仲間についても……そうだな、信頼できる人間をつけよう。希望があれば言って欲しい」

 その映像を消し去ると、魔神はふむと頷く。

「いやあ、上手いもんだ。あの神官長とかいうおっさんはともかく、この王様は疑念の植え付け方が上手いねー。一言もそうとは言ってないのに、魔族の暗躍の可能性を示したぞ。さてさて、あの勇者君はどうなるのかねえ?」

 逆さまになったまま、魔神はカラカラと笑う。
 それを、聞く者も見る者も此処にはいない。
 そう、これはただ……魔神のみが見た、光景である。
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