勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

文字の大きさ
上 下
192 / 681
プラスアルファ7.8

廃ダンジョンの活用法2

しおりを挟む
「話がある」

 ガチャリ、とヴェルムドールの執務室の扉が開かれる。
 ちなみに、いつも通りにノックはない。
 むしろ、ノックの意味が分からない。
 女性の部屋にノック無しで入ると命の危険があるのは充分学習したが、男同士では何の気兼ねもいらないはずだ。

「……サンクリードか」

 書類のチェックをしていたヴェルムドールは、顔をあげると小さく溜息をつく。

「まあ、ラクターみたいに窓から入ってこないからマシなほうだが……そろそろ、ノックする気にならないか?」
「命令ならば従うが、意味のある行為とは思えない」
「……あー、そうか。まあ、いい。聞いてみただけだからな」
「そうか」

 ヴェルムドールは椅子の背もたれに身体を預け、サンクリードへと視線をおくる。

「で、今日は何の用だ? 神々の件なら相変わらずだが」
「廃ダンジョンの件だ」
「ん? ああ、埋め立てでもするのか?」

 廃ダンジョンに度胸試しに行く魔族が出るから何とかしなければいけないという報告を以前受けたな……とヴェルムドールは思い出す。
 各町で「そんなに度胸を試したいなら四方将に殴りかかって来い」という通達を出したところ、一部の命知らずがボコボコになったくらいで「度胸試し問題」は収束したらしいと聞いている。
 とはいえ、廃ダンジョン自体がどうにかなったわけではないので頭の痛い問題ではあったのだ。

「……そうではない。廃ダンジョンを地下都市として活用したいという計画が出てな。西方軍主導で進めようと思っている」
「ほう」

 地下都市、と聞いてヴェルムドールは明らかに興味をひかれたような顔をする。
 地下都市。
 実に浪漫溢れる響きだ。
 そう呼ぶだけで、負の遺産だったダンジョンが素晴らしいものに思えてくる。

「いいんじゃないか? 実に楽しそうだ」
「ああ。だが放置していた期間も長いし、相当に金がかかるだろう。ダンジョンの調査はこれからだが、当然地下都市間を繋ぐ道の整備、新たな警備と巡回計画の策定も必要になる。そうすると、西方軍自体の人員増加も視野に入れなければならないのだが……」

 しかし、どれもすぐに解決する問題ではない。
 特に人員については深刻だ。
 質を問わなければすぐに集まるが、サンクリードはそれを良しとはしない。

「まあ、人員については俺が何とかしよう。指揮官クラスがいれば、あとはどうとでもなるだろう?」
「ああ」

 人員の問題がどうにかなったならば、あとは実際の計画と予算だ。

「予算については実際の計画があがってこないと何とも言えんがな。だがまあ……どうせ、許可だけ先に取りにきたんだろう?」
「ああ。許可さえあれば、計画は進められるからな」

 それを聞いて、ヴェルムドールは再度の溜息をつく。
 アルテジオやファイネルは、事前に計画を綿密に立ててから持ってくる。
 それを検討し、許可を出すのが普通の手続きだ。
 しかし、ラクターとサンクリードは違う。
 まず最初に許可を取りに来る。
 普通ならばそんなものは却下なのだが……。

「お前等の場合、許可取りに来る時はすでに頭の中に計画書作ってるからな……」
「当然だろう? 無計画で何の許可をとれというんだ」
「……いや、別にいいんだ」

 アルテジオとて、ラクターやサンクリードと同じ事は出来る。
 単純にそれをしない生真面目な性格なだけだ。
 ファイネルは出来ない。
 完全なる脳筋だからだ。
 優秀な副官達の頑張りによって計画書は出来ている。

「少しばかり、ファイネルが可哀想になってきただけだ」
「そうか」

 何かに納得したように頷くサンクリードに、ヴェルムドールも深刻な顔で頷き返す。
 この場にファイネルが居たら、泣きながら逃亡していたことは間違いない。
 そういう意味では、この場に居ないことはファイネルの幸運であっただろう。

「まあ、いい。しかし、地下都市か……響きは浪漫溢れるし俺は理解するが、最近の流行からは外れてるんじゃないか?」
「そもそも地下に住むということ自体がダサいと思われているからな……。しかしまあ、そこはやり方次第だろう。そういう事に目端のきく奴を西方軍に迎える予定だ」
「そうか」

 頷くと、ヴェルムドールは何かを思い出すかのように天井を見上げる。

「ダンジョン、か……そういえば俺は行ったことがないな」
「俺も報告書以上のことは知らん」

 二人とも「ある」ことは知っているが、実際に行ったことは無い。
 そういう世代なのであるから仕方ないといえば仕方ない。

「……今思ったんだが、流石に計画の最高責任者たる俺達が現物を何も知らないというのは問題があるんじゃないか?」
「そうかもしれんな」

 計画を今後進めていくにしても、元がどうであったかを知るのは重要だろう。
 全てを知る必要があるとも思えないが、何処か代表的なものは見ておくべきだ。

「そうだな……当初提出された案では、小規模ダンジョンの集合住宅化計画が示されていた」
「まあ、失敗してもリスクの少ない案だな」
「ああ。元々は個人から提出されたものだからな……俺は、最初から中規模ダンジョンによる地下都市を計画している」

 要は、最初から華々しい成果を提示しようということだ。
 ザダーク王国主導の「新しい暮らし方」を提案することで、最先端に「地下都市」をもってこようというわけだ。
 その為には「集合住宅」よりも「地下都市」のほうが相応しい。
 つまり「流行を作る」ということであるが、これは別に珍しいことではない。
 そもそも流行とは仕掛けにより発生するものであり、そこには何処かの誰かの計算が必ず存在するからだ。

「となると、適当な中規模ダンジョンの調査が必要だな。その辺りはニノがまだ覚えてればどうにかなりそうだが」
「覚えてるよ」

 机の下から聞こえてくる声に、ヴェルムドールは椅子を引いて机の下を覗き込み……両手を差し入れて、ニノをずるりと引きずり出す。

「またお前はそんな所に……。気配を完全に殺すのはやめろと言っただろう」
「魔力も遮断してるよ」
「そういう技能ばっかり磨くんじゃない。お前といいイチカといい、方向性を間違ってないか」
「そんなことないよ」

 ニノはそう答えると、ヴェルムドールの膝に乗っかり満足そうに頷く。

「ニノはダンジョンはかび臭いから嫌いだけど、魔王様の頼みなら手を貸さないことも無い」
「……そうか。なら適当なダンジョンのリストアップに協力してくれると助かる」
「探索じゃなくて?」
「流石にそこまで頼るわけにはいかんだろう」

 ニノはつまらなそうに口を尖らせると、引き出しを開けて地図を探し始める。

「ん……と。地図ってこの引き出しだったよね」
「そこじゃない。上から二番目だ」
「あ、うん……見つけた」

 ニノは暗黒大陸の地図を引っ張り出すと、執務机の上にそれを広げる。

「えーっと……西は……」
「ここだな」

 指し示すサンクリードの手をぺしっと叩くと、ニノは地図に示された場所の幾つかを指先で突いていく。

「んーと、ここと……ここと、ここなら今言ってた条件に合うと思う」
「その三つか? 他にはないのか?」
「予算を考えないならある。でも、今言った3つなら石壁だから簡単」

 なるほど、それは重要だ。
 ダンジョンというのは主であった魔人の性格が出るから、あまり個性的なダンジョンでは色々と困ったりもするのだ。
 石壁であれば、その辺りはシンプルである可能性が高いし、そうであれば改装も簡単だ。

「……なるほどな。了解した。その三箇所に人員を送って調査しよう」
「うん、頑張るといいと思う」

 ニノがふんぞり返り、ヴェルムドールがむうと唸る。

「ニノ、そろそろどいてくれ」
「ん、いいよ」

 膝からニノはあっさりと降りると、窓を開けて外へと出て行く。
 普通に窓を出入り口に使っている姿にヴェルムドールは溜息をつくが、もうどうしようもない。
 ニノを含み魔族にとって、窓とは勝手口か何かに見えているらしい。

「……で、だ。これで計画は進められそうか?」
「ああ。あとは調査を終えてから報告しよう」
「頼む。視察については決まったら日程を教えてくれ。俺も同行する」

 答えて再び書類の処理に戻るヴェルムドールに、サンクリードは短くああ、と答える。
 廃ダンジョンの活用法である地下都市開発計画は、この瞬間にスタートしたのである。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。

幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』 電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。 龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。 そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。 盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。 当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。 今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。 ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。 ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ 「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」 全員の目と口が弧を描いたのが見えた。 一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。 作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌() 15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。