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冥王、街へ行く

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 昼前、俺は協会長と秘書、それに視察団の面々とそれに随行してきた武芸者達とともに中央都市エデンヴァルへと向かった。都市までは馬車で大体2時間程だという事をリンカから聞いていた。因みに俺が乗ってる馬車には協会長と秘書、俺の三人だ。
 この世界の馬車はあまり乗り心地は良くないな。クッションがないから振動がモロに伝わってくる。しかも道も舗装されている訳ではないから跳ねる事跳ねる事。少しでも話をしようとするものなら舌を噛みかねない。そんな馬車の中で協会長は驚いた事に寝ているのだ。ま、この馬車に慣れているのだろう。若しくはこの振動が心地よいのかもしれないし。俺は馬車の窓枠に肘をついて外を眺めてながら、村の事を考えていた。
 とりあえず、土地神には何かあったら直ぐに知らせるように言ってあるからこれといった問題は無いはずだ。しかも、村を出る前にちょっとした結界を村一体に張っておいたから外側からの襲撃にも耐えられるだろう。というか、そんじょそこらの奴に冥王であるこの俺の結界を破る事は不可能である。と、自信を持って言える。あとは、
 「紫焔殿、それは何ですか?」
 「あぁ、これ? 村の外側に落ちてたんだ」
 それとは、石板の欠片らしき物だ。
 そこには文字が刻まれているのだが、欠片だから何が記されているかは分らん。
 因みに俺が拾った訳ではなく、土地神が拾ってきた物だ。
 変な力が微かにだが残っていると言って俺に渡してきたのだ。
 十中八九、これが子鬼共を操っていた人物が使用した物である事は間違いないだろう。
 俺は欠片を秘書殿に手渡した。
 「もしかすると、村を襲撃したゴブリン達と何かつながりがある物なのかもな」
 言葉には全く興味は無い雰囲気を醸し出しながら、俺は再び車窓に視線をやった。
 「紫焔殿が仰る事が当たってるとしたら・・・・・・」
 そこそこに腕の良い召喚者がいる事になる。目星はついているが、証拠がない。目的もまだはっきりしていないしな。
 「これ、拝借していても構いませんか?」
 「どうぞ。出来ればそちらで調査してもらえると有難い。あと、何か分かったら教えてくれ」
 「承知しました」
 秘書殿は言って欠片を持っていた鞄に入れた。
 それから俺は目を閉じ、少し睡眠を取る事にした。まぁ、振動が酷くてがっつりと眠る事は出来なかったがな。
 どれ位経った頃だろうか。
 振動が無くなった事に気付いた。
 それが逆に目を覚ます事に繋がった。
 あの振動、なかなか良いものかもしれない。
 そんな事を思いながら車窓から外に視線をやると、そこには俺の予想をはるかに超える人工物があった。
 石の城壁が長く続いている。その向こう側には地球でいう高層ビルという言い方はおかしいかもしれないが、建築物が幾つも経っている。
 城壁の何か所かに出入り口があり、そこには2名の守衛が立っていた。
 「あれも武芸者か?」
 「ええ。護衛を専門にやってるギルドの者達です」
 「ふ~ん」
 ギルドって何? 
 そんな事を思ったが、あとから調べればいいだろう。
 門を潜り、馬車はある建物の前で停車した。
 「到着致しました」
 「ご苦労様」
 言ったのは協会長。
 て言うか今まで寝てたのか、この男?
 ゆっくりと伸びをしながら、
 「では、紫焔殿。行きましょう」
 「へ? あ、あぁ・・・・・・」
 何かこの男、掴み処の無い男だなぁ。
 こんなに飄々としている人間に会った事がない。
 とりあえず、俺は協会長と秘書のあとに着いて建物へ入った。
 建物の中も外と同じく立派で、1階のフロアはどうやら、仕事を斡旋したりする場所みたいだった。カウンターがあり、そこに担当の係員が数名いる。あと壁一面に張り付けられているボードに依頼書がびっしりと張ってあった。それを色々な連中が眺めている。
 遠目で依頼書を眺めているとある事に気付いた。
 依頼書の色が少しずつ違うのだ。
 そしてその依頼書を見ている武芸者達の装備も、右から順に良くなってきているのだ。どうやら、ランクで受けられる依頼が決まっているらしい。
 「紫焔殿、こちらです」
 「ああ」
 2人に誘われるままに階段の昇ると、これまた立派な扉の前に案内された。立派と言っても冥界の城にある俺の自室の部屋の扉に比べればそうでもない。そうでもないが人間界では立派な方なのだろう。
 部屋に入り、応接セットのソファに座るよう促された。
 なかなかに座り心地が良い。
 馬車の椅子もこれくらい座り心地が良ければ良いのに。
 「では、紫焔殿、これが武芸者ランクBの書類です。内容に目を通してもらって異議が無ければ下の所に署名してください」
 秘書殿に言われてとりあえず書類の内容に目を通す。
 何やら色んな事が記載されているが、全てを把握するのは面倒臭い。面倒臭いが、こちらに不利な事が記載されているともっと面倒臭いので、一言一句舐めるように読んでやった。
 とりあえず面倒臭い事は何も記載されていない。
 多分、時間にして10分位は読んでいただろう。
 「何か不都合な事がありましたか?」
 心配そうに尋ねてきたので、
 「大丈夫、気にしないで」
 言って、署名した。
 「これで良いか?」
 「はい。ご苦労様でした。これで今日から貴方はBランクです。それから」
 言いながら協会長は、秘書に視線を向ける。
 「これは、ランク昇格者に与えられる金貨です。100枚ありますので、これで身なりを整えて下さい」
 「これはどうも」
 俺は二人に礼を言った。
 「あ、秘書殿。さっきの件、出来れば早目に頼む」
 「はい」
 「あと、仕立て屋と宿屋を紹介してくれない?」
 ここを出て右手に行けば、仕立て屋があります。宿屋はこの建物の左手にあります」
 俺はソファから立ち上がり部屋を出た。
 建物を出て言われた通り右手に進むと、なかなか味のある仕立て屋があった。
 中に入ると色々な装備品(防具と服に限る)が揃っている。
 「いらっしゃい。何をさがしてるのかね?」
 店の主人らしき老人が声をかけてきた。
 「店の亭主か?」
 「はい」
 「こんな感じの着流しを3、4着仕立てて欲しいだが?」
 「ああ、そんなので良ければ仕立てんでも既製品がある」
 「本当か?」
 亭主はある方向を指した。
 確かにそこには色んな柄の着流しがあった。
 基本、黒に金の刺繍で鳳が描かれている物から、白い刺繍で描かれている龍。極めつけは白に紫の刺繍で虎が描かれているものまである。
 これは、日本の時代劇の主人公にも引けを取らない代物だ。
 「亭主。ここにあるこの三枚をもらうぞ?」
 「あいよ。帯はどうするね?」
 「帯はこれとこれとこれを貰おう。あと、この足袋と草履を貰ってくぞ?」
 「あいよ」
 「で、幾らだ?」
 尋ねると亭主は首を横に振りながら、
 「これらははっきり言って売り物にならねぇ。旦那の気持ちだけ置いて行ってくれ」
 何!?
 こんなに素晴らしい物が売り物にならない!?
 これらは、もはや芸術の域だぞ?
 この世界の人間達は一体、何を見ているのだ?
 これだから芸術を分からん脳筋共は・・・・・・。
 などと思いながら、俺は金貨を30枚置いた。
 「旦那、こんなにいいのか!?」
 「構わん!! こんなに素晴らしい代物に払う額にしては足りないくらいかもしれんがな」
 「十分だよ!?」
 アタフタしながら亭主が言った。
 「じゃあ、また来るから、掘り出し物があったら教えてくれ」
 俺はそう言って、店をあとにした。
 宿屋に着き、俺は睡眠だけ取れればいいと思っていたので、そんなに高くもなく安くもない部屋に宿泊する事にした。ちなみに一泊金貨5枚。
 宿屋の主人曰く、
 「Bランクの方はこんな安い部屋には泊まらないもんなんだがな」
 と言っていた。
 俺はここに何泊するか決めていなかったから、とりあえず5日間分だけ支払った。
 ここですでに金貨を半分以上使ったのだ。
 本当に人間の世界は金がかかるなぁ。
 
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