12 / 13
12
しおりを挟む
恋人を紹介したいと父である王へ伝えると、待ちわびたぞ、と上機嫌で、すぐ翌日に顔合わせの席が設けられた。
この様子なら問題なく紹介も終わるだろうと楽観視していたアレクシスは、あまりにも見通しが甘かったと思い知ることになった。
応接間にノヴァを引き連れて入ると、テーブルに着席していた王は不思議そうな顔で辺りを見回す。
「お前の恋人はどこだ?」
「こちらです。おれの恋人の」
ノヴァです、と騎士が名乗るのが早かったか、王が椅子を蹴立てて立ち上がるのが早かったか。絨毯の上に重い椅子が倒れるにぶい音が響いた。
「本気で言っているのか? 冗談では無いんだな? お前は! 騎士でありながら、守るべき主君に手を出したというのか!」
とにかく激烈に怒り出した王に、アレクシスは目を丸くして、あまりの語勢に体が勝手に跳ねた。父がこんな風に怒り狂うところなど見たことがない。
「陛下、確かに私は騎士の身分ではございますが、真剣に殿下をお慕いして」
「おい! ハーヴィーはいるか! ハーヴィーを呼んで来い!」
ノヴァの弁解になど耳も貸さず、呼び出したハーヴィーの胸倉を掴んで怒りをぶつける。
「ハーヴィー! あの騎士の忠誠は本物だと言っていたな? 何が忠誠だ、騎士の風上にも置けない、あの男、アレクシスに手を出したんだぞ! こんな狼藉がまかり通るものか!」
鼓膜を震わせる怒声もどこ吹く風で、ハーヴィーはへらへらと笑っている。がくがくと揺さぶられて、長い黒髪がゆらゆら波打ち、装飾的な衣服がちゃらちゃらと音を立てていた。
「ええー。忠誠と恋情は両立しますよお」
「ふざけているのか!? こんな不埒者だと分かっていたら、護衛騎士になることを許可などしなかった! どうせユーニス譲りの美貌に釣られたに決まっている! どいつもこいつもアレクシスをいやらしい目で見おって、くそ、アレクシスに近付く卑しい男共などひとり残らず全員去勢してやるべきだった!」
「陛下、お口が過ぎますよ。まぁたそんな汚い言葉使って」
初めて目にする父の姿に呆気にとられていたアレクシスだが、聞き捨てならない言葉にようやく我に返った。
「父上。落ち着いて、ハーヴィーから手を離してください。おれはノヴァに言い寄られたわけでも、無理矢理手籠めにされたわけでもない。おれから望んだ関係です。彼はずっと誠実でした」
宥めるための方便などではない。実際に、騎士として受け入れられないと拒否し続けていたノヴァに、アレクシスから迫ったのだから。
王は投げ捨てるようにハーヴィーから手を離して、アレクシスへと険しい視線を向けた。
「そうだとしてもだ! その男が本当に誠実だと言うのなら、受け入れるべきではなかった。主君のためを思うなら、正しい道を歩めるよう諫めるものだ!」
「おっしゃる通りです」
あろうことかノヴァが賛同したので、アレクシスは物凄くいやな顔をした。
王がまくしたてたのは、まさしくこれまでノヴァが思っていたことに違いない。時間をかけて、ようやくここまで辿り着いたのに、王の言葉で騎士の本分を思い出して身を引かれたのでは困るのだ。
立場も顧みない恋なんて、はたから見れば間違っているのかもしれない。けれど、彼のためなら何もかも捨ててしまえると思うほど、己の全てを懸けたこの気持ちを、二人の関係を過ちだと否定されたくなどない。
不安になって口を挟もうとしたアレクシスに先んじて、ですが、とノヴァが続けた。
「アレクシス様ご自身が、私を望んで下さいました。私は誰よりも近くで、アレクシス様を支え、守り続けたいと思っています」
ノヴァは怒りをあらわにする王に怯むことなく、真摯な眼差しででまっすぐに彼を見ていた。
喜びと、父の前でノヴァの気持ちが詳らかにされることの気恥ずかしさが綯い交ぜになり、アレクシスは唇が笑みの形になるのを必死でこらえる。
王は剣呑にノヴァを睥睨した。
「その言葉に偽りはないな」
「はい」
ノヴァの実直な目を、王は忌々しげに見詰める。
「騎士団長カンテバルを呼べ」
「父上?」
何を言い出すのかと眉を顰めるアレクシスのことは一瞥もせずに、王は地を這うような声で告げた。
「相手がいかに強大であれど、背に守るものを置いて敗走することなど許されない。アレクシスを守るという言葉が嘘でないなら、証明してみせよ。何者からも守ることができると」
閉め切って人払いをした王城の広間で、ノヴァとカンテバルは長剣を構えて向かい合っていた。アレクシスたちは離れた壁際に立って、これから始められる二人の試合を見守ることになる。
外では誰に見られるかわからない。王族の醜聞は避けるべく人目を厭うあたり、王は怒り狂っているように見えて案外冷静なのかもしれない。
「カンテバル! 殺すつもりでやれ」
「父上」
穏やかでない言葉にぞっとして、反射的に諫める声が出る。
騎士団長カンテバルの分厚い巨躯は、長年騎士として鍛え上げられた筋肉の鎧のようなものだ。加えて数多の戦場を駆け抜けた、実戦の経験も豊富な騎士団長に、果たしてノヴァが勝てるだろうか。彼がいくら強かったとしても、経験で言えば圧倒的に後れを取る。
最愛の騎士を、二度と失いたくなどない。そう思うあまり不安が募る。
「そんなに心配しないでも、カンテバルはそんなことしませんて」
ハーヴィーがなだめてくるが、アレクシスの視線は向かい合う二人から逸らされることはなかった。
カンテバルは王の過激な言葉に、お前何をやったんだ、とノヴァに苦笑して、ノヴァも曖昧な笑みを返している。
その笑みが不意に消えて、ノヴァは奇妙なほどに怜悧な目で、王を見た。
「陛下。私は何があってもアレクシス様をお守りする所存ですので――どんな手を使っても、構いませんか?」
問いかけられた王は鼻白んだ様子でカンテバルへ視線を投げ、彼が頷くのを確認してから、好きにしろ、と返した。
「ありがとうございます」
それからノヴァはカンテバルに向き直り、剣を構えなおす。
審判を買って出たハーヴィーの合図で、騎士たちの試合は開始した。
先に飛び込んで行ったのはノヴァだった。難なく受け止められ、剣が交わる金属音が響く。アレクシスは身震いした。
怖い。シリウスを失って戦場を駆け回っていた時も、巨大な魔獣に立ち向かった時も、こんな恐怖は感じなかった。自分が危険な戦いに身を投じることよりも、ノヴァが戦うところを見ている方がよほど恐ろしかった。
今なお、シリウスを失った時の痛みが癒えていないのだ。
ノヴァが傷付くところなど見たくない。本当なら飛び出して行って止めてやりたい。けれど、ほかでもないノヴァが望んで、アレクシスのために戦っているのだ。アレクシスだっていつまでも失うことに怯えていないで、ノヴァを信じなければいけなかった。震える両手を腹の前で握り合わせる。
幾度斬り込まれても、カンテバルの体幹はぶれることなく、危なげなく受け止めている。彼の動作に、大きな体の重さを感じることも無い。一方でカンテバルの剣を受けるノヴァは力で押し負けているようで、まともに受け止めるよりも受け流し、避けることを意識しているようだった。
握り合わせたアレクシスの手に力がこもり、不安で呼吸が浅くなる。
どんな手を使っても構わないかと確認していたが、この力量差をひっくり返す奥の手など本当に存在するのだろうか。
したたかに振り下ろされた一撃に弾かれて、ノヴァが僅かにバランスを崩す。そこに大きく振りかぶったカンテバルの剣が振り下ろされ、アレクシスは血の気が引いて息が止まりそうになった。
同時にキンと耳鳴りがして、ひどい眩暈にたたらを踏む。
ぐにゃりと視界がぶれるようなそれは、以前失踪したノヴァを探しに庭園を訪れた時に感じたものと同じだ。
気が付くと、長剣を取り落としたカンテバルの喉元に、ノヴァが静かに切っ先を突き付けているところだった。
「――私の勝ち、です」
肩で息をしながら、ノヴァが厳かに呟く。
「なんだ、今、何をした?」
カンテバルの声は困惑に満ちている。見れば、余波をくらった王はへたり込んで、ハーヴィーに助け起こされていた。
すっと剣を下ろしたノヴァが、カンテバルに礼を告げてから、こちらへと向かってくる。
「アレクシス様、大丈夫ですか。……手が冷たい」
蒼白なアレクシスの顔をうかがい、ずっと握り締めていた両手を、ノヴァの手が包み込む。たった今まで戦っていた彼の両手を熱く感じた。
「大丈夫だ。お前に、大事が無くてよかった」
返事を聞いて微笑むノヴァはいつもと様子が違う。どことなく不気味な底知れない雰囲気があって、人外の力を使ったせいで感覚が少し化け物に寄っているのではといささか心配になった。
「お前、なんだ今のは、お前がやったのか? 魔法の類か」
「似たようなものです」
膝をついたハーヴィーに縋るような形になっている王は、まだ立ち上がることができないらしい。武人として鍛え上げたカンテバル、以前マスターに力添えをされたアレクシス、魔法への耐性があるハーヴィーの中で、唯一何の耐性も無い王が最も強烈に影響を受けてしまったようだった。
「ハーヴィー、お前防御はどうなっている」
「いや、しましたよ。魔法と似たようなもの、ですからねえ。俺の領分を超えているというか、陛下がいささか打たれ弱いというか」
「陛下」
言い合いをする二人の前に跪き、ノヴァが声を上げる。
「これで認めて下さいますか」
王は悔しそうな顔で押し黙ったが、やがて渋々口を開いた。
「仕様がない。私は自分の言ったことを覆すような狭量な男ではないからな」
自嘲的に息を吐く王の、ノヴァを見る目は相変わらず睨むようなものだった。
「決してアレクシスを裏切るな。泣かせるようなことでもあれば、その時こそその首切り落として晒し者にしてくれる」
「誓って、この身滅びるまで、殿下の御為に尽くします」
深々と頭を垂れるノヴァにふんと鼻を鳴らして、王は顔を逸らした。
広間から退出して、ノヴァと連れ立って廊下を歩く。
未だに、普段とは違う空気を纏うノヴァに、躊躇いがちに声をかけた。
「父上がすまなかった。お前に何かあったらどうしようかと」
「アレクシス様」
突然、いつになく強引に肩を抱かれて、アレクシスは驚きに足を止める。
「ノヴァ?」
硬直するアレクシスの耳元に唇を寄せて、ノヴァが低く囁いた。
「今晩、お部屋にお伺いします」
心臓が跳ねた。
お伺いしても、と返事を求めているのではない。夜アレクシスの部屋に――寝所に訪れると、宣言している。
鼓動がうるさい。アレクシスは俯くように頷いた。うっすらと色付いた頬を、長い金髪が隠す。
「わかった」
ただ短く、小さな声で答えることしかできなかった。
この様子なら問題なく紹介も終わるだろうと楽観視していたアレクシスは、あまりにも見通しが甘かったと思い知ることになった。
応接間にノヴァを引き連れて入ると、テーブルに着席していた王は不思議そうな顔で辺りを見回す。
「お前の恋人はどこだ?」
「こちらです。おれの恋人の」
ノヴァです、と騎士が名乗るのが早かったか、王が椅子を蹴立てて立ち上がるのが早かったか。絨毯の上に重い椅子が倒れるにぶい音が響いた。
「本気で言っているのか? 冗談では無いんだな? お前は! 騎士でありながら、守るべき主君に手を出したというのか!」
とにかく激烈に怒り出した王に、アレクシスは目を丸くして、あまりの語勢に体が勝手に跳ねた。父がこんな風に怒り狂うところなど見たことがない。
「陛下、確かに私は騎士の身分ではございますが、真剣に殿下をお慕いして」
「おい! ハーヴィーはいるか! ハーヴィーを呼んで来い!」
ノヴァの弁解になど耳も貸さず、呼び出したハーヴィーの胸倉を掴んで怒りをぶつける。
「ハーヴィー! あの騎士の忠誠は本物だと言っていたな? 何が忠誠だ、騎士の風上にも置けない、あの男、アレクシスに手を出したんだぞ! こんな狼藉がまかり通るものか!」
鼓膜を震わせる怒声もどこ吹く風で、ハーヴィーはへらへらと笑っている。がくがくと揺さぶられて、長い黒髪がゆらゆら波打ち、装飾的な衣服がちゃらちゃらと音を立てていた。
「ええー。忠誠と恋情は両立しますよお」
「ふざけているのか!? こんな不埒者だと分かっていたら、護衛騎士になることを許可などしなかった! どうせユーニス譲りの美貌に釣られたに決まっている! どいつもこいつもアレクシスをいやらしい目で見おって、くそ、アレクシスに近付く卑しい男共などひとり残らず全員去勢してやるべきだった!」
「陛下、お口が過ぎますよ。まぁたそんな汚い言葉使って」
初めて目にする父の姿に呆気にとられていたアレクシスだが、聞き捨てならない言葉にようやく我に返った。
「父上。落ち着いて、ハーヴィーから手を離してください。おれはノヴァに言い寄られたわけでも、無理矢理手籠めにされたわけでもない。おれから望んだ関係です。彼はずっと誠実でした」
宥めるための方便などではない。実際に、騎士として受け入れられないと拒否し続けていたノヴァに、アレクシスから迫ったのだから。
王は投げ捨てるようにハーヴィーから手を離して、アレクシスへと険しい視線を向けた。
「そうだとしてもだ! その男が本当に誠実だと言うのなら、受け入れるべきではなかった。主君のためを思うなら、正しい道を歩めるよう諫めるものだ!」
「おっしゃる通りです」
あろうことかノヴァが賛同したので、アレクシスは物凄くいやな顔をした。
王がまくしたてたのは、まさしくこれまでノヴァが思っていたことに違いない。時間をかけて、ようやくここまで辿り着いたのに、王の言葉で騎士の本分を思い出して身を引かれたのでは困るのだ。
立場も顧みない恋なんて、はたから見れば間違っているのかもしれない。けれど、彼のためなら何もかも捨ててしまえると思うほど、己の全てを懸けたこの気持ちを、二人の関係を過ちだと否定されたくなどない。
不安になって口を挟もうとしたアレクシスに先んじて、ですが、とノヴァが続けた。
「アレクシス様ご自身が、私を望んで下さいました。私は誰よりも近くで、アレクシス様を支え、守り続けたいと思っています」
ノヴァは怒りをあらわにする王に怯むことなく、真摯な眼差しででまっすぐに彼を見ていた。
喜びと、父の前でノヴァの気持ちが詳らかにされることの気恥ずかしさが綯い交ぜになり、アレクシスは唇が笑みの形になるのを必死でこらえる。
王は剣呑にノヴァを睥睨した。
「その言葉に偽りはないな」
「はい」
ノヴァの実直な目を、王は忌々しげに見詰める。
「騎士団長カンテバルを呼べ」
「父上?」
何を言い出すのかと眉を顰めるアレクシスのことは一瞥もせずに、王は地を這うような声で告げた。
「相手がいかに強大であれど、背に守るものを置いて敗走することなど許されない。アレクシスを守るという言葉が嘘でないなら、証明してみせよ。何者からも守ることができると」
閉め切って人払いをした王城の広間で、ノヴァとカンテバルは長剣を構えて向かい合っていた。アレクシスたちは離れた壁際に立って、これから始められる二人の試合を見守ることになる。
外では誰に見られるかわからない。王族の醜聞は避けるべく人目を厭うあたり、王は怒り狂っているように見えて案外冷静なのかもしれない。
「カンテバル! 殺すつもりでやれ」
「父上」
穏やかでない言葉にぞっとして、反射的に諫める声が出る。
騎士団長カンテバルの分厚い巨躯は、長年騎士として鍛え上げられた筋肉の鎧のようなものだ。加えて数多の戦場を駆け抜けた、実戦の経験も豊富な騎士団長に、果たしてノヴァが勝てるだろうか。彼がいくら強かったとしても、経験で言えば圧倒的に後れを取る。
最愛の騎士を、二度と失いたくなどない。そう思うあまり不安が募る。
「そんなに心配しないでも、カンテバルはそんなことしませんて」
ハーヴィーがなだめてくるが、アレクシスの視線は向かい合う二人から逸らされることはなかった。
カンテバルは王の過激な言葉に、お前何をやったんだ、とノヴァに苦笑して、ノヴァも曖昧な笑みを返している。
その笑みが不意に消えて、ノヴァは奇妙なほどに怜悧な目で、王を見た。
「陛下。私は何があってもアレクシス様をお守りする所存ですので――どんな手を使っても、構いませんか?」
問いかけられた王は鼻白んだ様子でカンテバルへ視線を投げ、彼が頷くのを確認してから、好きにしろ、と返した。
「ありがとうございます」
それからノヴァはカンテバルに向き直り、剣を構えなおす。
審判を買って出たハーヴィーの合図で、騎士たちの試合は開始した。
先に飛び込んで行ったのはノヴァだった。難なく受け止められ、剣が交わる金属音が響く。アレクシスは身震いした。
怖い。シリウスを失って戦場を駆け回っていた時も、巨大な魔獣に立ち向かった時も、こんな恐怖は感じなかった。自分が危険な戦いに身を投じることよりも、ノヴァが戦うところを見ている方がよほど恐ろしかった。
今なお、シリウスを失った時の痛みが癒えていないのだ。
ノヴァが傷付くところなど見たくない。本当なら飛び出して行って止めてやりたい。けれど、ほかでもないノヴァが望んで、アレクシスのために戦っているのだ。アレクシスだっていつまでも失うことに怯えていないで、ノヴァを信じなければいけなかった。震える両手を腹の前で握り合わせる。
幾度斬り込まれても、カンテバルの体幹はぶれることなく、危なげなく受け止めている。彼の動作に、大きな体の重さを感じることも無い。一方でカンテバルの剣を受けるノヴァは力で押し負けているようで、まともに受け止めるよりも受け流し、避けることを意識しているようだった。
握り合わせたアレクシスの手に力がこもり、不安で呼吸が浅くなる。
どんな手を使っても構わないかと確認していたが、この力量差をひっくり返す奥の手など本当に存在するのだろうか。
したたかに振り下ろされた一撃に弾かれて、ノヴァが僅かにバランスを崩す。そこに大きく振りかぶったカンテバルの剣が振り下ろされ、アレクシスは血の気が引いて息が止まりそうになった。
同時にキンと耳鳴りがして、ひどい眩暈にたたらを踏む。
ぐにゃりと視界がぶれるようなそれは、以前失踪したノヴァを探しに庭園を訪れた時に感じたものと同じだ。
気が付くと、長剣を取り落としたカンテバルの喉元に、ノヴァが静かに切っ先を突き付けているところだった。
「――私の勝ち、です」
肩で息をしながら、ノヴァが厳かに呟く。
「なんだ、今、何をした?」
カンテバルの声は困惑に満ちている。見れば、余波をくらった王はへたり込んで、ハーヴィーに助け起こされていた。
すっと剣を下ろしたノヴァが、カンテバルに礼を告げてから、こちらへと向かってくる。
「アレクシス様、大丈夫ですか。……手が冷たい」
蒼白なアレクシスの顔をうかがい、ずっと握り締めていた両手を、ノヴァの手が包み込む。たった今まで戦っていた彼の両手を熱く感じた。
「大丈夫だ。お前に、大事が無くてよかった」
返事を聞いて微笑むノヴァはいつもと様子が違う。どことなく不気味な底知れない雰囲気があって、人外の力を使ったせいで感覚が少し化け物に寄っているのではといささか心配になった。
「お前、なんだ今のは、お前がやったのか? 魔法の類か」
「似たようなものです」
膝をついたハーヴィーに縋るような形になっている王は、まだ立ち上がることができないらしい。武人として鍛え上げたカンテバル、以前マスターに力添えをされたアレクシス、魔法への耐性があるハーヴィーの中で、唯一何の耐性も無い王が最も強烈に影響を受けてしまったようだった。
「ハーヴィー、お前防御はどうなっている」
「いや、しましたよ。魔法と似たようなもの、ですからねえ。俺の領分を超えているというか、陛下がいささか打たれ弱いというか」
「陛下」
言い合いをする二人の前に跪き、ノヴァが声を上げる。
「これで認めて下さいますか」
王は悔しそうな顔で押し黙ったが、やがて渋々口を開いた。
「仕様がない。私は自分の言ったことを覆すような狭量な男ではないからな」
自嘲的に息を吐く王の、ノヴァを見る目は相変わらず睨むようなものだった。
「決してアレクシスを裏切るな。泣かせるようなことでもあれば、その時こそその首切り落として晒し者にしてくれる」
「誓って、この身滅びるまで、殿下の御為に尽くします」
深々と頭を垂れるノヴァにふんと鼻を鳴らして、王は顔を逸らした。
広間から退出して、ノヴァと連れ立って廊下を歩く。
未だに、普段とは違う空気を纏うノヴァに、躊躇いがちに声をかけた。
「父上がすまなかった。お前に何かあったらどうしようかと」
「アレクシス様」
突然、いつになく強引に肩を抱かれて、アレクシスは驚きに足を止める。
「ノヴァ?」
硬直するアレクシスの耳元に唇を寄せて、ノヴァが低く囁いた。
「今晩、お部屋にお伺いします」
心臓が跳ねた。
お伺いしても、と返事を求めているのではない。夜アレクシスの部屋に――寝所に訪れると、宣言している。
鼓動がうるさい。アレクシスは俯くように頷いた。うっすらと色付いた頬を、長い金髪が隠す。
「わかった」
ただ短く、小さな声で答えることしかできなかった。
5
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
[BL]王の独占、騎士の憂鬱
ざびえる
BL
ちょっとHな身分差ラブストーリー💕
騎士団長のオレオはイケメン君主が好きすぎて、日々悶々と身体をもてあましていた。そんなオレオは、自分の欲望が叶えられる場所があると聞いて…
王様サイド収録の完全版をKindleで販売してます。プロフィールのWebサイトから見れますので、興味がある方は是非ご覧になって下さい
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
時々おまけのお話を更新しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる