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「人は死ぬと、星になるそうです」
黙ってほしい。
耳元で囁くかすれたその声を、これほどまでに疎ましいと思ったことはなかった。
アレクシスは返事をすることなく、青年を半ば背負う形でひきずるように歩いた。長身のアレクシスであっても、自分と背丈がさして変わらない男の体を、ほとんど力の入っていないその体を運ぶのは容易なことではない。けれど決して彼を置いて行くことなど、見捨てて行くことなどできるはずがなかった。
「アレクシス様。私は」
はきはきと快活に喋る男だった。本当は。明朗な性格そのままの、よく通る、耳に心地よい声。それが今はか細くかすれて、耳をそばだてていないと聞き逃してしまいそうな、ほとんど吐息のような頼りないもので、そんな弱った声など一生聞きたくなかった。
己の長い金髪が、汗で濡れた白い肌に張り付いて視界を邪魔するが、髪をよける余裕もない。
ひどく苛立っていた。頼むから喋らないで欲しかった。
「死んでも、あなたを」
そんな、死を覚悟した言葉など、聞きたくなかった。
あの日から三年経った今でも、自分を守って死んだ騎士の声を忘れられずにいる。そんなアレクシスにとって、父であるアウロヴェシア国王の言葉は鬱陶しい以外の何ものでもなかった。
「カンテバルに話は通しておいた」
向かいに座る王はにっこりと笑っている。彼の座るソファの後ろに立つ、がっしりとした体格の壮年の男が、そのカンテバル騎士団長だ。
「お任せ下さい。腕が立って忠誠心が厚くて、おまけに顔もいい奴らを集めておきました。アレクシス殿下が直々に護衛騎士に選んでくださるとあって、皆張り切っとりますよ」
がははと豪快に笑うカンテバルに、アレクシスは秀麗な顔をしかめ、王に抗議する。
「……必要ないと、何度も申し上げたはずですが……」
「そう言ってお前は一人にすると無茶をする。外出したって近衛騎士を撒いてふらふらして。いくらお前が三年前の戦場で獅子と呼ばれた勇猛な男であったとしても、何があるかわからない。もう腕でも顔でも何でもいいから、連れて歩く気になる騎士を選びなさい。今日お前が決めないのなら、私たちで話し合って決めてしまうよ」
「私を選んでくださっても構いませんぞ!」
王は目尻の垂れた柔和な面立ちをしているが、中身は外見の通りではない。彼がそう言うのなら本当に、護衛騎士を強引に決めてしまうつもりなのだ。カンテバルが冗談めかして大きく口を開けて笑うが、アレクシスは少しも面白くない。いよいよ逃げ場を塞がれて、訓練場に案内する騎士団長に着いて行くしかなかった。
このアウロヴェシアでは、三年前の戦争を最後に近隣諸国との諍いは起こっていないし、城下の治安も悪くない。だからと言って王子であるアレクシスが一人でふらふらと出歩くことは良しとされなかった。
今は近衛騎士が持ち回りでアレクシスの護衛をしているが、アレクシスは彼らの目を盗んで一人で出歩くことが少なくない。
新しい護衛騎士などいらない。アレクシスにとって自分の騎士は、三年前に死んでしまったシリウスただ一人だった。
アレクシスが六歳の頃に出逢った、二歳年上の男だ。シリウスは出逢ってすぐにアレクシスの騎士になりたいと望んで、厳しい訓練に耐え、望みを叶えて騎士になった。死ぬまで彼は立派な騎士だった。少年期を共に過ごし、誰よりも近くにあった彼のことをどうしたって忘れられないのだ。
しかしいい加減逃げ回ることもできなくなってきた。父や騎士団長に決められた気に入らない男に四六時中ついて回られるくらいなら、確かに自分で選んだ方が幾分かましだろう。
「陛下は殿下を心配しておられるんですよ。私だって心配です。殿下のことは幼い頃よりよく存じ上げておりますからね。殿下も今年で二十四になられる。我々を安心させてほしいものですな」
饒舌に一人べらべらと喋るカンテバルの言葉を聞き流しながら、磨き上げられた長い廊下を抜けて、外へと出る。初夏の日差しに照らされる木々の眩しい緑、長い髪を撫でる涼やかな風は、いかにも爽やかな昼下がりを演出していたが、アレクシスの心は少しも晴れない。
騎士の宿舎と隣接した訓練場に近付くにつれ、活気のある声が聞こえてきて心底うんざりした。
「棒立ちのところを選んだってつまらんでしょう。適当に打ち合いをさせておりますから、どうぞご覧になって下さい」
訓練場に一歩足を踏み入れると、中に居た騎士たちの意識がいっせいにアレクシスに集中するのが分かった。模擬剣で打ち合いをしている相手を見ながらも、自分たちを品定めに来た王子を意識せずにいられないらしい。嫌になる。
訓練するにはいささか華美な制服を身に纏って、誰もがそわそわとアレクシスを待っていた。自分に目を留めてくれるのではないかと。王子の護衛騎士という栄誉を賜ることができるのではないかと。
訓練する騎士たちの外側をゆっくりと歩いてまわるが、正直、アレクシスには誰も彼も同じに見えた。
カンテバルの言葉通り、確かに皆腕は良いのだろう。鍛えられた体に裏打ちされた動きは見ただけで分かる。そして確かに見目も良い。ここが訓練場でなく夜会のホールだったなら、令嬢たちから引く手あまただろう。
だから何だ。アレクシスにとって、シリウスでないなら誰だって同じだ。
あまりにも興味が湧かないせいで、どう選べば良いのかすらわからない。あそこの茶色い髪の男は伯爵の子息でとかあっちの男は騎馬戦が得意でとか、あれは珍しくて魔法も使えるだとかつらつらと語られる騎士団長の解説も耳をすり抜けていく。どうしたものかと考えていると、不意に一人の青年が近寄ってきて、眼前に膝をついた。
「アレクシス様! どうか私を選んでください」
「……何?」
抜け駆けに、一瞬にして空気がざわついた。誰もが打ち合いをやめて、こちらを注視している。
黒髪の精悍な男だった。夜空のように黒い目が真っ直ぐにアレクシスを見ている。跪いているせいで分かりにくいが、身長はアレクシスとほとんど同じか、少し大きいくらいだ。
「おそばに置いてください。必ずあなたをお守りします。この命に代えても」
命に代えても。
最悪な言葉だ。
アレクシスは鼻で笑った。
「おれは自分より弱い人間をそばに置く気はない」
「では今ここで、試してみていただけますか? 私があなたに勝てたなら、私を選んでください」
不遜なことを、あくまで殊勝な態度で口にする青年を咎めるように、カンテバルが苦笑した。
「ノヴァ」
ノヴァと言うらしいその男は、騎士団長に呼ばわれても一瞥もしない。まるで従順な犬のように、アレクシスの言葉を待っている。
かつて女神と称された母譲りの美貌をもつアレクシスのことを、所詮は温室育ちの王子様だと侮っているのかもしれない。だがアレクシスには実戦で培った腕がある。舐められているのなら思い知らせてやらなければならなかった。
「……いいだろう」
アレクシスは黒いジャケットを脱いで、やや呆れ顔のカンテバルに預ける。
「……誰か、殿下に剣を」
騎士団長のため息交じりの言葉で、すぐにアレクシスに模擬剣が用意された。刃の部分が潰された訓練用の剣は、使い込まれた傷は多くとも、きちんと手入れされひとつの曇りもない。
アレクシスの淡く金色に輝く長い髪は、戦うにはいささか邪魔だった。だが、わざわざ纏めるほどのこともないだろうと高を括って、ノヴァに向かって剣を構える。相対するノヴァもアレクシスに一礼してから、同じように剣を構えた。
「危なくなったら止めますからな。よろしいですか。……始め!」
カンテバルの合図で、アレクシスは一気に片を付けるつもりで、姿勢を低くしてノヴァの懐へ飛び込んだ。
首を狙って振り上げた剣は難なく受け止められる。重い感触に、筋肉量の差を悟った。やはりあまり時間はかけられない。長引けばアレクシスが不利になる。
素早く次々に斬り込むが、どれも受け止められ、あるいは受け流され、それはまるでアレクシスの手を読んでいるかのようだった。
しかしアレクシスにもまた、ノヴァの反撃の手が読めるような、妙な錯覚に陥る。
戦場で数多の敵と対峙した経験から先読みするのとは違う。ひどく慣れ親しんだような、いっそ心地よいような、手の内を知り尽くした、良く見知った友人とじゃれあうかのような――
奇妙な感覚に戸惑い、その困惑が集中力を欠かせた。
ひときわ大きな金属音が鳴って、アレクシスの手から得物が弾かれる。剣が地面に落ちるのと、バランスを崩して尻もちをついたアレクシスの喉元に、切っ先を突き付けられるのがほぼ同時だった。
鳴り響いていた激しい打ち合いの音が消えて、急に静かになったように感じる。すっかり息が上がって、アレクシスは同じように肩で息をするノヴァを見上げた。彼は感情の読めない目で、こちらを見下ろしている。
悔しいが負けは負けだ。
アレクシスが口を開こうとした時、すっと剣の先が下ろされた。
「……私の負けです。手加減をして下さったようなので」
嫌味なのか、気遣いか。剣を収めたノヴァが、アレクシスを立ち上がらせようと手を伸べてくる。その手を無視して立ち上がり、尻についた土を叩いて払った。
アレクシスは冷たい水色の目で、半ば睨むようにノヴァを見据えた。
「お前をおれの騎士にする」
いくら気に入らなくとも、約束を違える気はない。そっけなく言い放つアレクシスに、ノヴァの黒い目が喜びにきらきらと光って見えた。
「ありがとうございます、アレクシス様。どうぞ、ノヴァとお呼びください。私の命が続く限り、あなたをお守りすることを誓います」
ノヴァは再び跪き、胸に手を当てて頭を垂れる。
そんなに感激されたところで、アレクシスは彼に興味などないのに。
カンテバルに預からせていたジャケットを返してもらったのを皮切りに、一連の流れを見守っていた騎士たちから口々に声が上がった。
ずるいぞとノヴァの抜け駆けを非難する声。自分も強い、試して欲しいと懇願する声。面倒だと眉を顰めるアレクシスの前で、ノヴァが立ち上がった。
「カンテバル騎士団長。ここに居る騎士たちの中で私が一番強い。そうですね」
「随分と豪気なことを。恨みを買っても知らんぞ」
言葉とは裏腹に、カンテバルは愉快そうに笑った。
「いやしかし、確かにお前が一番強いだろうよ。私を除けばなぁ」
そしてまたがははと笑う。さすがに騎士団長より強いとは言い切れないのか、ノヴァは複雑そうな表情で黙った。
ちらとアレクシスに視線を寄越してくるのは、アレクシスが他の騎士とも平等に打ち合いをして、改めてほかの騎士を選んでしまうのではという不安だろうか。
彼を安心させてやりたい気持ちなど露ほどもなかったが、強いて言えば誰よりも先に声を上げて、アレクシスに挑んだ、その度胸は認めてやってもよかった。
「カンテバル。聞いていたな。こいつを……ノヴァをおれの騎士にする」
はっきりと宣言すれば、さすがに異を唱えられる者はいない。
なんだかまたノヴァがきらきらとした視線を寄越していたが、アレクシスは気付かないふりをした。
アレクシスの護衛騎士になるということは、ノヴァが仕える相手が国ではなく王子アレクシスになるということを意味する。騎士団から除籍されるわけではないが、騎士団長よりもアレクシスの命令が最優先になるのだ。
そういった点において何かしらの事務手続きでもあるのかと思ったが、上機嫌のカンテバルに、ノヴァ共々わざわざアレクシスの自室まで送り届けられた。アレクシスの気が変わらない内に、という魂胆が透けて見えないでもない。
ノヴァと二人きりの自室、精緻な模様の織られた絨毯を踏みながら、アレクシスは訊ねる。
「もう今から、お前はおれの騎士として仕えるということか?」
「はい。選ばれた者はすぐにお仕えするようにと話を聞いています。光栄です」
いちいち面倒なやつを選んでしまった。若干の後悔を覚えたが、相手が誰だろうとやることは変わらない。
アレクシスは臙脂色のベルベットのカウチソファにどさりと腰を下ろし、わざとらしい声を上げた。
「ああ、疲れてしまった。小腹がすいたな。軽食を持ってこい」
ノヴァはぱちぱちと目を瞬いた後、素直に頷く。
「用意させましょう」
「お前が持ってくるんだ」
「は」
「厨房の場所は分かるか? 分からなければそのへんの者に聞け」
「あの」
戸惑っているノヴァを、アレクシスは睨み付けた。
「早くしろ。おれを飢え死にさせるつもりか?」
食事の用意など侍女か小姓にでもさせるべきで、間違っても騎士の仕事ではない。アレクシスだってそんなことは当然承知しているし、だからこそ言っていた。
「早く」
苛立ちも露わに繰り返せば、哀れにも困惑しきった騎士は、すぐにご用意します、と返事をするしかない。足早に部屋を出て行く背中を見送った。
厳しい訓練に耐え抜いて騎士になり、王子の護衛騎士に選ばれたはずが侍女の真似事をさせられる。大抵の騎士ならこの時点でプライドを傷付けられているだろう。
別にこのまま帰って来なくても構わなかったが、ノヴァは律義に軽食を用意して戻って来た。手にした銀のトレーには肉と野菜を挟んだパンの入った籠と、ティーポット、カップが載っていた。
「お待たせしました」
「全くだ」
感謝もせずに文句を言ってみるが、不満の色は見られない。やはり困惑した様子で、カウチソファの前のテーブルに籠とティーカップを並べた。
「運動した後ですので、爽やかな味わいのハーブティーを用意してもらいました。パンもお好きなものを選んでいただけるように、中身を変えて何種類か……」
それは気が利きすぎる。逆にアレクシスが困惑した。
「……その前に着替えたい。軽く汗をかいたからな」
「失礼しました。そうですね、すぐ侍従を」
「お前が手伝うんだ」
ノヴァが口を閉ざした。説明のために軽食に落とされていた視線があちこちをさまよって、露骨に狼狽えている。
「聞こえなかったか? おれは着替えがしたい」
「あ……の、先ほどから近くに侍従の姿が見えないのですが」
「おれが自分より弱い人間をそばに置く気はないと言ったのを忘れたか? 早くしろ。お前はおれに同じことを繰り返し喋らせるのが趣味なのか」
「いえ……、すぐに……」
横暴な主人の振る舞いに憤るでもなく、ノヴァはただただ戸惑った顔で、大きなクローゼットから白いシャツを取り出して戻って来た。パーティーや式典で着るような華やかな礼装は衣装部屋にあるが、日常着は部屋のクローゼットに掛けてある。
ノヴァは持って来たシャツを腕にかけて、立ち上がったアレクシスのシャツのボタンに手を掛ける。
シャツを脱がせて、新しいものを着せて、ボタンを留めて。アレクシスはその間、従順なノヴァの様子を窺っていたが、彼はひどく硬い表情をしていた。
「……手慣れているな」
「あ、小さい弟たちが居て、着替えの手伝いなんかはしていたので」
「なるほど、おれは幼子と相違ないと」
「ちが、いえ、滅相もありません!」
いちいち揚げ足をとるアレクシスに、ノヴァは青くなって必死に否定する。主人の機嫌を損ねないよう媚びへつらっているような気持ちの悪さは感じない。どうもこの男は本心からアレクシスを敬っているらしかった。
意地の悪いまねをしているのは自分だが、よくもまあこんな主人に敬意を払えるものだ。アレクシスの胸に呆れとも哀れみともつかない感情が湧き上がった。
「まあいい。明日からおれより早く起きておれを起こして、着替えを手伝って、朝食を運び、スケジュールの管理をして、執務を手伝え。それがお前の仕事だ」
おおよそ騎士の仕事ではないものを並べ立てられて、ノヴァが一瞬口ごもる。アレクシスは冷たい水色の目を細めて顎を上げ、居丈高に言い放った。
「できるな?」
「はい!」
威勢のいい返事に、アレクシスはいよいよ哀れみを覚えた。
彼はきっと、もっとまともな主人の下であれば、頼りにされる優秀な騎士で居ることができたに違いない。
しかしアレクシスは誰であれ、シリウス以外を自分の騎士にしておくつもりはなかった。ノヴァが悪いのではない、シリウスでないことが悪いのだ。
こんなのは自分の仕事ではない、まともな扱いではない。早くそう言って根を上げてくれないものだろうか。犬のように従順なノヴァに同情するからこそ、早く自分の下から去ってほしかった。
「お前は、夜には宿舎に戻るのか」
着替えを終えたアレクシスは、再びカウチソファに腰を下ろす。用意された軽食にようやく出番がやってきて、ノヴァがハーブティーをカップに注いだ。
「はい、今夜だけは一旦戻らせて頂きます」
何か嫌な言葉が聞こえた気がして、軽食をつまみながら、アレクシスは不機嫌そうに訊ねる。
「明日以降は」
「一番お近くで二十四時間アレクシス様をお守りできるよう、ご配慮頂いております」
「おれの部屋に寝泊まりする気か!?」
さすがに愕然として声を荒げれば、言い回しのおかしさに気付いたのかノヴァがぶんぶんと手を振った。
「とんでもないです! あの、隣に部屋を用意して下さるそうで」
隣か、ほっと胸を撫で下ろしそうになったが、安心できる要素は無かったと思い直す。
王と騎士団長は、本気でノヴァにアレクシスを四六時中見張らせるつもりなのだ。
シリウスを失ってからというもの、自暴自棄になっているアレクシスに気付いてのことだろう。心配されていると理解はできても、その気遣いが疎ましかった。
自由な夜は今夜が最後になるだろう。
アレクシスは軽食をハーブティーで流し込み、立ち上がった。
「着替えただけではやはりすっきりしない。食器を片付けたら浴室に来い」
返事がない。ノヴァは茫然としたように固まっていた。
「おい。学習しないやつだな。おれに何度同じことを」
「アレクシス様」
黒い目が、急に意思を持ってアレクシスを見る。妙な迫力を感じる視線に、一瞬たじろいだ。
「なぜ、そんなことを」
「気に入らないのなら、おれの騎士などいつでもやめてしまえ。おれは構わない。ああ、お前の立場が悪くならないよう、カンテバルには口添えしてやるから」
「あ、あなたは、ご自分の価値を分かっていらっしゃらないのですか?」
勢い込んで言うノヴァには、アレクシスの言葉など耳に入っていないようだった。忠犬に見えた男の、初めての反抗的ともいえる態度だったが、勢いに圧倒されて口を挟めない。
「あなたがどれだけ尊いお方で、どれだけ美しいお方か! 私が不埒な男だったらどうなさるのですか。今日知ったばかりの人間に簡単に肌を見せて、あまつさえ、入浴の手伝いだなんて。私が、私がその気になったら、あなたを力づくでねじ伏せることだってできるんですよ! 殿下のその美しさに惑わされて、一夜のあやまちのためなら命も惜しくないなどと狼藉を働いたらどうするんですか! もっと自覚した振る舞いをして下さらなくては困ります!」
真に迫った声を、アレクシスは憮然と聞いていた。
なんなんだこの男は。
「おれにお前をもっと疑えと、警戒しろと言っているのか?」
ノヴァはひどくうろたえるような顔をしたが、俯いて、苦々しく絞り出した。
「……そうです」
私は不埒な男ではありませんが、などという歯切れの悪い呟きは無視して、居丈高に告げる。
「なるほど。それで? おれの命令は聞けるか」
ゆっくりと顔を上げたノヴァは、複雑そうな表情をしていた。
「……私の話は」
「聞こえていたが、お前はおれに何かを命令できる立場だったか? もう一度だけ聞いてやる。おれの命令は聞けるか」
なんだか色々な言葉を、感情を飲み込むような間があってから、ノヴァが緩慢に頷いた。
「あなたの、仰せの通りに……」
気に入らない騎士の苦々しい声に、少しだけ溜飲が下がる思いだった。
それから侍女に入浴の支度をさせて、白い琺瑯のバスタブで湯に浸かっていると、ようやくノヴァが訪れた。
「遅かったな」
湯気の向こうに見えるノヴァは、ジャケットを脱ぎ白いシャツの袖を捲っていた。浴室に入ってきたと思えばそこで足を止めてしまった男を、睨み付ける。
「何をしている。さっさとこちらへ来い。おれの髪の手入れをするんだ。おれなど幼子も同然なのだろう?」
嫌味に付け足せば、ノヴァは苦々しい顔でのろのろと寄ってきた。
傍らに膝をついて、アレクシスの長い金髪を湯で濡らす。俯く彼は、湯で温まって色付いた主人の肌を、極力視界に入れないようにしているらしかった。
剣を交えた時とは打って変わった優しい手つきに、ついうとうとしそうになり、はっと気付いては何を気を許しているのだと己を𠮟咤する。
かいがいしく丁寧に髪に香油を塗り込まれる頃にはなんだかすっかりばからしくなってしまって、アレクシスはぞんざいにノヴァを追い払った。
「もういい。おれの裸を見たいのでなければ、外に出ていろ」
「はい」
ノヴァはほっとした様子で従順に頷いて、すぐに側から離れた。
何とはなしにその姿を目で追って、一度だけ振り向いたノヴァと視線がかち合ったが、彼は慌てた様子で顔を逸らして、足早に浴室を出て行った。
夜になってノヴァが騎士の宿舎へ戻ると、アレクシスはようやく人心地ついた。
ノヴァに手伝わせて着替えた寝間着を脱ぎ落とし、簡素な黒いシャツとズボンを身に着ける。
分厚いカーテンを端によけて、足元まである大きな窓を開けた。ひんやりとした夜風が部屋に流れ込む。窓の向こう、暗闇に沈むバルコニーに足を踏み出した。
扉から出て廊下を歩いて、誰かに、特に父などに鉢合わせては面倒だ。ここは二階だが、そばの木を伝えば下に降りられる。こっそり部屋を抜け出したい時によく使う経路だった。
いつものように手すりに上って木に移り、危なげなく下に降りる。
「アレクシス様」
そこで不意に声を掛けられて、アレクシスは飛び上がりそうになった。暗闇の中で気が付かなかったが、騎士の黒い制服に黒髪の男が、夜に溶けるように立っていた。
「なんっ……何をしている? 宿舎へ戻ったのではなかったか」
宿舎へ戻る途中のノヴァに出くわさないように、充分時間は置いていたはずだ。それが、うっすらと微笑みを湛えて立っているものだから、薄気味悪さすら感じた。
「私が夜には宿舎へ戻るとお話した時、なにか考えていらっしゃるご様子だったので……恐らく今夜、どこかへ行かれるのではないかと」
「……よく見ているものだ」
「恐れ入ります」
皮肉に気付いているのか否か、ノヴァが小さく頭を下げる。アレクシスは顔をしかめた。
「今夜がおれが自由にできる最後の夜だとわかっていたのなら、気付かないふりをするくらいの気遣いはできなかったのか」
「私は咎めるために待っていたのではありません。危険が無いようおそば近くでお守りしたいだけで」
「余計なことだ。おれはそんなに弱くない」
「あなたが強かろうと弱かろうと、お守りするのが私の役目です」
頑なな男だった。そういえばシリウスも、言い出したら聞かない強情なところがあった。
何を見ても何をしていても、死んだ騎士のことを思い出してしまうのだから救われない。アレクシスは嘲笑を浮かべた。
「別に、城壁の外へは出ない。危ないことはない。放っておけ」
「私のことは空気だとでも思っていただければ」
睨んでみても、ノヴァは一向に退く様子はない。舌打ちしたい気分だったが、王子として厳しく躾けられてきた身として、そのようなはしたないことのやり方は知らなかった。
不機嫌も露わに視線を逸らして歩き出すと、ノヴァも少し離れて後をついてくる。
向かった先は庭園だった。庭師が手入れする美しい薔薇たちが咲き誇るはずのこの場所は、細い月明かりの下では闇に沈んでしまっている。しかし目には見えずとも、薔薇の盛りの季節である今は、夜風に乗って甘い芳香が漂っていた。
薔薇の間の小道をしばらく進んで行く。幼い頃、明るい日差しの下でこの道をシリウスと戯れるように駆けていた日々を幻視する。何も知らない子供だった自分たちの笑い声。
あの日に帰ることができたならどんなに良かったかと思うが、現実はほのかな月明かりの下、笑い声のひとつもなく静かな足音しか聞こえない。
やがて石に囲まれた池が見えたところで足を止め、振り返る。池の先にぼんやりと見える、白い屋根と柱に囲まれた四阿を指差した。
「おれはあそこに居るから、お前は此処で待っていろ。いいな」
これ以上は譲らないと強い意志を込めて言い聞かせれば、ノヴァは大人しく頷く。
アレクシスは四阿のベンチに腰を下ろすと、息を吐き出した。
なんのことはない。アレクシスはここで、自由で居られる最後の夜に、たった一人の、最愛の騎士を偲びたいだけだった。
幼馴染にして親友だったシリウス。騎士団長カンテバルの養子として鍛えられ、年が近いアレクシスは負けじと鍛錬をして、打ち合いをしては勝ったの負けたの大騒ぎをした。彼は出会った時からアレクシスの騎士になるのだと言って、その通りに騎士になった。アレクシスを守ると誓って、誓いの通りに守って死んだ。
互いに惹かれていた。言葉にしたことはなかったが、間違えようのない親密な空気があった。けれどアレクシスはいつか王になる、彼は王を守る騎士になる。それが当然の未来だと思っていた。互いに抱く気持ちを知ったまま、確かめることなく、ただずっとそばに居るのが当然の未来だと思っていたのだ。
この四阿で一度だけ口付けを交わしたことがある。
翌日には互いに無かったことにして、それまでと同じように過ごした。言葉にして確かめることがなくとも、この先結ばれることがなくとも、同じ気持ちを抱いているのだと確かに感じられた。特別な男。
その記憶だけを宝物のように抱えて、一生を過ごすのだと思っていた。
あながち間違いでもない。触れるだけの、子供のままごとのような口付けを、今だって思い出している。
人は死ぬと星になるのだと言ったシリウス。
星になってずっと見守っていると言ったシリウス。
今も天から見守っているのだろうか。
アレクシスはあの日からずっと思っている。
おれも早くそこに行きたい。
黙ってほしい。
耳元で囁くかすれたその声を、これほどまでに疎ましいと思ったことはなかった。
アレクシスは返事をすることなく、青年を半ば背負う形でひきずるように歩いた。長身のアレクシスであっても、自分と背丈がさして変わらない男の体を、ほとんど力の入っていないその体を運ぶのは容易なことではない。けれど決して彼を置いて行くことなど、見捨てて行くことなどできるはずがなかった。
「アレクシス様。私は」
はきはきと快活に喋る男だった。本当は。明朗な性格そのままの、よく通る、耳に心地よい声。それが今はか細くかすれて、耳をそばだてていないと聞き逃してしまいそうな、ほとんど吐息のような頼りないもので、そんな弱った声など一生聞きたくなかった。
己の長い金髪が、汗で濡れた白い肌に張り付いて視界を邪魔するが、髪をよける余裕もない。
ひどく苛立っていた。頼むから喋らないで欲しかった。
「死んでも、あなたを」
そんな、死を覚悟した言葉など、聞きたくなかった。
あの日から三年経った今でも、自分を守って死んだ騎士の声を忘れられずにいる。そんなアレクシスにとって、父であるアウロヴェシア国王の言葉は鬱陶しい以外の何ものでもなかった。
「カンテバルに話は通しておいた」
向かいに座る王はにっこりと笑っている。彼の座るソファの後ろに立つ、がっしりとした体格の壮年の男が、そのカンテバル騎士団長だ。
「お任せ下さい。腕が立って忠誠心が厚くて、おまけに顔もいい奴らを集めておきました。アレクシス殿下が直々に護衛騎士に選んでくださるとあって、皆張り切っとりますよ」
がははと豪快に笑うカンテバルに、アレクシスは秀麗な顔をしかめ、王に抗議する。
「……必要ないと、何度も申し上げたはずですが……」
「そう言ってお前は一人にすると無茶をする。外出したって近衛騎士を撒いてふらふらして。いくらお前が三年前の戦場で獅子と呼ばれた勇猛な男であったとしても、何があるかわからない。もう腕でも顔でも何でもいいから、連れて歩く気になる騎士を選びなさい。今日お前が決めないのなら、私たちで話し合って決めてしまうよ」
「私を選んでくださっても構いませんぞ!」
王は目尻の垂れた柔和な面立ちをしているが、中身は外見の通りではない。彼がそう言うのなら本当に、護衛騎士を強引に決めてしまうつもりなのだ。カンテバルが冗談めかして大きく口を開けて笑うが、アレクシスは少しも面白くない。いよいよ逃げ場を塞がれて、訓練場に案内する騎士団長に着いて行くしかなかった。
このアウロヴェシアでは、三年前の戦争を最後に近隣諸国との諍いは起こっていないし、城下の治安も悪くない。だからと言って王子であるアレクシスが一人でふらふらと出歩くことは良しとされなかった。
今は近衛騎士が持ち回りでアレクシスの護衛をしているが、アレクシスは彼らの目を盗んで一人で出歩くことが少なくない。
新しい護衛騎士などいらない。アレクシスにとって自分の騎士は、三年前に死んでしまったシリウスただ一人だった。
アレクシスが六歳の頃に出逢った、二歳年上の男だ。シリウスは出逢ってすぐにアレクシスの騎士になりたいと望んで、厳しい訓練に耐え、望みを叶えて騎士になった。死ぬまで彼は立派な騎士だった。少年期を共に過ごし、誰よりも近くにあった彼のことをどうしたって忘れられないのだ。
しかしいい加減逃げ回ることもできなくなってきた。父や騎士団長に決められた気に入らない男に四六時中ついて回られるくらいなら、確かに自分で選んだ方が幾分かましだろう。
「陛下は殿下を心配しておられるんですよ。私だって心配です。殿下のことは幼い頃よりよく存じ上げておりますからね。殿下も今年で二十四になられる。我々を安心させてほしいものですな」
饒舌に一人べらべらと喋るカンテバルの言葉を聞き流しながら、磨き上げられた長い廊下を抜けて、外へと出る。初夏の日差しに照らされる木々の眩しい緑、長い髪を撫でる涼やかな風は、いかにも爽やかな昼下がりを演出していたが、アレクシスの心は少しも晴れない。
騎士の宿舎と隣接した訓練場に近付くにつれ、活気のある声が聞こえてきて心底うんざりした。
「棒立ちのところを選んだってつまらんでしょう。適当に打ち合いをさせておりますから、どうぞご覧になって下さい」
訓練場に一歩足を踏み入れると、中に居た騎士たちの意識がいっせいにアレクシスに集中するのが分かった。模擬剣で打ち合いをしている相手を見ながらも、自分たちを品定めに来た王子を意識せずにいられないらしい。嫌になる。
訓練するにはいささか華美な制服を身に纏って、誰もがそわそわとアレクシスを待っていた。自分に目を留めてくれるのではないかと。王子の護衛騎士という栄誉を賜ることができるのではないかと。
訓練する騎士たちの外側をゆっくりと歩いてまわるが、正直、アレクシスには誰も彼も同じに見えた。
カンテバルの言葉通り、確かに皆腕は良いのだろう。鍛えられた体に裏打ちされた動きは見ただけで分かる。そして確かに見目も良い。ここが訓練場でなく夜会のホールだったなら、令嬢たちから引く手あまただろう。
だから何だ。アレクシスにとって、シリウスでないなら誰だって同じだ。
あまりにも興味が湧かないせいで、どう選べば良いのかすらわからない。あそこの茶色い髪の男は伯爵の子息でとかあっちの男は騎馬戦が得意でとか、あれは珍しくて魔法も使えるだとかつらつらと語られる騎士団長の解説も耳をすり抜けていく。どうしたものかと考えていると、不意に一人の青年が近寄ってきて、眼前に膝をついた。
「アレクシス様! どうか私を選んでください」
「……何?」
抜け駆けに、一瞬にして空気がざわついた。誰もが打ち合いをやめて、こちらを注視している。
黒髪の精悍な男だった。夜空のように黒い目が真っ直ぐにアレクシスを見ている。跪いているせいで分かりにくいが、身長はアレクシスとほとんど同じか、少し大きいくらいだ。
「おそばに置いてください。必ずあなたをお守りします。この命に代えても」
命に代えても。
最悪な言葉だ。
アレクシスは鼻で笑った。
「おれは自分より弱い人間をそばに置く気はない」
「では今ここで、試してみていただけますか? 私があなたに勝てたなら、私を選んでください」
不遜なことを、あくまで殊勝な態度で口にする青年を咎めるように、カンテバルが苦笑した。
「ノヴァ」
ノヴァと言うらしいその男は、騎士団長に呼ばわれても一瞥もしない。まるで従順な犬のように、アレクシスの言葉を待っている。
かつて女神と称された母譲りの美貌をもつアレクシスのことを、所詮は温室育ちの王子様だと侮っているのかもしれない。だがアレクシスには実戦で培った腕がある。舐められているのなら思い知らせてやらなければならなかった。
「……いいだろう」
アレクシスは黒いジャケットを脱いで、やや呆れ顔のカンテバルに預ける。
「……誰か、殿下に剣を」
騎士団長のため息交じりの言葉で、すぐにアレクシスに模擬剣が用意された。刃の部分が潰された訓練用の剣は、使い込まれた傷は多くとも、きちんと手入れされひとつの曇りもない。
アレクシスの淡く金色に輝く長い髪は、戦うにはいささか邪魔だった。だが、わざわざ纏めるほどのこともないだろうと高を括って、ノヴァに向かって剣を構える。相対するノヴァもアレクシスに一礼してから、同じように剣を構えた。
「危なくなったら止めますからな。よろしいですか。……始め!」
カンテバルの合図で、アレクシスは一気に片を付けるつもりで、姿勢を低くしてノヴァの懐へ飛び込んだ。
首を狙って振り上げた剣は難なく受け止められる。重い感触に、筋肉量の差を悟った。やはりあまり時間はかけられない。長引けばアレクシスが不利になる。
素早く次々に斬り込むが、どれも受け止められ、あるいは受け流され、それはまるでアレクシスの手を読んでいるかのようだった。
しかしアレクシスにもまた、ノヴァの反撃の手が読めるような、妙な錯覚に陥る。
戦場で数多の敵と対峙した経験から先読みするのとは違う。ひどく慣れ親しんだような、いっそ心地よいような、手の内を知り尽くした、良く見知った友人とじゃれあうかのような――
奇妙な感覚に戸惑い、その困惑が集中力を欠かせた。
ひときわ大きな金属音が鳴って、アレクシスの手から得物が弾かれる。剣が地面に落ちるのと、バランスを崩して尻もちをついたアレクシスの喉元に、切っ先を突き付けられるのがほぼ同時だった。
鳴り響いていた激しい打ち合いの音が消えて、急に静かになったように感じる。すっかり息が上がって、アレクシスは同じように肩で息をするノヴァを見上げた。彼は感情の読めない目で、こちらを見下ろしている。
悔しいが負けは負けだ。
アレクシスが口を開こうとした時、すっと剣の先が下ろされた。
「……私の負けです。手加減をして下さったようなので」
嫌味なのか、気遣いか。剣を収めたノヴァが、アレクシスを立ち上がらせようと手を伸べてくる。その手を無視して立ち上がり、尻についた土を叩いて払った。
アレクシスは冷たい水色の目で、半ば睨むようにノヴァを見据えた。
「お前をおれの騎士にする」
いくら気に入らなくとも、約束を違える気はない。そっけなく言い放つアレクシスに、ノヴァの黒い目が喜びにきらきらと光って見えた。
「ありがとうございます、アレクシス様。どうぞ、ノヴァとお呼びください。私の命が続く限り、あなたをお守りすることを誓います」
ノヴァは再び跪き、胸に手を当てて頭を垂れる。
そんなに感激されたところで、アレクシスは彼に興味などないのに。
カンテバルに預からせていたジャケットを返してもらったのを皮切りに、一連の流れを見守っていた騎士たちから口々に声が上がった。
ずるいぞとノヴァの抜け駆けを非難する声。自分も強い、試して欲しいと懇願する声。面倒だと眉を顰めるアレクシスの前で、ノヴァが立ち上がった。
「カンテバル騎士団長。ここに居る騎士たちの中で私が一番強い。そうですね」
「随分と豪気なことを。恨みを買っても知らんぞ」
言葉とは裏腹に、カンテバルは愉快そうに笑った。
「いやしかし、確かにお前が一番強いだろうよ。私を除けばなぁ」
そしてまたがははと笑う。さすがに騎士団長より強いとは言い切れないのか、ノヴァは複雑そうな表情で黙った。
ちらとアレクシスに視線を寄越してくるのは、アレクシスが他の騎士とも平等に打ち合いをして、改めてほかの騎士を選んでしまうのではという不安だろうか。
彼を安心させてやりたい気持ちなど露ほどもなかったが、強いて言えば誰よりも先に声を上げて、アレクシスに挑んだ、その度胸は認めてやってもよかった。
「カンテバル。聞いていたな。こいつを……ノヴァをおれの騎士にする」
はっきりと宣言すれば、さすがに異を唱えられる者はいない。
なんだかまたノヴァがきらきらとした視線を寄越していたが、アレクシスは気付かないふりをした。
アレクシスの護衛騎士になるということは、ノヴァが仕える相手が国ではなく王子アレクシスになるということを意味する。騎士団から除籍されるわけではないが、騎士団長よりもアレクシスの命令が最優先になるのだ。
そういった点において何かしらの事務手続きでもあるのかと思ったが、上機嫌のカンテバルに、ノヴァ共々わざわざアレクシスの自室まで送り届けられた。アレクシスの気が変わらない内に、という魂胆が透けて見えないでもない。
ノヴァと二人きりの自室、精緻な模様の織られた絨毯を踏みながら、アレクシスは訊ねる。
「もう今から、お前はおれの騎士として仕えるということか?」
「はい。選ばれた者はすぐにお仕えするようにと話を聞いています。光栄です」
いちいち面倒なやつを選んでしまった。若干の後悔を覚えたが、相手が誰だろうとやることは変わらない。
アレクシスは臙脂色のベルベットのカウチソファにどさりと腰を下ろし、わざとらしい声を上げた。
「ああ、疲れてしまった。小腹がすいたな。軽食を持ってこい」
ノヴァはぱちぱちと目を瞬いた後、素直に頷く。
「用意させましょう」
「お前が持ってくるんだ」
「は」
「厨房の場所は分かるか? 分からなければそのへんの者に聞け」
「あの」
戸惑っているノヴァを、アレクシスは睨み付けた。
「早くしろ。おれを飢え死にさせるつもりか?」
食事の用意など侍女か小姓にでもさせるべきで、間違っても騎士の仕事ではない。アレクシスだってそんなことは当然承知しているし、だからこそ言っていた。
「早く」
苛立ちも露わに繰り返せば、哀れにも困惑しきった騎士は、すぐにご用意します、と返事をするしかない。足早に部屋を出て行く背中を見送った。
厳しい訓練に耐え抜いて騎士になり、王子の護衛騎士に選ばれたはずが侍女の真似事をさせられる。大抵の騎士ならこの時点でプライドを傷付けられているだろう。
別にこのまま帰って来なくても構わなかったが、ノヴァは律義に軽食を用意して戻って来た。手にした銀のトレーには肉と野菜を挟んだパンの入った籠と、ティーポット、カップが載っていた。
「お待たせしました」
「全くだ」
感謝もせずに文句を言ってみるが、不満の色は見られない。やはり困惑した様子で、カウチソファの前のテーブルに籠とティーカップを並べた。
「運動した後ですので、爽やかな味わいのハーブティーを用意してもらいました。パンもお好きなものを選んでいただけるように、中身を変えて何種類か……」
それは気が利きすぎる。逆にアレクシスが困惑した。
「……その前に着替えたい。軽く汗をかいたからな」
「失礼しました。そうですね、すぐ侍従を」
「お前が手伝うんだ」
ノヴァが口を閉ざした。説明のために軽食に落とされていた視線があちこちをさまよって、露骨に狼狽えている。
「聞こえなかったか? おれは着替えがしたい」
「あ……の、先ほどから近くに侍従の姿が見えないのですが」
「おれが自分より弱い人間をそばに置く気はないと言ったのを忘れたか? 早くしろ。お前はおれに同じことを繰り返し喋らせるのが趣味なのか」
「いえ……、すぐに……」
横暴な主人の振る舞いに憤るでもなく、ノヴァはただただ戸惑った顔で、大きなクローゼットから白いシャツを取り出して戻って来た。パーティーや式典で着るような華やかな礼装は衣装部屋にあるが、日常着は部屋のクローゼットに掛けてある。
ノヴァは持って来たシャツを腕にかけて、立ち上がったアレクシスのシャツのボタンに手を掛ける。
シャツを脱がせて、新しいものを着せて、ボタンを留めて。アレクシスはその間、従順なノヴァの様子を窺っていたが、彼はひどく硬い表情をしていた。
「……手慣れているな」
「あ、小さい弟たちが居て、着替えの手伝いなんかはしていたので」
「なるほど、おれは幼子と相違ないと」
「ちが、いえ、滅相もありません!」
いちいち揚げ足をとるアレクシスに、ノヴァは青くなって必死に否定する。主人の機嫌を損ねないよう媚びへつらっているような気持ちの悪さは感じない。どうもこの男は本心からアレクシスを敬っているらしかった。
意地の悪いまねをしているのは自分だが、よくもまあこんな主人に敬意を払えるものだ。アレクシスの胸に呆れとも哀れみともつかない感情が湧き上がった。
「まあいい。明日からおれより早く起きておれを起こして、着替えを手伝って、朝食を運び、スケジュールの管理をして、執務を手伝え。それがお前の仕事だ」
おおよそ騎士の仕事ではないものを並べ立てられて、ノヴァが一瞬口ごもる。アレクシスは冷たい水色の目を細めて顎を上げ、居丈高に言い放った。
「できるな?」
「はい!」
威勢のいい返事に、アレクシスはいよいよ哀れみを覚えた。
彼はきっと、もっとまともな主人の下であれば、頼りにされる優秀な騎士で居ることができたに違いない。
しかしアレクシスは誰であれ、シリウス以外を自分の騎士にしておくつもりはなかった。ノヴァが悪いのではない、シリウスでないことが悪いのだ。
こんなのは自分の仕事ではない、まともな扱いではない。早くそう言って根を上げてくれないものだろうか。犬のように従順なノヴァに同情するからこそ、早く自分の下から去ってほしかった。
「お前は、夜には宿舎に戻るのか」
着替えを終えたアレクシスは、再びカウチソファに腰を下ろす。用意された軽食にようやく出番がやってきて、ノヴァがハーブティーをカップに注いだ。
「はい、今夜だけは一旦戻らせて頂きます」
何か嫌な言葉が聞こえた気がして、軽食をつまみながら、アレクシスは不機嫌そうに訊ねる。
「明日以降は」
「一番お近くで二十四時間アレクシス様をお守りできるよう、ご配慮頂いております」
「おれの部屋に寝泊まりする気か!?」
さすがに愕然として声を荒げれば、言い回しのおかしさに気付いたのかノヴァがぶんぶんと手を振った。
「とんでもないです! あの、隣に部屋を用意して下さるそうで」
隣か、ほっと胸を撫で下ろしそうになったが、安心できる要素は無かったと思い直す。
王と騎士団長は、本気でノヴァにアレクシスを四六時中見張らせるつもりなのだ。
シリウスを失ってからというもの、自暴自棄になっているアレクシスに気付いてのことだろう。心配されていると理解はできても、その気遣いが疎ましかった。
自由な夜は今夜が最後になるだろう。
アレクシスは軽食をハーブティーで流し込み、立ち上がった。
「着替えただけではやはりすっきりしない。食器を片付けたら浴室に来い」
返事がない。ノヴァは茫然としたように固まっていた。
「おい。学習しないやつだな。おれに何度同じことを」
「アレクシス様」
黒い目が、急に意思を持ってアレクシスを見る。妙な迫力を感じる視線に、一瞬たじろいだ。
「なぜ、そんなことを」
「気に入らないのなら、おれの騎士などいつでもやめてしまえ。おれは構わない。ああ、お前の立場が悪くならないよう、カンテバルには口添えしてやるから」
「あ、あなたは、ご自分の価値を分かっていらっしゃらないのですか?」
勢い込んで言うノヴァには、アレクシスの言葉など耳に入っていないようだった。忠犬に見えた男の、初めての反抗的ともいえる態度だったが、勢いに圧倒されて口を挟めない。
「あなたがどれだけ尊いお方で、どれだけ美しいお方か! 私が不埒な男だったらどうなさるのですか。今日知ったばかりの人間に簡単に肌を見せて、あまつさえ、入浴の手伝いだなんて。私が、私がその気になったら、あなたを力づくでねじ伏せることだってできるんですよ! 殿下のその美しさに惑わされて、一夜のあやまちのためなら命も惜しくないなどと狼藉を働いたらどうするんですか! もっと自覚した振る舞いをして下さらなくては困ります!」
真に迫った声を、アレクシスは憮然と聞いていた。
なんなんだこの男は。
「おれにお前をもっと疑えと、警戒しろと言っているのか?」
ノヴァはひどくうろたえるような顔をしたが、俯いて、苦々しく絞り出した。
「……そうです」
私は不埒な男ではありませんが、などという歯切れの悪い呟きは無視して、居丈高に告げる。
「なるほど。それで? おれの命令は聞けるか」
ゆっくりと顔を上げたノヴァは、複雑そうな表情をしていた。
「……私の話は」
「聞こえていたが、お前はおれに何かを命令できる立場だったか? もう一度だけ聞いてやる。おれの命令は聞けるか」
なんだか色々な言葉を、感情を飲み込むような間があってから、ノヴァが緩慢に頷いた。
「あなたの、仰せの通りに……」
気に入らない騎士の苦々しい声に、少しだけ溜飲が下がる思いだった。
それから侍女に入浴の支度をさせて、白い琺瑯のバスタブで湯に浸かっていると、ようやくノヴァが訪れた。
「遅かったな」
湯気の向こうに見えるノヴァは、ジャケットを脱ぎ白いシャツの袖を捲っていた。浴室に入ってきたと思えばそこで足を止めてしまった男を、睨み付ける。
「何をしている。さっさとこちらへ来い。おれの髪の手入れをするんだ。おれなど幼子も同然なのだろう?」
嫌味に付け足せば、ノヴァは苦々しい顔でのろのろと寄ってきた。
傍らに膝をついて、アレクシスの長い金髪を湯で濡らす。俯く彼は、湯で温まって色付いた主人の肌を、極力視界に入れないようにしているらしかった。
剣を交えた時とは打って変わった優しい手つきに、ついうとうとしそうになり、はっと気付いては何を気を許しているのだと己を𠮟咤する。
かいがいしく丁寧に髪に香油を塗り込まれる頃にはなんだかすっかりばからしくなってしまって、アレクシスはぞんざいにノヴァを追い払った。
「もういい。おれの裸を見たいのでなければ、外に出ていろ」
「はい」
ノヴァはほっとした様子で従順に頷いて、すぐに側から離れた。
何とはなしにその姿を目で追って、一度だけ振り向いたノヴァと視線がかち合ったが、彼は慌てた様子で顔を逸らして、足早に浴室を出て行った。
夜になってノヴァが騎士の宿舎へ戻ると、アレクシスはようやく人心地ついた。
ノヴァに手伝わせて着替えた寝間着を脱ぎ落とし、簡素な黒いシャツとズボンを身に着ける。
分厚いカーテンを端によけて、足元まである大きな窓を開けた。ひんやりとした夜風が部屋に流れ込む。窓の向こう、暗闇に沈むバルコニーに足を踏み出した。
扉から出て廊下を歩いて、誰かに、特に父などに鉢合わせては面倒だ。ここは二階だが、そばの木を伝えば下に降りられる。こっそり部屋を抜け出したい時によく使う経路だった。
いつものように手すりに上って木に移り、危なげなく下に降りる。
「アレクシス様」
そこで不意に声を掛けられて、アレクシスは飛び上がりそうになった。暗闇の中で気が付かなかったが、騎士の黒い制服に黒髪の男が、夜に溶けるように立っていた。
「なんっ……何をしている? 宿舎へ戻ったのではなかったか」
宿舎へ戻る途中のノヴァに出くわさないように、充分時間は置いていたはずだ。それが、うっすらと微笑みを湛えて立っているものだから、薄気味悪さすら感じた。
「私が夜には宿舎へ戻るとお話した時、なにか考えていらっしゃるご様子だったので……恐らく今夜、どこかへ行かれるのではないかと」
「……よく見ているものだ」
「恐れ入ります」
皮肉に気付いているのか否か、ノヴァが小さく頭を下げる。アレクシスは顔をしかめた。
「今夜がおれが自由にできる最後の夜だとわかっていたのなら、気付かないふりをするくらいの気遣いはできなかったのか」
「私は咎めるために待っていたのではありません。危険が無いようおそば近くでお守りしたいだけで」
「余計なことだ。おれはそんなに弱くない」
「あなたが強かろうと弱かろうと、お守りするのが私の役目です」
頑なな男だった。そういえばシリウスも、言い出したら聞かない強情なところがあった。
何を見ても何をしていても、死んだ騎士のことを思い出してしまうのだから救われない。アレクシスは嘲笑を浮かべた。
「別に、城壁の外へは出ない。危ないことはない。放っておけ」
「私のことは空気だとでも思っていただければ」
睨んでみても、ノヴァは一向に退く様子はない。舌打ちしたい気分だったが、王子として厳しく躾けられてきた身として、そのようなはしたないことのやり方は知らなかった。
不機嫌も露わに視線を逸らして歩き出すと、ノヴァも少し離れて後をついてくる。
向かった先は庭園だった。庭師が手入れする美しい薔薇たちが咲き誇るはずのこの場所は、細い月明かりの下では闇に沈んでしまっている。しかし目には見えずとも、薔薇の盛りの季節である今は、夜風に乗って甘い芳香が漂っていた。
薔薇の間の小道をしばらく進んで行く。幼い頃、明るい日差しの下でこの道をシリウスと戯れるように駆けていた日々を幻視する。何も知らない子供だった自分たちの笑い声。
あの日に帰ることができたならどんなに良かったかと思うが、現実はほのかな月明かりの下、笑い声のひとつもなく静かな足音しか聞こえない。
やがて石に囲まれた池が見えたところで足を止め、振り返る。池の先にぼんやりと見える、白い屋根と柱に囲まれた四阿を指差した。
「おれはあそこに居るから、お前は此処で待っていろ。いいな」
これ以上は譲らないと強い意志を込めて言い聞かせれば、ノヴァは大人しく頷く。
アレクシスは四阿のベンチに腰を下ろすと、息を吐き出した。
なんのことはない。アレクシスはここで、自由で居られる最後の夜に、たった一人の、最愛の騎士を偲びたいだけだった。
幼馴染にして親友だったシリウス。騎士団長カンテバルの養子として鍛えられ、年が近いアレクシスは負けじと鍛錬をして、打ち合いをしては勝ったの負けたの大騒ぎをした。彼は出会った時からアレクシスの騎士になるのだと言って、その通りに騎士になった。アレクシスを守ると誓って、誓いの通りに守って死んだ。
互いに惹かれていた。言葉にしたことはなかったが、間違えようのない親密な空気があった。けれどアレクシスはいつか王になる、彼は王を守る騎士になる。それが当然の未来だと思っていた。互いに抱く気持ちを知ったまま、確かめることなく、ただずっとそばに居るのが当然の未来だと思っていたのだ。
この四阿で一度だけ口付けを交わしたことがある。
翌日には互いに無かったことにして、それまでと同じように過ごした。言葉にして確かめることがなくとも、この先結ばれることがなくとも、同じ気持ちを抱いているのだと確かに感じられた。特別な男。
その記憶だけを宝物のように抱えて、一生を過ごすのだと思っていた。
あながち間違いでもない。触れるだけの、子供のままごとのような口付けを、今だって思い出している。
人は死ぬと星になるのだと言ったシリウス。
星になってずっと見守っていると言ったシリウス。
今も天から見守っているのだろうか。
アレクシスはあの日からずっと思っている。
おれも早くそこに行きたい。
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