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第十一章
果ての光
しおりを挟む夜何となく寝付けなくて、私はベッドの上で体を起こし本を読んでいた。
整然とした机回りと観葉植物が置かれたこの部屋は、嘗て勝手に入ってはいけないと言われたロードリックの部屋で、今や夫婦の部屋である。
最初こそ戸惑って恥ずかしがっていたが、慣れた後はこの部屋に帰らなければ落ち着かない程になっている。
生きている間出来る限り共に過ごす時間を作りたいと思っているのは、ロードリックだけではなく私の願いでもあった。
今日の仕事は遅くなるから先に寝ているようにと言われていたものの、目が冴えてしまって眠れる気がしない。
このまま起きてロードリックを待っていようと決意すれば、それを知ったかのように外から帰ってくる音がした。
玄関まで迎えに行こうか、それとも部屋で待って驚かせようか。
暫し迷い、結局選んだのは後者だった。
足音が上がって来た。扉が私に気を遣って、とてもゆっくりと開かれていく。
そろりと入って来た姿が可愛らしく、思わず口に手を当てて笑ってしまった。
「おかえりなさい」
彼は私が目覚めている事に気が付き、表情を明るくさせた。
「ただいま戻りました。起きていたのですね」
「はい。寝付けなくって」
「そうでしたか」
話しながらロードリックは軍服を脱いで気楽な恰好へと着替えていく。それから私の傍に寄って来て、ベッドの横に座ってそっと私の頬に手を当てた。
何がしたいのか分かったので目を閉じて待てば、口づけが落とされた。愛されているのが伝わるようなそれが嬉しくて、顔が綻んでしまう。
「体は大丈夫ですか?」
「はい。問題ありません」
ロードリックはほっとしたように微笑んだ。これは毎日のようにされる確認だった。
私の体は、手術の傷跡を僅かに残してすっかり元通りになっている。寧ろ普通の人間よりも頑丈なぐらいだ。
それでも喪失の恐怖を目の当たりにしてしまったロードリックは、確かめずにはいられないらしい。
少しでも体に無茶をさせるような事をすれば、怒りさえする。そして言うのだ。
貴女には寿命いっぱいまで生き抜く義務があると。
それを実現させるつもりではあるが、今も彼を残していく事が恐ろしい。私が去った後、ロードリックの悲しみはどれほどになるのだろうか。
私が残せる、ロードリックの支えになるものは何だろうか。
ハーヴィーは自らの子孫にそれを託した。けれど当の私がロードリック以外の夫を持つ事など考えられず、その血統は途絶えてしまう。
どうすれば。何をロードリックに言えば。
そんな事を私はずっと考えてしまうのだった。
「そういえば気象部の方が言っていたのですが、今日は星が流れるそうです。共に見に行きますか?」
ロードリックは窓の外を見ながら言った。ガラスの向こうの景色は深い紺色で、雲の影一つない。
「いいですね」
まだまだ眠れそうにない。景色も良いし、きっと良い体験になるだろう。
承諾を受けてロードリックは私に厚手のナイトガウンと、その上に外套を羽織らせて着膨れさせた。更にストールで首元を念入りに巻く。
少しずつ温かくなってきているので、これなら問題なく寒さを感じず過ごせそうだった。
自分も簡単に外に行く体裁を整えて、ロードリックは私に手を伸ばす。
「では、行きましょう」
その手を取って、私達は屋敷の外へと歩き出した。
玄関の扉を開ければ外気が肌を撫でていく。何処かに向かおうとしているロードリックの後について行けば、庭園内に置かれたベンチへと辿り着いた。
「此処ならば、十分見渡せるでしょう」
周囲には背の高い植物が無く、確かに空を一望出来る良い場所だった。ベンチに隣り合って座り、紺色の空を見上げる。
月が糸のように細い日で、その為星々が普段よりもいっそう明るく感じた。
赤い星や一際輝く星を眺めてどれが何の星座だったかと想いを馳せている内に、空に筆を走らせたかのような細い線が一筋引かれる。
「あ、」
直ぐに消えてしまった痕を指さして、ロードリックに話しかけた。
「今の見えました?」
「ええ。確かにあの方角に一つ流れましたね」
そうしている間にも、ロードリックの頭の後ろでまた一つ星が流れていく。
「ああっ!」
「……今度は後ろでしたか」
少し悔しそうなロードリックがおかしくて、思わず笑ってしまった。
「凄いですね。本当に今日は沢山見れそうです」
「二百年おきに観測される流星群らしいですよ」
では、次のこれを私は見る事が叶わないだろう。
それに寂しさを感じてロードリックに擦り寄ると、彼の足の間に体を移動させられた。
後ろから抱きしめられるような姿で、共に空を見上げる。
星が流れていく。幾つも、幾つも。
見惚れていると、夜に混じる静かな声で彼が言った。
「流れ星に願えば、願い事が叶うそうですね」
「知っていたんですね。私も母に教えてもらいました」
「今なら、沢山叶えられそうです」
ロードリックの笑う息が頭にかかった。
もしもそれが本当ならば、二百年先の流星群もロードリックと見たいと思った。叶うはずなんてないと、人には笑われるかもしれないが。
「何を願いますか?」
永遠に続く事を願う程に、静かで美しい夜だった。空で瞬きの間光る星の欠片達は、長い旅路の果てがこの地であって良かったと思うのだろうか。
その姿に、ロードリック達が重なって見えた。
「……また、これを見たいと」
ロードリックの体が硬直する。私は後ろを振り返り、人間の寿命の短さを思い知っている彼に笑いかけた。
「ロードリック。貴方の元に、また戻ってきます。記憶は消えてしまうかもしれませんが、全ては手放さないように努めます。そして」
人の命は巡るという。死んでも生まれ変わり、また別の人間としてこの地に現れる。
只の信仰でしかなく、長い生を知る貴方は信じられないかもしれないけれど。
私はそれを、心から信じて彼に告げた。
「貴方を探します。ロードリックの纏う、星屑の光を頼りにして」
ロードリックの目が大きく見開かれた。息を飲み、私の顔を凝視してくる。
余りの驚き様に、私は何か変な事を言ってしまっただろうかと戸惑った。
「星屑の、光……」
ぽつりと彼の口からその単語が零れ落ちた。何処かで誰かも、ロードリックに同じ言葉を告げたのだろうか。
ハーヴィーが嘗てロードリックに同じ言葉を告げた事を、私は知らない。
茫然としてしまっているロードリックの意識を引き戻そうと、胸に擦り寄った。
いつ、誰がその言葉を言ったのだろうか。
私は聞きたい気持ちを抑え、今の彼の感情が悲しみでない事を願いながら、少しおどけて言った。
「はい。貴方の光を目指して探せば、見つけるのは簡単そうです」
人に紛れるのを得意とする筈の彼だが、私の目には遠くからでもはっきりと認識出来る。
ならばきっと、魂の旅路の果てでも彼を見つける事が出来るだろう。
その星屑の光が、私を導くから。
ぽたりと温かな雫が私に振ってきた。彼は大きく見開いた目から次々と涙を溢れさせて、静かに泣いている。
私はすっかり動揺してしまって、彼の身に何が起きたのかと顔を覗き込んだ。
「ロードリック、どうしたんですか?」
彼は私の手を取り、泣きながら笑って言った。
「信じます。クラリスが生まれ変わって、私の元に再び現れてくれる事を。何百年、何千年、幾らでも待ちましょう。再会の為であれば、私はどんな永の時も越えられる」
歓喜の涙が降ってくる。夜に祝福され、淡く光る彼はまるで星のように煌めいていた。
「貴方は確かに、約束を守って下さいました」
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こんばんは。はじめて小説へ感想を書きます。
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はじめて! 勇気を出して、感想を下さってありがとうございます!
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