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第十一章
第四十話
しおりを挟む家に引きこもりがちになる私を、ロードリックはよく外へと連れ出してくれる。今日は久しぶりにかつて働いていた喫茶店へと、足を運んだのだった。
知らない新しい給仕が席へと案内してくれ、ロードリックと向かい合わせになるように座る。
「懐かしいですね」
客としての違和感を楽しみながらも働く人達の顔ぶれを見れば、私が離れている間に少し入れ替わってしまったようだった。
「私も久しぶりに来ました」
ロードリックの言葉に首を傾げる。私が働いていた頃は、頻繁に来ていたように思ったからだ。
「そうなんですか? 前はよくいらしていたじゃないですか」
「忙しいのもありましたし……今はクラリスがおりませんから」
思わない言葉に少し理解が遅れてしまう。
「私に会いに来てたんですか?」
あの時はしげしげと彼を観察してしまっていたが、まさか自分が逆に見られているとは思わなかった。
一体何時から、私を気にかけていたのだろう。
「当時は意識しての事ではありませんでした。けれどこの店がとりわけ居心地がよく感じられたのは、貴女がいたからだと思います」
飾らない言葉に少し恥ずかしさを感じてしまい、少し視線を下げる。
それに追い打ちをかけるように、更にロードリックは言葉を続けた。
「ご両親に挨拶に行った時の言葉も、今からするとまるきり嘘ではなくなりましたね。きっと私は、何処かでその時からクラリスに惹かれていたのでしょう」
思う存分私の顔を赤くさせて、それからロードリックは悪戯な顔をして私に聞いた。
「貴女は何時から私の事を?」
これ以上顔が赤くなったら倒れてしまう。
「……教えません」
ロードリックは余裕のない私を笑い、昔の時と同じように給仕に注文する。違うのは、私も共に頼む事だった。
やがて運ばれてきた珈琲に彼が手を付ける前に言った。
「角砂糖二つ」
少しだけロードリックの動きが止まる。私が言った意味を理解して、笑いながら角砂糖を二つ珈琲の中に投入した。
私もずっと彼の事を見ていたのだと、分かったのだ。
諸々の事情を省けば、本当に普通の恋人みたいな出会いである。ならば世の恋人達と同じく、この出会いを運命などと呼んでみようか。
私達は穏やかなひと時を過ごし、かつて慣れ親しんだその場所を後にする。
人が多く行き交う道を、手を繋いで共に歩いた。
きっと幸せというのは、こういう事だ。
ロードリックが笑顔を浮かべながら私を見ている。歩幅を合わせて歩けば、二人の間に横たわる筈の違いなど何も見えなかった。
両想いだと告げた今、少し前までロードリックの目に僅かに混じっていた悲しみの色は消えていた。
怖いくらいの幸福とは、今の事を言うのだろう。輝く思い出が、やがて来る時の果てまで彼の心を照らしてくれる事を只管に願った。
「次は何処に行きましょうか?」
甘く溶けるその目に私も微笑み返し、提案した。
「新しい花が欲しいです。大きな鉢植えも」
「では花屋ですね」
彼と共に色々な場所へと足を運ぼう。私がいなくなった後も、変わらぬ街並みや風景が思い出を鮮やかにしてくれるように。
「ふふ、コリンに文句を言われてしまうかも。また増やすのかって」
「口ではそう言いますが、彼も楽しんでいますからお気になさらず。園芸の本だって、クラリスの為に彼が書庫に置いたんですよ」
「……知りませんでした」
険しい顔ばかりしている彼の新たな一面を知り、思わず微笑んでしまう。根本の情深さがにじみ出てしまうのが彼だった。
「私が教えた事は内密にして下さい。機嫌を損ねると厄介なので」
ロードリックはそんな事を言って笑った。
「はい」
私も彼に微笑みかけて……ふと、視界の隅に見覚えのある人を見つけた。
バリエ少佐?
笑顔が固まる。違和感が警鐘を鳴らした。
何故、こんな場所に?
何故、そんな険しい表情を?
ロードリックは背後になっていて気付いていない。
けたたましい程の警鐘が脳内に鳴り響く。何かが変だ。
数瞬の間に目を凝らす。
あれは……銃?
バリエ少佐の手に銃が握られているのを見つけた瞬間、私はロードリックの前に飛び出していた。
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