果ての光~軍人侯爵の秘密と強制結婚の幸福~

百花

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第八章

第二十七話

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 私は一人自室で紅茶を嗜みながら、窓の外へと視線を向ける。外は寒く、雪がちらついていた。
 昨日のバリエ少佐の出会いを、私はザラさんを始め誰にも言えないでいた。
 それは少し彼の言葉に引っかかる事があったからだ。
 ムーアクラフト家は彼らに乗っ取られた。
 それは確かに紛れもなく事実である。今、ロードリックはムーアクラフトを名乗っているのだから。
 そして恩人の名前はムーアクラフト・ハーヴィーだ。この二つの事実をそのまま受け取るなら、恩人の家を乗っ取った事になる。
 けれどロードリックのこれまでのハーヴィーへの言動を見るに、あの忠誠心は嘘ではない。
 ならばどうして、今彼はその名を名乗っているのだろう。まるで恩を仇で返したみたいだ。
 その疑問を解決できれば、バリエ少佐の王家乗っ取りの心配を払拭出来るのではないだろうか。
 けれど誰かに下手に聞いてしまえば、私が天来衆へ不審を抱いていると余計な疑念を抱かせるかもしれない。

 だからまずは、こっそり調べようかしら。

 思い立ったが吉日。私は立ち上がり、静かに扉を開いて書庫室へと向かった。
 膨大な量の本、一つ一つの題名に目を通していく。探しているのはムーアクラフト家の家系図だ。
 家の歴史が纏められているものがあれば尚良いが、恐らくそこまで気の利いたものは無いだろう。
 時間をかけて隈なく探したが、あるのは誰に見られても良いうような本ばかりである。
 此処にないとなると、次に探すのは……書斎だ。
 鍵のある場所なら知っている。今の私なら誰にも疑われずに取ってこられる。
 けれど流石にそこまではやりすぎだろうか。
 暫し行動に移すべきか迷う。しかし結局、皆の信頼を得た事による実行のし易さがハードルを下げ、深く考えもせずに鍵を取りに行ってしまったのだった。
 そっと書斎の扉を開くと、室内はこの前よりは書類が纏められ整頓されていた。誰かに見られる前に、自分の体を滑り込ませ、音を立てないように扉を閉める。

 早く調べて、出て行かないと。

 機密事項らしき物にはなるべく視線を向けないようにし、書斎の本棚にあたりをつけてそれらしきものを一つずつ確認していく。
 それは程なくして見つかった。題名のない小さな本の形で、歴代の家長の名が記されていた。
 私はそれを開き、少しずつ名前を遡っていく。見たいのは約四百年前頃の記載だ。

「あった」

 私は遂にハーヴィーの名前を十四代前の家長の名として発見する。しかしその記載された頁によくよく視線を向ければ、一枚頁が切り取られたような改善の痕があった。

 ……確かハーヴィーは次男だった。

 当時の事が何となく見えてくる。ロードリックはハーヴィーを家長にする為に、家自体を乗っ取ったのかもしれない。
 いや、ハーヴィーは子供を公に持てなかった立場のまま亡くなった。だからこれは、彼の死後の改竄だ。
 思考に集中していた私の背後から、聞き覚えのある声が静かに問いかけた。

「何をしているのですか?」

 はじかれたように勢いよく後ろを振り向く。そこにはロードリックが佇んで私を見ていた。
 僅かにつけられた明かりは揺らめいて、彼の濃い影の輪郭を朧にさせている。
 そこに浮かび上がる彼の真顔が何故だかとても恐ろしく見えるのは、私の心のせいだろうか。

「あ、あの」

 自分の今の状況がとても疑わしいものだと自覚し、急に冷や汗が噴き出す。早く弁明しなければと思うのに、焦ってしまって思考が上手く纏まらない。
 そうしている間にロードリックはゆっくりと距離を詰め、私が手にしていた本を摘まんで取り上げた。

「家系図? 何故こんなものを?」

 ふと、すぐ傍に立つ彼が見上げる程高い身長であるのに気が付く。この人がその気になれば、私など簡単に翻弄する事が出来るだろう。
 早く何か言わなければと思うのに、ロードリックの見下ろす視線がとても怖くて口を開けない。
 口を開閉させて慌てる私を暫く静かに彼は見ていたが、見飽きたのか書斎の机に浅く腰かけ、私の腕を引いて強引に自分に引き寄せた。

「クラリス」
「は、はい」

 彼の体に閉じ込められるような形になり、何処にも逃げられない。彼の手が私の頬を撫でて、その刺激にさえ極度の緊張状態である私は小さく震えてしまう。
 そんな私にロードリックは一度深く息を吐き、唯々静かに言った。

「落ち着いて」

 それは責めるような声では無かった。けれど言葉に出来ない威圧を感じてしまう。

 何で?
 何時だってロードリックは優しかった。なのにどうして、今私はこんなに怯えているのだろう。

 そんな私の内心を見透かして、宥めるように口で弧を描く。

「理由を教えてください。……大丈夫です。その理由が何であれ、私が命を保証します。内容によっては、この家から出せなくなるかもしれませんが。……まあ、それは今と大して変わらないでしょう?」

 そうなのだろうか。そうかもしれない。

 心臓はまだ早鐘のようだが、声を出せるぐらいにはなっていた。

「この前の人と、街中で鉢合わせてしまったんです」
「誰でしょうか?」
「バリエ少佐」
「ああ」

 その相槌は、何か含みでもありそうな声色だった。

「彼が言っていたことがどうしても気になってしまって。でも、直接聞くのも躊躇われてしまって……」

 バリエ少佐の名前を出した瞬間から、少しずつロードリックの雰囲気がいつも通りに戻ってくる。
 自分がどれだけ怪しい行動だったのかを自覚して、深く反省した。
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