27 / 45
第八章
第二十七話
しおりを挟む私は一人自室で紅茶を嗜みながら、窓の外へと視線を向ける。外は寒く、雪がちらついていた。
昨日のバリエ少佐の出会いを、私はザラさんを始め誰にも言えないでいた。
それは少し彼の言葉に引っかかる事があったからだ。
ムーアクラフト家は彼らに乗っ取られた。
それは確かに紛れもなく事実である。今、ロードリックはムーアクラフトを名乗っているのだから。
そして恩人の名前はムーアクラフト・ハーヴィーだ。この二つの事実をそのまま受け取るなら、恩人の家を乗っ取った事になる。
けれどロードリックのこれまでのハーヴィーへの言動を見るに、あの忠誠心は嘘ではない。
ならばどうして、今彼はその名を名乗っているのだろう。まるで恩を仇で返したみたいだ。
その疑問を解決できれば、バリエ少佐の王家乗っ取りの心配を払拭出来るのではないだろうか。
けれど誰かに下手に聞いてしまえば、私が天来衆へ不審を抱いていると余計な疑念を抱かせるかもしれない。
だからまずは、こっそり調べようかしら。
思い立ったが吉日。私は立ち上がり、静かに扉を開いて書庫室へと向かった。
膨大な量の本、一つ一つの題名に目を通していく。探しているのはムーアクラフト家の家系図だ。
家の歴史が纏められているものがあれば尚良いが、恐らくそこまで気の利いたものは無いだろう。
時間をかけて隈なく探したが、あるのは誰に見られても良いうような本ばかりである。
此処にないとなると、次に探すのは……書斎だ。
鍵のある場所なら知っている。今の私なら誰にも疑われずに取ってこられる。
けれど流石にそこまではやりすぎだろうか。
暫し行動に移すべきか迷う。しかし結局、皆の信頼を得た事による実行のし易さがハードルを下げ、深く考えもせずに鍵を取りに行ってしまったのだった。
そっと書斎の扉を開くと、室内はこの前よりは書類が纏められ整頓されていた。誰かに見られる前に、自分の体を滑り込ませ、音を立てないように扉を閉める。
早く調べて、出て行かないと。
機密事項らしき物にはなるべく視線を向けないようにし、書斎の本棚にあたりをつけてそれらしきものを一つずつ確認していく。
それは程なくして見つかった。題名のない小さな本の形で、歴代の家長の名が記されていた。
私はそれを開き、少しずつ名前を遡っていく。見たいのは約四百年前頃の記載だ。
「あった」
私は遂にハーヴィーの名前を十四代前の家長の名として発見する。しかしその記載された頁によくよく視線を向ければ、一枚頁が切り取られたような改善の痕があった。
……確かハーヴィーは次男だった。
当時の事が何となく見えてくる。ロードリックはハーヴィーを家長にする為に、家自体を乗っ取ったのかもしれない。
いや、ハーヴィーは子供を公に持てなかった立場のまま亡くなった。だからこれは、彼の死後の改竄だ。
思考に集中していた私の背後から、聞き覚えのある声が静かに問いかけた。
「何をしているのですか?」
はじかれたように勢いよく後ろを振り向く。そこにはロードリックが佇んで私を見ていた。
僅かにつけられた明かりは揺らめいて、彼の濃い影の輪郭を朧にさせている。
そこに浮かび上がる彼の真顔が何故だかとても恐ろしく見えるのは、私の心のせいだろうか。
「あ、あの」
自分の今の状況がとても疑わしいものだと自覚し、急に冷や汗が噴き出す。早く弁明しなければと思うのに、焦ってしまって思考が上手く纏まらない。
そうしている間にロードリックはゆっくりと距離を詰め、私が手にしていた本を摘まんで取り上げた。
「家系図? 何故こんなものを?」
ふと、すぐ傍に立つ彼が見上げる程高い身長であるのに気が付く。この人がその気になれば、私など簡単に翻弄する事が出来るだろう。
早く何か言わなければと思うのに、ロードリックの見下ろす視線がとても怖くて口を開けない。
口を開閉させて慌てる私を暫く静かに彼は見ていたが、見飽きたのか書斎の机に浅く腰かけ、私の腕を引いて強引に自分に引き寄せた。
「クラリス」
「は、はい」
彼の体に閉じ込められるような形になり、何処にも逃げられない。彼の手が私の頬を撫でて、その刺激にさえ極度の緊張状態である私は小さく震えてしまう。
そんな私にロードリックは一度深く息を吐き、唯々静かに言った。
「落ち着いて」
それは責めるような声では無かった。けれど言葉に出来ない威圧を感じてしまう。
何で?
何時だってロードリックは優しかった。なのにどうして、今私はこんなに怯えているのだろう。
そんな私の内心を見透かして、宥めるように口で弧を描く。
「理由を教えてください。……大丈夫です。その理由が何であれ、私が命を保証します。内容によっては、この家から出せなくなるかもしれませんが。……まあ、それは今と大して変わらないでしょう?」
そうなのだろうか。そうかもしれない。
心臓はまだ早鐘のようだが、声を出せるぐらいにはなっていた。
「この前の人と、街中で鉢合わせてしまったんです」
「誰でしょうか?」
「バリエ少佐」
「ああ」
その相槌は、何か含みでもありそうな声色だった。
「彼が言っていたことがどうしても気になってしまって。でも、直接聞くのも躊躇われてしまって……」
バリエ少佐の名前を出した瞬間から、少しずつロードリックの雰囲気がいつも通りに戻ってくる。
自分がどれだけ怪しい行動だったのかを自覚して、深く反省した。
0
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説

貴妃エレーナ
無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」
後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。
「急に、どうされたのですか?」
「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」
「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」
そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。
どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。
けれど、もう安心してほしい。
私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。
だから…
「陛下…!大変です、内乱が…」
え…?
ーーーーーーーーーーーーー
ここは、どこ?
さっきまで内乱が…
「エレーナ?」
陛下…?
でも若いわ。
バッと自分の顔を触る。
するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。
懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

【完結】彼の瞳に映るのは
たろ
恋愛
今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。
優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。
そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。
わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。
★ 短編から長編へ変更しました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる