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第六章
第一九話
しおりを挟むクラリスの声が聞こえ目を開くと、ロードリックは彼女にもたれかかっていた事に気付いて驚いた。
少しすっきりした頭で眠る前の状況を思い出す。確か、仕事に根を詰め過ぎた為に三十分だけ仮眠を取る事にしたのだったか。
いくら疲れ果てているとはいえ、此処まで人に気を許したのは初めてだ。
「すみません。重かったでしょう」
「いいえ、大丈夫です」
失態である。謝れば彼女はまるで母親のような笑みを浮かべていた。
どうにも調子が狂ってしまう。一族の者ではない、家族という立場の人間。その立場を用意したのは自分であるはずなのに、まるで初めからそうなるべきだったかのようにクラリスは馴染んでいた。
何故クラリスの前では普段の自分を保てないのだろう。内心首を傾げつつも、平常心を装って言った。
「……おかげで少しすっきりしました」
「良かったです」
仮眠を取る前の自分の体調が極度に悪化していたのを、一度寝てみたからこそ自覚した。
少し根を詰め過ぎたようだ。このタイミングでクラリスが様子を見に来てくれた事に感謝である。
また少し仕事をして、そうしたら今日はもうお終いにしよう。そう思っていると、クラリスが小首を傾げて聞いてきた。
「ハーヴィー様って誰ですか?」
最近は皆、腫物を扱うように彼の名前を出さないので、久しぶりに他者から聞いた名前に驚く。クラリスに誰が教えたのだろう。
「何処で聞いたんですか?」
純粋な疑問で聞き返せば、予想外の答えが返って来た。
「えっと……寝言で」
まさか私が寝言を言うとは。どれほど気を緩ませていたのだろう。
しかし壁にかかるカレンダーが目に留まり、彼の命日が直ぐ明後日に迫っている事に気が付いた。
「……あの日が近いからか」
窓の外は、四百年前のあの日と同じような寒々しい空である。私が己の無力さを痛感した日。決して忘れる事が出来ない。
毎月のように彼に会いに行くのが、私の丁度いい精神を落ち着ける大事な時間となっていた。
ふと隣の彼女を見てみると、何故だかハーヴィー様の顔に重なって見えた。
性別も全く違うのに、クラリスは何処か彼と似ている所がある。不遇な環境にいるだろうに、受け入れて馴染もうとするその強さだろうか。あるいはその優し気な目元の印象のせいだろうか。
けれど勿論、彼女と彼は別人である。私はそれなりの時間人間を見続けてきたが、生まれ変わりと確信できる現象に出会った事は無い。
だからこれもただの私の感傷なのだが、似ているクラリスに彼と会わせてみたくなった。
「そうですね、明後日空いていますか?」
「はい」
不思議そうな様子の彼女に提案した。
「一緒に行きましょう。説明はその時に」
そういえば二人で外出は初めてかもしれない。そんな事を思いつつ、何故だか弾む自分の心に首を傾げる。
そしてクラリスをハーヴィー様の墓に連れて行った所までは、全てが順調だった。
共に花を添える彼女の姿を見て、不思議と満足感を得る事が出来た。
しかしそれから、何故かクラリスの態度は変わってしまった。
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