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第五章
第十四話
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ロードリックとの距離が縮まらないまま、時間だけが漫然と過ぎていく。リビングで読書をしつつも、頭の中は文面を追ってはいなかった。
どうすればロードリックに好きになって貰えるだろう。そんな事ばかり考えてしまう。
プレゼントを沢山してみる?
編みあがった手袋はもう彼に渡してある。偶に私服で過ごせる日があれば使っていて、気に入ってはくれているのだろう。けれどどちらかというと、私への気遣いの範囲な気もしてくる。
そもそも何が欲しいのかもよく分からない。財力があり、殆ど何でも手に入る人へ物を送るのがとても難しい事であるのを、この状況になって初めて知った。
そうなると無難な必ず必要とされるような男性用小物……例えば財布などに落ち着いてしまうのだろうが、私は監視されている身である。
天来衆の人達の態度が少し和らいではいるが、外出を許可してくれるまでに信頼を得ているとも思えなかった。唯一外出の許可を条件付きで認めてくれそうなのはロードリックであるが、まさか本人に理由を説明する訳にもいかない。
悶々と悩んでいると、傍で紅茶を入れてくれていたザラさんが小さく笑う声が聞こえた。
「心ここにあらず、ですね。さっきから頁が動いていませんよ」
見透かされた事が恥ずかしく、頬が赤くなってしまう。
「え、と。そんな事は」
「ロードリック様の事ですか?」
誤魔化す前に言い当てられてしまった。姉のような雰囲気の彼女には意地を張り辛く、大人しく頷いて肯定した。
「天来衆の皆さんにはまたロードリックの邪魔をするなって言われるかもしれないけど、折角夫婦になったからにはもっと仲良くなりたいんです」
「……そうですよね。クラリス様は人間ですものね」
その声は何処か遠く、在りし日の誰かを思い出しているのを伝えてくる。けれどすぐさま気を取り直し、ザラさんは言った。
「皆の気持ちも分かりますが、私はクラリス様のお好きになさったらいいと思います。転ぶかもしれないと、ずっと子供を抱えて歩くのが愛情だとは思いませんから」
彼女の例えが私にはよく分からなかった。そしてザラさんはそれを説明してくれる気配もなく、言葉を続ける。
「それで、何かいい案は思いつきました?」
「それがちっとも。お金で買えるようなものは全部もっていますし、私が何か作っても気を遣わせるだけな気がしてしまって」
「それなら、デートはいかがでしょう?」
「デート?」
「はい。気分転換に外に行きたいと言えば、連れ出して下さるんじゃないですか?」
自分では考え付かなかった提案に目を見開いた。
「それです」
何とも自然な誘い方である。尊敬の眼差しをザラさんに向け、早速実行しようと思った所で懸念すべき事を思い出す。
「でも最近とても忙しいみたいなんですよね。今日もずっと書斎に籠りきりですし」
忙しくなると言っていた通り、ロードリックは夜遅くまで作業をしているようだった。
仕事の邪魔にならないようにそっとしているので、顔を合わせる機会がそもそも少なくなっている。
「ええ。ですから少し様子を見に行ってくれませんか? 丁度一息つけると思うんです」
「書斎に入っても大丈夫ですか?」
「扉を軽く叩いてみて下さい。取り込み中なら言って下さると思います」
ザラさんに背中を押され、彼に会いに行ってみる事にした。二階の書斎前に立って中の音に聞き耳を立ててみると、書類を纏めるような音が聞こえてくる。
勇気を出して、軽く扉を叩いてみた。
「……はい」
「私です。クラリスです」
扉にロードリックが近づいてくる足音が聞こえる。そして扉が開かれ、今日初めて目にした彼の姿に驚いた。
何度見ても見とれてしまう整った顔立ちは変わらないが、目の下にくっきりとした隈が浮き上がっている。病を抱える薄命の美人。そんな雰囲気だった。
「どうしましたか?」
ロードリックは珍しく私が書斎の扉を叩いた事に首を傾げていた。
「ずっと籠っているから心配になってしまって。……寝てないんですか?」
「ええ。昨日は少し遅くまで作業がありまして。ご心配ありがとうございます」
そう言って目頭を指で解している。相当疲れが蓄積しているようで、心なしか声にも覇気がない。こんな状態のロードリックを見て外出など言いづらくなってしまった。
「少しだけ、休まれてはどうでしょうか?」
ザラさんが様子を見に行くのを勧める訳だ。こんな状態を何日も続けていたら、本当に倒れてしまうだろう。
ロードリックは私の顔を虚ろな目でぼうっと眺め、首を縦に振った。
どうすればロードリックに好きになって貰えるだろう。そんな事ばかり考えてしまう。
プレゼントを沢山してみる?
編みあがった手袋はもう彼に渡してある。偶に私服で過ごせる日があれば使っていて、気に入ってはくれているのだろう。けれどどちらかというと、私への気遣いの範囲な気もしてくる。
そもそも何が欲しいのかもよく分からない。財力があり、殆ど何でも手に入る人へ物を送るのがとても難しい事であるのを、この状況になって初めて知った。
そうなると無難な必ず必要とされるような男性用小物……例えば財布などに落ち着いてしまうのだろうが、私は監視されている身である。
天来衆の人達の態度が少し和らいではいるが、外出を許可してくれるまでに信頼を得ているとも思えなかった。唯一外出の許可を条件付きで認めてくれそうなのはロードリックであるが、まさか本人に理由を説明する訳にもいかない。
悶々と悩んでいると、傍で紅茶を入れてくれていたザラさんが小さく笑う声が聞こえた。
「心ここにあらず、ですね。さっきから頁が動いていませんよ」
見透かされた事が恥ずかしく、頬が赤くなってしまう。
「え、と。そんな事は」
「ロードリック様の事ですか?」
誤魔化す前に言い当てられてしまった。姉のような雰囲気の彼女には意地を張り辛く、大人しく頷いて肯定した。
「天来衆の皆さんにはまたロードリックの邪魔をするなって言われるかもしれないけど、折角夫婦になったからにはもっと仲良くなりたいんです」
「……そうですよね。クラリス様は人間ですものね」
その声は何処か遠く、在りし日の誰かを思い出しているのを伝えてくる。けれどすぐさま気を取り直し、ザラさんは言った。
「皆の気持ちも分かりますが、私はクラリス様のお好きになさったらいいと思います。転ぶかもしれないと、ずっと子供を抱えて歩くのが愛情だとは思いませんから」
彼女の例えが私にはよく分からなかった。そしてザラさんはそれを説明してくれる気配もなく、言葉を続ける。
「それで、何かいい案は思いつきました?」
「それがちっとも。お金で買えるようなものは全部もっていますし、私が何か作っても気を遣わせるだけな気がしてしまって」
「それなら、デートはいかがでしょう?」
「デート?」
「はい。気分転換に外に行きたいと言えば、連れ出して下さるんじゃないですか?」
自分では考え付かなかった提案に目を見開いた。
「それです」
何とも自然な誘い方である。尊敬の眼差しをザラさんに向け、早速実行しようと思った所で懸念すべき事を思い出す。
「でも最近とても忙しいみたいなんですよね。今日もずっと書斎に籠りきりですし」
忙しくなると言っていた通り、ロードリックは夜遅くまで作業をしているようだった。
仕事の邪魔にならないようにそっとしているので、顔を合わせる機会がそもそも少なくなっている。
「ええ。ですから少し様子を見に行ってくれませんか? 丁度一息つけると思うんです」
「書斎に入っても大丈夫ですか?」
「扉を軽く叩いてみて下さい。取り込み中なら言って下さると思います」
ザラさんに背中を押され、彼に会いに行ってみる事にした。二階の書斎前に立って中の音に聞き耳を立ててみると、書類を纏めるような音が聞こえてくる。
勇気を出して、軽く扉を叩いてみた。
「……はい」
「私です。クラリスです」
扉にロードリックが近づいてくる足音が聞こえる。そして扉が開かれ、今日初めて目にした彼の姿に驚いた。
何度見ても見とれてしまう整った顔立ちは変わらないが、目の下にくっきりとした隈が浮き上がっている。病を抱える薄命の美人。そんな雰囲気だった。
「どうしましたか?」
ロードリックは珍しく私が書斎の扉を叩いた事に首を傾げていた。
「ずっと籠っているから心配になってしまって。……寝てないんですか?」
「ええ。昨日は少し遅くまで作業がありまして。ご心配ありがとうございます」
そう言って目頭を指で解している。相当疲れが蓄積しているようで、心なしか声にも覇気がない。こんな状態のロードリックを見て外出など言いづらくなってしまった。
「少しだけ、休まれてはどうでしょうか?」
ザラさんが様子を見に行くのを勧める訳だ。こんな状態を何日も続けていたら、本当に倒れてしまうだろう。
ロードリックは私の顔を虚ろな目でぼうっと眺め、首を縦に振った。
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