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第一章
第二話
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今日は親の使いで繁華街へと買い物に出ていた。休日の混雑した道を歩きながらも、私の胸中は暗い。
何故ならば、例の光る人の謎が更に深まったからである。
青年軍人に声をかけてから、入れ代わり立ち代わり光る人が来店するようになってしまった。
時には貴婦人、時には眼鏡をかけた商人と、その姿に統一感はまるでない。当然あの家族であるという私の仮説は本人の言う通り、違ったのだろう。
ああ、気になる。
けれど給仕として、二度も客に失礼を働くわけにもいかない。これ以上はあの謎に迫る事は出来ないのだろうか。
諦めきれない悔しさを溜息にして吐く。気分を取り直して肩にかけた鞄から親に渡されたメモを取り出した。
有名菓子店の名前と、名物の焼き菓子の種類が書かれている。明日、顔なじみに持っていくらしい。
「ええと、場所は確か…」
老舗百貨店の中に入っていた筈。思い起こしながら人混みを縫うように歩いていた時、脇を横切った一人の男性に目が奪われた。
ホンブルグハットを被り口髭を蓄えた、かっちりとした印象の壮年の男性である。それ自体は繁華街という場所柄、珍しい人相ではない。
ただ一点、私が目を奪われた理由は彼が青白く淡く光っているからだった。
喫茶店のお客様以外で、光る人を初めて見た。喫茶店に来る方々とはまた違う、冷たさを感じる光である。
ぼうっと目で追っている間にも人混みの中に彼は紛れて行ってしまう。気づけば私の足は、その淡い光を追って歩き出していた。
追ってどうするの。追いついた所で、どう声をかける?
何で光っているんですかって?
聞くまでもなく不審な目を向けられるだけだろう。それを知りながらも足は目の前の男性を追うのを止めない。
……だって私は、光る人間がいるなんて誰にも教わらなかった。
幽霊の話は耳にしたことがある。郊外の空き家には、夜な夜な女性のすすり泣く声が聞こえると言う。真っ白なカラスが出た時は皆が空を見上げていた。漁師のおじいさんが鳴き声をあげる魚の話をしてくれた事がある。
けれどどんな眉唾な話にも、真実味がある珍事の話にも、光る人間の話は聞いたことが無かった。
子供のような好奇心。結局はそんな原始的な理由である。けれどだからこそ強烈で、抗えない。
偶然にも行こうと思っていた老舗百貨店が男性の目的地だったらしい。菓子店近くのトイレに入っていったので、その隙に頼まれていた焼き菓子を購入する。
不自然にならないように男性が入っていった一角に何度も視線を送る。もし気付かれていたら、完全に不審者でしかなかった。
そして男性の用事にしては長い時間の後にようやく、青白く光る男性が出てくる。
けれどその姿は、年若い青年の姿にまるっきり変貌していた。
「え……?」
思わず小さく驚きの声が出た。目の前の青年は、さっきまで追っていた壮年の男性と似ても似つかない。
それでも私の脳内で、ある推測が思い浮かんだのだ。
もしかしてトイレの中で着替えたのではないだろうか。服も、顔も。
そんなあり得る筈のない推測が、頭から離れない。普通であれば別の青白く光る二人の人間がいるのだと考えるべきだろう。
けれど私は彼が同一人物だという気がしてならなかった。
全く同じ癖をした、光る二人の常連客。脳内で歯車がかっちりと噛み合わさる音がした。
私の動揺も知らず、再び人混みの中へと歩いていく目の前の姿をそっと追う。絶対に見失ってはならない。
多分今、世界の神秘の一つを垣間見ているに違いない。ごく普通の人が一生知らないような、驚くような事実を手にしたのだ。
私の中の子供が、歓声を上げてはしゃいでいる。にやついてしまうのを堪えるのに必死だった。
だから、最近喫茶店で白く光る人が多く来店するようになったのか。あの軍人は姿を変えられる事に、私が気が付いたのかと疑ったに違いない。
それであえて色々な姿で現れて、私に見破られるかと確認していたのだ。家族ではなかった。全て、同一人物だった。
今度こそ正解に辿り着いたのである!
興奮する私は、青白く光る目の前の人物がいつの間にか人通りの少ない道を選んで進んでいく事に気づかない。
誰も見ないような裏路地の角で息を潜めて私を待ち構えていたのにも、背後から腕を捻りあげられて銃口を突き付けられるまで全く考えもしなかったのだった。
「動くな」
「ひっ」
腕から伝わる痛みと、機械のように冷徹な声に浮かれていた気分が凍り付く。
「何故俺を追う? 何処の者だ? 答えろ」
抗ったら何をするか分からない、そんな予感を感じさせる訓練された質問だった。敵を軍人が詰問するように、容赦なく銃を押し付けられる。
私はとんでもなく馬鹿な事をしていたのだと、この時漸く自覚した。
世界の神秘の一つ。それは何故今まで、誰にも知られていなかったのか。
誰かが隠していたからではないのか。それに気づけさえしていれば、呑気に男性を追ったりなどしなかったのに。
顔が青ざめていく。緊張で声が上手くだせない。それでも急かす様に銃を押し付けられるので、どうにか声を上げた。
「た、た、ただの、買い物客です。ほら」
手にしていた焼き菓子の袋を見えるように持ち上げる。男はそれを見て鼻を鳴らし、全く信じた風ではなかった。
「なら何故俺を追う」
「気になったからです。本当に、ただ、それだけ。ごめんなさい。何も知らないんです。お願い銃を下ろして、お願い……!」
最後は涙声で、男に懇願していた。
死にたくない。こんな事で、死にたくなんてない!
今逃がしてくれれば、一目散に家の中に逃げ帰って、布団に包まって震えて二度と見た事を口にしないと誓うだろう。
けれどそれを言った所で男が真に受けてくれるだろうか。私は、どう発言するのが正解だろうか。
どれも相手の機嫌を損ねてしまいそうで恐ろしく、口にする事が出来ない。
涙が溢れて頬を濡らす。そんな私を見て、彼も此処で詰問しても仕方がないと思ったらしい。銃を見えないように自分のジャケットで隠すと、背後に立ったまま私に指示した。
「俺と一緒に来てもらう。言われた通りに歩け」
「……は、い」
言われた通りに歩いていく先が地獄だろうと分かっていても、断れる筈がなかった。
「真っすぐ。三番目の右の角を曲がれ」
「は、い」
男に言われた通りに歩く。牛歩の遅さで歩けば通行人が助けてくれないかと淡い期待を抱いたりもしたが、そんな浅い作戦など直ぐに見破られて銃を押し付ける力が強まっただけだった。
指示された場所には一台の馬車が止められていた。中に押し込まれると、御者の男が私がいた事に驚いたように振り返った。銃を突きつける男と同じような風体をしていたが、私の目には淡く橙色に光って見える。
これで、三人目だ。
常連客の白、銃の男の青、運転席の橙。彼らは一体何なのだろう。そして、私は何に巻き込まれているのだろう。
「その女は?」
御者の男の質問に、銃を突き付けている男が私の隣に座りながら答えた。
「分からない。これから調べる。どうやら『俺』に気が付いている」
「馬鹿な」
御者の男は直ぐにその意味を理解したようだった。顔面蒼白で縮こまる私に、驚きの視線を向ける。
「完全なるアンノウンだ。所属部隊も目的も不明。急ぎ邸宅へ」
「分かった」
それ以上御者の男は何も言わず、馬に鞭を走らせる。従順な馬は主人の命令を受けて、速度を出して街中を走り始めた。
何処に連れていかれるのかと窓の外を見ていると、隣の男が自分の被っていたホンブルグハットを私に被せ、そのつばで視界を遮った。
「見るな。喋るな。逃げるな。逆らえば撃つ」
脅す言葉に逆らえるはずもなく、怯えから何度もうなずく。少し前までの時間にもしも戻ることが出来たなら。
私はそんな詮無き事を何度も思いながら、彼らに攫われるしかなかったのだった。
何故ならば、例の光る人の謎が更に深まったからである。
青年軍人に声をかけてから、入れ代わり立ち代わり光る人が来店するようになってしまった。
時には貴婦人、時には眼鏡をかけた商人と、その姿に統一感はまるでない。当然あの家族であるという私の仮説は本人の言う通り、違ったのだろう。
ああ、気になる。
けれど給仕として、二度も客に失礼を働くわけにもいかない。これ以上はあの謎に迫る事は出来ないのだろうか。
諦めきれない悔しさを溜息にして吐く。気分を取り直して肩にかけた鞄から親に渡されたメモを取り出した。
有名菓子店の名前と、名物の焼き菓子の種類が書かれている。明日、顔なじみに持っていくらしい。
「ええと、場所は確か…」
老舗百貨店の中に入っていた筈。思い起こしながら人混みを縫うように歩いていた時、脇を横切った一人の男性に目が奪われた。
ホンブルグハットを被り口髭を蓄えた、かっちりとした印象の壮年の男性である。それ自体は繁華街という場所柄、珍しい人相ではない。
ただ一点、私が目を奪われた理由は彼が青白く淡く光っているからだった。
喫茶店のお客様以外で、光る人を初めて見た。喫茶店に来る方々とはまた違う、冷たさを感じる光である。
ぼうっと目で追っている間にも人混みの中に彼は紛れて行ってしまう。気づけば私の足は、その淡い光を追って歩き出していた。
追ってどうするの。追いついた所で、どう声をかける?
何で光っているんですかって?
聞くまでもなく不審な目を向けられるだけだろう。それを知りながらも足は目の前の男性を追うのを止めない。
……だって私は、光る人間がいるなんて誰にも教わらなかった。
幽霊の話は耳にしたことがある。郊外の空き家には、夜な夜な女性のすすり泣く声が聞こえると言う。真っ白なカラスが出た時は皆が空を見上げていた。漁師のおじいさんが鳴き声をあげる魚の話をしてくれた事がある。
けれどどんな眉唾な話にも、真実味がある珍事の話にも、光る人間の話は聞いたことが無かった。
子供のような好奇心。結局はそんな原始的な理由である。けれどだからこそ強烈で、抗えない。
偶然にも行こうと思っていた老舗百貨店が男性の目的地だったらしい。菓子店近くのトイレに入っていったので、その隙に頼まれていた焼き菓子を購入する。
不自然にならないように男性が入っていった一角に何度も視線を送る。もし気付かれていたら、完全に不審者でしかなかった。
そして男性の用事にしては長い時間の後にようやく、青白く光る男性が出てくる。
けれどその姿は、年若い青年の姿にまるっきり変貌していた。
「え……?」
思わず小さく驚きの声が出た。目の前の青年は、さっきまで追っていた壮年の男性と似ても似つかない。
それでも私の脳内で、ある推測が思い浮かんだのだ。
もしかしてトイレの中で着替えたのではないだろうか。服も、顔も。
そんなあり得る筈のない推測が、頭から離れない。普通であれば別の青白く光る二人の人間がいるのだと考えるべきだろう。
けれど私は彼が同一人物だという気がしてならなかった。
全く同じ癖をした、光る二人の常連客。脳内で歯車がかっちりと噛み合わさる音がした。
私の動揺も知らず、再び人混みの中へと歩いていく目の前の姿をそっと追う。絶対に見失ってはならない。
多分今、世界の神秘の一つを垣間見ているに違いない。ごく普通の人が一生知らないような、驚くような事実を手にしたのだ。
私の中の子供が、歓声を上げてはしゃいでいる。にやついてしまうのを堪えるのに必死だった。
だから、最近喫茶店で白く光る人が多く来店するようになったのか。あの軍人は姿を変えられる事に、私が気が付いたのかと疑ったに違いない。
それであえて色々な姿で現れて、私に見破られるかと確認していたのだ。家族ではなかった。全て、同一人物だった。
今度こそ正解に辿り着いたのである!
興奮する私は、青白く光る目の前の人物がいつの間にか人通りの少ない道を選んで進んでいく事に気づかない。
誰も見ないような裏路地の角で息を潜めて私を待ち構えていたのにも、背後から腕を捻りあげられて銃口を突き付けられるまで全く考えもしなかったのだった。
「動くな」
「ひっ」
腕から伝わる痛みと、機械のように冷徹な声に浮かれていた気分が凍り付く。
「何故俺を追う? 何処の者だ? 答えろ」
抗ったら何をするか分からない、そんな予感を感じさせる訓練された質問だった。敵を軍人が詰問するように、容赦なく銃を押し付けられる。
私はとんでもなく馬鹿な事をしていたのだと、この時漸く自覚した。
世界の神秘の一つ。それは何故今まで、誰にも知られていなかったのか。
誰かが隠していたからではないのか。それに気づけさえしていれば、呑気に男性を追ったりなどしなかったのに。
顔が青ざめていく。緊張で声が上手くだせない。それでも急かす様に銃を押し付けられるので、どうにか声を上げた。
「た、た、ただの、買い物客です。ほら」
手にしていた焼き菓子の袋を見えるように持ち上げる。男はそれを見て鼻を鳴らし、全く信じた風ではなかった。
「なら何故俺を追う」
「気になったからです。本当に、ただ、それだけ。ごめんなさい。何も知らないんです。お願い銃を下ろして、お願い……!」
最後は涙声で、男に懇願していた。
死にたくない。こんな事で、死にたくなんてない!
今逃がしてくれれば、一目散に家の中に逃げ帰って、布団に包まって震えて二度と見た事を口にしないと誓うだろう。
けれどそれを言った所で男が真に受けてくれるだろうか。私は、どう発言するのが正解だろうか。
どれも相手の機嫌を損ねてしまいそうで恐ろしく、口にする事が出来ない。
涙が溢れて頬を濡らす。そんな私を見て、彼も此処で詰問しても仕方がないと思ったらしい。銃を見えないように自分のジャケットで隠すと、背後に立ったまま私に指示した。
「俺と一緒に来てもらう。言われた通りに歩け」
「……は、い」
言われた通りに歩いていく先が地獄だろうと分かっていても、断れる筈がなかった。
「真っすぐ。三番目の右の角を曲がれ」
「は、い」
男に言われた通りに歩く。牛歩の遅さで歩けば通行人が助けてくれないかと淡い期待を抱いたりもしたが、そんな浅い作戦など直ぐに見破られて銃を押し付ける力が強まっただけだった。
指示された場所には一台の馬車が止められていた。中に押し込まれると、御者の男が私がいた事に驚いたように振り返った。銃を突きつける男と同じような風体をしていたが、私の目には淡く橙色に光って見える。
これで、三人目だ。
常連客の白、銃の男の青、運転席の橙。彼らは一体何なのだろう。そして、私は何に巻き込まれているのだろう。
「その女は?」
御者の男の質問に、銃を突き付けている男が私の隣に座りながら答えた。
「分からない。これから調べる。どうやら『俺』に気が付いている」
「馬鹿な」
御者の男は直ぐにその意味を理解したようだった。顔面蒼白で縮こまる私に、驚きの視線を向ける。
「完全なるアンノウンだ。所属部隊も目的も不明。急ぎ邸宅へ」
「分かった」
それ以上御者の男は何も言わず、馬に鞭を走らせる。従順な馬は主人の命令を受けて、速度を出して街中を走り始めた。
何処に連れていかれるのかと窓の外を見ていると、隣の男が自分の被っていたホンブルグハットを私に被せ、そのつばで視界を遮った。
「見るな。喋るな。逃げるな。逆らえば撃つ」
脅す言葉に逆らえるはずもなく、怯えから何度もうなずく。少し前までの時間にもしも戻ることが出来たなら。
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