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しゅうどういん!~断罪(バッドエンド)のその後で
●12裏_商人はスリに捕まった!
しおりを挟む「そうか、イザラ様は見つからなかったか」
「はあ、我々も頑張ったんですが……申し訳ありません」
街が祭りでにぎわっているのをよそに、領主館では、領主の息子――フラネイルが、役人から報告書を受け取った。
報告書、といっても紙一枚で終わる程度のもの。だが、役人に、さほど申し訳なさそうな様子はない。
「ああ、ありがとう。下がっていい」
「はっ! 失礼します!」
ひと仕事終えたとばかりに、元気よく出ていく役人。
遠くから聞こえてくる「先輩、終わったし飲みに行きましょう!」「うるせー馬鹿野郎静かにしろ」との声に溜め息をつきながら、窓の外を見渡した。
広がるのは、巨大な商業都市。
交易路に続く大通りは、いつも以上に賑わいを見せている。
(はあ、あそこで欲をかかなけりゃな……)
少し前までは、割と充実した学園生活を過ごしていた。
幼馴染の婚約者がいて、学園でも交友関係は順調、成績も悪くはない。
若くして築いた人脈と知識は、将来に莫大な富を保証する、はずだった。
(どうしてこうなった)
幼馴染とは疎遠となり、ナイアとかいう地雷女の儲け話に引っかかり、教会の陰謀に巻き込まれ、気が付けば元婚約者から暴行を受け療養の身である。
地雷女に騙されたのは自業自得のような気がしないでもないが、それにしたって、いくらなんでもあんまりだと言うべきではないだろうか?
(こうして報告書を読むくらいには回復したのは、幸い……なのか?)
この報告書、元はといえばアーティアの依頼である。
今、アーティアは、中央の教会にいる。
なんでも、聖女としての教育を一から受けているらしい。
が、聖女様はお姉さまと慕うイザラ公爵令嬢がよほど気になるらしく、王宮を通じて全国の修道院に捜索依頼を出していた。
果たして、それがアーティア自身の意思なのか、アーティアの周囲の点数稼ぎなのかはわからないが、当然、依頼自体は領主であるフラネイルの父の目に留まり、商売で忙しい父から「暇を持て余してるのなら何とかしろ」と、押し付けられてしまった。父からすれば、息子の元婚約者であるアーティアとのパイプを修復する一手だったのだろうが、いろいろと事情を知るフラネイルとしては気が進まない。
何せ、傍から見たら、アーティアはイザラに無理矢理迫るストーカーである。
それが伝わったのか、肝心の派遣した役人にも、やる気がなさそうだった。むしろ、見つからなかった証拠を作りましたよ褒めてください、と言わんばかり。まあ、仕方ない結末といえよう。
(ずっとイザラ様を追いかけ続けてたからなあ、アイツ)
学園に入る前、劇場の観客席から手を振るイザラに、熱烈な視線を送っていたアーティアを思い出す。幼馴染に恋する純情少年だったフラネイルの想いが、儚く砕け散った瞬間であった。
(……止めよう。嫌な思い出だ)
もう一度溜め息をついて、窓の外に目を向ける。
劇場も擁する華やかな大通りから目を背けると、裏側に広がるスラム街が目についた。他の都市に比べ、経済が早いからこそ発生する、フラネイル領の問題を集約したかのような場所である。
幼い頃から、フラネイルはそんなスラム街を見つめて育ってきた。
といって、慈善事業に精を出していたわけではない。
純情が砕け散ったあの日、ひとり帰路につく途中、スラム街でスリにあったのがきっかけだ。
いろいろと失ったばかりだったフラネイルは、突然、街角から出てきた少女2人に、つい懐をかばうのを忘れてしまったのである。
結果、抜き取られる財布。
が、フラネイルも商人。
大事な金はチェーンでしっかりと服に結び付けられている。
それでも、少女は財布から銀貨だけ抜き出し、逃げ出そうとした。
しかし、フラネイルは強欲な商人。
素早く、少女たちの腕を掴んだ。
「観念しろ。欲をかいて銀貨なんか抜こうとせず、さっさと逃げないからだ」
「うわー! ギャー! へんたいー! ちかんー! 離せー!」
「うーん、盗もうとしといてぇ、それは無理があると思うよぉ?」
銀貨を手に喚く少女と、何故か冷静な甘ったるい声の少女。
毒気を抜かれたフラネイルは、しっかりと銀貨を取り返しながら、手を離した。
「まったく、これからは用心深い商人なんかに手を出すんじゃないぞ!」
「え? 逃してくれるの? ラッキー!」
「そこで喜んだらぁ、意味ないと思うよぉ?」
このガキ共め。
内心で舌打ちしながら、歩き出そうとする。
が、甘ったるい声の少女が、服を掴んだ。
「商人のおにーさん、そっちは、怖い人がいっぱいいるから危ないよぉ?」
「なに? あっ……!」
気がつけば、スラム街でも危険なエリアへ歩いていたらしい。
少女の方を見ると、にんまりと笑みを浮かべている。
「おにーさん、商人にしてはぁ、用心深くないねぇ?」
「このっ……! はあ、まあいいや、もう絡むなよ?」
苛立ちをぶつけかけるも、途中で急激に萎えた。
いろいろありすぎて、怒る気力もなかったのだろう。
が、再び歩き出したフラネイルを、少女達は追いかけてきた。
「ねえねえ、おにーさん。
私達がぁ、大通りまで案内したげよっかぁ?」
「は? いらねーよ」
「まあまあ。お金取ったりしないから、大丈夫だよぉ?」
「本当に金取らないヤツは、はじめから金取らないなんて言わねぇんだよ」
乱暴に甘ったるい声を引き離そうとするフラネイル。
が、今度は騒々しい方の少女に手を引かれた。
「まま! いいから、いいから! 着いてきて!」
振りほどく気力もなく、スラム街を歩くフラネイル。
流石に危険かと思ったが、少女達はしっかりと安全な道を――それこそ、普段の自分なら歩くであろう道を進んでいく。
「おにーさん、今日は何かヤなことあったのぉ?」
「そうそう、せっかく劇場じゃ王子様やお姫様だって来たのに…って、あれ? いま、もっと嫌な顔した?」
「もしかしてぇ、デートか何かでぇ、振られちゃったぁ?」
騒がしく歩いていく少女達。
が、途中、修道院の前で立ち止まった。
「ここがぁ、私達のお家だよぉ?」
そういえば、この修道院は孤児の引き取りもやっていた。
だが、フラネイルにとっては、ついこの間までアーティアと勉強していた修道院だ。そのアーティアに振られたばかりのフラネイル、嫌そうな顔になるのをごまかすため、少女に大人げなく悪態をつく。
「おい、誰がお前らの家に案内しろって……」
「知ってるよぉ? ただ、途中で通ったからからぁ、なぁんとなーく、言ってみただけだよぉ?」
「あ、私の方は、逃げなきゃだから、ちょっと待ってて?」
騒がしい方の少女が、修道院へと駆け込んでいく。
「逃げる? どういう事だ?」
「うーんとねぇ、さっきの子はぁ、ホントのお家があるんだけどぉ、貧乏だからってぇ、スリやらされてるのぉ。でもぉ、お金がないと帰っても殴られるからぁ、ここに逃げてるのぉ。今は、拾ったゴミとかぁ、その辺のお店のお手伝いでもらった銅貨とかぁ、後で取り上げられそうなのぉ、シスターに預けに行ってるんじゃなぁい?」
「……そうかよ」
無愛想に頷くフラネイル。
何か八つ当たりのような気もしたが、フラネイルは他の気の利いた反応が思い浮かばなかった。
が、少女の方はそんなフラネイルを下から覗き込んで、またしてもにんまりと笑みを浮かべる。
「おにーさん、優しいねぇ?」
「あ? なんでだよ?」
「うぅーん? なんとなくかなぁ?」
「ちっ……そういうお前は、なんでスリなんてやてるんだよ?」
「んー? 私はやってないよぉ?
捕まりそうになったらぁ、逃げるの手伝ってるだけだよぉ?」
あの子どんくさいからねぇ。
そう少女が笑ったところで、修道院の扉が開いた。
「お待たせー! あれ? どうしたの?」
「んー? おにーさんがぁ、優しいって話ぃ」
「あ、それちょっと分かるかも!」
そして、自然にフラネイルの手を取る。
「じゃ、続き! もうちょっとで、大通りだよ!」
「いーよ。ここまでくりゃ、十分だ」
「えー? あとちょっとだよ?」
「だから、十分だって言ってるんだろうが」
が、フラネイルは、その手を軽く振り払って。
「ほらよ」
銀貨を、投げ渡した。
「え? いらないよ?」
が、少女から返ってきたのは、キョトンとした、声。
「なに?」
「うーん、それ、持ってても、取り上げられるだけだし?
自分で使っても、怪しまれるし?」
「そうだねぇ。持ってても、意味ないよねぇ?」
「じゃあ、なんでスリなんかやったんだよ!」
「普段はやらないよ?
やれって言われて、ホントにやるところ見られてる時だけ」
「……見られてたのか?」
思わず、周囲を見渡すフラネイル。
が、修道院の周りには、他に人影は見えない。
「大丈夫だよぉ?
さっきぃ、私達が捕まるの見てぇ、怖い人はどっか行っちゃったからぁ」
「それは大丈夫なのか?」
「大丈夫だよぉ。捕まったらぁ、もう私たちと関係ない人だしぃ」
「じゃあ、このまま逃げればいいだろ?」
「んー? 逃げるってぇ、ドコヘ?」
「ドコって、そりゃ――」
言いかけて、何も出てこなかった。
有りはしないのだ、そんなもの。
首をかしげる少女に、
「――ないなら、作るんだよ」
困った挙げ句、そんな言葉がでた。
「おにーさん、優しいねぇ?」
にんまりと笑う少女。
「うるさいな。
ほら、これやるから、もう追いかけて来んなよ!」
銀貨を乱暴に取り上げ、代わりに飴玉が入った袋を握らせる。
劇場に入る前、売店でアーティアと一緒に買ったものだ。
「おお、おにーさん、分かってるね!」
「また遊びに来てもいいよぉ?」
「二度と来ねぇよ!」
言い捨てて、路地裏を抜け、大通りへ。
夕暮れに包まれた街を歩く。
途中、先程の少女のやり取りが思い浮かんだ。
まったく、なんで俺はあんな事を――
あんな事、とは、銀貨を渡そうとした事であり、飴玉を押し付けた事であり、そもそも、スラム街に迷い込んだ事でもある。中でも、
――ないなら、作るんだよ
少女に向けた言葉が、やけに何度も思い出された。
苦し紛れに出た言葉だったせいかもしれないし、普段は絶対に言わない、口に出すには恥ずかしいセリフだったせいかもしれない。
こういうのは、後々まで何度も思い出すんだろうな。
その時抱いた想いは、果たして現実となった。
ふとした拍子に、何度も思い出しては、なんとも言えぬ感情を抱く。
今、窓からスラム街を見下ろしている時もそうだ。
あのときに比べ、スラム街は整備され、ずいぶんマシになった。
領主であるフラネイルの父が、スラム街に手を入れたせいだ。
もちろん、商人の父が、ただの慈善事業でスラム街を整備したはずはない。投資して、回収出来るだけの目処が立ったから、整備したのだろう。
フラネイル自身は、それでいいと思っている。施しは、何かを生み出すものに与えられるべきだ。その父の言葉は、生まれてからずっと身に染みている。
だから、フラネイルはあの少女たちは何かを生み出すと思い、父に進言していた。
――父上、修道院にもう少し投資して、浮浪者の受け入れを進めた方がいいのでは?
あぶれた労働者の受け皿になります。
治安の向上や教会へのつなぎにも良いかと。
――うむ。公共事業は必要だからな。元よりそのつもりだ。
なんだ、お前も、人を動かすコツが分かってきたじゃないか。
その結果というわけでもないだろうが、修道院も改築され、近頃は中央から修道女も引き込んでいると聞く。
あの少女達も、受け入れられたのだろうか。
あれ以来、一度もあの裏路地の先に行っていない。
行くことも出来ない。
慈善事業の結果、危険なエリアは大幅に縮小、路地裏は広場となり、なくなってしまったからだ。
今年は、その広場で祭りまで催されているという。もともと大通りを中心に行っていたものだが、治安の回復を誇示するように開かれた祭りには、庶民はもちろん、修道女から貴族、それもいいところのご令嬢まで参加し――
「ん?」
あの少女と出会ったあたり、今は広場となっている場所。
とある貴族が目に留まる。
それはもう、見るからに貴族であった。
それも、公爵レベルの大貴族である。
どういうわけか修道女の格好をしているが、明らかに周囲とオーラが違う。
いや、再建したとはいえ、スラムにあんなオーラあふれる大貴族は来ないぞ?
仮に来ようものなら、領を上げての歓待と、お土産と言う名の賄賂を用意しないといけない。自身の見間違いを疑いながら、窓を開けて身を乗り出す。
「んん?」
しかし、何度目を凝らしても、どこかで見たような修道女に囲まれているのは、修道女のコスプレをした大貴族で。そして、その大貴族は、
「んんん?」
あれ、イザラ様じゃね?
「んんんん――うおぉおおおお?」
そう悟ったと同時、バランスを崩したフラネイルは、窓から落下した。
「ぐっはぁ!」
「ああああ! 先輩! せんぱいが潰れた!」
ちょうど真下を歩いていた役人を下敷きにしながら、叫ぶ。
「手紙の用意! 急げ! それから馬だ!」
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