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はじまり!~悪役令嬢とその恐るべき周囲について

●03裏-2_お助けキャラは聖女候補の手を引いた!

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「とりあえず、最低限は何とかなったな」
「まあ、そうね。とりあえず、婚約解消とは言われないでしょう」

 フラネイルの領の領主館。
 アーティアの答案を見て、アリスはフラネイルとうなずきあっていた。
 相変わらず内容は簡単な読み書き計算程度で、ぎりぎり合格点と言える点数だが、0点から始まったと考えればはるかに改善されている。
 少なくとも、「結婚すると損失」と思われることのない程度の教養は身に着けたと言えるだろう。

「よかったじゃない。 もうこれで安心ね」
「いや、これもアリスの淑女教育のおかげだ。
 だから、ひとりで逃げようとするなよ頼むから」

 しっかりと視線を合わせて頼み込んでくるフラネイル。
 ついっと、目をそらすアリス。
 たまたま視界に入った窓の外では、アーティアが屋根の上を飛び回り――

「セインツ流忍術! 窓からダイナミック入室の術!!」

 隣の家の屋根――どう見ても領主館より2階分は低い――から飛びあがったアーティアが入ってきた。

「ダイナミックと言いつつ、律儀に窓開けたのは褒めたげるわ」
「? だって、師匠、じゃない、神父様が、器物破損はいけませんって……」
「な、なぜ平然と会話が成立してるんだ?」

 いつも通りのアリスとアーティアに、戦慄するフラネイル。
 おそらくフラネイルが通常の反応であろうが、アーティアの奇行になれたアリスに言わせれば平常運転である。ちょっと運動能力が人類を超越してしまっている気もするが、誤差の範囲であろう。
 もちろん、アーティアにその自覚はない。それどころか、

「二人はやらないの? セインツ流忍術」

 平気で巻き込もうとしてきた。
 初回の授業で、ここではとても描写できぬ経験をしたアリスは、いら立ちを隠さず適当な理由で返す。

「私たちは忙しいの。誰かさんのためにテスト作ったり、礼儀作法とか淑女の心得とかの説明を考えなきゃいけないの。修業とか、教会の授業とかに付き合ってる暇はないの。分かる? 誰かさんのおかげよ? 誰 か さ ん の お か げ !」

 あう、とこぼすアーティア。
 フラネイルもようやく自分を取り戻したのか、話に入ってきた。

「そんなことより、もっと建設的な話をしようじゃないか。
 そろそろ基礎教養だけじゃなく、選択の応用科目も何とかしないといけない」
「え? そんなのあるの?」
「ああ、入学時のテストは4つあってな。
 礼儀作法を見る面接と、読み書き計算の基礎教養を確認するテスト、体力測定、後は応用科目――錬金術と神学、薬学の3つから1つ選択だな。この成績でクラス分けや奨学金の額を決めているわけだ」
「うわ、どうしよ。錬金術も神学も薬学もさっぱりだよ!」

 叫ぶアーティア。アリスの方も、専門系統の知識はないに等しいので、この辺りは不安なところ「だった」。

「あ、それなんだけどね?
 アーティアのご両親が、家庭教師を用意してくれるみたいよ?」


 # # # #


「本日よりお嬢様の教育係を受け持つことになりましタ。ノグラと申しまス」

 翌日。
 アーティアの家で、アリスは家庭教師を迎えていた。
 もちろん、当事者のアーティアは一緒だが、フラネイルはいない。
 文字通り町を飛び回るアーティアをごまかすのに忙しいらしい。
 ちなみに、アーティアの両親も、アーティアを止めるために家庭教師を探していたようだ。選出は困難を極めたが、幸いなことにとある上級貴族から紹介があり、著名な学者を招くことができたという。
 このノグラという家庭教師には同情を禁じ得ない。

「先日は弟子ナイアが大変失礼しましタ。
 正確には彼は学派に迎えていないのデ、弟子ではないのですガ、同じ錬金術を志す者として謝罪しまス」

 しかも、あのパーティで会った錬金術師と同門のようだ。
 ますます同情を禁じえない。

「か、カッコいい……」

 果ては、アーティアのなんでも恋愛センサーに引っかかったらしい。
 なるほど、背も高く、顔も整っている――女性だ。

「まあ、性別はこの際どうでもいいわ。
 それより、愛しのお姉さまはどうしたの!?
 ちょっと貞操ってものを考えなさいよ!」
「え? お姉さまは憧れで、ノグラ先生は普通にカッコイイお姉さんでしょ?
 アリスも淑女の心得の授業で教えてくれたじゃない!
 お姫様アイドルとその辺のキレイな人と婚約者は違うって!
 私、それ聞いて感動したよ!」
「……教え方、間違えたかしら?」

 頭を抱えるアリス。
 しかし、そこへノグラが優しく話しかけてきた。

「まア、いいではありませんカ。
 愛のカタチはそれぞれですヨ?」

 アーティアの普段の言動を知らないからこんなことを言えるのだろう。
 今後を思うと同情を禁じ得ない。
 しかし、ここで辞職されると困るのはアリスである。
 仕方ない。もう少し付き合ってやるか。
 アリスは、ノグラに向き直った。

「えーっと、私も、一緒に授業受けてもいいですか?
 学園には、一緒に行こうと思うので」
「もちろん、いいですヨ! アーティアお嬢様のお気持ちハ、聞いていまスかラ!」

 何を聞いたというのだろう?
 とてつもない不安に駆られるアリス。
 いや、ちょっと待って!
 それを聞いたうえで引き受けたということは……!

「では、さっそク。
 錬金術の基礎から参りまス。
 まずはこちらをご覧くださイ」
「? おっきいカバンですね、先生?」
「はイ、アーティアお嬢様。
 この中にハ、特級危険生物がいますのデ、まずはこれを締め殺スところかラ」
「ちょっと待てぇーーっ!」

 やっぱりお前も「そっち側」かっ!
 アリスは、慌てて授業を止めた!


 # # # #


「ちょっと、フラネイル! 聞いてる!?」
「ああ、聞いてるよ。
 家庭教師として迎えた錬金術師が、危険な生物を連れて来たり、作った爆薬で部屋を無茶苦茶にしたり、アーティアが大喜びしたりと大変なんだろ?」
「そう! 大変なのよ!
 ああもう! はじめは同情してたのに!」

 数日後。再びフラネイルの館。
 テストを受けるアーティアをよそに、アリスはフラネイルに愚痴りまくっていた。

「アンタ婚約者でしょ? 何とかしなさいよ?」
「俺には無理だ!
 最近はナントカ流の修業を見た市民が、怪異だ妖怪だ悪魔だと騒いでるんだ!
 そっちの処理で俺も手いっぱいだよ!」
「ああもう、あっちでもこっちでも……」

 頭を抱えるアリス。フラネイルは不憫に思ったのか、婚約者としての義務からか、何とか妥協案を絞り出す。

「ま、まあ、アーティアの奇行はいつものことだから、諦めるしかないだろ。
 その先生は、その、アーティアよりマシだとでも思ってだな……」
「ホントにそれで済むと思う? このままあの先生と一緒にすると、学園の試験で面接の時にとんでもないことやらかしそうじゃない?」
「う。まあ、そんな事が起きないよう、作法や心得の勉強も進めてるわけだし……」
「そんなもんで何とかなったら苦労しないわよ!」

 叫ぶアリス。フラネイルはついに面倒になったのか、諭すように付け加えた。

「まあ、もうしばらく見守ってやろう。
 ほら、愚痴ぐらいは聞いてやるから……」


 # # # #


 それから、役に立たぬフラネイルを置いて、アリスの闘いの日々が始まった。
 朝はアーティアに水をぶっかけて叩き起こし、フラネイル領の教会へ送り出す。昼はフラネイルに愚痴を言いながら自分の勉強を片付け、夕方になればアーティアを迎えに行き、ナントカ流の修業で汗だくのアーティアに礼儀作法と淑女教育を叩き込む。そして夜になってもアーティアの錬金術の実験に付き合い――

「あれ? フラネイルくんのトコだけ、私の名前がなくない?」
「私だって気分転換が必要なのよ!
 それより! 手を動かしなさい! 手を!」

 無惨に破壊された部屋を片付けるアリスとアーティア。
 言うまでもなく錬金術の結果である。
 授業の後の片付けも、日課という闘いの一部。
 受験生は大変なのだ。

「っていうか、大変な生徒を放り出して、ノグラ先生はなにやってんのよ?」
「さあ?
 さっきの実験で出来た触手生えた目玉みたいなのに興奮して走っていったけど?
 あんなのに興奮出来るとか、レベル高いよね?」
「アンタに言われたくないでしょうよ!」

 後で文句言ってやろう。
 心の中で毒づくアリス。
 受験生はストレスが貯まるのだ。

「ああ、もう、イライラする!」
「アリス落ち着いて? ちゅーしてもいいよ?」
「ちゅーして落ち着くのはアンタくらいよ」
「?」
「ああ、うん、もういいわ」

 あちらこちらに飛び散ったゴミやら肉片やらを集め、薬品をふき取り、倒れた机やいすを元通りにし、教科書をしまう。
 ようやく肉体労働を終え、後は終わったと先生に報告するのみ。
 さあ、八つ当たりの時間だ!
 意気揚々と先生の部屋へ向かうアリス。
 が、部屋の前でその足は止まった。

「うふふふフフ……遂に完成……ぬフ、ぬふフフフ……」

 何やら怪しい笑い声が聞こえてきたのである。
 そっと部屋を覗き込むと、そこには、

「このハイウェル家で管理されていた『聖女の血』……クふふふフフゥ……サンプルを使わせてもらえるなんて……ウゥフフフフ……ブルネット様には感謝しないト……きゅふフフフ……旧世紀の聖女戦争で失われた禁止指定の強化薬も……うふ、うふふふフフフ……後は解析してレシピにまとめれば……うふふふフフフふふふフフフ、ぬぅふふふフフフフフフ!」

 大事そうに触手を抱えて、端正な顔を歪めて悦に入るノグラの姿が。

「アリス、なんか先生が怖いよ?」
「アンタだけが怖いと思わないでよ?」

 そっと部屋から離れようとするアリス。が、なんとノグラの腕の中のキモい触手が床に飛び降りたかと思うと、こっちに向かって来た。それはもう、カサカサと、口に出すのもはばかられる、あの黒い虫のように。

「ぎゃーーー!」
「わわ! アリス!? 落ち着いて!?」

 叫ぶアリス!
 が、もちろん怪物は止まらない!
 アリス向かって飛びかかる!
 触手を伸ばして掴みかかり――

「ナニシテルノ?」

 アーティアに引き剥がされた!

「だめジャナイ?
 私ノありすニいたずらシヨウトシチャア?」

 軋みを上げる触手!
 真ん中の目玉からは痛みと恐怖で涙を流している!

「お嬢様!? ちょっト! お待ちくださイ!」

 我に返ったノグラが、慌てて駆け寄ってくる。
 せっかく作った作品の命が今まさに断たれようとしているのだから、当然といえば当然であろう。
 触手を奪い返そうと手を伸ばし、

「teeeeeee!」
「きャ!?」

 もがく触手に突き飛ばされた。
 錬金術で作り出した強化生物なのだから、当然といえば当然であろう。

「アレエ? だめダヨ? 先生ニ乱暴シチャア?」

 が、アーティアは強化生物の力をものともせず、触手を引き千切った!

「ちょ、アーティア?」

 アリスが何か言う暇もない。

「百合ニ挟マル触手、
 死スベシ!
 殺スベシ!
 滅スベシ!」

 執念と怨念の籠もった声とともに、次々と触手を解体!
 ついに目玉だけとなった生物は、

「セインツ流忍術! 怨敵ッ! 粉ッ砕ッッ!!」
「te......!?」

 アーティアに、握り潰された!

「アリスッ! 大丈夫!」
「あ、ああ、うん、大丈夫……って、ちょっと、目玉潰した手で抱きつこうとしないでよ! ほら、手を洗いに行くわよ!」

 混乱しているのか、普段の奇行奇怪で耐性がついているのか、いつもどおりアーティアを引っ張るアリス。
 残されたノグラは、

「フフフ……うふふふ!
 あーハハハハハハハハハhahahaHAHAHA!
 これハ! 私への挑戦ですネ!?
 この程度では足りないト!」

 笑いだした。

「イイでしょウ!
 この私ガ! お嬢様ニ! 受験レベルと言わズ!
 究極の錬金術を見せて差し上げましょウ!」

 そして何か決意した。

「アリス、やっぱり先生が怖いよ?」
「アンタに言われたくないでしょうよ!」

 アリスはアーティアの手を引っ張った!

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