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はじまり!~悪役令嬢とその恐るべき周囲について
○02表_悪役令嬢は聖女候補に致命傷を与えた!
しおりを挟むイザラは困惑していた。
体調を崩した聖女候補のアーティア。
そんな中、ブルネットに連れられてやってきた、クラウス王子。
おかしい。
ブルネットは、聖女候補の不調の原因となった錬金術師を連れてくれるものと思っていたのに。
(いえ、よく考えれば、これが「当たり前」なのでしょうか?)
何せ、今のアーティアはただの下級貴族。
聖女でも何でもない。
王子の方を優先するのは、当然と言える。
「失礼。倒れたと聞いたが、大丈夫かな?」
イザラに向かって問いかけてくるクラウス王子。
ブルネットは、アーティアではなく、イザラが倒れたと伝えたのだろう。
あの手鏡を覗き込んだ瞬間、意識が飛んだのは確かなので、間違ってはいない。
加えて、ブルネットにとって、やはりアーティアは下級貴族。
立場的に自らの主の方を優先するのも、当然と言える。
「いえ、少し雰囲気に当てられただけですから、問題ありませんわ」
頭の中で状況を整理しながら、イザラも貴族同士の挨拶で返した。
返してから、しまった、と思う。
せっかくの婚約者との初めての出会いなのだから、もう少し柔らかい雰囲気で返すべきだった。なまじ鏡に与えられた知識があるせいで、相手を探るような、つまりはその辺の貴族に対するのと同じ、冷淡な挨拶になってしまった。
(ま、まだ大丈夫、のはずよ。このまま会話を続ければ……)
なんとか雰囲気を軽くしようと、口を開くイザラ。
「ねえ、あの人、だれ?」
「ちょっと、いくら何でもそれはないわ!
クラウス王子よ!
ほらっ! イザラ様の婚約者の!」
「ああ、そういえば――そんなこと言われてたっけ?」
が、何か言う前に、後ろからとんでもない会話が聞こえてきた。
王子を前に不敬もいいところである。
恐る恐る、クラウスをうかがうイザラ。
しかし、クラウスは二人の会話を聞いてか聞かずか、アーティアへ問いかけた。
「キミ、どうしたんだ? 酷い顔じゃないか」
「え? そんなに酷い顔してる?」
問い返すアーティア。
先ほどの会話を見なかったことにされた、という幸運にも気づいていないらしい。
そして、先ほどまで熱にうなされていたせいで、酷い汗をかいていることも。
「ちょっと、相手は王子様なのよ! 失礼よ! ほらっ!」
それに気づいたのか、アリスがハンカチを差し出した。
アーティアは受け取ると顔を拭き、鼻をかんだ。
「あ、ありがとぅ」
「あ、うん、あげるわ、それ」
なにか諦めたように受け流すアリス。
やはり不思議そうにするアーティア。
王族を前に、このやり取りを平然と行うのはどうなのだろう?
もしかして、まだ熱があるんじゃないだろうか?
イザラが聖女候補の奇行で衝撃を受けているうちに、アーティアはクラウス王子へ向き直った。
「見ての通り、私なら、大丈夫ですよ?」
「い、いや、私には、あまり大丈夫には見えないのだが……そういえば、イザラ、君は薬を扱う家系の出で、薬学に明るかったな。彼女に手を貸してはどうだろう?」
どうやらクラウス王子も奇行に衝撃を覚えたらしい。
引きつった笑みでイザラへ対応を丸投げしてきた。
「あ! それなら大丈夫ですよ!
私! もう! イザラ様に! 治療してもらいました!」
しかし、返ってきたのは、アーティアのそれはもう嬉しそうな声。
クラウスは、怒るでもなく、少し考えこんだ後で、頷いた。
「そうか、ずいぶん仲がいいのだな」
「そ、そうですか?」
「そうだとも。上級・下級の溝というのは存外深い。
だからこそ、身分違いの愛が美談になる。
障害が大きいほど、愛は燃え上るからな」
「あ! それ分かります!」
何やら盛り上がるクラウスとアーティア。
将来的に引っ付くだけあって相性はいいらしい。
イザラとしてはむしろ納得する反応なのだが、納得できない人物もいた。
アリスとブルネットである。
「あー、その、アーティア?
クラウス様はイザラ様の婚約者だから、その、ね?」
「……」
イザラの方をチラチラ見ながら、恐る恐るといった様子で止めようとするアリス。
無言無表情で視線を二人に向けるブルネット。
まあ、常識的な反応といえよう。
が、イザラとしてはここであまりクラウスを刺激したくはない。
つい先ほど、挨拶で失敗したばかり。
なにやら急に仲良くなったアーティアとクラウスの間に強引に入っても、いい印象は得られないだろう。
そう思ったイザラは、
「あの、せっかくですし、みんなでお茶にしませんか?」
取り合えず、場を仕切り直すことにした。
# # # #
場所を移して、テラス。
本来なら、初めて王子と出会うはずだった場所は、月明かりに照らされた夜の庭園を広げ、見るものを幻想的な世界へと誘っている。
「前回」はその幻想に誘われるまま、イザラの王子への想いは始まった。
しかし、今はそれどころではない。
「うん、見事な庭園だ。さすが公爵家、といったところかな?」
「アリス、どうしよう。
お姫様とお茶とか、もうすごすぎて夢みたいだよ?」
「ああうん、お願いだから自分は脇役だってこと、よく覚えててね?」
慣れた様子で堂々と進む王子。
そんな王子に見向きもせず、よく分からない感嘆を浮かべる聖女候補。
不安そうなその親友。
これから、何とかしてこの三人に嫌われないよう努め、かつ、貴族の体面を保ちながら接し、パーティにやってきたお客様として、満足して帰っていただかなくてはならない。
ああ、なんでこんなことに。
わが身の不幸を嘆いていると、ブルネットから声がかかった。
「皆様。どうぞ、こちらへ」
綺麗にセットされた純白のテーブルに、ティーカップとお菓子が並んでいる。
王子、アーティア、アリスの順に椅子を引き、最後にイザラがテーブルにかけた。
「ありがとう、ブルネット。お父様には、予定通りと伝えて。
それから、原因となった錬金術師ですけど……」
すれ違いに、小声で、しかし細かくブルネットへ指示を出す。
ブルネットは小さく「承知しました」とうなずくと、静かに出ていった。
それを見届けてから、改めてテーブルへ視線を向ける。
王子はすまし顔。これを攻略するのは難しそうだ。
一方のアーティアは、さっそくテーカップへと手を伸ばし、アリスに膝を叩かれている。
「ちょっと、アンタ、お茶会のマナーとか分かってんの!?
さっきまで死にそうだったの、もう忘れたんじゃないでしょうね?」
「あぅ! わ、忘れてた……!」
会話のきっかけにするとすれば、こちらからだろう。
イザラは早速、二人へと話しかけた。
「まあ。楽にしていただいて、かまいませんよ?」
「いえ! すみません、この子、こういうパーティやお茶会は初めてでして!」
慌てて謝ってくるアリス。
イザラはあくまでホストとしての笑みを絶やさずに続けた。
「まあ、そうですの。
社交界のデビューであんなことになって、大変申し訳ございません」
「いえ! 悪いのはあの自称錬金術師ですし!」
「ですが、主催者は当家ですわ。
お詫びといっては何ですが、今はゆっくりくつろいでください。
マナーをとやかく言う人は、この場にはいませんよ?」
威圧感は、与えていない、はず。
そっとアーティアの方をうかがうと、こちらをぼうっと見つめていた。
どうしたのだろう?
まだ熱があるのだろうか?
反応しないアーティアに困っていると、アリスがアーティアを突っついた。
「ほら。いつまでも見とれてないで。
イザラ様もこういってるし、いただいたら?」
「う、うん、それじゃあ……」
カップに口をつけるアーティア。
次いで、あふぅ、と幸せそうな息が漏れる。
そして、またしても、アリスに肘で突っつかれてる。
慌てて「ごめんなさい」と顔を上げるアーティアに、イザラは来客向けでない、自然な笑みを浮かべた。
「お二人とも、仲がよろしいんですね?」
「ええええっ!? ひゃい! それはっ! もう!」
「だから、落ち着きなさいって!
ここでちゃんと話とかないと、後で後悔するわよ?」
アリスに助けられながら、話を続けるアーティア。
イザラもそれに応え、他愛ない言葉を交わしていく。
なるほど、聖女候補というフィルターを通して見ていたが、いざ話を聞いてみると、年相応の女の子だ。
貴族同士でない会話に、イザラ自身、気分がほぐれていくのを感じながら、会話を続けていく。
「まあ、じゃあ、アーティアの家は聖女の血筋なのね?」
「うーん、でも、お母様はただおばあ様がそう言ってただけで、ホントかどうか分からないって言ってたし……」
「アンタねぇ、ちょっとは貴族同士の会話ってものを覚えなさいよ」
イザラの上品な笑い声と、アーティアの年相応な笑い声が響く。
そこには、立場は違えど、確実に思い出になるであろう一幕があった。
そこへ、クラウスが、小さく呟いた。
「うん、素晴らしい。二人はまるで恋人のようだ」
不幸だったのは、それが静かなテラスに異様に響いてしまったことだろう。
カップを取り落としそうになるイザラ。
隣ではアリスがクッキーをつまもうとした手を止め、
「みぎゅっ!?」
奇声と共に、真っ赤になったアーティアが椅子に倒れこんだ!
「ちょっと、火に油そそぐの止めてくれません!?」
「む? すまない。最近の女生徒はこういう話も慣れていると聞いたのでな」
未だ唖然とするイザラを置いて、アーティアを助け起こすアリスとクラウス。
「この子はちょっと妄想が激しいタイプなんです!
ああもう、せっかくいい夢くらい見させてあげようと思ったのに……」
「むう、確かにそのようだ。重ねてすまない」
起こされたアーティアはしばらく目を回していたが、
「はぅ!? あ、アリス! イザラお姉さまがっ!」
「お、お姉さまって……アンタ、脳内の妄想が漏れてるわよ」
何やらアリスにわめき始めた。
どうやら混乱しているようだ。
イザラは状況が分らぬなりに、アーティアへ気を遣う。
「まあ、お姉さまでも構いませんわよ?」
が、それはアーティアに致命傷を与えた!
「ぶひゅぅっ!」
再び倒れこむアーティア。
「え!? だ、大丈夫ですか?」
身を乗り出すイザラを、アリスが遮る。
「ああ。大丈夫ですよ。ほら……」
「お姫様がお姉さまでお友達で抜け出してデートでうぇへへへ」
その先には、幸せそうな笑みを浮かべるアーティア。
「うむ。分かるぞ。私も友人と呼べる存在がいて……」
クラウスはクラウスで、何か納得している。
なんだろう。
なぜだろう。
猛烈に危険な誤解を生んでしまった気がする。
が、イザラが確かめようと口を開く前に、テラスの扉が開いた。
「失礼します。
お嬢様。錬金術師のお客様をお連れしました」
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