2 / 45
はじまり!~悪役令嬢とその恐るべき周囲について
○01表_悪役令嬢はラスボスに出会った!
しおりを挟む
なぜイザラが再び断罪を受けるに至ったのか?
それは、進学祝いのパーティまでさかのぼる。
パーティの途中、婚約者に会いに行くイザラ。
その途中で見つけた鏡から、流れこんできた膨大な情報。
衝撃で気を失いかけたイザラは、
「お嬢様!? 大丈夫ですかっ!?」
ブルネットの呼びかける声で、意識を現実に引き戻された。
目眩を覚えながらも立ち上がり、周りを見渡すと、プレゼントの山。
そして、足元には、粉々になった手鏡。
恐る恐る覗きこんで見ても、もう何も映ることはない。
ただ、シャンデリアの光を静かに反射しているだけだ。
「お嬢様? あの?! どうしたのですか!」
「え? ええ、大丈夫よ、ブルネット。
ちょっと立ちくらみがしただけだから」
心配そうに問いかけてくるブルネットに何とか答えながら、思考を回していく。
頭の中を駆け抜けた膨大な情報は、まさしく未来の記憶だった。
夢にしては明確すぎたし、真実だと強い確信を抱かせるリアルさがあった。
このままいけば、破滅の未来が……
「お嬢様!? 本当に大丈夫ですか!?」
「え、ええ。行き、ましょうか」
ぞっとする未来はしかし、再びブルネットの声で遮られた。
反射的に答え、ゆっくりとテラスへと歩き出すイザラ。
慌てたブルネットがイザラが追い抜き、先導するのを視界に収めながら、目の前の問題へと意識を向ける。
(と、とにかく、今はクラウス様に会いに行きましょう。
何とかして、クラウス様との関係を維持しながら、最悪の結末だけは避けないと。
確か、隣国から留学に来ていた錬金術師に、禁制の薬を掴まされるのでしたね。
その禁薬のせいで、私は公爵家を追われ、修道院へ流されることになった――我が公爵家は薬の調合で国を支えてきた血筋ですから、薬学に携わるのは仕方ないにしても、罠にはめようとする相手には気を付けないと。それから――)
しかし、そこでイザラの思考が止まる。
(――それから、どうしましょう?)
今までのイザラは、王子の婚約者として過ごし、やがては王妃となり、この国のために生きる事を夢見ていた。
自分よりも国を優先しなければならないのは、確かに辛い面も多いだろう。
だが、王子を支え、また支えられ、次の世代へ国の安寧をつなげるのは、確かな幸せもあるだろう。
そんな漠然とした幸福を、夢見ていた。
しかし、イザラは「未来」を知ってしまった。
聖女となった少女を前に、容易に婚約者を切り捨てる王子。
それをきっかけに、次々と離れていった取り巻きの貴族たち。
父や母でさえ、イザラを修道院へと押し込むという。
それを恨む気は、ない。
当事者ともなればどのような感情を抱くかわからないが、今のイザラは、鏡に知識として「運命」を与えられただけ。むしろ、帝王学を受け続けたイザラとしては、「王子が聖女を選んだのも政治的には決して悪い選択肢ではない」「父や母も、公爵家にとって最善と思ったからこそ、修道院にイザラを保護させたのだろう」と理解できてしまう。
代わりに気になることといえば、
(「隣国の錬金術師」ですね)
単語からして怪しい相手である。
そんな怪人が、公爵令嬢の自分を利用して、何かを企んでいる。
鏡から与えられた知識でも、その「何か」は判然としないが、どう考えても、ロクなことではあるまい。
最悪、聖女を何とかしたとしても、錬金術師に暗殺される可能性もある。
(と、とにかく、この国に仇なす存在を何とかしないと……そうすれば、国も安泰ですし、ついでに私も助かります!)
自身の生存がついでなあたり、イザラはまだ理想を抱く若い貴族なのだろう。
まずは王族との身近な繋がり――クラウスとのファーストコンタクトを成功させようと、ようやく歩く先に意識を向ける。
そして、気付いた。
ブルネットの足取りが、大きくテラスから逸れていることに。
「ブルネット? どこへ向かっているの?」
「もちろん、医務室ですよ?
ご気分が悪くなったお嬢様は、私が完璧に看護いたします!」
え?
固まるイザラ。
早速、「未来」と違う展開である。
「ええっと、さっきから言ってるけど、私は大丈夫よ?」
「大丈夫じゃない人はみんなそう言うんです。大丈夫な人もそう言いますが、それなら、大丈夫じゃない人と思って扱うほうが良いというものです」
何とか避けようとするも、相手は職務に忠実なブルネット。
あっけなく阻まれた。
他に説得する材料はないかと視線をさまよわせ――捉えた。
廊下に用意された来客用のソファーに、酔っぱらいのごとく潰れた将来の聖女、アーティアの姿を。
えぇっ?
固まるイザラ。
王子と会うはずが、ラスボスと出会ってしまった。
「お嬢様? どうされましたか?」
「え、ええ、あの方は?」
「ああ、ハイウェル家のご令嬢ですね。
確か、自称聖女の血を引く家系の出だったはずです。
まったく、お嬢様のパーティで醜態を晒すとは、これだから下級貴族は……」
平然と見下すブルネット。
イザラと違い、未来の知識など持っていないのだから、当然の反応ではある。
だいたいにして、聖女など伝説上の存在。その血筋などと、その辺の下級貴族が箔をつけるため、いくらでも名乗っているものだ。本物などとは、誰も思わない。
(ま、まあ、私の立場上、本物でも偽物でも、放って置くわけにはいかないのですけど……)
パーティのホストである以上、ゲストには気を配る必要がある。
そんな貴族の常識を自分に言い聞かせ、イザラは潰れている聖女候補へと恐るおそる声をかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
ソファーに崩れ落ちたまま、ぼんやりとした目を向ける将来の聖女。
しばらく不思議そうにこちらを見ていたが、やがて、すぐ側に立っていた別の下級貴族に声をかけた。
「ありすー、どうしよう、お迎えがきちゃったよー?」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
【アリス】
主人公アーティアの親友。攻略対象の情報をくれるお助けキャラ。
好感度を上げれば、ミニゲームの援護に加え、ADVパートの選択肢でも颯爽と現れ、ヒントをくれる。
難易度の高い百合薔薇ルートではほぼ必須と言っていい存在。
ただし、好感度を上げすぎるとアリス本人との百合ルートに突入するので注意!
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「っ!?」
瞬間、またしても、情報が流れ込んできた。
先程は影になっていて見えなかったが、このアリスと呼ばれた少女が、「運命」の言うアリスなのだろう。
その将来の聖女の親友は、
「ちょっと、なんてこと言うのよ!
イザラ様よ! イザラ様! このパーティの主催!」
聖女候補を容赦なく叱り飛ばしていた。
親友とはいえ、病人らしき少女にこの扱いはどうだろう?
聖女うんぬんは別にして、心配になったイザラは、できる限り優しく、もう一度、二人に声をかけた。
「あの、そちらの方、気分がすぐれないようですが、大丈夫ですか?」
「ええっ! はい! だ、だいじょうぶれす!」
慌てて立ち上がる聖女候補。
だが、酔っぱらいが無理をするとろくなことはない。
すぐにふらついて倒れ込む。
後ろのアリスが支え、慌てたように続けた。
「いえ、お気遣いなく! 少し休めばまたパーティに戻れますわ!」
なんというか、自分は誤解されているのではないだろうか。
確かに魑魅魍魎跋扈する貴族社会の一員ではあるが、何も手段を選ばず無慈悲に利用したり抹殺したりするタイプでもない。
見た目だって、多少豪華な衣装を身に着けてはいるが、それだけ。
下級貴族を威圧する取り巻きも、今は連れていない。
にもかかわらず、将来の聖女にこの反応をされるとは。
これが死亡フラグというモノではないだろうか。
そう悟ったイザラは、やはり優しく、アーティアの手を取った。
「まあ、そんな、私に気を使っていただかなくてもいいんですのよ?
そうだわ! 医務室があるの。そこでお休みになるといいわ!」
# # # #
「いま、お薬を用意しますから、そちらで少し休んでいてください」
「ひゃ、ひゃい!? ありがとうございます!?」
「もうちょっとアンタは落ち着きなさいよ!
あ、イザラ様! 私、手伝います!」
医務室。
なぜか落ち着かない様子のアーティアをベッドに座らせ、薬棚へ。
ブルネットに手伝ってもらおうかとも思ったが、駆け寄ってきたアリスの手をありがたく借りることにする。
悪い印象を払拭するいい機会とばかりに、笑顔で話しかける。
「お友達のお加減が悪くなった原因にお心当たりはありますか?」
「ええ。実は、怪しい錬金術師に変な薬を無理矢理飲まされまして……」
一瞬で引きつる笑顔。
まさかこんなに早く将来の破滅の原因が出てくるとは思わなかった。
動揺を抑え、情報を引き出すべく問いかける。
「その錬金術師の名前は、お分かりになりますか?」
「いえ、名前までは……でも、ごるでんみど? とかいう薬だって言ってました!」
「それは……ゴールデンミードではありませんか? 身体を温める効果と、軽い催眠効果がある、蜂蜜のような金色の薬です」
「そう! それですそれ! それを口の中にどばーっと!」
「そ、それは酷いですね。確か、過剰摂取の場合は……」
しかし、出てきたのは、ごく一般的に流通している薬剤の名前だけ。
いや、それは未来の話で、この頃はまだ普及し始めたばかりだったか。
それでも、多少なりとも薬学の知識があれば、誰でも知っているものだ。
別人だろうか? いずれにしても、調べておく必要はありそうだ。
軽くブルネットの方へ目配せすると、ブルネットは目礼。
静かに医務室を出ていった。
パーティに紛れ込んだ錬金術師を探しに行ったのだろう。
わずかな情報からこちらの意図を見抜くお付きのメイドに感謝しつつ、解毒薬を作り上げる。
「はい、これでいいわ」
「ありがとうございます!
ほら、アンタもお礼言いなさい!」
「う、うん!
ええっと、その……あ、ありがとうございます!」
アーティアは何か言葉を探していたが、見つからなかったようだ。
シンプルに礼だけ言うと、誤魔化すようにティーカップに注いだ薬に口を付けた。
失敗はしていないはずだ。
見た目や味も、飲みやすいように工夫している。
少し香りの強いハーブティのように感じられるだろう。
「おいしい……」
「そう、よかった」
ほっとしたように頬を緩めるアーティアに、自然と笑みがこぼれる。
ようやく緩んだ空気の中、イザラは二人とのファーストコンタクトを成功させるべく話しかけようとして、
「失礼します。お嬢様」
ブルネットが戻ってきた。
もう錬金術師の事が分かったのだろうか。
イザラはアーティアとアリスに聞こえないよう、駆け寄ってそっと問いかけた。
「ブルネット、もう済んだの?」
「はい。テラスまではすぐでしたから」
えぇぇっ?
固まる間もなく、
「失礼。倒れたと聞いたが、大丈夫かな?」
ブルネットの後ろから、クラウス王子が顔を出した。
それは、進学祝いのパーティまでさかのぼる。
パーティの途中、婚約者に会いに行くイザラ。
その途中で見つけた鏡から、流れこんできた膨大な情報。
衝撃で気を失いかけたイザラは、
「お嬢様!? 大丈夫ですかっ!?」
ブルネットの呼びかける声で、意識を現実に引き戻された。
目眩を覚えながらも立ち上がり、周りを見渡すと、プレゼントの山。
そして、足元には、粉々になった手鏡。
恐る恐る覗きこんで見ても、もう何も映ることはない。
ただ、シャンデリアの光を静かに反射しているだけだ。
「お嬢様? あの?! どうしたのですか!」
「え? ええ、大丈夫よ、ブルネット。
ちょっと立ちくらみがしただけだから」
心配そうに問いかけてくるブルネットに何とか答えながら、思考を回していく。
頭の中を駆け抜けた膨大な情報は、まさしく未来の記憶だった。
夢にしては明確すぎたし、真実だと強い確信を抱かせるリアルさがあった。
このままいけば、破滅の未来が……
「お嬢様!? 本当に大丈夫ですか!?」
「え、ええ。行き、ましょうか」
ぞっとする未来はしかし、再びブルネットの声で遮られた。
反射的に答え、ゆっくりとテラスへと歩き出すイザラ。
慌てたブルネットがイザラが追い抜き、先導するのを視界に収めながら、目の前の問題へと意識を向ける。
(と、とにかく、今はクラウス様に会いに行きましょう。
何とかして、クラウス様との関係を維持しながら、最悪の結末だけは避けないと。
確か、隣国から留学に来ていた錬金術師に、禁制の薬を掴まされるのでしたね。
その禁薬のせいで、私は公爵家を追われ、修道院へ流されることになった――我が公爵家は薬の調合で国を支えてきた血筋ですから、薬学に携わるのは仕方ないにしても、罠にはめようとする相手には気を付けないと。それから――)
しかし、そこでイザラの思考が止まる。
(――それから、どうしましょう?)
今までのイザラは、王子の婚約者として過ごし、やがては王妃となり、この国のために生きる事を夢見ていた。
自分よりも国を優先しなければならないのは、確かに辛い面も多いだろう。
だが、王子を支え、また支えられ、次の世代へ国の安寧をつなげるのは、確かな幸せもあるだろう。
そんな漠然とした幸福を、夢見ていた。
しかし、イザラは「未来」を知ってしまった。
聖女となった少女を前に、容易に婚約者を切り捨てる王子。
それをきっかけに、次々と離れていった取り巻きの貴族たち。
父や母でさえ、イザラを修道院へと押し込むという。
それを恨む気は、ない。
当事者ともなればどのような感情を抱くかわからないが、今のイザラは、鏡に知識として「運命」を与えられただけ。むしろ、帝王学を受け続けたイザラとしては、「王子が聖女を選んだのも政治的には決して悪い選択肢ではない」「父や母も、公爵家にとって最善と思ったからこそ、修道院にイザラを保護させたのだろう」と理解できてしまう。
代わりに気になることといえば、
(「隣国の錬金術師」ですね)
単語からして怪しい相手である。
そんな怪人が、公爵令嬢の自分を利用して、何かを企んでいる。
鏡から与えられた知識でも、その「何か」は判然としないが、どう考えても、ロクなことではあるまい。
最悪、聖女を何とかしたとしても、錬金術師に暗殺される可能性もある。
(と、とにかく、この国に仇なす存在を何とかしないと……そうすれば、国も安泰ですし、ついでに私も助かります!)
自身の生存がついでなあたり、イザラはまだ理想を抱く若い貴族なのだろう。
まずは王族との身近な繋がり――クラウスとのファーストコンタクトを成功させようと、ようやく歩く先に意識を向ける。
そして、気付いた。
ブルネットの足取りが、大きくテラスから逸れていることに。
「ブルネット? どこへ向かっているの?」
「もちろん、医務室ですよ?
ご気分が悪くなったお嬢様は、私が完璧に看護いたします!」
え?
固まるイザラ。
早速、「未来」と違う展開である。
「ええっと、さっきから言ってるけど、私は大丈夫よ?」
「大丈夫じゃない人はみんなそう言うんです。大丈夫な人もそう言いますが、それなら、大丈夫じゃない人と思って扱うほうが良いというものです」
何とか避けようとするも、相手は職務に忠実なブルネット。
あっけなく阻まれた。
他に説得する材料はないかと視線をさまよわせ――捉えた。
廊下に用意された来客用のソファーに、酔っぱらいのごとく潰れた将来の聖女、アーティアの姿を。
えぇっ?
固まるイザラ。
王子と会うはずが、ラスボスと出会ってしまった。
「お嬢様? どうされましたか?」
「え、ええ、あの方は?」
「ああ、ハイウェル家のご令嬢ですね。
確か、自称聖女の血を引く家系の出だったはずです。
まったく、お嬢様のパーティで醜態を晒すとは、これだから下級貴族は……」
平然と見下すブルネット。
イザラと違い、未来の知識など持っていないのだから、当然の反応ではある。
だいたいにして、聖女など伝説上の存在。その血筋などと、その辺の下級貴族が箔をつけるため、いくらでも名乗っているものだ。本物などとは、誰も思わない。
(ま、まあ、私の立場上、本物でも偽物でも、放って置くわけにはいかないのですけど……)
パーティのホストである以上、ゲストには気を配る必要がある。
そんな貴族の常識を自分に言い聞かせ、イザラは潰れている聖女候補へと恐るおそる声をかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
ソファーに崩れ落ちたまま、ぼんやりとした目を向ける将来の聖女。
しばらく不思議そうにこちらを見ていたが、やがて、すぐ側に立っていた別の下級貴族に声をかけた。
「ありすー、どうしよう、お迎えがきちゃったよー?」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
【アリス】
主人公アーティアの親友。攻略対象の情報をくれるお助けキャラ。
好感度を上げれば、ミニゲームの援護に加え、ADVパートの選択肢でも颯爽と現れ、ヒントをくれる。
難易度の高い百合薔薇ルートではほぼ必須と言っていい存在。
ただし、好感度を上げすぎるとアリス本人との百合ルートに突入するので注意!
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「っ!?」
瞬間、またしても、情報が流れ込んできた。
先程は影になっていて見えなかったが、このアリスと呼ばれた少女が、「運命」の言うアリスなのだろう。
その将来の聖女の親友は、
「ちょっと、なんてこと言うのよ!
イザラ様よ! イザラ様! このパーティの主催!」
聖女候補を容赦なく叱り飛ばしていた。
親友とはいえ、病人らしき少女にこの扱いはどうだろう?
聖女うんぬんは別にして、心配になったイザラは、できる限り優しく、もう一度、二人に声をかけた。
「あの、そちらの方、気分がすぐれないようですが、大丈夫ですか?」
「ええっ! はい! だ、だいじょうぶれす!」
慌てて立ち上がる聖女候補。
だが、酔っぱらいが無理をするとろくなことはない。
すぐにふらついて倒れ込む。
後ろのアリスが支え、慌てたように続けた。
「いえ、お気遣いなく! 少し休めばまたパーティに戻れますわ!」
なんというか、自分は誤解されているのではないだろうか。
確かに魑魅魍魎跋扈する貴族社会の一員ではあるが、何も手段を選ばず無慈悲に利用したり抹殺したりするタイプでもない。
見た目だって、多少豪華な衣装を身に着けてはいるが、それだけ。
下級貴族を威圧する取り巻きも、今は連れていない。
にもかかわらず、将来の聖女にこの反応をされるとは。
これが死亡フラグというモノではないだろうか。
そう悟ったイザラは、やはり優しく、アーティアの手を取った。
「まあ、そんな、私に気を使っていただかなくてもいいんですのよ?
そうだわ! 医務室があるの。そこでお休みになるといいわ!」
# # # #
「いま、お薬を用意しますから、そちらで少し休んでいてください」
「ひゃ、ひゃい!? ありがとうございます!?」
「もうちょっとアンタは落ち着きなさいよ!
あ、イザラ様! 私、手伝います!」
医務室。
なぜか落ち着かない様子のアーティアをベッドに座らせ、薬棚へ。
ブルネットに手伝ってもらおうかとも思ったが、駆け寄ってきたアリスの手をありがたく借りることにする。
悪い印象を払拭するいい機会とばかりに、笑顔で話しかける。
「お友達のお加減が悪くなった原因にお心当たりはありますか?」
「ええ。実は、怪しい錬金術師に変な薬を無理矢理飲まされまして……」
一瞬で引きつる笑顔。
まさかこんなに早く将来の破滅の原因が出てくるとは思わなかった。
動揺を抑え、情報を引き出すべく問いかける。
「その錬金術師の名前は、お分かりになりますか?」
「いえ、名前までは……でも、ごるでんみど? とかいう薬だって言ってました!」
「それは……ゴールデンミードではありませんか? 身体を温める効果と、軽い催眠効果がある、蜂蜜のような金色の薬です」
「そう! それですそれ! それを口の中にどばーっと!」
「そ、それは酷いですね。確か、過剰摂取の場合は……」
しかし、出てきたのは、ごく一般的に流通している薬剤の名前だけ。
いや、それは未来の話で、この頃はまだ普及し始めたばかりだったか。
それでも、多少なりとも薬学の知識があれば、誰でも知っているものだ。
別人だろうか? いずれにしても、調べておく必要はありそうだ。
軽くブルネットの方へ目配せすると、ブルネットは目礼。
静かに医務室を出ていった。
パーティに紛れ込んだ錬金術師を探しに行ったのだろう。
わずかな情報からこちらの意図を見抜くお付きのメイドに感謝しつつ、解毒薬を作り上げる。
「はい、これでいいわ」
「ありがとうございます!
ほら、アンタもお礼言いなさい!」
「う、うん!
ええっと、その……あ、ありがとうございます!」
アーティアは何か言葉を探していたが、見つからなかったようだ。
シンプルに礼だけ言うと、誤魔化すようにティーカップに注いだ薬に口を付けた。
失敗はしていないはずだ。
見た目や味も、飲みやすいように工夫している。
少し香りの強いハーブティのように感じられるだろう。
「おいしい……」
「そう、よかった」
ほっとしたように頬を緩めるアーティアに、自然と笑みがこぼれる。
ようやく緩んだ空気の中、イザラは二人とのファーストコンタクトを成功させるべく話しかけようとして、
「失礼します。お嬢様」
ブルネットが戻ってきた。
もう錬金術師の事が分かったのだろうか。
イザラはアーティアとアリスに聞こえないよう、駆け寄ってそっと問いかけた。
「ブルネット、もう済んだの?」
「はい。テラスまではすぐでしたから」
えぇぇっ?
固まる間もなく、
「失礼。倒れたと聞いたが、大丈夫かな?」
ブルネットの後ろから、クラウス王子が顔を出した。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
転生令嬢シルヴィアはシナリオを知らない
黎
恋愛
片想い相手を卑怯な手段で同僚に奪われた、その日に転生していたらしい。――幼いある日、令嬢シルヴィア・ブランシャールは前世の傷心を思い出す。もともと営業職で男勝りな性格だったこともあり、シルヴィアは「ブランシャール家の奇娘」などと悪名を轟かせつつ、恋をしないで生きてきた。
そんなある日、王子の婚約者の座をシルヴィアと争ったアントワネットが相談にやってきた……「私、この世界では婚約破棄されて悪役令嬢として破滅を迎える危機にあるの」。さらに話を聞くと、アントワネットは前世の恋敵だと判明。
そんなアントワネットは破滅エンドを回避するため周囲も驚くほど心優しい令嬢になった――が、彼女の“推し”の隣国王子の出現を機に、その様子に変化が現れる。二世に渡る恋愛バトル勃発。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
私、悪役令嬢にございます!
さいとう みさき
恋愛
鉄板の悪役令嬢物語にございます!
主人公トラックにはねられ女神様に会って自分がやっていた乙女ゲームの悪役令嬢に異世界転生させられちゃいます。
そして衝撃の事実、このまま行くと卒業式で国外追放か断頭処刑が待っている!
それを回避するには女神に言われた無事卒業して生き残らなければならない!?
あの手この手でフラグ回避して生き残れるか!?
二万文字以内で果たしてこの物語書き切るか!?
あんしん安定の鉄板ストーリー、サクッと読める「私、悪役令嬢にございございます!」始めますよぉ~!!
イジメられっ子は悪役令嬢( ; ; )イジメっ子はヒロイン∑(゚Д゚)じゃあ仕方がないっ!性格が悪くても(⌒▽⌒)
音無砂月
ファンタジー
公爵令嬢として生まれたレイラ・カーティスには前世の記憶がある。
それは自分がとある人物を中心にイジメられていた暗黒時代。
加えて生まれ変わった世界は従妹が好きだった乙女ゲームと同じ世界。
しかも自分は悪役令嬢で前世で私をイジメていた女はヒロインとして生まれ変わっていた。
そりゃないよ、神様。・°°・(>_<)・°°・。
*内容の中に顔文字や絵文字が入っているので苦手な方はご遠慮ください。
尚、その件に関する苦情は一切受け付けませんので予めご了承ください。
どーも悪役令嬢のメイドです。以後、御見知り置いとけ! ~霊獣になったアタシはご主人様をバッドエンドにはさせてやらない~
阿澄飛鳥
ファンタジー
ある乙女ゲームにハマっていたアタシはある日、突然、真上から鉄骨が落ちてきて死んでしまった。
けれどそこでアタシという存在は終わらず、乙女ゲーの世界で【ウィナフレッド・ディカーニカ】として生まれ変わる。
アタシはこの異世界で一つの目的をつかみ取った。
それは乙女ゲーの悪役令嬢であるフィロメニアをバッドエンドから救うことだ。
初めて会ったときには色々あって公爵令嬢の彼女にボディーブローを入れてしまったけれど!
そして十年後、アタシはフィロメニアの御付きメイドになっていた。
けれど【霊獣召喚】の儀式になぜかアタシが巻き込まれて――!?
御付きメイド兼、霊獣になったウィナフレッドは、果たして悪役令嬢をバッドエンドから救えるのか。
ウィナに宿った神霊【セファー】と、霊獣の力を携え困難を(物理的に)打破していく異世界ファンタジー異能力メイドの活躍をお楽しみください!
※基本は一人称視点、その他の人物からは三人称視点でお送りします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる