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はじまり!~悪役令嬢とその恐るべき周囲について
○01表_悪役令嬢はラスボスに出会った!
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なぜイザラが再び断罪を受けるに至ったのか?
それは、進学祝いのパーティまでさかのぼる。
パーティの途中、婚約者に会いに行くイザラ。
その途中で見つけた鏡から、流れこんできた膨大な情報。
衝撃で気を失いかけたイザラは、
「お嬢様!? 大丈夫ですかっ!?」
ブルネットの呼びかける声で、意識を現実に引き戻された。
目眩を覚えながらも立ち上がり、周りを見渡すと、プレゼントの山。
そして、足元には、粉々になった手鏡。
恐る恐る覗きこんで見ても、もう何も映ることはない。
ただ、シャンデリアの光を静かに反射しているだけだ。
「お嬢様? あの?! どうしたのですか!」
「え? ええ、大丈夫よ、ブルネット。
ちょっと立ちくらみがしただけだから」
心配そうに問いかけてくるブルネットに何とか答えながら、思考を回していく。
頭の中を駆け抜けた膨大な情報は、まさしく未来の記憶だった。
夢にしては明確すぎたし、真実だと強い確信を抱かせるリアルさがあった。
このままいけば、破滅の未来が……
「お嬢様!? 本当に大丈夫ですか!?」
「え、ええ。行き、ましょうか」
ぞっとする未来はしかし、再びブルネットの声で遮られた。
反射的に答え、ゆっくりとテラスへと歩き出すイザラ。
慌てたブルネットがイザラが追い抜き、先導するのを視界に収めながら、目の前の問題へと意識を向ける。
(と、とにかく、今はクラウス様に会いに行きましょう。
何とかして、クラウス様との関係を維持しながら、最悪の結末だけは避けないと。
確か、隣国から留学に来ていた錬金術師に、禁制の薬を掴まされるのでしたね。
その禁薬のせいで、私は公爵家を追われ、修道院へ流されることになった――我が公爵家は薬の調合で国を支えてきた血筋ですから、薬学に携わるのは仕方ないにしても、罠にはめようとする相手には気を付けないと。それから――)
しかし、そこでイザラの思考が止まる。
(――それから、どうしましょう?)
今までのイザラは、王子の婚約者として過ごし、やがては王妃となり、この国のために生きる事を夢見ていた。
自分よりも国を優先しなければならないのは、確かに辛い面も多いだろう。
だが、王子を支え、また支えられ、次の世代へ国の安寧をつなげるのは、確かな幸せもあるだろう。
そんな漠然とした幸福を、夢見ていた。
しかし、イザラは「未来」を知ってしまった。
聖女となった少女を前に、容易に婚約者を切り捨てる王子。
それをきっかけに、次々と離れていった取り巻きの貴族たち。
父や母でさえ、イザラを修道院へと押し込むという。
それを恨む気は、ない。
当事者ともなればどのような感情を抱くかわからないが、今のイザラは、鏡に知識として「運命」を与えられただけ。むしろ、帝王学を受け続けたイザラとしては、「王子が聖女を選んだのも政治的には決して悪い選択肢ではない」「父や母も、公爵家にとって最善と思ったからこそ、修道院にイザラを保護させたのだろう」と理解できてしまう。
代わりに気になることといえば、
(「隣国の錬金術師」ですね)
単語からして怪しい相手である。
そんな怪人が、公爵令嬢の自分を利用して、何かを企んでいる。
鏡から与えられた知識でも、その「何か」は判然としないが、どう考えても、ロクなことではあるまい。
最悪、聖女を何とかしたとしても、錬金術師に暗殺される可能性もある。
(と、とにかく、この国に仇なす存在を何とかしないと……そうすれば、国も安泰ですし、ついでに私も助かります!)
自身の生存がついでなあたり、イザラはまだ理想を抱く若い貴族なのだろう。
まずは王族との身近な繋がり――クラウスとのファーストコンタクトを成功させようと、ようやく歩く先に意識を向ける。
そして、気付いた。
ブルネットの足取りが、大きくテラスから逸れていることに。
「ブルネット? どこへ向かっているの?」
「もちろん、医務室ですよ?
ご気分が悪くなったお嬢様は、私が完璧に看護いたします!」
え?
固まるイザラ。
早速、「未来」と違う展開である。
「ええっと、さっきから言ってるけど、私は大丈夫よ?」
「大丈夫じゃない人はみんなそう言うんです。大丈夫な人もそう言いますが、それなら、大丈夫じゃない人と思って扱うほうが良いというものです」
何とか避けようとするも、相手は職務に忠実なブルネット。
あっけなく阻まれた。
他に説得する材料はないかと視線をさまよわせ――捉えた。
廊下に用意された来客用のソファーに、酔っぱらいのごとく潰れた将来の聖女、アーティアの姿を。
えぇっ?
固まるイザラ。
王子と会うはずが、ラスボスと出会ってしまった。
「お嬢様? どうされましたか?」
「え、ええ、あの方は?」
「ああ、ハイウェル家のご令嬢ですね。
確か、自称聖女の血を引く家系の出だったはずです。
まったく、お嬢様のパーティで醜態を晒すとは、これだから下級貴族は……」
平然と見下すブルネット。
イザラと違い、未来の知識など持っていないのだから、当然の反応ではある。
だいたいにして、聖女など伝説上の存在。その血筋などと、その辺の下級貴族が箔をつけるため、いくらでも名乗っているものだ。本物などとは、誰も思わない。
(ま、まあ、私の立場上、本物でも偽物でも、放って置くわけにはいかないのですけど……)
パーティのホストである以上、ゲストには気を配る必要がある。
そんな貴族の常識を自分に言い聞かせ、イザラは潰れている聖女候補へと恐るおそる声をかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
ソファーに崩れ落ちたまま、ぼんやりとした目を向ける将来の聖女。
しばらく不思議そうにこちらを見ていたが、やがて、すぐ側に立っていた別の下級貴族に声をかけた。
「ありすー、どうしよう、お迎えがきちゃったよー?」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
【アリス】
主人公アーティアの親友。攻略対象の情報をくれるお助けキャラ。
好感度を上げれば、ミニゲームの援護に加え、ADVパートの選択肢でも颯爽と現れ、ヒントをくれる。
難易度の高い百合薔薇ルートではほぼ必須と言っていい存在。
ただし、好感度を上げすぎるとアリス本人との百合ルートに突入するので注意!
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「っ!?」
瞬間、またしても、情報が流れ込んできた。
先程は影になっていて見えなかったが、このアリスと呼ばれた少女が、「運命」の言うアリスなのだろう。
その将来の聖女の親友は、
「ちょっと、なんてこと言うのよ!
イザラ様よ! イザラ様! このパーティの主催!」
聖女候補を容赦なく叱り飛ばしていた。
親友とはいえ、病人らしき少女にこの扱いはどうだろう?
聖女うんぬんは別にして、心配になったイザラは、できる限り優しく、もう一度、二人に声をかけた。
「あの、そちらの方、気分がすぐれないようですが、大丈夫ですか?」
「ええっ! はい! だ、だいじょうぶれす!」
慌てて立ち上がる聖女候補。
だが、酔っぱらいが無理をするとろくなことはない。
すぐにふらついて倒れ込む。
後ろのアリスが支え、慌てたように続けた。
「いえ、お気遣いなく! 少し休めばまたパーティに戻れますわ!」
なんというか、自分は誤解されているのではないだろうか。
確かに魑魅魍魎跋扈する貴族社会の一員ではあるが、何も手段を選ばず無慈悲に利用したり抹殺したりするタイプでもない。
見た目だって、多少豪華な衣装を身に着けてはいるが、それだけ。
下級貴族を威圧する取り巻きも、今は連れていない。
にもかかわらず、将来の聖女にこの反応をされるとは。
これが死亡フラグというモノではないだろうか。
そう悟ったイザラは、やはり優しく、アーティアの手を取った。
「まあ、そんな、私に気を使っていただかなくてもいいんですのよ?
そうだわ! 医務室があるの。そこでお休みになるといいわ!」
# # # #
「いま、お薬を用意しますから、そちらで少し休んでいてください」
「ひゃ、ひゃい!? ありがとうございます!?」
「もうちょっとアンタは落ち着きなさいよ!
あ、イザラ様! 私、手伝います!」
医務室。
なぜか落ち着かない様子のアーティアをベッドに座らせ、薬棚へ。
ブルネットに手伝ってもらおうかとも思ったが、駆け寄ってきたアリスの手をありがたく借りることにする。
悪い印象を払拭するいい機会とばかりに、笑顔で話しかける。
「お友達のお加減が悪くなった原因にお心当たりはありますか?」
「ええ。実は、怪しい錬金術師に変な薬を無理矢理飲まされまして……」
一瞬で引きつる笑顔。
まさかこんなに早く将来の破滅の原因が出てくるとは思わなかった。
動揺を抑え、情報を引き出すべく問いかける。
「その錬金術師の名前は、お分かりになりますか?」
「いえ、名前までは……でも、ごるでんみど? とかいう薬だって言ってました!」
「それは……ゴールデンミードではありませんか? 身体を温める効果と、軽い催眠効果がある、蜂蜜のような金色の薬です」
「そう! それですそれ! それを口の中にどばーっと!」
「そ、それは酷いですね。確か、過剰摂取の場合は……」
しかし、出てきたのは、ごく一般的に流通している薬剤の名前だけ。
いや、それは未来の話で、この頃はまだ普及し始めたばかりだったか。
それでも、多少なりとも薬学の知識があれば、誰でも知っているものだ。
別人だろうか? いずれにしても、調べておく必要はありそうだ。
軽くブルネットの方へ目配せすると、ブルネットは目礼。
静かに医務室を出ていった。
パーティに紛れ込んだ錬金術師を探しに行ったのだろう。
わずかな情報からこちらの意図を見抜くお付きのメイドに感謝しつつ、解毒薬を作り上げる。
「はい、これでいいわ」
「ありがとうございます!
ほら、アンタもお礼言いなさい!」
「う、うん!
ええっと、その……あ、ありがとうございます!」
アーティアは何か言葉を探していたが、見つからなかったようだ。
シンプルに礼だけ言うと、誤魔化すようにティーカップに注いだ薬に口を付けた。
失敗はしていないはずだ。
見た目や味も、飲みやすいように工夫している。
少し香りの強いハーブティのように感じられるだろう。
「おいしい……」
「そう、よかった」
ほっとしたように頬を緩めるアーティアに、自然と笑みがこぼれる。
ようやく緩んだ空気の中、イザラは二人とのファーストコンタクトを成功させるべく話しかけようとして、
「失礼します。お嬢様」
ブルネットが戻ってきた。
もう錬金術師の事が分かったのだろうか。
イザラはアーティアとアリスに聞こえないよう、駆け寄ってそっと問いかけた。
「ブルネット、もう済んだの?」
「はい。テラスまではすぐでしたから」
えぇぇっ?
固まる間もなく、
「失礼。倒れたと聞いたが、大丈夫かな?」
ブルネットの後ろから、クラウス王子が顔を出した。
それは、進学祝いのパーティまでさかのぼる。
パーティの途中、婚約者に会いに行くイザラ。
その途中で見つけた鏡から、流れこんできた膨大な情報。
衝撃で気を失いかけたイザラは、
「お嬢様!? 大丈夫ですかっ!?」
ブルネットの呼びかける声で、意識を現実に引き戻された。
目眩を覚えながらも立ち上がり、周りを見渡すと、プレゼントの山。
そして、足元には、粉々になった手鏡。
恐る恐る覗きこんで見ても、もう何も映ることはない。
ただ、シャンデリアの光を静かに反射しているだけだ。
「お嬢様? あの?! どうしたのですか!」
「え? ええ、大丈夫よ、ブルネット。
ちょっと立ちくらみがしただけだから」
心配そうに問いかけてくるブルネットに何とか答えながら、思考を回していく。
頭の中を駆け抜けた膨大な情報は、まさしく未来の記憶だった。
夢にしては明確すぎたし、真実だと強い確信を抱かせるリアルさがあった。
このままいけば、破滅の未来が……
「お嬢様!? 本当に大丈夫ですか!?」
「え、ええ。行き、ましょうか」
ぞっとする未来はしかし、再びブルネットの声で遮られた。
反射的に答え、ゆっくりとテラスへと歩き出すイザラ。
慌てたブルネットがイザラが追い抜き、先導するのを視界に収めながら、目の前の問題へと意識を向ける。
(と、とにかく、今はクラウス様に会いに行きましょう。
何とかして、クラウス様との関係を維持しながら、最悪の結末だけは避けないと。
確か、隣国から留学に来ていた錬金術師に、禁制の薬を掴まされるのでしたね。
その禁薬のせいで、私は公爵家を追われ、修道院へ流されることになった――我が公爵家は薬の調合で国を支えてきた血筋ですから、薬学に携わるのは仕方ないにしても、罠にはめようとする相手には気を付けないと。それから――)
しかし、そこでイザラの思考が止まる。
(――それから、どうしましょう?)
今までのイザラは、王子の婚約者として過ごし、やがては王妃となり、この国のために生きる事を夢見ていた。
自分よりも国を優先しなければならないのは、確かに辛い面も多いだろう。
だが、王子を支え、また支えられ、次の世代へ国の安寧をつなげるのは、確かな幸せもあるだろう。
そんな漠然とした幸福を、夢見ていた。
しかし、イザラは「未来」を知ってしまった。
聖女となった少女を前に、容易に婚約者を切り捨てる王子。
それをきっかけに、次々と離れていった取り巻きの貴族たち。
父や母でさえ、イザラを修道院へと押し込むという。
それを恨む気は、ない。
当事者ともなればどのような感情を抱くかわからないが、今のイザラは、鏡に知識として「運命」を与えられただけ。むしろ、帝王学を受け続けたイザラとしては、「王子が聖女を選んだのも政治的には決して悪い選択肢ではない」「父や母も、公爵家にとって最善と思ったからこそ、修道院にイザラを保護させたのだろう」と理解できてしまう。
代わりに気になることといえば、
(「隣国の錬金術師」ですね)
単語からして怪しい相手である。
そんな怪人が、公爵令嬢の自分を利用して、何かを企んでいる。
鏡から与えられた知識でも、その「何か」は判然としないが、どう考えても、ロクなことではあるまい。
最悪、聖女を何とかしたとしても、錬金術師に暗殺される可能性もある。
(と、とにかく、この国に仇なす存在を何とかしないと……そうすれば、国も安泰ですし、ついでに私も助かります!)
自身の生存がついでなあたり、イザラはまだ理想を抱く若い貴族なのだろう。
まずは王族との身近な繋がり――クラウスとのファーストコンタクトを成功させようと、ようやく歩く先に意識を向ける。
そして、気付いた。
ブルネットの足取りが、大きくテラスから逸れていることに。
「ブルネット? どこへ向かっているの?」
「もちろん、医務室ですよ?
ご気分が悪くなったお嬢様は、私が完璧に看護いたします!」
え?
固まるイザラ。
早速、「未来」と違う展開である。
「ええっと、さっきから言ってるけど、私は大丈夫よ?」
「大丈夫じゃない人はみんなそう言うんです。大丈夫な人もそう言いますが、それなら、大丈夫じゃない人と思って扱うほうが良いというものです」
何とか避けようとするも、相手は職務に忠実なブルネット。
あっけなく阻まれた。
他に説得する材料はないかと視線をさまよわせ――捉えた。
廊下に用意された来客用のソファーに、酔っぱらいのごとく潰れた将来の聖女、アーティアの姿を。
えぇっ?
固まるイザラ。
王子と会うはずが、ラスボスと出会ってしまった。
「お嬢様? どうされましたか?」
「え、ええ、あの方は?」
「ああ、ハイウェル家のご令嬢ですね。
確か、自称聖女の血を引く家系の出だったはずです。
まったく、お嬢様のパーティで醜態を晒すとは、これだから下級貴族は……」
平然と見下すブルネット。
イザラと違い、未来の知識など持っていないのだから、当然の反応ではある。
だいたいにして、聖女など伝説上の存在。その血筋などと、その辺の下級貴族が箔をつけるため、いくらでも名乗っているものだ。本物などとは、誰も思わない。
(ま、まあ、私の立場上、本物でも偽物でも、放って置くわけにはいかないのですけど……)
パーティのホストである以上、ゲストには気を配る必要がある。
そんな貴族の常識を自分に言い聞かせ、イザラは潰れている聖女候補へと恐るおそる声をかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
ソファーに崩れ落ちたまま、ぼんやりとした目を向ける将来の聖女。
しばらく不思議そうにこちらを見ていたが、やがて、すぐ側に立っていた別の下級貴族に声をかけた。
「ありすー、どうしよう、お迎えがきちゃったよー?」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
【アリス】
主人公アーティアの親友。攻略対象の情報をくれるお助けキャラ。
好感度を上げれば、ミニゲームの援護に加え、ADVパートの選択肢でも颯爽と現れ、ヒントをくれる。
難易度の高い百合薔薇ルートではほぼ必須と言っていい存在。
ただし、好感度を上げすぎるとアリス本人との百合ルートに突入するので注意!
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「っ!?」
瞬間、またしても、情報が流れ込んできた。
先程は影になっていて見えなかったが、このアリスと呼ばれた少女が、「運命」の言うアリスなのだろう。
その将来の聖女の親友は、
「ちょっと、なんてこと言うのよ!
イザラ様よ! イザラ様! このパーティの主催!」
聖女候補を容赦なく叱り飛ばしていた。
親友とはいえ、病人らしき少女にこの扱いはどうだろう?
聖女うんぬんは別にして、心配になったイザラは、できる限り優しく、もう一度、二人に声をかけた。
「あの、そちらの方、気分がすぐれないようですが、大丈夫ですか?」
「ええっ! はい! だ、だいじょうぶれす!」
慌てて立ち上がる聖女候補。
だが、酔っぱらいが無理をするとろくなことはない。
すぐにふらついて倒れ込む。
後ろのアリスが支え、慌てたように続けた。
「いえ、お気遣いなく! 少し休めばまたパーティに戻れますわ!」
なんというか、自分は誤解されているのではないだろうか。
確かに魑魅魍魎跋扈する貴族社会の一員ではあるが、何も手段を選ばず無慈悲に利用したり抹殺したりするタイプでもない。
見た目だって、多少豪華な衣装を身に着けてはいるが、それだけ。
下級貴族を威圧する取り巻きも、今は連れていない。
にもかかわらず、将来の聖女にこの反応をされるとは。
これが死亡フラグというモノではないだろうか。
そう悟ったイザラは、やはり優しく、アーティアの手を取った。
「まあ、そんな、私に気を使っていただかなくてもいいんですのよ?
そうだわ! 医務室があるの。そこでお休みになるといいわ!」
# # # #
「いま、お薬を用意しますから、そちらで少し休んでいてください」
「ひゃ、ひゃい!? ありがとうございます!?」
「もうちょっとアンタは落ち着きなさいよ!
あ、イザラ様! 私、手伝います!」
医務室。
なぜか落ち着かない様子のアーティアをベッドに座らせ、薬棚へ。
ブルネットに手伝ってもらおうかとも思ったが、駆け寄ってきたアリスの手をありがたく借りることにする。
悪い印象を払拭するいい機会とばかりに、笑顔で話しかける。
「お友達のお加減が悪くなった原因にお心当たりはありますか?」
「ええ。実は、怪しい錬金術師に変な薬を無理矢理飲まされまして……」
一瞬で引きつる笑顔。
まさかこんなに早く将来の破滅の原因が出てくるとは思わなかった。
動揺を抑え、情報を引き出すべく問いかける。
「その錬金術師の名前は、お分かりになりますか?」
「いえ、名前までは……でも、ごるでんみど? とかいう薬だって言ってました!」
「それは……ゴールデンミードではありませんか? 身体を温める効果と、軽い催眠効果がある、蜂蜜のような金色の薬です」
「そう! それですそれ! それを口の中にどばーっと!」
「そ、それは酷いですね。確か、過剰摂取の場合は……」
しかし、出てきたのは、ごく一般的に流通している薬剤の名前だけ。
いや、それは未来の話で、この頃はまだ普及し始めたばかりだったか。
それでも、多少なりとも薬学の知識があれば、誰でも知っているものだ。
別人だろうか? いずれにしても、調べておく必要はありそうだ。
軽くブルネットの方へ目配せすると、ブルネットは目礼。
静かに医務室を出ていった。
パーティに紛れ込んだ錬金術師を探しに行ったのだろう。
わずかな情報からこちらの意図を見抜くお付きのメイドに感謝しつつ、解毒薬を作り上げる。
「はい、これでいいわ」
「ありがとうございます!
ほら、アンタもお礼言いなさい!」
「う、うん!
ええっと、その……あ、ありがとうございます!」
アーティアは何か言葉を探していたが、見つからなかったようだ。
シンプルに礼だけ言うと、誤魔化すようにティーカップに注いだ薬に口を付けた。
失敗はしていないはずだ。
見た目や味も、飲みやすいように工夫している。
少し香りの強いハーブティのように感じられるだろう。
「おいしい……」
「そう、よかった」
ほっとしたように頬を緩めるアーティアに、自然と笑みがこぼれる。
ようやく緩んだ空気の中、イザラは二人とのファーストコンタクトを成功させるべく話しかけようとして、
「失礼します。お嬢様」
ブルネットが戻ってきた。
もう錬金術師の事が分かったのだろうか。
イザラはアーティアとアリスに聞こえないよう、駆け寄ってそっと問いかけた。
「ブルネット、もう済んだの?」
「はい。テラスまではすぐでしたから」
えぇぇっ?
固まる間もなく、
「失礼。倒れたと聞いたが、大丈夫かな?」
ブルネットの後ろから、クラウス王子が顔を出した。
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