バラの招待状

如月一花

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第二十二話

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 いつものレナードのナルシストな口調なのだが、同調せずにはいられなかった。
 こうして無事に馬車に揺られていることが、心から安堵してしまう。
 隣では女性は安堵の涙を流し、ハンカチーフで涙を拭いレナードに頭を下げていた。
「あの人。街で会う度に私に絡んできていたの。でも、今日はしつこくて。怖かった」
 女性はまた泣き出すと、マルヴィナは背中を撫でた。
 大柄な男性から言い寄られ、断りきれずにいたら暴力を振るわれそうになるなど、許せる話じゃない。
「大丈夫よ。レナードがなんとかしてくれるわ」
 咄嗟にそう言ってしまうと、マルヴィナはハッとした。
 まるで信じて言った言葉のようで、思わずレナードを見つめてしまう。
「しばらく屋敷に居るといい。引っ越しが必要なら、手伝うよ」
 にこやかにマルヴィナの提案を受け入れてくれると、隣にいた女性はまた泣き出す。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
 マルヴィナは背を撫でながら、レナードに微笑んだ。
「助けてくれてありがとう、レナード。それに、レナードも無事でよかった」
「私は、そんなドジじゃない。今日はオペラだったが、一旦引き返そう。埋め合わせは必ずするよ、マルヴィナ」
 手の甲にそっとキスが落とされると、マルヴィナは胸を鳴らせてしまう。
「いいの、レナード。埋め合わせなんて」
「必ずするから」
 またキスをされると、マルヴィナはもはや女性の手を摩る手を止めて胸元を抑え、視線を逸らすしか出来なかった。 
(動揺し過ぎだわ)
 自分に言い聞かせてみるものの、今日のレナードの行動は男性らしく、いつものナルシストな一面じゃない面を見たようで胸が鳴り止まないのだ。
 しかも、女性を気遣いサポートまでしてくれる。
(とても素敵なところもある、のね)
 マルヴィナは自分の心に正直に向き合うと、レナードを見つめて笑みを見せる事が出来た。
 そしてその後、女性は城に滞在した後、別の街に引っ越すことになった。
 勿論、レナードが資金を負担し、執事達が準備も全て整えた。
 女性が城から出て行く時に見送ったが、とても満足気にしていてマルヴィナは満足していた。
(レナードのお陰ね。優しい人だわ)
 マルヴィナは手を振りながら、女性を見送った。
 手を降ろして部屋に戻ろうとした時、ふっと手を引かれた。 
 誰だろうと顔を上げてみれば、レナードだった。
「埋め合わせ、明日にしようか。オペラを聞きに街に出よう」
「はい」
 マルヴィナはぎこちないながらも、素直に受け入れられたような気がした。
 少なくとも、この城に来た頃よりはずっと素直にレナードの申し入れを受け入れている筈だ。  
 
  *** 

 街の娘での一件があってから、マルヴィナをオペラに誘うには時間がかかりレナードは内心では落ち着かない日々だった。
 街娘は城には慣れることはなかったが、メイドには好きに我儘を言っていたらしい。
 城に上がったつもりにでもなったのか、気分が舞い上がったようだった。
 それをメイドから聞かされて注意をして欲しいと言われたが、レナードは街娘の好きにさせた。
 ほんの一週間程度の我慢なのだし、街で襲われた反動もあるのかもしれない。
 それに、レナードの身にもなって欲しい。
 マルヴィナとやっと打ち解けそうになったというのに、そのデートはおあずけなのだから。
 しかし一週間経ち、街娘が出て行くとレナードはマルヴィナばかりとデートを重ねた。
 レストラン、オペラ、観劇、美術館、様々なところへ連れて行き、マルヴィナの心が満ちたりる様子を見て、レナードまで満足していた。
 こんなことは初めてかもしれない。
 誰かひとりの女性に心を奪われるように、今にもその手にしたいような衝動になるのは。
 勿論、他の令嬢や娘から文句を言われたり、マルヴィナのことを訊かれたりもした。
 が、もはや耳にまともに入らずにマルヴィナとのデートの事ばかりを考えて、説明はアシュトンに任せていた。
 これではいけないとアシュトンから注意を受け、令嬢や娘に説明に回る日もあったが、そんな日はマルヴィナが恋しくて仕方がなかった。
 一日中説明に追われ、勿論、マルヴィナの存在も隠しきれずに意中の女性が出来たことを告げてしまう。
 途端に話はこじれて、捨てられたとか、慰み者だとか泣きわめく始末なのだ。
(もとより、私との恋などしていないじゃないか)
 その日も令嬢達に説明して周り、少々疲れていた。
 家柄も申し分なく、綺麗な令嬢達だったがレナードは好きになることはなかった。
 令嬢達の恋の相手はレナードではなく、レナードの友人や部下なのだ。
 城に連れてくるまでに恋仲になることもあれば、城に連れて来てから恋仲になる場合もある。
 レナードが把握しているだけでも全員そうだ。
 勿論、アシュトンもそれは知っており、だからこそ、薔薇の招待状が途絶えることがなかったのだが。
 肝心の街娘にしても、レナードに入れ込んでいるフリは上手いのだが、本気で恋をしている者はいない。
 その財産や地位だけが目当てで、レナードを好きになどならないだろう。
 レナードには魅力がないのかと落ち込んだ時期もあったし、もう招待状を送るのを止めた方がいいのかもしれないとも思った。
 けれどアシュトンがめげず送るべきだと、マルヴィナに目を付けた。
 また街娘かと当初は落ち込んだが、アシュトンはマルヴィナに品の良さを感じ、期待をしていると嬉しそうに話、強引に招待状は送られた。
 実際に見たマルヴィナは、城の令嬢達とは違う美しさを感じ、アシュトンが勧めてきた理由をすぐに理解した。
 賢そうであり、真っ直ぐで、それでいてどこかに品がある。
 村の娘から子爵令嬢だと名乗った時、その嘘が全てだとは思えなかった。
(マルヴィナを想うと、今日の疲れもふっとびそうだ)
 レナードはごろんとベッドに寝そべると、瞼を閉じた。
 マルヴィナの笑顔が自然と浮かび、自分でも入れ込み過ぎていると、呆れてしまい目を開ける。
(結婚には、マルヴィナが相応しいだろう)
 心のどこかで着実に決まりつつあることを、マルヴィナ本人に伝えるのは難しいことだった。
 デートを繰り返してはいるが、決定的に好かれているという実感はない。
 自信を持って好かれていれば、好きだと打ち明けられるのだが、マルヴィナはいつも恥ずかしそうにしながら、お礼を言うだけだった。
(そこだけは、他の令嬢を見習って積極的になって欲しいものなのに) 
 ほうっとため息を吐くとマルヴィナの笑顔が消えそうになる。
 どれだけデートに誘っても、マルヴィナが本心を告げてくれそうになく、そしてレナードもはっきりと好きだと言える自信がない。
 散々令嬢達を集めておいて、いざ本気だと分かった途端に尻込みしてしまったのだ。
 そもそも、マルヴィナからは嫌われた状態から必死に好いてもらおうと努力していたのだ。
 それが、ほんの一言を告げただけで崩れさるのかと思うと、マルヴィナを失うようで怖かった。
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