バラの招待状

如月一花

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第二十話

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「……はい」
 小さな声で頷くが、レナードを直視出来ずに視線を泳がせた。
 自分でも動揺しているのが分かるし、これ以上心がかき乱されてはどうにかなりそうだ。
「悪かった。あの噴水はひと目があったのに」
 そうだったと今更思い出し、マルヴィナは小さく縮こまる。
 されるがまま受け入れ、キスされれば吐息すら漏らしていた。
(恥ずかしい)
「でも、そうしないと願いが叶わないんだ。嫌かな」
 マルヴィナは黙り込み、答えは探った。
 本来ならすぐに嫌だと言えた筈だったが、今はなぜか言えない。
 レナードが気にかかり、キスで翻弄されるだけで胸が嬉しさでときめいている。
「嫌では……」
「そうか! 良かった。嫌われたら、また別の考えを試すつもりだったよ。他にもあるんだ、お願いを叶えてくれる場所は。でも、キスじゃないと駄目ってところはあの噴水だけだからね」
「キスがしたいだけ……ですか?」
「違う、とは言い切れないな」
 レナードは苦笑すると、マルヴィナの肩を抱き寄せてくる。
「必ず幸せにする」
 また言われてしまう甘い言葉を、マルヴィナは信じてしまいそうになる。
 でも、城にいる娘や令嬢、仲睦まじく喋っていた女性を思えば、これは社交辞令だろう。
「ありがとうございます」
 そういうのが、あの城に呼びつけられた者の礼儀なら、そう言うしかないとマルヴィナは思った。
 レナードからの愛情なら、なんでも嬉しく受け取らなければいけないのなら、それに合わせるしかない。
 それが出来なければ、マルヴィナ無下に扱われるだけなのだろう。
「私を受け入れてくれたって意味?」
「い、いえ! あの……深い意味では」
 レナードがあまりに喜んで額にキスをしようとするので、マルヴィナは逃げるように腰を引く。けれどキスは止みそうにない。
「あの! 他にも女性がいるのですから。私だけにこんなに」
 その言葉と共にキスは止み、レナードはため息を吐く。
「そうだねえ。その課題があるね」
「ええ! 沢山の女性を集めたのですからっ」
「面倒な事だ」
「面倒って!」 
 瞬間、マルヴィナは強引にレナードから逃げるように離れた。    
 マルヴィナように、嫌々来た者だっているだろうし皆が皆、レナードから求婚されたいと思っている筈がない。
(確かに、とても素敵な方かもしれないけれど)
 ぐらっ揺れそうになる心を律し、マルヴィナは城に残る令嬢や娘を思うと苦しい思いで一杯になった。
 街を案内されてキスまでしてしまい、少し気持ちが舞い上がってしまったのが分かる。
 でも、それではいけないとマルヴィナはレナードを真っ直ぐに見つめた。
「帰りましょう。他の方もレナードを待っているのですから」
「いや、でも来たばかりだ」
「駄目です。私以外の女性を悲しませるわけにいはいかないのでは? さあ!」
 マルヴィナはレナードの手を引くと停めてあった馬車まで腕を引いた。
 その力強さにレナードは最初は驚きつつ、苦笑し着いてきてくれる。
 散々畑仕事をして力が付いたのだ。
 毎日お茶だのダンスだのと楽しんでいる本物の令嬢とは違う暮らしをしてきたし、こうして実際に自分がどこかの子爵令嬢だと言われても、ピンとはこない。
 アガサがふと気にかかりレナードに訊こうとしたが、その勇気は出せずに馬車に乗り込んだ。
 
 そしてまた別の日。
 デートの三日後にまたレナードからデートを誘われて、朝から用意に忙しくしていた。
 キャシーは自分のことのように嬉しそうにしていて、マルヴィナにドレスを着せてくれ、髪を結い上げてくれる。
 けれど、マルヴィナはなぜまた誘われなくてはいけないのか分からずに、キャシーに何度か問いかけた。
「ねえキャシー。他の方ともデートをしているのよね?」
「さあ、私は存じ上げません」
「そう、なの? でも、噂くらいは聞かないかしら。だって、綺麗な人も見たわ!」
 薔薇庭園で見かけた女性のことを思い出して話すのだが、名前も分からない為に上手く会話として成立しない。
「ここにはお綺麗な人しかいませんよ。さあ、マルヴィナ様は今日レナード様からお誘いを受けているのです。もっとゆったりと構えていてください」
「そうかもしれないけれど……」
 マルヴィナは頭を抱えたい思いになり、思わずため息を漏らしそうになる。
 キャシーはそれを聞き逃すことがなく、一瞬、眉を潜めた。
「さあ、用意は完璧です。後はマルヴィナ様の心次第。では、エントランスホールに向かいましょうか」
 キャシーに言われて、マルヴィナはハッとした。
 マルヴィナの心次第ということは、レナードはもうマルヴィナを想っているということで間違いないのだろうか。
 それとも、キャシーが落ち込まないように気を利かせてくれているだけ? 
 困惑の中、マルヴィナは階段を降り、エントランスホールを抜けた。
 すると外ではレナードが待っていて、にこりと微笑んでくれている。
「長くは待てなかったよ。今日こそは、あのレストランに行こうか」
「は、はい」
 マルヴィナは背を伸ばした。
 フィッシャー家御用達のレストランに、とうとう招待されるのだ。
 緊張で胸が鳴るとそっとレナードが手を取って馬車まで導いてくれる。
 そしてそのまま乗り込むと、ふたりはくっつくように馬車に座った。
 レナードの体温が伝わるようで、マルヴィナは少し離れたくなるが不自然に動いてもいけないかもしれないと、胸を鳴らせながら隣で固まった。
 馬車がゆっくり動き出すと、レナードは嬉しそうに今日のデートコースを教えてくれる。
「レストランだけじゃつまらないだろうから、オペラも見ようと思う。それから美術館もどうだい?」
少し得意気に言うレナードは、まるでマルヴィナに喜んで欲しくて仕方がないように見える。
 でも、マルヴィナはどうしたらいいのか分からない。
 確かに、村に居た時よりは嫌悪感は無くなりつつある。
 それはきっとレナードを知りつつあるからだろう。
 女性をないがしろにしているような事はまだ見たことはないし、こうしてマルヴィナに想いを寄せてくれているのなら、それはまるで一途にも思える。
 ただ、城に集めている女性達を思えばマルヴィナは彼女達から抜きんでたものもなく、気持ちで勝ることもない。
 そう思うと、複雑でこうしてデートを誘われても単純に嬉しいの一言で済んでしまっていいのだろうかと、マルヴィナを悩ませた。
 馬車の中ではレナードは嬉しそうにマルヴィナの肩を抱いている。
「すぐに着くんだ。いいだろ?」
 マルヴィナは小さく頷いた。
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