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第二話
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「呑気に食べている場合か。アガサは家にひとりか? すぐに帰って様子を見て来い。何かあったら大変だ」
「う、うん」
ロイツだけが慌てていて、マルヴィナは食べるのをなんとなく止めてサンドイッチをハンカチに包んだ。
ロイツは急かすようにマルヴィナの背を押すので小走りに向かうしかないが、次第に心配になってきて胸が鳴り始める。
日差しが暑く、やり残した畑仕事を思うと悔やんでしまうが、ロイツの動揺も気になる。
ロイツは妻が妊娠して心配性になったのだろうと自分に言い聞かせて、家までの道を駆けた。
息を切らして家に到着すると、アガサが誰かと話している。
木で出来た小さな家の前には黒い大きな馬車が止まっていた。馬の毛艶も良く、装飾が施された馬車は煌めいている。街でも中々見かけない豪奢な造りだと思いつつ、なぜ自分の家の前に、と不安がよぎる。しかし、アガサが丁寧に対応するのを見ると心配は吹き飛んでいった。
(ほら、やっぱり私がいなくても充分じゃない)
マルヴィナは安堵しつつ、そっと近づいていくとアガサが気がついて目が合った。
瞬間、すぐにこちらには近寄るなと目で合図される。
どうしてだか理解出来ずに立ち止まってしまうと、アガサと話していた男性がマルヴィナに気がついて振り向いた。
仕立ての良い服に、整った髪は白髪で髭を生やしている。
とても気の優しそうな初老の男性にしか見えないのだが、アガサを見れば顔色が悪い。
(どうして?)
マルヴィナが首を傾げていると、その男性が近づいてきて会釈をした。
「はじめまして。フィッシャー家に仕えますアシュトンと申します。この度は薔薇の招待状をお持ちに上がりました。是非、マルヴィナ様にフィッシャー邸に来て頂きたく思います」
「あの……薔薇の、招待状?」
よく分からないで首を傾げていると、アシュトンがにこやかに笑みを称えながら話し始めた。
「フィッシャー家の長男、レナード様の結婚相手のひとりに選ばれたのでございます」
「私が⁉」
「そうです。来て頂けますね?」
フィッシャー家といえば、この辺りでは有名の名門伯爵だ。
村や街を治め、代々住んでいる城は国の中でも一番大きいと言われている。
政治にも口を出すことが出来たり、フィッシャー家の開く夜会はそこら中の伯爵や令嬢が集まり、豪華だと聞いたことがある。
(何かの間違いよ)
しかも、その伯爵から結婚をと突然言われて、何がなんだか分からない。
マルヴィナは村育ちの娘だし、父親だって知らないのだ。
そんなよく分からない私生児を嫁に貰いたいなど、本気とは思えない。
が、そんな伯爵からの使いを前に、マルヴィナは泥だらけの服で走ってきた事が急に恥ずかしくなり、頬を真っ赤に染めた。
服だけでなく、手も頬も泥だらけなのだ。
名門伯爵が一体何を考えているのだろう。
マルヴィナが何も答えられないでいると、アガサが男性とマルヴィナの間に割って入った。
あまりに突然だったので、マルヴィナは何事かと身を縮こまらせる。
「マルヴィナは村の娘です。フィッシャー家の嫁になど勤まりません。どうかお引き取りください」
アガサの聞いたことのない厳しい声音に、マルヴィナは思わず母の影に身を潜める。
そもそも、村の娘を妻になど本気だろうかとマルヴィナだって思うのだから、アガサが意を唱えるのは当然だろう。しかし、アガサは動揺もせずに毅然としている。
まるで、今日という日を予感でもするかのように――。
「いえ、レナード様は身分は関係ないと仰っています。マルヴィナ様のお美しさは有名です。そのような美人に来て頂ければ、きっとお喜びでしょう」
老人は笑みを絶やさず、その説明だけを繰り返す。
その事に、マルヴィナも疑問を感じ始めて怖くなってくる。
「遊びに付き合う暇など、村の人間にはないのです。お引き取りください」
「遊びではありません。本気なのです。それに、この招待状を断ることは出来ないのです」
男性がニッコリと笑みを見せ髭を撫でた。
アガサは口を噤み、マルヴィナはごくりと生唾を飲んだ。
(どういう意味?)
「伯爵の命令ということですか?」
「察しが良くて助かります。こちらも城の運命がかかっておりますので、必死なのです」
アガサが振り向き、マルヴィナは抱き寄せられる。
温もりが伝わり、マルヴィナはほんの少しだけ緊張から解放されるが、アガサの鼓動が早く、ただならぬことだと察した。
「わかりました。でも、少し時間をください」
「よろしいですよ。大切なご令嬢ですからね。三日後に参りましょうか」
「わかりました」
マルヴィナはアガサの言葉が信じられなかった。
今までふたりだけで暮らしてきたし、どんな時だって一緒だった筈だ。
「う、うん」
ロイツだけが慌てていて、マルヴィナは食べるのをなんとなく止めてサンドイッチをハンカチに包んだ。
ロイツは急かすようにマルヴィナの背を押すので小走りに向かうしかないが、次第に心配になってきて胸が鳴り始める。
日差しが暑く、やり残した畑仕事を思うと悔やんでしまうが、ロイツの動揺も気になる。
ロイツは妻が妊娠して心配性になったのだろうと自分に言い聞かせて、家までの道を駆けた。
息を切らして家に到着すると、アガサが誰かと話している。
木で出来た小さな家の前には黒い大きな馬車が止まっていた。馬の毛艶も良く、装飾が施された馬車は煌めいている。街でも中々見かけない豪奢な造りだと思いつつ、なぜ自分の家の前に、と不安がよぎる。しかし、アガサが丁寧に対応するのを見ると心配は吹き飛んでいった。
(ほら、やっぱり私がいなくても充分じゃない)
マルヴィナは安堵しつつ、そっと近づいていくとアガサが気がついて目が合った。
瞬間、すぐにこちらには近寄るなと目で合図される。
どうしてだか理解出来ずに立ち止まってしまうと、アガサと話していた男性がマルヴィナに気がついて振り向いた。
仕立ての良い服に、整った髪は白髪で髭を生やしている。
とても気の優しそうな初老の男性にしか見えないのだが、アガサを見れば顔色が悪い。
(どうして?)
マルヴィナが首を傾げていると、その男性が近づいてきて会釈をした。
「はじめまして。フィッシャー家に仕えますアシュトンと申します。この度は薔薇の招待状をお持ちに上がりました。是非、マルヴィナ様にフィッシャー邸に来て頂きたく思います」
「あの……薔薇の、招待状?」
よく分からないで首を傾げていると、アシュトンがにこやかに笑みを称えながら話し始めた。
「フィッシャー家の長男、レナード様の結婚相手のひとりに選ばれたのでございます」
「私が⁉」
「そうです。来て頂けますね?」
フィッシャー家といえば、この辺りでは有名の名門伯爵だ。
村や街を治め、代々住んでいる城は国の中でも一番大きいと言われている。
政治にも口を出すことが出来たり、フィッシャー家の開く夜会はそこら中の伯爵や令嬢が集まり、豪華だと聞いたことがある。
(何かの間違いよ)
しかも、その伯爵から結婚をと突然言われて、何がなんだか分からない。
マルヴィナは村育ちの娘だし、父親だって知らないのだ。
そんなよく分からない私生児を嫁に貰いたいなど、本気とは思えない。
が、そんな伯爵からの使いを前に、マルヴィナは泥だらけの服で走ってきた事が急に恥ずかしくなり、頬を真っ赤に染めた。
服だけでなく、手も頬も泥だらけなのだ。
名門伯爵が一体何を考えているのだろう。
マルヴィナが何も答えられないでいると、アガサが男性とマルヴィナの間に割って入った。
あまりに突然だったので、マルヴィナは何事かと身を縮こまらせる。
「マルヴィナは村の娘です。フィッシャー家の嫁になど勤まりません。どうかお引き取りください」
アガサの聞いたことのない厳しい声音に、マルヴィナは思わず母の影に身を潜める。
そもそも、村の娘を妻になど本気だろうかとマルヴィナだって思うのだから、アガサが意を唱えるのは当然だろう。しかし、アガサは動揺もせずに毅然としている。
まるで、今日という日を予感でもするかのように――。
「いえ、レナード様は身分は関係ないと仰っています。マルヴィナ様のお美しさは有名です。そのような美人に来て頂ければ、きっとお喜びでしょう」
老人は笑みを絶やさず、その説明だけを繰り返す。
その事に、マルヴィナも疑問を感じ始めて怖くなってくる。
「遊びに付き合う暇など、村の人間にはないのです。お引き取りください」
「遊びではありません。本気なのです。それに、この招待状を断ることは出来ないのです」
男性がニッコリと笑みを見せ髭を撫でた。
アガサは口を噤み、マルヴィナはごくりと生唾を飲んだ。
(どういう意味?)
「伯爵の命令ということですか?」
「察しが良くて助かります。こちらも城の運命がかかっておりますので、必死なのです」
アガサが振り向き、マルヴィナは抱き寄せられる。
温もりが伝わり、マルヴィナはほんの少しだけ緊張から解放されるが、アガサの鼓動が早く、ただならぬことだと察した。
「わかりました。でも、少し時間をください」
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マルヴィナはアガサの言葉が信じられなかった。
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