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第五話

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「そうよねえ。私頑張ったわあ。今はコンビニだってあるじゃない? 困ったら利用すればいいものね、楽よねえ。昔はないもの。今はスーパーだって夜遅くまでやってるし、ドラッグストアもあるじゃない。駅前の今は潰れちゃった薬局のおばさんは、近所のおばさん達と知り合いでしょう? 生理用品買うのも、今みたいに堂々と買うなんて恥ずかしくて考えられないわよ」 


 母の話は珍しく長かった。
 しばらく帰ってなかったせいもあるけれど、父と母2人だけの生活になって、老いたように思える。
 父は話に入って来なかったが、私が眠たそうに欠伸をしたときに一言言った。


「早く帰るんだぞ」
私の方も見ず、無愛想に言った。

 やっと何か言ったと思ったら、可愛げない父親。

 私は分かってる、とだけ父に言った。
 しかし本当は帰る気持ちでもなかった。

 翌日。やっぱり起きたのは昼前。
 寝過ぎても、だるく、眠気はまだある。
 リビングに行くと母は掃除をしていた。
 声を掛けたら、嫌味を言われるだろうと思いつつ、挨拶する。


「おはよ」


「もうおはよ、じゃないわね。ご飯は昨日のスープ?」


「うん。それしか食べられないもん」


「しっかり食べなさいよ」


「お母さんはつわりが軽かったからって、私になんでも言って。食べれないの」
芳樹と同じ様な事を言う母に、またイライラしてくる。


「はいはい。今日はどうする? ポトフは?」


「うーん。どうだろう」
なんでもいい、そんな気分だった。 

 困った子、そう言うと母は私に千円札を渡した。
 何? と訊くと今日のスーパーの買い物のお小遣い、と言い微笑んだ。
 複雑な気分だった。

 私はもう大人な筈なのだけれど、なんだか子供みたいだ。

 スープを温めている間に着替え、またリビングに戻ると、もう用意されていた。
 スープをゆっくり食べてから、私はメイクもせずに出かけた。
 化粧品の匂いもダメだった。
 それに自分の育った所だし、知っている友達は、もうここにはいないだろう。

 外は気持ちよくて、風が丁度いい。
 まだ少し暑いけれど、時々吹く風はもう夏の灼熱のものではなかった。
 久しぶりだと心から外の空気を満喫した。
 スーパーでは母の言われた通り、お菓子売り場に直行した。
 小魚なんて食べないだろうなあと思いつつ、買う。
 他に買うものはないかと思わず思う。

 そういえば、自分の為だけにわざわざ買い物に来たのって久しぶりかもしれない。
 いつも芳樹と私が食べる料理の為だったり、服だったり。
 買い物って言うと2人一緒。
 1人の時でも家に何か買い忘れなモノはないかなと考えている。

 なんだか不思議。

 レジを打ってくれた男の子はカッコよくて、ちょっとイイな、なんて思った。
 そんな時、芳樹からメール。

 なんてタイミングだろう。

『悪かった。今日は帰ってくるんだろ?』


 カッコイイ男の子から小魚の入った袋を受け取ると、私はメールを見ながら考えた。
 だって、まだ帰る気はない。
 いわゆる、困らせたい衝動に切り替わったわけで。
 すぐに返事をするか、それとも今日は返事をしないでおこうか。

 よーく考える。

 まだ返事はしない。

 スーパーを出て、ゆっくり歩いて帰っているとまたメール。

『ごめん。初たまごクラブ買って少し読んだよ。勉強する』


 あ! と思った。
 私がまだ買っていない。つわりの日々でそんな事まで頭が回らなかった。マズイ。
 スーパーに戻って本の売り場に。さすがに無かった。本屋はまた更に歩くので、諦めて帰る事にした。
 芳樹の方がまるで分かっているようで、イライラしてくる。


『マグロは控えた方がイイらしいな? 後、コーヒーとか、紅茶とか。ほら、俺も色々分かってきたろ? 大丈夫だろ? 安心だろ?』


 なんだかやっぱり的外れ。
 それくらい、私だって知ってる。
 
 マグロはそもそも魚だから無理だし。

 それからも、どんどん芳樹からメールが来て、ケータイが何度も振動した。
多分お昼休みに集中的に送信しているのだろうけれど、私は返信するつもりはなかった。

 さて、家に帰ると、今度は母と父がいるわけだ。
 私が寝ようと部屋に行くと、母は「寝るの? 夜寝れなくなるわよ」と一言。
 父は無言の『帰れ』と圧力。
 実家がこんなにも居心地が悪くなっているとは思わなかった。
 
 妊婦は優しくされると思いこんでいた。
 もう眠ってしまえばこっちのものだと思ったら、ケータイが鳴った。

 芳樹からだ。もはやウザイ。
 しかし、居心地がイイわけではない実家にいるとなると、通話ボタンを押してしまう。


「なに?」
 寂しくなっているのに、私はツンケンした態度で出た。 

「メールに返事よこさないから。具合悪いのかと思って」


「具合悪かったら、連絡するから。それより、雑誌ありがと」
 芳樹は両親と違い心配してくれて、思わず甘えてしまう。

「雑誌のこと? 」


「そう。じゃあ、私眠いから」


「そうか。じゃあ、おやすみ。ゆっくりしろよ」


 最後の言葉にちょっと安らぎを感じ、もっと甘えたくなるが、必死に切った。
 だって私は家出したのだし、芳樹を困らせたいのだから。

 そういえばお父さんは厳しいから、例え仕事で昼間居なくて疲れたとしても、夜ご飯に手抜きなんてしたら怒りそうだな・・・。

 芳樹だったら、外食しようって言うと思う。
 芳樹で良かったんだな。
 私は意識が遠のく中で思った。


そうだ、お母さんは妊娠をどう乗り越えたんだろう?


 いつ眠りについたのか分からないが、肩を揺すられ、遠くから起きなさいと言われているように思う。
 うっすら目を開けると、父がいた。


「夕御飯だ」


「え? もう?」


「そうだ。寝てばかりで大丈夫なのか?」


「分からない。今度病院で訊いてくる」


 私はそっと体を起こした。父はさっさと部屋を出ていた。
 無愛想な口調だったが、私の部屋に勝手に入ってきたのは驚いた。
 父なりの心配なのだろうか。 

 それにしたって、なんだか素っ気ない。

 夕御飯は約束通りポトフだった。匂いにムカムカするかと思ったけれど、なんとか食べれる。しかし、父も母ももっと栄養がありそうなものを食えと言う。
 食べれないと言っても、明日はカレーにしてみましょう! なんて母は言い出した。
いかにも匂いでノックアウトされそうで、必死に嫌がったが、明日はカレーとなった。


「芳樹さん、ちゃんと食べてるのかしらね? 今から家に呼んだら?」
ポトフを食べていたら、母はまた心配そうに言う。
 どうして私が家出をしたのか、想像できないのだろうか。


「そうだ。勝手に家出して。仕事と家事、両方亭主にやらせるなんて、お前はどういう娘だ。俺は知らんぞ」


 知らんもなにも、なんで私がそんなに悪者なのよ。悪いのは、芳樹!
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