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第四話

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「おいおいおいおいおい。後輩の前で恥ずかしいだろ!」


「いつもやってるから、ついつい」


 これみよがしに嘘を言ってみる。
 しかし、白木って子は私達を見てにっこりほほ笑んでいた。


 どういう事?


予想とは違う反応を示す白木に、私は困惑した。


「こんな事したことないじゃないか。全く! 驚くなあ」  
 芳樹は頭をポリポリと掻いて照れている。
 私はしれっとネクタイをほどいた。

 
 一人で照れちゃって、恥ずかしい。
 白木さんなんて笑ってるじゃない。

 
 私はほどき終えて芳樹から離れ、白木を見たが、目は合わない。
 1人美味しそうにビールを呑んでいる。


 私の勘違いかしら?


 私は離れて観察するかと立ちあがろうとすると、白木は喋り始めた。 

「今日のクライアント、なんかムカつきました。なんなんです? あの態度! 上から目線って嫌です!」
少し酔っているのか、口調が強かった。
 見た目は何も言わなそうな感じな為、少し驚く。


「まあ、あれくらいは聞く耳もつな。いちいち気にしてたら身がもたないぞ」


「でも。あんな態度を取られて平然としてる先輩が凄いですよ。私イライラしちゃいましたもん」


「あんなのどこにでもいるし、沢山いる。早く慣れろ」


「ううううう。そうなんですかぁ?」  
 白木は反論出来ず、ビールを煽るように飲んだ。
私の知らない世界を共有し、怒り、慰め合い、こうして2人でビールを飲んでいる。
2人に頑張れと素直に言えない。 

 白木は日頃のストレスが溜まっているのか、芳樹に愚痴をこぼし始め、私にはなんの話かはさっぱり分からなくなった。人の名前、会社、専門用語、どれもがちんぷんかんぷんだった。
 
 私は疎外感を感じ、ビールを取りに行くふりをして、そっと2人から離れた。
 キッチンまで逃げると、作れもしない料理に手をつけた。


 何かないかなと冷蔵庫を物色する。


 何か。
 何か。
 何か。 

 冷蔵庫をくまなく探し、冷凍庫も見た。
 しかしあるはずがない。
 買ってきていないもの。

 私、そんなに気が利かない。
 突然の来客なんて、考えなかった。
 会社の後輩が来るなんて、今までなかった。

 途端、涙がこぼれた。
 私は焦げたソーセージを思い出し、惨めになった。
 材料が例えあっても、私には何も作れやしないじゃない。
 クックパッドを見ようが、料理本を見ようが、私、下手だし。

 私は灯りも付けていないキッチンでうずくまって、しばらく立ち上がらなかった。
 芳樹と白木は話に花が咲いているのか、私のことなど忘れているかのように話は盛り上がっていた。
 どうしたらいいか、を芳樹が言って、白木が愚痴る。
 その繰り返しが聞こえてくる。芳樹は本当に、仕事熱心だ。


 困った人達。
 困った私。

 
 私はそのまま小さくうずくまっていると、芳樹が『社内の噂』と口にした。


 あ! と思い、頑張って立ちあがる。
 これは聞かないといけない。 

 私はキッチンで何かをするふりをして、芳樹達の会話に聞き耳を立てた。薄暗いのは変だと気がついて、慌てて灯りを付ける。


「社内ではどうだ? 相変わらずか?」
芳樹の心配そうな声を久しぶりに聞いた。


「ええ。相変わらず。噂話に尾ひれがついて、それを聞いたお局様や上司が私に色々と・・・」


「困ったもんだな。白木の性格考えないのか、まったく!」


「私の性格、暗いですから」
白木が自嘲気味に笑い、ビールを飲んだ。もうグラスは空になりそうだった。
項垂れて、一気に体が小さく見えた。 


「暗いというより、派手じゃないだけだ。俺とはこうして仲良くやってるじゃないか」
芳樹お得意の、前向き発言。
私の時は、前向きというよりストレートな発言だけだったけれど、そんな芳樹の性格に気持ちがグラグラと傾いたんだったけ。
男は変わらない。


「先輩は話やすいですからね。誰にでも同じ対応だし・・・」


「すねるな。俺の性格は変えられない。でも、白木の性格だってもう変えることは難しいんだ。それをつけこむみたいに、周りがネチネチ言うのが気に食わないんだよ、俺は」


 私は芳樹が珍しく真面目に怒っている事に驚き、聞き入ってしまった。
 芳樹と白木の関係は、浮気ではない。

 どうやら噂だけらしい。
 そして白木亜美は、やはりこの子だ。

 複雑。
 浮気じゃないけれど。 

 私が安堵するのも束の間、2人は真剣にその話について話込んでしまった。
社内の事も、私にはこれまたちんぷんかんぷんだ。

 どうしよう。
 私がいたら邪魔みたい。

 私は困ったなと思いながら、キッチンでオロオロしていた。掃除まで始めてしまうものの、耳は芳樹達の会話をキャッチしている。
 なにせ芳樹が部下を連れてくるなど初めてなのだ。
 しかも相談事付き。

 そして、相手は謎だった白木亜美。

 予想に反して浮気でもない、だけど・・・。 

 私は掃除をしながら、必死に2人の会話に入る事に頭を巡らせた。

 良い奥さんに見られるにはどういう行動を取ったらいいの?
 まさか呑んでるタイミングでお茶を出すのは変?
 それとも一緒に呑む?

 私は涙を拭いて考えていると、芳樹から「ビールくれないか」と声が掛った。

 今だ!

 私はビールを持って行くついでに話に混ぜてもらえないか、訊いてみることにした。

 芳樹なら、絶対大丈夫! 

 冷蔵庫から冷えたビールを取りだすと、嬉しさ半分、戸惑い半分、他にも色々な気持ちが混ざってきた。

 リビングに持っていくと、芳樹が「ありがとう」と一言。
 私はすかさず言った。

「ねえ。何の話? 凄い盛り上がってるみたい。私も知りたい。独りでキッチンなんてつまらない。聞かせて」

 私は必死に甘えて、昼ドラのどこかの貴婦人のように言ってみた。
実際はどう言えば正解かなんて分からなかったからだ。
 芳樹達が目を合わせていた。

 何か嫌な予感がした。 

 2人で目配せをして、まるで私が場違いだと言わんばかりだ。

 困っているの?
 困らせるつもりはないのだけど・・・。
 知りたいだけ。

「私が聞くとまずい話?」


 引き下がれない。
 嫉妬?


「いいですよ! もうここへ来た理由くらい話さなきゃ」


 白木は明るく私に言うが芳樹は目を伏せたまま、何も言わなかった。

 私はそれが気になって訊く。
心はモヤモヤして、イライラして、芳樹を怒鳴りたい。
それらを白木がいるから我慢した。


「ダメならダメでいい。テレビでも見てるから」と私。


「そんな、一緒に話しましょうよ」と白木。さすが女の子、私の気持ちを即座に察したようだ。


 でも芳樹は真面目に話したいのか、私をじっと見て言った。


「面白い話じゃないぞ。いいのか?」
 声は低く、抑揚もない、事務的な返答だった。 

 私が知らない声。
 威圧的な、反抗的な態度だった。
 負けるかと私は少し睨む。


「少し聞こえたけれど、白木さん、大変なんでしょう? 私で良ければなにかアドバイス出来るかもしれないでしょ」


「そうですよ! 先輩」


白木は私達を気にしてなのか、ソワソワしていた。
 しかし芳樹はだんまりだ。


 なによ、珍しく私に歯向かうつもり?


 私は芳樹を更に睨んだが、芳樹は関係なしだった。 

「後少しで終わらせるから、美恵。この話は会社の事で、白木の大事な話なんだ。だからちょっと席を外してくれないか?」

 意外過ぎて声が出なかった。
絶対に私のお願いはきいてくれる、そんな芳樹は、どこいったの?

 浮気じゃない。
 けれど白木に対する思いは私を嫉妬へと駆り立てるものだった。


「そうなの。残念。2階でテレビ見てくる」
私はリビングを逃げるように出ていった。
 泣きそうで、悔しくて。
でも怒りもあった。

 私は階段を駆け上がった。
 芳樹と離れたら涙が込み上げてきた。

 芳樹のばか。
 ばか。

 私はテレビを見ずにベッドにダイブした。
 そのまま目を閉じ、2人の会話にならない会話を聞いていた。
寝室の扉を閉めるのを忘れて迂闊だったと思う反面、芳樹が謝り来るのを待っていた。

 でも、来なかった。

 2人は笑い声よりも、怒りの声が多かったかもしれない。
 芳樹は真剣なんだろう。 

 けれど、もうどうでもいい。
 邪魔者扱いされた私は、ベッドの上で丸く体を抱えた。

 自分の体温だけが真実で、温かい。

 気の遠くなる程の時間を寝室で一人で過ごすのは嫌になり、テレビを付けた頃、芳樹が2階に上がってきた。

 私は泣いていた事を隠そうと、顔を枕に押し付けた。

  
 芳樹は私の様子を見て、少し立ち尽くした後、静かに言った。


「ごめん。白木は本当に悩んでいるんだ。会社でもいじめられている。ああして明るく振舞っているけれど、本当は辛いんだろう。美恵の意見も聞こうかと思ったけれど、会社の話だったから、止めた」

 
「私、寂しかった」
 私は何も考えずに言った。
 本心だった。
涙声だったかもしれないのに、どうでも良かった。

 また溢れる涙を堪えるのに必死になって、私は枕で顔を隠した。 

「白木を見てるとな、たまに美恵とダブるんだ。ドジというか、あまり要領良くない所がな。俺はそんな白木を放っておけなかったんだよ。ごめん」

 ダブる?
 あんな垢抜けない子と?
 最近はメイクが疎かかもしれないけど、バカにしないでほしい。

 言い返そうとしたら芳樹が私の傍に来て、私を抱きしめようとした。が、私は拒んだ。
 階下にはまだ白木がいるし、芳樹はなぜか私と白木をダブらせていた。
 それも気に食わない。


「白木さんがいるのによく平気ね。私とあんな若い子がダブるなんて、私ってそんなに幼稚? バカにしないでよ。社内で何かあったくらいで、私は1人でなんとかする」 

白木は単純に弱いのだろう。
だから芳樹がいないとダメなのだ。
私はそう解釈し、言い返した。


「そう簡単じゃない。もっと社内で起こる事は陰湿なんだよ。なんていうか、今日の弁当だって冷凍食品使わないくせに、美恵は失敗したろ? そういう所だよ。頑張り過ぎるっていうのか。要領が・・・なんていうかさ」


「やめて。お弁当は私だって苦手。もう作ってあげないわよ」


 私は枕から顔を上げて睨む。
 芳樹は「ごめん、例え話なんだ」と頭を下げた。
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