19 / 38
第四話
3
しおりを挟む
「おいおいおいおいおい。後輩の前で恥ずかしいだろ!」
「いつもやってるから、ついつい」
これみよがしに嘘を言ってみる。
しかし、白木って子は私達を見てにっこりほほ笑んでいた。
どういう事?
予想とは違う反応を示す白木に、私は困惑した。
「こんな事したことないじゃないか。全く! 驚くなあ」
芳樹は頭をポリポリと掻いて照れている。
私はしれっとネクタイをほどいた。
一人で照れちゃって、恥ずかしい。
白木さんなんて笑ってるじゃない。
私はほどき終えて芳樹から離れ、白木を見たが、目は合わない。
1人美味しそうにビールを呑んでいる。
私の勘違いかしら?
私は離れて観察するかと立ちあがろうとすると、白木は喋り始めた。
「今日のクライアント、なんかムカつきました。なんなんです? あの態度! 上から目線って嫌です!」
少し酔っているのか、口調が強かった。
見た目は何も言わなそうな感じな為、少し驚く。
「まあ、あれくらいは聞く耳もつな。いちいち気にしてたら身がもたないぞ」
「でも。あんな態度を取られて平然としてる先輩が凄いですよ。私イライラしちゃいましたもん」
「あんなのどこにでもいるし、沢山いる。早く慣れろ」
「ううううう。そうなんですかぁ?」
白木は反論出来ず、ビールを煽るように飲んだ。
私の知らない世界を共有し、怒り、慰め合い、こうして2人でビールを飲んでいる。
2人に頑張れと素直に言えない。
白木は日頃のストレスが溜まっているのか、芳樹に愚痴をこぼし始め、私にはなんの話かはさっぱり分からなくなった。人の名前、会社、専門用語、どれもがちんぷんかんぷんだった。
私は疎外感を感じ、ビールを取りに行くふりをして、そっと2人から離れた。
キッチンまで逃げると、作れもしない料理に手をつけた。
何かないかなと冷蔵庫を物色する。
何か。
何か。
何か。
冷蔵庫をくまなく探し、冷凍庫も見た。
しかしあるはずがない。
買ってきていないもの。
私、そんなに気が利かない。
突然の来客なんて、考えなかった。
会社の後輩が来るなんて、今までなかった。
途端、涙がこぼれた。
私は焦げたソーセージを思い出し、惨めになった。
材料が例えあっても、私には何も作れやしないじゃない。
クックパッドを見ようが、料理本を見ようが、私、下手だし。
私は灯りも付けていないキッチンでうずくまって、しばらく立ち上がらなかった。
芳樹と白木は話に花が咲いているのか、私のことなど忘れているかのように話は盛り上がっていた。
どうしたらいいか、を芳樹が言って、白木が愚痴る。
その繰り返しが聞こえてくる。芳樹は本当に、仕事熱心だ。
困った人達。
困った私。
私はそのまま小さくうずくまっていると、芳樹が『社内の噂』と口にした。
あ! と思い、頑張って立ちあがる。
これは聞かないといけない。
私はキッチンで何かをするふりをして、芳樹達の会話に聞き耳を立てた。薄暗いのは変だと気がついて、慌てて灯りを付ける。
「社内ではどうだ? 相変わらずか?」
芳樹の心配そうな声を久しぶりに聞いた。
「ええ。相変わらず。噂話に尾ひれがついて、それを聞いたお局様や上司が私に色々と・・・」
「困ったもんだな。白木の性格考えないのか、まったく!」
「私の性格、暗いですから」
白木が自嘲気味に笑い、ビールを飲んだ。もうグラスは空になりそうだった。
項垂れて、一気に体が小さく見えた。
「暗いというより、派手じゃないだけだ。俺とはこうして仲良くやってるじゃないか」
芳樹お得意の、前向き発言。
私の時は、前向きというよりストレートな発言だけだったけれど、そんな芳樹の性格に気持ちがグラグラと傾いたんだったけ。
男は変わらない。
「先輩は話やすいですからね。誰にでも同じ対応だし・・・」
「すねるな。俺の性格は変えられない。でも、白木の性格だってもう変えることは難しいんだ。それをつけこむみたいに、周りがネチネチ言うのが気に食わないんだよ、俺は」
私は芳樹が珍しく真面目に怒っている事に驚き、聞き入ってしまった。
芳樹と白木の関係は、浮気ではない。
どうやら噂だけらしい。
そして白木亜美は、やはりこの子だ。
複雑。
浮気じゃないけれど。
私が安堵するのも束の間、2人は真剣にその話について話込んでしまった。
社内の事も、私にはこれまたちんぷんかんぷんだ。
どうしよう。
私がいたら邪魔みたい。
私は困ったなと思いながら、キッチンでオロオロしていた。掃除まで始めてしまうものの、耳は芳樹達の会話をキャッチしている。
なにせ芳樹が部下を連れてくるなど初めてなのだ。
しかも相談事付き。
そして、相手は謎だった白木亜美。
予想に反して浮気でもない、だけど・・・。
私は掃除をしながら、必死に2人の会話に入る事に頭を巡らせた。
良い奥さんに見られるにはどういう行動を取ったらいいの?
まさか呑んでるタイミングでお茶を出すのは変?
それとも一緒に呑む?
私は涙を拭いて考えていると、芳樹から「ビールくれないか」と声が掛った。
今だ!
私はビールを持って行くついでに話に混ぜてもらえないか、訊いてみることにした。
芳樹なら、絶対大丈夫!
冷蔵庫から冷えたビールを取りだすと、嬉しさ半分、戸惑い半分、他にも色々な気持ちが混ざってきた。
リビングに持っていくと、芳樹が「ありがとう」と一言。
私はすかさず言った。
「ねえ。何の話? 凄い盛り上がってるみたい。私も知りたい。独りでキッチンなんてつまらない。聞かせて」
私は必死に甘えて、昼ドラのどこかの貴婦人のように言ってみた。
実際はどう言えば正解かなんて分からなかったからだ。
芳樹達が目を合わせていた。
何か嫌な予感がした。
2人で目配せをして、まるで私が場違いだと言わんばかりだ。
困っているの?
困らせるつもりはないのだけど・・・。
知りたいだけ。
「私が聞くとまずい話?」
引き下がれない。
嫉妬?
「いいですよ! もうここへ来た理由くらい話さなきゃ」
白木は明るく私に言うが芳樹は目を伏せたまま、何も言わなかった。
私はそれが気になって訊く。
心はモヤモヤして、イライラして、芳樹を怒鳴りたい。
それらを白木がいるから我慢した。
「ダメならダメでいい。テレビでも見てるから」と私。
「そんな、一緒に話しましょうよ」と白木。さすが女の子、私の気持ちを即座に察したようだ。
でも芳樹は真面目に話したいのか、私をじっと見て言った。
「面白い話じゃないぞ。いいのか?」
声は低く、抑揚もない、事務的な返答だった。
私が知らない声。
威圧的な、反抗的な態度だった。
負けるかと私は少し睨む。
「少し聞こえたけれど、白木さん、大変なんでしょう? 私で良ければなにかアドバイス出来るかもしれないでしょ」
「そうですよ! 先輩」
白木は私達を気にしてなのか、ソワソワしていた。
しかし芳樹はだんまりだ。
なによ、珍しく私に歯向かうつもり?
私は芳樹を更に睨んだが、芳樹は関係なしだった。
「後少しで終わらせるから、美恵。この話は会社の事で、白木の大事な話なんだ。だからちょっと席を外してくれないか?」
意外過ぎて声が出なかった。
絶対に私のお願いはきいてくれる、そんな芳樹は、どこいったの?
浮気じゃない。
けれど白木に対する思いは私を嫉妬へと駆り立てるものだった。
「そうなの。残念。2階でテレビ見てくる」
私はリビングを逃げるように出ていった。
泣きそうで、悔しくて。
でも怒りもあった。
私は階段を駆け上がった。
芳樹と離れたら涙が込み上げてきた。
芳樹のばか。
ばか。
私はテレビを見ずにベッドにダイブした。
そのまま目を閉じ、2人の会話にならない会話を聞いていた。
寝室の扉を閉めるのを忘れて迂闊だったと思う反面、芳樹が謝り来るのを待っていた。
でも、来なかった。
2人は笑い声よりも、怒りの声が多かったかもしれない。
芳樹は真剣なんだろう。
けれど、もうどうでもいい。
邪魔者扱いされた私は、ベッドの上で丸く体を抱えた。
自分の体温だけが真実で、温かい。
気の遠くなる程の時間を寝室で一人で過ごすのは嫌になり、テレビを付けた頃、芳樹が2階に上がってきた。
私は泣いていた事を隠そうと、顔を枕に押し付けた。
芳樹は私の様子を見て、少し立ち尽くした後、静かに言った。
「ごめん。白木は本当に悩んでいるんだ。会社でもいじめられている。ああして明るく振舞っているけれど、本当は辛いんだろう。美恵の意見も聞こうかと思ったけれど、会社の話だったから、止めた」
「私、寂しかった」
私は何も考えずに言った。
本心だった。
涙声だったかもしれないのに、どうでも良かった。
また溢れる涙を堪えるのに必死になって、私は枕で顔を隠した。
「白木を見てるとな、たまに美恵とダブるんだ。ドジというか、あまり要領良くない所がな。俺はそんな白木を放っておけなかったんだよ。ごめん」
ダブる?
あんな垢抜けない子と?
最近はメイクが疎かかもしれないけど、バカにしないでほしい。
言い返そうとしたら芳樹が私の傍に来て、私を抱きしめようとした。が、私は拒んだ。
階下にはまだ白木がいるし、芳樹はなぜか私と白木をダブらせていた。
それも気に食わない。
「白木さんがいるのによく平気ね。私とあんな若い子がダブるなんて、私ってそんなに幼稚? バカにしないでよ。社内で何かあったくらいで、私は1人でなんとかする」
白木は単純に弱いのだろう。
だから芳樹がいないとダメなのだ。
私はそう解釈し、言い返した。
「そう簡単じゃない。もっと社内で起こる事は陰湿なんだよ。なんていうか、今日の弁当だって冷凍食品使わないくせに、美恵は失敗したろ? そういう所だよ。頑張り過ぎるっていうのか。要領が・・・なんていうかさ」
「やめて。お弁当は私だって苦手。もう作ってあげないわよ」
私は枕から顔を上げて睨む。
芳樹は「ごめん、例え話なんだ」と頭を下げた。
「いつもやってるから、ついつい」
これみよがしに嘘を言ってみる。
しかし、白木って子は私達を見てにっこりほほ笑んでいた。
どういう事?
予想とは違う反応を示す白木に、私は困惑した。
「こんな事したことないじゃないか。全く! 驚くなあ」
芳樹は頭をポリポリと掻いて照れている。
私はしれっとネクタイをほどいた。
一人で照れちゃって、恥ずかしい。
白木さんなんて笑ってるじゃない。
私はほどき終えて芳樹から離れ、白木を見たが、目は合わない。
1人美味しそうにビールを呑んでいる。
私の勘違いかしら?
私は離れて観察するかと立ちあがろうとすると、白木は喋り始めた。
「今日のクライアント、なんかムカつきました。なんなんです? あの態度! 上から目線って嫌です!」
少し酔っているのか、口調が強かった。
見た目は何も言わなそうな感じな為、少し驚く。
「まあ、あれくらいは聞く耳もつな。いちいち気にしてたら身がもたないぞ」
「でも。あんな態度を取られて平然としてる先輩が凄いですよ。私イライラしちゃいましたもん」
「あんなのどこにでもいるし、沢山いる。早く慣れろ」
「ううううう。そうなんですかぁ?」
白木は反論出来ず、ビールを煽るように飲んだ。
私の知らない世界を共有し、怒り、慰め合い、こうして2人でビールを飲んでいる。
2人に頑張れと素直に言えない。
白木は日頃のストレスが溜まっているのか、芳樹に愚痴をこぼし始め、私にはなんの話かはさっぱり分からなくなった。人の名前、会社、専門用語、どれもがちんぷんかんぷんだった。
私は疎外感を感じ、ビールを取りに行くふりをして、そっと2人から離れた。
キッチンまで逃げると、作れもしない料理に手をつけた。
何かないかなと冷蔵庫を物色する。
何か。
何か。
何か。
冷蔵庫をくまなく探し、冷凍庫も見た。
しかしあるはずがない。
買ってきていないもの。
私、そんなに気が利かない。
突然の来客なんて、考えなかった。
会社の後輩が来るなんて、今までなかった。
途端、涙がこぼれた。
私は焦げたソーセージを思い出し、惨めになった。
材料が例えあっても、私には何も作れやしないじゃない。
クックパッドを見ようが、料理本を見ようが、私、下手だし。
私は灯りも付けていないキッチンでうずくまって、しばらく立ち上がらなかった。
芳樹と白木は話に花が咲いているのか、私のことなど忘れているかのように話は盛り上がっていた。
どうしたらいいか、を芳樹が言って、白木が愚痴る。
その繰り返しが聞こえてくる。芳樹は本当に、仕事熱心だ。
困った人達。
困った私。
私はそのまま小さくうずくまっていると、芳樹が『社内の噂』と口にした。
あ! と思い、頑張って立ちあがる。
これは聞かないといけない。
私はキッチンで何かをするふりをして、芳樹達の会話に聞き耳を立てた。薄暗いのは変だと気がついて、慌てて灯りを付ける。
「社内ではどうだ? 相変わらずか?」
芳樹の心配そうな声を久しぶりに聞いた。
「ええ。相変わらず。噂話に尾ひれがついて、それを聞いたお局様や上司が私に色々と・・・」
「困ったもんだな。白木の性格考えないのか、まったく!」
「私の性格、暗いですから」
白木が自嘲気味に笑い、ビールを飲んだ。もうグラスは空になりそうだった。
項垂れて、一気に体が小さく見えた。
「暗いというより、派手じゃないだけだ。俺とはこうして仲良くやってるじゃないか」
芳樹お得意の、前向き発言。
私の時は、前向きというよりストレートな発言だけだったけれど、そんな芳樹の性格に気持ちがグラグラと傾いたんだったけ。
男は変わらない。
「先輩は話やすいですからね。誰にでも同じ対応だし・・・」
「すねるな。俺の性格は変えられない。でも、白木の性格だってもう変えることは難しいんだ。それをつけこむみたいに、周りがネチネチ言うのが気に食わないんだよ、俺は」
私は芳樹が珍しく真面目に怒っている事に驚き、聞き入ってしまった。
芳樹と白木の関係は、浮気ではない。
どうやら噂だけらしい。
そして白木亜美は、やはりこの子だ。
複雑。
浮気じゃないけれど。
私が安堵するのも束の間、2人は真剣にその話について話込んでしまった。
社内の事も、私にはこれまたちんぷんかんぷんだ。
どうしよう。
私がいたら邪魔みたい。
私は困ったなと思いながら、キッチンでオロオロしていた。掃除まで始めてしまうものの、耳は芳樹達の会話をキャッチしている。
なにせ芳樹が部下を連れてくるなど初めてなのだ。
しかも相談事付き。
そして、相手は謎だった白木亜美。
予想に反して浮気でもない、だけど・・・。
私は掃除をしながら、必死に2人の会話に入る事に頭を巡らせた。
良い奥さんに見られるにはどういう行動を取ったらいいの?
まさか呑んでるタイミングでお茶を出すのは変?
それとも一緒に呑む?
私は涙を拭いて考えていると、芳樹から「ビールくれないか」と声が掛った。
今だ!
私はビールを持って行くついでに話に混ぜてもらえないか、訊いてみることにした。
芳樹なら、絶対大丈夫!
冷蔵庫から冷えたビールを取りだすと、嬉しさ半分、戸惑い半分、他にも色々な気持ちが混ざってきた。
リビングに持っていくと、芳樹が「ありがとう」と一言。
私はすかさず言った。
「ねえ。何の話? 凄い盛り上がってるみたい。私も知りたい。独りでキッチンなんてつまらない。聞かせて」
私は必死に甘えて、昼ドラのどこかの貴婦人のように言ってみた。
実際はどう言えば正解かなんて分からなかったからだ。
芳樹達が目を合わせていた。
何か嫌な予感がした。
2人で目配せをして、まるで私が場違いだと言わんばかりだ。
困っているの?
困らせるつもりはないのだけど・・・。
知りたいだけ。
「私が聞くとまずい話?」
引き下がれない。
嫉妬?
「いいですよ! もうここへ来た理由くらい話さなきゃ」
白木は明るく私に言うが芳樹は目を伏せたまま、何も言わなかった。
私はそれが気になって訊く。
心はモヤモヤして、イライラして、芳樹を怒鳴りたい。
それらを白木がいるから我慢した。
「ダメならダメでいい。テレビでも見てるから」と私。
「そんな、一緒に話しましょうよ」と白木。さすが女の子、私の気持ちを即座に察したようだ。
でも芳樹は真面目に話したいのか、私をじっと見て言った。
「面白い話じゃないぞ。いいのか?」
声は低く、抑揚もない、事務的な返答だった。
私が知らない声。
威圧的な、反抗的な態度だった。
負けるかと私は少し睨む。
「少し聞こえたけれど、白木さん、大変なんでしょう? 私で良ければなにかアドバイス出来るかもしれないでしょ」
「そうですよ! 先輩」
白木は私達を気にしてなのか、ソワソワしていた。
しかし芳樹はだんまりだ。
なによ、珍しく私に歯向かうつもり?
私は芳樹を更に睨んだが、芳樹は関係なしだった。
「後少しで終わらせるから、美恵。この話は会社の事で、白木の大事な話なんだ。だからちょっと席を外してくれないか?」
意外過ぎて声が出なかった。
絶対に私のお願いはきいてくれる、そんな芳樹は、どこいったの?
浮気じゃない。
けれど白木に対する思いは私を嫉妬へと駆り立てるものだった。
「そうなの。残念。2階でテレビ見てくる」
私はリビングを逃げるように出ていった。
泣きそうで、悔しくて。
でも怒りもあった。
私は階段を駆け上がった。
芳樹と離れたら涙が込み上げてきた。
芳樹のばか。
ばか。
私はテレビを見ずにベッドにダイブした。
そのまま目を閉じ、2人の会話にならない会話を聞いていた。
寝室の扉を閉めるのを忘れて迂闊だったと思う反面、芳樹が謝り来るのを待っていた。
でも、来なかった。
2人は笑い声よりも、怒りの声が多かったかもしれない。
芳樹は真剣なんだろう。
けれど、もうどうでもいい。
邪魔者扱いされた私は、ベッドの上で丸く体を抱えた。
自分の体温だけが真実で、温かい。
気の遠くなる程の時間を寝室で一人で過ごすのは嫌になり、テレビを付けた頃、芳樹が2階に上がってきた。
私は泣いていた事を隠そうと、顔を枕に押し付けた。
芳樹は私の様子を見て、少し立ち尽くした後、静かに言った。
「ごめん。白木は本当に悩んでいるんだ。会社でもいじめられている。ああして明るく振舞っているけれど、本当は辛いんだろう。美恵の意見も聞こうかと思ったけれど、会社の話だったから、止めた」
「私、寂しかった」
私は何も考えずに言った。
本心だった。
涙声だったかもしれないのに、どうでも良かった。
また溢れる涙を堪えるのに必死になって、私は枕で顔を隠した。
「白木を見てるとな、たまに美恵とダブるんだ。ドジというか、あまり要領良くない所がな。俺はそんな白木を放っておけなかったんだよ。ごめん」
ダブる?
あんな垢抜けない子と?
最近はメイクが疎かかもしれないけど、バカにしないでほしい。
言い返そうとしたら芳樹が私の傍に来て、私を抱きしめようとした。が、私は拒んだ。
階下にはまだ白木がいるし、芳樹はなぜか私と白木をダブらせていた。
それも気に食わない。
「白木さんがいるのによく平気ね。私とあんな若い子がダブるなんて、私ってそんなに幼稚? バカにしないでよ。社内で何かあったくらいで、私は1人でなんとかする」
白木は単純に弱いのだろう。
だから芳樹がいないとダメなのだ。
私はそう解釈し、言い返した。
「そう簡単じゃない。もっと社内で起こる事は陰湿なんだよ。なんていうか、今日の弁当だって冷凍食品使わないくせに、美恵は失敗したろ? そういう所だよ。頑張り過ぎるっていうのか。要領が・・・なんていうかさ」
「やめて。お弁当は私だって苦手。もう作ってあげないわよ」
私は枕から顔を上げて睨む。
芳樹は「ごめん、例え話なんだ」と頭を下げた。
0
お気に入りに追加
149
あなたにおすすめの小説
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです
星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。
2024年4月21日 公開
2024年4月21日 完結
☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。
冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています
朱音ゆうひ
恋愛
恋人に浮気された果絵は、弁護士・颯斗に契約結婚を持ちかけられる。
颯斗は美男子で超ハイスペックだが、冷血弁護士と呼ばれている。
結婚してみると超一方的な溺愛が始まり……
「俺は君のことを愛すが、愛されなくても構わない」
冷血サイコパス弁護士x健気ワーキング大人女子が契約結婚を元に両片想いになり、最終的に両想いになるストーリーです。
別サイトにも投稿しています(https://www.berrys-cafe.jp/book/n1726839)
【完結】やさしい嘘のその先に
鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。
妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。
※30,000字程度で完結します。
(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
---------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる