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第三話

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 私負けないんだから。
 その白木亜美というわけの分からない女に絶対勝つ。

 私は心の中の葛藤とは裏腹に、もっとほほ笑んでみせ、その後真顔になって言った。


「お弁当作って欲しいんでしょ。それくらいいいでしょ。なんかやましい事でもある?」


「ないけどさ。面倒だろ」
芳樹は私から目を逸らすと頭を掻いて、ため息を吐く。
余程会社には来て欲しくないらしい。


「面倒じゃないって。サザエさんだってやってるよ、きっと」


「なんだそりゃ。ありゃ漫画だ。現実と一緒にするなよ」


 芳樹は呆れたように言ったが、私は真面目だった。ネットには生々しい事が沢山書いてあるけれど、サザエさんは 平和そのもの。たかがお弁当を届けるくらい、日常的なものはない。
 芳樹がそれを否定するのなら、もう何かあるのかもしれない。

 私は笑みを崩さない。
 芳樹は困った顔のまま、俯いて頭もポリポリ掻いていた。


「あんまりウロウロするなよ。小さい会社だけど、知らない所だから迷うだろうし。俺の所だけ目指して来るんだぞ。変な好奇心出すなよ」
芳樹は珍しく強く言い聞かせるように言った。
 私を馬鹿にしてるみたいで腹が立つけれど、ここは我慢しないといけない。


「分かってる。そんな子供みたいな事しない。信用ないなあ」


「美恵が突然会社に来るなんて言うから悪いんだ。俺の立場も考えろよ」


芳樹が苛立つように言った。
あまりに珍しいので、少し怖い。
けれど、引くわけにはいかない。


「立場?」 

 私はなんのことやらと思った。
 サザエさんは波平さんに届けモノをしているじゃないか。
 悪い事はしていない、むしろ良い事だと思う。
 分からず芳樹を見つめていると、答えてくれた。


「どんな嫁さんかって、盛り上がったりするんだよ。結構その後が面倒でさ。一応、まだ結婚して3年だから、余計な事を訊いてくる人もいるんだよ」
 面倒くさそうに言う芳樹。

 余計な事を訊くとは、どういうことなのかしら?
 私の見た目なら美人ではないけれど、そんなに悪くはないと思う。
 そりゃ、少し贅肉は付いたけど。


「へええ。いいじゃない。美人なお嫁さんだって分かってもらえて」


「はああああ」


 芳樹が盛大にため息を吐く。
 何でため息を吐くかと思ったけれど、私はにんまり。
 芳樹を言い負かせて、少し気持ちもスッキリした。
 気が付くと仁王立ちになっていて、慌て足を閉じた。


 これで知りたい事が分かるかも!


 私は心の中で小さくガッツポーズをした。
 けれど目の前の芳樹は、面倒ごとが起きない事を祈っているかのように項垂れ、頭を掻きむしっていた。
 

 やっぱり会社で何かあるのかしら? 

 翌日、私は芳樹よりも早く起きてキッチンに立った。
 出勤時間が7時30分頃ということで、私は6時30分に起きた。
 化粧も着替えもせず、とにかく遅れないようキッチンへ急いだ。
 弁当作りなんて初めてかもしれない。

 いや、アルバイトをした時に作ったかな。
 冷凍食品だらけのお弁当を自分の為に。
 厳しい母にはとても見せられないけれど、その時は、なんか頑張った。

 私はどうしたものかと冷蔵庫と睨めっこをする。
 卵、ブロッコリー、ミニトマトはあるとして、主役をつとめてくれそうな肉料理が思いつかない。
 そもそも、弁当ってどう作ればいいだろうか。

 急に自分で決めた事だから引っ込みもつかず、冷凍食品ではマズイだろうと思い込んでいたのだが、それがそもそも間違いだった。

 昨日、あの後すぐに買い物に行けば良かったと後悔し、私は肉巻きアスパラを何となく作ってみることにする。
 ネットで調べてみても初めてつくるので、どんなものに出来あがるか不安だ。

 他は昨日のおかずの残りを入れるとして、弁当箱を埋める事に決めた。
 これで文句はあるまい。
 そもそも、ちゃんとレシピを見て作るわけなのだから。 
 私は早速、豚肉にアスパラをクルクルと巻きながら、自分の手際の悪さにイライラした。
 そういえば、弁当ってこういう作業のオンパレードだ。

 もっと早く出来ないものか・・・。
 冷凍食品にすれば良かった。

頭の中は愚痴でいっぱいになる。

 卵焼きに至っては失敗。
 焦げているは上手く巻けないはで、結局甘いスクランブルエッグになった。


「やっちゃった」
 と独り言と共に少し反省。
 でも、初めてだし仕方ない。
  
 後はブロッコリーを茹で、ミニトマトを洗い、夕飯の残りを詰め、弁当は出来上がった。
 この工程が終わるのに30分以上かけてやり、疲れ果てた。
 これから弁当の具は絶対に冷凍食品で埋める事にしようと心に誓う。

 なにより私のはマズそうなのだ。
 そもそも、形が崩れている。

 これを美味しいと言って食べてくれる芳樹は偉い。
 日頃から私の料理に文句を言わないだけはある。
 これでもお料理は母から習ったけれど、センスがないと言われて、あまり身についていない。
 世の中にはお惣菜も沢山あるし、芳樹は文句を言わないから結局どうでもよくなった。
 でも少し、後悔する時もある。

 出来あがり冷ましていると、芳樹が起きてきた。
 7時10分頃。
 家を出るのが30分なのに、随分ギリギリ。
 いつもと同じ時間なのだろうが、私は少しヒヤヒヤしつつも、新鮮だった。

「おはよう」と私。眠そうな目をした芳樹は小さく「おはよ」と言った。

 そしてドスンと椅子に腰かけると、ぼーっと一点を見つめている。


「どうしたの? 大丈夫? 寝れなかったの?」


「まあ。そうでもないけど」
 朝は不機嫌なのか、少し怖い。
 休みとは大違いで、そのせいか全て面白い。

 芳樹はまだ眠そうに欠伸をした。
 毎朝、こんな感じなのだろうか。
 私は動物園の珍しい動物を観察するよう、じっと見た。
 芳樹、欠伸ばかり。

 私は寝入りも良いし、朝に邪魔さえなければ、芳樹が出て行った事も知らずに寝ていたり出来た。

もしかして、寝不足?


「弁当は上手く出来たか?」


 芳樹は見せろと突然立ち上がると、キッチンに近付いてきた。
 が、私はそれを慌てて阻止した。
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