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第二話

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 私は芳樹を問い詰めるより、もっと簡単な方法がある事を思い付いた。

 ケータイを見る事だ。
 

「働かなくていいんだからな」
念押しのよう、海外ドラマを見ながら言う芳樹。
イライラし始めるのをグッと堪え、わざと俯いて見せた。


「分かった。ごめんなさい」


 しおらしく言う私。頭の中はケータイの事でいっぱいだ。  

  芳樹のケータイは、確かリビングのテーブルに放り投げてあったはず。
 いつも充電されてないと間際に騒いで、近くのコンビニで簡易充電器を買っていた。

 そういうお金に対して、芳樹は無頓着だった。
 テレビは付けっぱなし、電気も小まめに消さない、水もだらだら出しっぱなし。
 他にも気が付く事はいっぱいある。

 でも、今はそれは関係ない。
 それよりケータイを見たい。

 小言は後で言うとして、芳樹のケータイを探す。
 案の定テーブルに投げてあった。 
 芳樹からそっと離れ、テーブルに近寄り、見つからないようにパジャマのポケットに入れた。 

  トイレに入り、腰掛けた。
内容なんてどうでも良くなっていた。
 うししと笑いたくなる。
 今から何が見れるか楽しみで仕方ない。
 ケータイを開き、メールのボタンを押す。
 
海外ドラマに見入っているだろうから、トイレが長かろうが、短かろうが分からないだろう。
それに、そんな事を芳樹は一々詮索しない。
 
 メールのやり取りの1番最後は、まず私宛で『今から帰る』とあり、ひとまずホッとする。何人か見知らぬ名前があったけれど、男性ばかりだったし、メールの内容も仕事の事のようだった。 

  しかし、スクロールしていくうちに見たのは頭がクラリとするものだった。
 
 女性の名前。
 しかも同じ名前『白木亜美』が沢山連なっている。

 私は内容を見るべきかと息を吸った。
 でも『手』は見るべきと判断したようで、勝手に動いていた。
 


『今日のパスタ、美味しかったです。また行きたいです』
 


 その一文に、私は憎悪した。 


  私の旦那に何ちょっかい出してるのよ。
 何が美味しいパスタよ。
 
 何がまた行きたいよ!!

 私はあっという間に怒りの沸点を超えた。
 怒りで震えながらも、その次のメールも見てみる。


『他の人達に見つからないように店に来ました。大変でしたよー』


「なっ! 何が大変なの! こそこそと!」
 

 私は小さな声で怒りを表に出した。
 我慢出来そうもなかった。
ケータイをへし折ってしまいたい衝動に駆られたが、必死に我慢した。 

  私は今にもリビングにいる芳樹に問いただしてしまいそうになるのを堪えた。
 そして、その後も続く謎の女性からのメールに嫉妬した。
 いや、もっと暗く、どす黒いものだった。
 
 が、それは同時に新鮮でもあった。
 芳樹に対して、まだそんな恋愛感情があるという事実。

 私はこの状況をどうしいのか分からなくなってきてしまい、呆然とした。
 トイレの中でケータイを握り、小窓を眺めた。

 『浮気』、脳裏によぎる2文字。

 きっちり怒るべきか、それともしばらく静観するか。
 ネットの掲示板にでも相談してみたらいいのか。
 親には絶対に言えない。

 どうしたらいいのか分からない。
 
 とにかく、勢いに任せて怒る事は良いとは思えない。
 どうしたら良いのか分からない。
 
 というより、謎の女性、白木亜美に対していつの間にか恐怖していた。
 

 こんなに大胆に芳樹と関係しているなんて。 

  なんでこのメール消さないの?
 芳樹がアホなのかしら?
 無頓着?

 ううん。アホだけど、この女性はどうなの?
 アホっていうの?

 強気に戦えるの?


 私は自問自答した。
 分からなくなり、トイレから出ようと立ち上がり、出た。
 
 メールボックスには大量の女性からのメールがあった。
 それが分かっただけでも、もう充分私は落ち着かない。

 そんな時、芳樹が来る気配がした。
  

 「どうした? 廊下に立ち尽くして」
 なぜか芳樹は頬をさすっていた。

「なんでもない」
 頬をさする芳樹をどこか間抜けだと思いながらも、愛おしい気持ちで見る。


 私の精一杯の嘘。
 芳樹の馬鹿。


「なんか虫歯が出来そうだなあ」


「毎日ちゃんと歯磨いてる?」
とりあえず、嫁として気遣うフリをしないといけない。

「磨いてるけどさ、会社じゃ磨けないからなあ」
芳樹はパジャマのまま、頬を摩り、ボケーっと突っ立っている。
 私は段々現実が私を包み、芳樹に苛立ちを覚えた。

  会社・・・。
女。

「会社とかパートとか、私には縁がないもんね。歯磨きが出来ないくらい忙しいとか、そういう事も私には分からないし!」


「どうした?」
 目をまん丸にして驚く芳樹を見て、私は益々苛立った。
 と同時に、悲しくなってきた。


「なんでもない」


 私は泣きたくなった。
 馬鹿みたい。
 1人で興奮して。


  私は芳樹のケータイを取り上げようとも考えたが、それは無理だと思い、負けたような気持ちになって、ケータイをテーブルに置き、2階に駆け上がった。
 寝室に向かってベッドに横たわると、途端に涙が出てきた。


「芳樹。私達、なんだったの」


 私は声を殺して泣いた。
 涙が止まらず、芳樹は歯磨きをしているらしく、追ってくる事はなかった。


 バカ。
 

涙は止まらず、芳樹が無駄に歯磨きをしながら流す水がジャージャーと聞こえてきて、嫌だった。  
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