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第二十三話
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***
ガウェインが突然宮廷に向かった日。
イーニッドの――、マッケンジー家の世界ががらりと変わった。
アランは地下牢に入れられ、イーニッドの父の無罪が近々言われるだろうと、ガウェインから聞かされたのだ。その為に、王に向けてアランの悪行をひとつ残らず書くと、その日は書斎に籠り、出てくることはなかった。
ガウェインが行ったとおり、アランは帰らず、自動的にガウェインがソレク家の当主となった。そのやり方を非道と罵る者をいたそうだが、ガウェインはそれを受け入れるという。
自分は甘すぎるからと、少しくらい『非道』と呼ばれておいた方が良いと皮肉な笑みをこぼしたのだ。
そして二週間後。
マッケンジー家は再び王都に戻り、失われた邸も取り戻し、王の謁見、政治に関わることも許され、以前と同じ生活を取り戻すことが出来たのだ。
ガウェインに頭が上がらないとロバートは言う。
「お父さま。それだったら、ガウェインと共にまた積極的に進言すればいいのでは?」
「そうだな。彼なら良い案を沢山思いつくだろう」
邸を取り戻し、ふたりで久しぶりのティータイムだ。
弟と妹は無事に王都の学校に行かせることが出来ている。
一時はどうなることかと思ったが、ガウェインが失われた財産も取り戻してくれたのだ。
戻ってこなかったのは、母だけだ。
結局、あの後に再婚して、今は王都の外れに住んでいるらしい。
まさか戻ることもないと思っての再婚だろうが、ロバートに言わせれば、それだけの関係だと分かっていたと、さっぱりしていた。
ロバートが紅茶を飲んでいると、ティールームにガウェインが現れた。
迎えに来る時間が早いのではと、ロバートとにこりと顔を見合わせる。
「イーニッド。うちにはもっと美味しいお菓子があります。早く帰ってきてください」
「え? ええ。そろそろ帰るわ」
イーニッドはくすっと頬を緩ませる。
どうも、ガウェインは待つことが出来ないようだ。父といることだってそわそわするらしい。ガウェインはずっと想ってくれているし、宮廷貴族として政治に参加することになっても、イーニッドへの愛情はそれ以上になっているような気がした。
「ガウェイン。ありがとう。改めてお礼を言わせて」
ロバートが立ち上がり、手を出すとガウェインがすぐに手を出して握手をする。
こんな日が来るとは思えない。
いがみ合うことが当たり前で、恋だの無縁の家だと思っていたのに。
「ところで、ロバート」
「なんだい?」
「もうふたりの時間はいいでしょう? 私のイーニッドを返して欲しいのです」
ガウェインがしれっと言うので、イーニッドは頬を染めた。
新たな火種になりかねない言葉に、そわそわしてじろっとガウェインを睨む。
しかし、彼はロバートに真剣に言っているのだ。
(呆れた……)
「いいよ。私だって、娘の幸せそうな顔を見れて、もう充分だ。それに、ガウェインとは宮廷で存分に議論しなければいけない。君の弱みがイーニッドなら、大切な決議の時に我が家の晩餐に呼んでしまうまでだ」
「……意地悪なことを。でも、それくらいで俺がゆらぐと思いますか? ソレク家を継いだのですよ?」
バチバチと火花を散らし始めたふたりの間に慌てて入ると、イーニッドはガウェインの方を向いて手を握った。
すると、ガウェインがにこっと微笑む。
「行きましょう。また喧嘩なんて嫌よ」
「これは喧嘩ではありません。挨拶です」
ガウェインがそう言うと、父まで「そうだとも」としれっと言っている。
何がなんだか分からないが、とにかく、喧嘩はもう嫌なのだ。
すぐに腕を引いてティールームを出ると、ガウェインが耳元で囁いた。
「俺を選んで正解です。もし選ばれなければ、またロバートを地方に追いやったでしょう」
「冗談でもそんなこと言わないで! 仲良くやって!」
「いえ、仲良く出来ますよ」
イーニッドはせかせか歩きながら、停められていた馬車に乗り込んだ。
ガウェインをじっと見据えると、彼は従者に「図書館に」と命じている。
「図書館?」
「行きたいのでしょう? まだ行っていないと聞いています」
「え、ええ」
イーニッドは首を傾げる。
そんなことはガウェインには言っていないが、どうしてこんなに何でも知っているんだろう。
思えば、好きなものはなんでも揃えてくれるが、ハズレもない。
(ガウェインって凄いわ)
素直に喜んでしまうと、ガウェインが目を細めて微笑んだ。
蔵書が沢山ある、王都屈指の図書館に通える日々が戻ってきたことがうれしい。
「私、本をもっと読みたいわ」
「それでしたら、蔵書をもっと増やしましょう。海外の本を取り入れて、知識人を増やすのです」
「それがいいわ。学べない人も、図書館には入れるようにしてあげて?」
「分かっていますよ」
馬車に揺られながら、ガウェインにそんな夢を語ってしまう。
自分がかつて、何も出来なくて泣いた日々が嘘のようだ。
揺られながら、図書館に着くとイーニッドは久しぶりの景観に胸が躍った。
どっしりとした建物に、抜けるような空。
そして、隣にはガウェインがいる。
「行きましょう。俺も調べることがあります」
「ええ。私は読みたい本があるわ」
手を取られながら、前へ進むとイーニッドは高揚感と幸せに満ちて、胸が鳴り止まなかった。
ガウェインに抱き寄せられると、そっと口づけられる。
「好きです。イーニッド」
「私もよ。ガウェイン」
口づけが長くなっても、ガウェインはぎゅっと抱きしめるばかりでイーニッドの胸は焦がれるように切なくなる。
そして潤んだ瞳でガウェインを見つめてしまう。
図書館も大好きだけれど、ガウェインのことが世界で一番好きだ。
もうそのことを、この口づけの後には伝えないといけないだろう。
イーニッドは胸を鳴らしながら、ガウェインをじっと見つめた。
了
ガウェインが突然宮廷に向かった日。
イーニッドの――、マッケンジー家の世界ががらりと変わった。
アランは地下牢に入れられ、イーニッドの父の無罪が近々言われるだろうと、ガウェインから聞かされたのだ。その為に、王に向けてアランの悪行をひとつ残らず書くと、その日は書斎に籠り、出てくることはなかった。
ガウェインが行ったとおり、アランは帰らず、自動的にガウェインがソレク家の当主となった。そのやり方を非道と罵る者をいたそうだが、ガウェインはそれを受け入れるという。
自分は甘すぎるからと、少しくらい『非道』と呼ばれておいた方が良いと皮肉な笑みをこぼしたのだ。
そして二週間後。
マッケンジー家は再び王都に戻り、失われた邸も取り戻し、王の謁見、政治に関わることも許され、以前と同じ生活を取り戻すことが出来たのだ。
ガウェインに頭が上がらないとロバートは言う。
「お父さま。それだったら、ガウェインと共にまた積極的に進言すればいいのでは?」
「そうだな。彼なら良い案を沢山思いつくだろう」
邸を取り戻し、ふたりで久しぶりのティータイムだ。
弟と妹は無事に王都の学校に行かせることが出来ている。
一時はどうなることかと思ったが、ガウェインが失われた財産も取り戻してくれたのだ。
戻ってこなかったのは、母だけだ。
結局、あの後に再婚して、今は王都の外れに住んでいるらしい。
まさか戻ることもないと思っての再婚だろうが、ロバートに言わせれば、それだけの関係だと分かっていたと、さっぱりしていた。
ロバートが紅茶を飲んでいると、ティールームにガウェインが現れた。
迎えに来る時間が早いのではと、ロバートとにこりと顔を見合わせる。
「イーニッド。うちにはもっと美味しいお菓子があります。早く帰ってきてください」
「え? ええ。そろそろ帰るわ」
イーニッドはくすっと頬を緩ませる。
どうも、ガウェインは待つことが出来ないようだ。父といることだってそわそわするらしい。ガウェインはずっと想ってくれているし、宮廷貴族として政治に参加することになっても、イーニッドへの愛情はそれ以上になっているような気がした。
「ガウェイン。ありがとう。改めてお礼を言わせて」
ロバートが立ち上がり、手を出すとガウェインがすぐに手を出して握手をする。
こんな日が来るとは思えない。
いがみ合うことが当たり前で、恋だの無縁の家だと思っていたのに。
「ところで、ロバート」
「なんだい?」
「もうふたりの時間はいいでしょう? 私のイーニッドを返して欲しいのです」
ガウェインがしれっと言うので、イーニッドは頬を染めた。
新たな火種になりかねない言葉に、そわそわしてじろっとガウェインを睨む。
しかし、彼はロバートに真剣に言っているのだ。
(呆れた……)
「いいよ。私だって、娘の幸せそうな顔を見れて、もう充分だ。それに、ガウェインとは宮廷で存分に議論しなければいけない。君の弱みがイーニッドなら、大切な決議の時に我が家の晩餐に呼んでしまうまでだ」
「……意地悪なことを。でも、それくらいで俺がゆらぐと思いますか? ソレク家を継いだのですよ?」
バチバチと火花を散らし始めたふたりの間に慌てて入ると、イーニッドはガウェインの方を向いて手を握った。
すると、ガウェインがにこっと微笑む。
「行きましょう。また喧嘩なんて嫌よ」
「これは喧嘩ではありません。挨拶です」
ガウェインがそう言うと、父まで「そうだとも」としれっと言っている。
何がなんだか分からないが、とにかく、喧嘩はもう嫌なのだ。
すぐに腕を引いてティールームを出ると、ガウェインが耳元で囁いた。
「俺を選んで正解です。もし選ばれなければ、またロバートを地方に追いやったでしょう」
「冗談でもそんなこと言わないで! 仲良くやって!」
「いえ、仲良く出来ますよ」
イーニッドはせかせか歩きながら、停められていた馬車に乗り込んだ。
ガウェインをじっと見据えると、彼は従者に「図書館に」と命じている。
「図書館?」
「行きたいのでしょう? まだ行っていないと聞いています」
「え、ええ」
イーニッドは首を傾げる。
そんなことはガウェインには言っていないが、どうしてこんなに何でも知っているんだろう。
思えば、好きなものはなんでも揃えてくれるが、ハズレもない。
(ガウェインって凄いわ)
素直に喜んでしまうと、ガウェインが目を細めて微笑んだ。
蔵書が沢山ある、王都屈指の図書館に通える日々が戻ってきたことがうれしい。
「私、本をもっと読みたいわ」
「それでしたら、蔵書をもっと増やしましょう。海外の本を取り入れて、知識人を増やすのです」
「それがいいわ。学べない人も、図書館には入れるようにしてあげて?」
「分かっていますよ」
馬車に揺られながら、ガウェインにそんな夢を語ってしまう。
自分がかつて、何も出来なくて泣いた日々が嘘のようだ。
揺られながら、図書館に着くとイーニッドは久しぶりの景観に胸が躍った。
どっしりとした建物に、抜けるような空。
そして、隣にはガウェインがいる。
「行きましょう。俺も調べることがあります」
「ええ。私は読みたい本があるわ」
手を取られながら、前へ進むとイーニッドは高揚感と幸せに満ちて、胸が鳴り止まなかった。
ガウェインに抱き寄せられると、そっと口づけられる。
「好きです。イーニッド」
「私もよ。ガウェイン」
口づけが長くなっても、ガウェインはぎゅっと抱きしめるばかりでイーニッドの胸は焦がれるように切なくなる。
そして潤んだ瞳でガウェインを見つめてしまう。
図書館も大好きだけれど、ガウェインのことが世界で一番好きだ。
もうそのことを、この口づけの後には伝えないといけないだろう。
イーニッドは胸を鳴らしながら、ガウェインをじっと見つめた。
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