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第八話

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「では、週末にお迎えにあがります。邸までお送りしましょうか?」
 ガウェインからの申し出にイーニッドは顔を逸らした。
「結構です。ひとりで帰れます」
「大切な人をほったらかしには出来ません。せめて、従者の待つ馬車まで」
 手を伸ばされて、おずおずと差し出すとそのまますっと引かれてしまう。
 今日の自分は迂闊だと思うし、気を許し過ぎていると思った。
 でも、彼をあまりに無下にしてはいけないからと言い訳をする。
 回廊を抜けてエントランスホールを出ると、従者が待っていて、馬車に乗せてくれた。
「おやすみなさい。イーニッド」
「おやすみなさい」
 手の甲にキスを落とされるだけなのに、なぜか心臓がどくんと鳴る。
 ただの挨拶だと言い聞かせて、すぐに扉を閉めるように命じた。
(デートなんて……)
 胸を鳴らせながら、イーニッドは小窓から星空を眺めながら邸に帰った。
 心なしか、煌めくように見えていつもよりも眺めてしまった。


 ***


 デートを誘って三日後。
 イーニッドからデートには行けないと手紙が来た。
 父から猛然と反対されたとあり、それが自分達の運命なのだから理解して欲しいと、悲しいことが書いてある。
 しかし、イーニッドの本音が手紙の最後に書かれていた。
『王都のレストランとか図書館とか、少し行ってみたい所もあったの。ガウェインといれば、訝しい顔をされないでしょう?』
その文面に、ガウェインの胸が痛んだ。
王都にひとりで来ても、イーニッドは自由に好きなことが出来ないのだろう。
年頃の女性が、流行りを我慢して好きなことも控えて、領地の邸に籠もるなど苦痛だと思う。とりわけ、イーニッドは宮廷貴族で華やかな暮らしをしていたのだ。
質素に暮らすことに慣れるのには、時間がかかったろう。
(確かに許してくれとは言い難い。今日のデートも、俺でなければ良かったのでしょう)
 そう思うと余計に悔しい。
 イーニッドの事は執事長に命じて、身辺から内情まで調べてあった。
 現在母は王都で暮らし、離婚。父を助けるべくイーニッドが帳簿を預かっている。
 それだけでなく、少ないメイドや執事のせいで自ら給仕をしたり、支度をしたりと大変らしい。
 彼女を妻に迎えれば、そんなことをさせずに住むのだが。
 頑なに拒まれる日々だし、父のロバートにも嫌われている始末だ。
(さて、どうしたものでしょう?)
 ガウェインは書斎にあるソファにもたれながら、天井を見上げた。
 壁一面ずらっと並ぶ本に囲まれ、自分も本は好きだった。
 イーニッドがどんな本が好きか、この機会に知りたいと思ったし、調べて知り得た情報よりも、彼女の口から聞いた言葉を沢山心に焼き付けたいと思っていた。
 デスクには作り途中の資料が広げられているが、一気にやる気をなくしそうになる。
 父アランに頼まれた資料だが、手伝いたくはない。
 しかし、図書館の改築の為だと聞いて経費について、色々と調べているのだ。
 ほったらかしては、結果的にイーニッドだって悲しむことになる。
(とはいえ、落ち込む気持ちを分かって欲しいものです)
 デートを誘う意味は、ロバートにだって分かっている筈だ。
 自分が王都に戻るチャンスだとは思わないのは、父ソレクに騙されたからだろう。
 息子も同じことをするに決まっていると考えるのは間違いではないが、少しくらいは信じて欲しいと、苦笑いをする。
(俺は父と違うのですが)
 ぼんやりと天上を眺めていると、ベージュ色のそこを見てはっと思いつく。
 そこまで頑なに自分を嫌うのであれば、いっそ嫌われてもいい。
 権力を使い、イーニッドと結婚すればいいだろう。
 ソレク家がマッケンジー家を追いやったことは宮廷貴族の間では有名で、以来歯向かうものはいなくなった。
 それは領地を治める子爵や侯爵も同じで、歯向かえば何をされるか分からないと、皆怯えていた。
 そのおかげで、特別に夜会にも侵入してイーニッドに強引に会いにいけたのだ。
 ならば、強引に結婚を取り付けることだって。
 そう考えて、はっとする。
(親が親なら子も子だと思われてしまう)
 自分は父のようになりたくない一心で、真正面からイーニッドに近づいた。
 その誠実な想いがいつかは伝わると思っているのだが、こうして業を煮やすと、自分も手段を選ばないことが恥ずかしい。
 どんな理由であれ、同じことをすれば、いつかは悪に手を染める。
 そう言い聞かせて、真っ直ぐに生きてきたのだが。
 思いきり首を振って、頭をかきむしる。
「嫌われてもいい。結婚生活が窮屈だと言われたら、寝室が別でも別邸に住まわせる形でもかまわない。でも、彼女を守れるのは俺だけのはず」
 ガウェインは思わずひとり呟いていた。
 自信からではなく、そうしなければイーニッドが幸せになれないと分かっているからだ。
 宮廷貴族の中、ソレク家は派閥を牛耳っていた。
 一方のマッケンジー家は積極的な王への進言で力を得ていたが、王に褒められる度に妬む者も多かった。妬む者は皆、ソレク家の味方になり、マッケンジー家は孤立していった。
 ロバートは祖先が作りあげた基盤があり、実績があった。『孤立』という立場の中でも、無心で仕事に打ち込み、同じように王に進言したが、アランの妬みが酷く、罠に嵌まった。
マッケンジー家の女であるイーニッドに地方子爵や侯爵などが婚約者として名乗り出るはずもないのは分かっていた。
彼女と結婚することは、ソレク家に敵対する意志を表すことになる。
没落してもなお、マッケンジー家は親族同士で肩身を寄せ合い暮らすだけで、子爵からの手助けはないに等しい。
 実際、美貌の持ち主でもあるイーニッドにダンスを申し込むものはいなかった。
 皆、ソレク家を恐れているからだ。
 つまり、この国の外からの者であるか、ソレク家の長男であるガウェインでしか、イーニッドを幸せには出来ないのだ。
 イーニッドには敵であるソレク家の妻になれというのは地獄を見るような思いだろうが、必ず守ってみせると誓える。それに、幸せにもする。
 彼女がこのまま、その美貌だけを頼りに、ぼんやり立ち尽くす夜会に出るのは見ていられない。
 ガウェインはすぐに無垢の机に向かうと、椅子に腰かけた。
 ペンを取り、求婚は命令であると手紙に書き綴る。
 逆らうことは、ソレク家の恨みを買うぞと、不本意ながらも脅しておく。
(こんなことをしたら、イーニッドと幸せなキスが出来る日が遠のくばかりだ)
 しかし、腹を決めて封蝋をするとすぐに執事を呼んだ。
 執事長が現れて、一礼する。
「これを、マッケンジー家に届けてくれませんか」
「かしこまりました。イーニッド様でよろしいでしょうか?」
「ああ。彼女にしっかりと届けて欲しい」
 執事長が一礼して下がると、ガウェインは深いため息を吐いた。
 こんなことをしたら嫌われるのは分かる。
 でも、それ以外に手がないのが歯がゆい。
 もう一度天上を仰ぐと、ベージュの天上がさっきとは違って見えるような気がした。
 さっきはぼんやりと見えていたのだが、はっきりと見えるようだ。
(父と同じことをして、最低です……)
 ガウェインは目をゆっくりと閉じると、しばらくゆっくりと呼吸をして気持ちが落ち着いてくるのを待った。
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