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4巻

4-3

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「この迷宮は素材や資源が豊富だってフィアさんが言ってたけど、その理由が分かったな」

 俺の言葉に、レティシアさんが反応する。

「そうだね。出てくる魔物も比較的対処しやすいし、探索のしがいがあるよ」

 そんなことを思っているのは俺達だけではないようで、迷宮に入ってからすでに十組以上の冒険者と出会っている。
 王都で見かけたことのある冒険者の人がほとんどだったが、中にはまったく見覚えのない冒険者もいた。
 途中すれ違った知り合いの冒険者に聞くと、この迷宮の情報はレコンメティスの国中に広まっているらしく、遠くの街からわざわざ足を運んでいる冒険者もいるのだと教えてもらった。
 その冒険者と別れたあと、俺は三人のほうを振り返る。

「念のために言うけど、他の冒険者とのいざこざがないように気を付けようね」
「うん。知らない人には極力近付かないようにしようか」
「そうですね」

 レティシアさんが付け加えて言うと、アスラが返事をした。
 その後も探索を続け、お腹が空いてきたので食事をろうかという話になる。
 リンが隠れられそうなくぼみを見つけ、そこで休憩することにした。
 魔物に襲われることがないよう、窪みの入口は俺の土属性魔法で壁を作ってふさいでおく。
 安全を確保したあと、俺は『便利ボックス』から食事を取り出した。

「リン、甘いものを食べておくといいよ。ずっと索敵に集中していただろ?」

 俺はそう言って、ハチミツを塗ったトーストをリンに渡した。

「あ~、私も食べた~い」

 レティシアさんが羨ましそうに言ったので、みんなの分も取り出す。
 美味おいしい食事を摂ってまったりし、元気を取り戻した俺達は窪みから出て探索を再開した。

「あ! ラルク君、あれ!」

 休憩を終えて五分もしないうちに、リンが迷宮の下へ続く階段を見つけた。

「ここを下りると二層に行けるわけか……」

 それにしても、なんで迷宮に階段があるんだろう?
 前世でよく遊んでいたファンタジー系のゲームでも、ダンジョンの下に行くために階段が用意されていた。そのときは特に気にならなかったが、現実としての当たりにするとちょっと不気味だ。
 また、ゲームだとダンジョンの各所に宝箱が設置されていたり、親切なタイプだと途中の階層で地上に戻るための仕掛けがあったりした。
 実はこの迷宮でも、探索中にいくつかの宝箱を見つけたんだよな。大抵は他の冒険者に開けられたのか空の状態だったが、たまに手付かずのものもあった。中身は薬草などの消耗品で、地味にありがたかった。
 流石にワープの仕掛けはまだ発見していないが、こんなにゲームと似たような造りだと、どこかにあってもおかしくない気がする。

「それにしても、いったい迷宮って誰が造ったんだろう……」

 独り言を呟いたら、アスラがそれに反応した。

「一説によると、迷宮は神様が造っているんだってさ。僕達、つまり人間に試練を与えるための場所なのではないかって考えられているんだよ」
「神様が? ……なるほど」

 サマディさんの顔を思い出す。確かにあの人(?)みたいな神様が造ったとしたら、親切な設計になるのも頷けるな。

「試練の場所っていうのはその通りかもしれないね。宝箱があるのは、試練に挑む挑戦者へのご褒美ほうびという感じかな」
「そうだね。僕もそう思う」

 会話をしたあと、俺達は階段を下りて二層に足を踏み入れる。
 二層は一層に比べて若干じゃっかん魔物が強くなっていたものの、力を合わせながら順調に攻略していく。途中、何度か罠もあったが、リンが全て事前に見つけてくれたので、仕掛けを避けたり解除したりできた。
 そのまま無理をしない程度に迷宮を進んでいき、三層、四層を抜け――
 ついに、五層に辿たどり着く。ギルドの職員さん達はここから下には行ってないということだったが……
 五層に入った瞬間、俺は強い気配を察知した。なんというか、ものすごく危険な気配だ。
 パーティメンバーの顔を見ると、リンだけは俺と同じ気配を察知しているようだった。

「レティシアさん、アスラ。この階層は何か起こるかもしれない」

 俺はレティシアさん達に短く言い、これまで以上に警戒しながら進んでいく。
 しかし、予想に反して何事もなく進むことができた。特段危険な魔物も罠もない。

「……無事に進んでこられるのはいいけど、あの気配はなんだったんだろう」

 歩きながら、俺はリンに話しかける。

「うーん、私もラルク君も感じたんだから気のせいってことはないと思いたいけど、自信なくなってきたなぁ……今はもう普通の空気になってるし」

 すると、アスラが会話に入ってくる。

「でも、ラルク君達が間違えるなんて考えにくいし……取り返しのつかないことになる前に探索を切り上げて戻ったほうがいいんじゃないかな……?」
「確かに、そうするべきかもな……」

 五層に入ってから警戒し続けたせいで、俺とリンはもちろん、レティシアさんとアスラも精神が大分疲弊ひへいしてきている。初めての探索で五層まで来られたら、成果としては十分だろう。
 レティシアさんとリンも同意し、帰還することに決める。
 そして来た道を戻ろうときびすを返した、そのときである。
 五層に入った際に感じた気配を、再び察知した。

「ッ!!」

 次の瞬間、迷宮が激しく揺れた。
 突然の事態に動揺しつつ、俺達はなんとか壁際に寄って、壁に手を付きながら上への階段を目指して歩く。
 しばらくすれば揺れは収まるかと思ったが、収まるどころか段々激しさを増し、ついには地面がところどころひび割れ始めた。
 このままだと誰かが地割れに呑み込まれかねない……!
 俺は無茶を承知で土属性魔法を発動し、地面を隆起りゅうきさせて三人を土の直方体で包み込んだ。そして『身体能力強化』で自分自身を強化し、土の直方体を持ち上げて階段のほうに走る。

「なッ!」

 突如として足元の地面がパックリと割れて、大穴ができた。
 足を踏み外し、危うくそこに落ちかける。

「ッ!!」

 俺は咄嗟とっさに風属性魔法を発動して、自らの後方に爆風を発生させた。
 風の勢いで俺の体は土のブロックごとブワッと持ち上がり、なんとか穴の崖部分に足をかけることができた。
 そこから勢い良くジャンプし、穴に落ちる危機から脱する。
 着地して前方を見ると、階段があった。
 あれほど激しい揺れがあったというのに、どこもくずれたり壊れたりしていない。揺れも、もう収まりだしている。

「迷宮の階段は何があっても壊れない、と冒険者の人から聞いたことがあるけど、その通りみたいだ。ふう、とにかくなんとか助かりそうだ……」

 安堵あんどした一瞬の油断を、迷宮が見逃さなかったのだろうか。
 なんの前触まえぶれもなく、今までで一番大きな揺れが起きた。
 足元が真っ二つに割れ、「あっ」と思ったときにはすでに、体が急降下する感覚におちいる。
 ――さっきみたいに風属性魔法を使っても、今度は助からない。

「クソッ!」

 一瞬で悟った俺は、ほとんど無意識に持っていた土のブロックを階段のほうに投げ飛ばした。

「「きゃっ!」」
「うっ!」

 中のレティシアさん達が驚きの声を上げた直後、ズシン! という着地音が聞こえる。どうやら、無事に階段のほうに落ちたみたいだ。
 土のブロックは今の衝撃で壊れただろう。これでみんなは迷宮を脱出できるはず。
 みんなと一緒に落ちるより、俺一人だけ犠牲ぎせいになればいい。

「「「ラルク君ッ!」」」

 上方から三人の声が聞こえる。
 その声を聞いて、こんな状況なのになぜかホッとした。


 そして俺は安心感とともに、地の底へと落ちていった……


     ◇


「……なんとか死なずに済んだ……のかな?」

 軽い衝撃のあと、背中に地面の感触があることを確認して、俺はギュッと閉じていた目を開ける。
 落ちている間、俺は駄目元で風属性魔法を放出し続け、落下速度を抑えていたのである。
 俺の魔力が尽きるのが先か、穴の底に辿り着くのが先か……賭けだったが、どうやらうまくいったようだ。
 ただ、めちゃくちゃギリギリだったということは、俺の体に残っている魔力量で分かる。あと穴が十メートル深かったら、先にこちらの魔力がなくなって死んでいただろう。
 身を起こして、周りを確認してみる。

「……何層だ、ここ?」

 なんとなく、六層や七層程度の位置ではなさそうだ。
 というのも、先ほど五層で体感したものと同質の気配を、五層にいたときよりも遥かに強く感じるのである。

「……暫定ざんてい的に〝下層かそう〟とでも呼ぼうかな。あんまり意味はないけど……」

 さて、せっかく命を拾ったのだから地上に帰らないとね。
 そう思って上を見上げたのだが……

「うわぁ……ご丁寧ていねいに塞がれてるよ」

 どういうわけか、地割れの穴が綺麗に修復されていた。こうなると、別の帰り道を探さないといけない。

「食べ物は何かあったときのために大量に持ってきているけど、どうやって帰ろうか……あ、そうだ」

 不安な気持ちの中、俺はふと思い出して心の中で呼びかける。
 すると、呼びかけに反応してシャファルが人間の姿で外に出てきた。一人でいるよりも誰かにいてもらったほうが心強いよな。
 シャファルはゆっくりと周囲を見回したあと、のんびり口を開く。

「ラルクは本当にいそがしい奴じゃのう。聖国を相手に喧嘩けんかしたあとは、迷宮の地下に取り残されるとはな」
「俺だって好きで落ちたわけじゃないよ。それより、シャファル。ここから地上まで天井を壊せたりしない?」
「今の我では無理じゃ。多少は壊せるが……」

 シャファルはそう言ったあと、いきなり近くの壁に向かってブレスを放った。
 かなり大きな音が響くが、轟音ごうおんとは裏腹に壁にはあまりダメージが入っていない。

「転生したばかりで本調子じゃないからの。こんな風にちょびっとだけしか壊せないんじゃ」

 ケホケホとせながら、シャファルが言った。

「なるほど……一応聞くけど、シャファルって転移魔法は使えないよね?」
「うむ、まだ使えぬ」
「そっか」

 最後の望みとまでは言わないが、また一つ上に戻る方法がなくなった。
 まあ無理なら仕方ない。階段を探して一層ずつ上がって帰るか。
 思考を切り替え、俺達は迷宮の下層を歩き始めた。


 下層の探索を始めてから一時間ほどが経った頃。
 俺は今、下りの階段の前に腰を下ろし、休憩している。そう、上りじゃなくて下りのほうを先に見つけちゃったんだよね。
 幸い道中で魔物に遭遇することはなかったのだが、下り階段を見たときはかなり精神的ダメージを食らった。肉体的な疲労がまっていたのもあり、一旦休息を取ることにしたのである。
 回復するのを待つ間、俺はシャファルに尋ねる。

「はぁ、でもあの揺れはいったいなんだったんだろう?」
「……これは推測じゃが、我らが今いるこの下層部分で何かが起きたんじゃろう。その衝撃の余波が、上まで伝わったんじゃと思うぞ」
「……うん、俺もそんな気がする。だって揺れが起こる直前に感じた気配を、ここだともっと強く感じるからね。関係がないとは考えられないよ」

 気配の正体が気にはなるが……今は地上に帰ることを優先するべきだろう。
 俺はため息をつき、立ち上がって探索を再開する。
 休憩したおかげで体力が戻った。
 さっさと階段を探そうと曲がり角を曲がったそのとき――

「ッ!!」

 運悪く、下層の魔物に出会ってしまった。
 人間の女性のような姿をしているが、両腕部分から翼が生えており、下半身は鳥のような格好をしている。
 こいつは、ハーピーと呼ばれる中位の魔物だ。魔力が枯渇こかつしかかっている今の俺だと、分が悪い。
『鑑定眼』を使ってみたら、30レベルを超えていた。なんでC-ランクの迷宮にこんなのがいるんだ!

「ふむ。ラルク、ここは我に任せておけ」

 シャファルがずいっと前に出て、頼もしいことを言ってくれる。
 なんか死亡フラグっぽいなとも思ったが、普通に一発でハーピーを倒した。流石は伝説の銀竜だ。
 ハーピーの死体を『便利ボックス』に回収し、先へ進む。
 ハーピーを倒したあとも、探索中に様々な魔物が出てきて戦闘になった。時にはオーガといった強力な魔物も出現したが、シャファルの一撃によって瞬殺される。
 俺はシャファルのパンチで吹き飛ばされて絶命したオーガを見ながら、ポツリと言う。

「シャファルがいて本当に良かったって、今ものすごく感じてるよ。飯抜きの罰はもう解くから、あとで一緒に食べよう」
「ふむ、それは今までありがたいと感じてなかったということかのう?」
「そんなことないよ。聖国に行くときは、移動手段として重宝ちょうほうしたしね」
「我は便利な乗り物ではないぞ!?」

 シャファルと漫才めいたやり取りをしながら下層を進み――
 急にあの気配が強くなったのを感じて、俺達は会話をやめて極限まで気を張った。
 気配は、俺のすぐ前方にある角を曲がった場所から発されている。
 俺はシャファルと目を合わせて頷き合い、慎重に先に進む。
 そして曲がり角を覗き込むと、地面にうつ伏せで倒れている人が見えた。
 それと同時に、俺はようやく気配がどういった種別のものだったのかを悟る。
 あの人物から放たれているのは、殺気だ。
 なんで倒れている人から殺気が出ているのかは分からないが、とにかくこの殺気が原因で迷宮が揺れを起こしたに違いない。
 すると、シャファルがヒソヒソ声で尋ねてくる。

「どうするのじゃ? 我としては近付かんほうがよいと思うのじゃが」
「う~ん、そうは言ってもなぁ……明らかにヤバそうなのは百も承知だけど、倒れている人は介抱してあげたほうがいいと思うんだ」
「あんなに殺気を出しておるのにか……本当にラルクはお人しじゃのぅ」
「何かあったときのためにいつでも逃げられるようにしておきつつ、声をかけてみようか」
「うむ」

 俺達は一歩一歩倒れている人に近付き、恐る恐る話しかける。

「あの~、生きてますか~?」
「……」

 返事はない。
 呼吸音は聞こえるので、生きているようではある。
 この人は俺と同じように上から落ちてきた人なのか、それとも元々ここにいたのか……
 後者だとすれば、普通の人間ではないだろう。いや、こんな殺気を出している時点で普通ではないんだけどさ。
 とりあえず、もう一歩だけ近寄ってみる。
 すると、倒れている人の体がビクンッと反応し、顔だけをこちらにギュルンと向けた。
 その人物は、黒髪黒目のとんでもなく綺麗な女性だった。この世の者とは思えないほどの美貌びぼうだ。
 美しい女性はれたひとみでこちらを見つめ、端整たんせいくちびるをゆっくりと動かし……

「た、食べ物、ちょう、だい……お腹が……減って……」

 なんとも残念な言葉を口にした。

「……まさか行き倒れだったとは」

 独り言を呟きつつ、『便利ボックス』から要望通り焼きおにぎりを取り出して女性の口元に運んだ。
 女性は近付けられたおにぎりを迷いなくパクッと食べ、続けて二口、三口とパクパク食べる。
 あっと言う間に完食したと思ったら、おにぎりを持っていた俺の手まで舐め始めたので、冷静にスッと引いた。
 女性は身を起こし、先ほどの残念な姿を見せたのと同じ人物とは思えないほど優雅に微笑む。

「ありがとう、とても美味しかったわ。、こんなに美味しいものを食べたのは初めてよ」
「は、はあ。それはどうも……ん?」

 この人、今なんかとんでもないことを言わなかったか?
 いや、気のせいだろう。俺の空耳に違いない。
 気を取り直して、俺は女性に尋ねる。

「ところで、あなたはどうしてこんなところで行き倒れていたんですか? それもあんなに強い殺気を出しながら」
「へっ? 殺気?」

 キョトンとする女性に、シャファルが言う。

「うむ、辺りの魔物が逃げ出すほどの、な。今も出しておるぞ」
「あら、私ったら……お腹が空いちゃうと、ついつい機嫌が悪くなるのよね」

 女性は恥ずかしそうに言って、出していた殺気をひっこめた。
 機嫌が悪いだけであんな殺気を? この人、謎すぎる……
 ひとまず話は通じそうだし、もうちょっと聞き出してみるか。

「あの、少しだけ質問してもいいですか?」
「ええ、助けてもらった相手だもの。いいわよ」
「ありがとうございます。それじゃあ……最初にあなたの名前を教えてもらえますか? 俺の名前はラルク。こっちはシャファルって言います」
「私の名前はゼラよ。よろしくね、ラルク君にシャファル君」

 ゼラと名乗った女性に、シャファルがほおをポリポリと掻きながら言う。

「うむ、ゼラよ。我には君付けはやめてもらえぬか? こう見えても長生きしておるのでな」
「でも、シャファル君より私のほうが年上よ? だって、銀竜シャファル君が生まれる前から、私は存在しているもの」

 ゼラさんの言葉に、俺とシャファルは同時に「なっ!」と驚きの声を上げる。

「シャファルより長生きって……さっきゼラさんが言っていたのは俺の空耳じゃなかったんですね」

 俺が言うと、シャファルは「いや」と言って女性を警戒しながら言葉を続ける。

「ラルク、重要なのはそこではない。この者、人間の姿をしている我を見て『銀竜』と言いおった。我の正体を知っておるようじゃが、何者なんじゃ、お主は!」
「あら、分からないかしら? 私はね、悪魔よ」
「ッ! ラルク、この者から離れるんじゃッ!」

 ゼラさんが悪魔と名乗った瞬間、シャファルは俺の腕をつかんで彼女から距離を取ろうとした。
 しかし、すぐにゼラさんは後ろに回り込んで退路を塞いでしまった。速すぎて動きが見えなかった。

「逃げないでよ~。普通にお話ししてるだけでしょ~」

 ゼラさんが可愛らしく頬をふくらませてシャファルに言った。

「お主のような存在と関わると、わざわいしか起こらん! 今すぐ道を開けろ、さもなければ……」

 シャファルが大きく息を吸い込み、ブレスを放とうとする。

「待って、シャファル。別に逃げなくてもいいだろ」

 俺が慌ててシャファルを止めると、ゼラさんが意外そうな顔をした。

「あら、ラルク君は優しいのね。普通は悪魔と出会ったら逃げないほうがおかしいんだけど……ラルク君は悪魔がどういう存在か知らないの?」
「え~っと……知ってますよ」

 そう、昔この世界のことを勉強した際、フィアさんから悪魔という種族についても教わっている。
 悪魔、それはこの世界にいる種族の中の一つであり、神に匹敵ひってきする力を持つと言われている存在だ。
 希少度は竜種より高く、その実態はほとんど謎。普通、人間が悪魔に会うことなどない。
 悪魔について一つだけ分かっていることといえば、神が善性の存在であるなら、悪魔は文字通り悪性の存在ということだけ。強大な力を用いて、世界にあらゆる厄災やくさいをもたらすと書物には書かれていた。
 頭では危険極まりない存在だと分かっているのだが……
 ゼラさんは小首を傾げて、俺に問いかける。

「知っているのに、ラルク君には逃げる素振そぶりがないわね。どうしてかな?」
「なんというか、ゼラさんからは敵意が感じられないんですよね」
「あら、正解。じゃあついでに、今私が何を考えているか分かるかしら?」

 試すように言うゼラさんの目をじっと見て、俺は答える。

「……『さっき食べた焼きおにぎりをもう一個食べたい』ですかね?」

 その場に沈黙が流れる。シャファルは心底呆れたような目つきを俺に向けていた。
 外したか……? と思っていたら、ゼラさんはいじけたような表情になって口を開く。

「あらら、顔に出ていたかしら? でもしょうがないわよ。あんなに美味しいものを食べたのは初めてだもの」

 良かった、合っていたか。
 すると、ものすごい形相ぎょうそうのシャファルに肩を掴まれた。

「ラルク、お主はなんで普通に悪魔と話しておるのじゃ! 危機感はないのか!」
「別に悪魔だからって、理由もなく敵対するのはおかしいだろ? ゼラさんはこうしてコミュニケーションを取ってくれているんだから、シャファルも少しは落ち着きなよ。それに、シャファルと初めて出会ったときのほうが俺は命の危険を感じたぞ」

 シャファルは俺を無理矢理拉致らちして自分のに引っ張ってきた上、最初に俺の前に現れたときは巨大な竜の姿をしていた。あのときは頭から食べられるかと思ったな~。

「うぐっ、しかしだな……」

 そのときのことをシャファルも思い出したのか、ちょっぴり苦々しい表情になる。

「いいのよラルク君。悪魔と聞いて逃げ出すのは当然だもの。でもシャファル君、少しは私の話も聞いてくれないかしら?」

 ゼラさんがそう言うと、シャファルは少し考え込んでから「うむ、分かった」と渋々返事をしたのだった。


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